第2話
「・・・ねぇ、ラタン。あなたもう少し自分に自信を持ってもいいと思うのよ」
そう言うのは幼馴染のアリシアだ。
彼女は僕に対して、しばしばこんなことを言う。
「・・・アリシア。それは違うよ」
僕はいつものように答えた。
「違うって?」
アリシアは尋ねた。
「僕はただでさえ、ダメ人間だからね。自信も何もない。謙虚でいないとすぐに破滅してしまうよ」
僕の言葉にアリシアがため息を吐いた。
「・・・あなたのそれは謙虚とは言わないわよ。それにダメ人間なんかじゃないでしょ?なんでそんなに自己肯定感が低いのよ?かつて『王国の神童』とまで言われた貴方はどこに―――」
アリシアの言葉を僕は慌てて遮る。
「ちょっとアリシア!辞めてくれよそんな話は。神童って・・・そんなに恥ずかしくて、痛い言葉ある?誰かに聞かれたらどうするのさ」
「いいじゃない、事実なんだから!」
アリシアがムキになって答える。
「そんなの僕は御免だ。身の丈にあった人生、それが僕の人生のモットーなんだから」
そう言って僕はアリシアに背を向け、歩き出した。
「ちょっと待ちなさいラタン!まだ話は終わってないわよ!?」
そう言って食い下がるアリシアを無視して僕はその場を離れた。
後ろからアリシアが僕を呼ぶ声が聞こえた。
・・・
・・
・
この世界は女神様に作られた。
4つの大陸と無数の島に、
人間とエルフと獣人、
そして悪しき魔物たちが住んでいる。
悪しき魔物というのは、
女神様が世界を作る際に対立した魔神の眷属で、
魔神が滅んだ後もこの世に生まれ続ける厄介な存在だ。
魔神は女神様にうち滅ぼされる瞬間、
世界に呪いをかけ、その影響で魔物が――――
えっとなんだっけ。
学園で習ったはずなのに忘れてしまった。
とにかく女神様は魔物と戦うために、
この世界の住人たちに力を授けてくれる。
剣と魔法、女神様と精霊の加護。
それがこの世界の根幹だ。
僕とアリシアは生まれた時から魔導士の才能があり、
くたびれた農村から出て、
王国にある魔導学園に通った。
そこで3年間を過ごしたのち、
僕は魔導士ギルドの魔導士に、
アリシアは国の魔導部隊に所属となった。
僕はギルドでは鳴かず飛ばずの銅級魔導士。
一般的な認識としては、
僕は落ちこぼれで、アリシアは超絶エリートだ。
だがお互いの所属が変わった後も、
僕たちの関係は変わらなかった。
腐れ縁というかなんというか。
まぁ、それは主にアリシアが無理矢理に僕に絡んでくるからだけど。
僕たちが魔導学園を卒業してから、
既に3年の月日が経とうとしていた。
・・・
・・
・
「おはようございます」
「おはようございますラタンさん。今日も早いですね」
そう言って笑ってくれたのは魔導士ギルド職員のララさんだ。
キラキラと輝くような笑顔に物腰の柔らかい対応。
彼女は魔導士ギルドのアイドル的存在で、
つまり僕とは正反対の人間ということだ。
「・・・ええ。僕みたいなダメ人間は、せめて時間くらい守らないとですからね」
僕は爽やかに言う。
僕の言葉にララさんが苦笑いした。
「・・・相変わらずですね、ラタンさん。いつものでいいんですか?」
「はい。お願いいたします」
僕は短く答えた。
彼女の貴重な時間を僕なんかの無駄話で消費する訳にはいかない。
「はい、ではこちら。いつも助かります。街の清掃部の方々にもとっても好評ですよ、仕事が丁寧だって。本当はもっと報酬を高くできたら良いんですけど・・・」
そう言ってララが出してきたのは、
この街の地下道の清掃依頼だ。
「いえ、こちらこそ。僕なんかに仕事を回してもらってほんとに助かります」
僕は心からの感謝の言葉を述べ、
足早にその場を離れた。
・・・
・・
・
【火炎】
僕は下水から現れた粘性の魔物を、
炎の魔法で焼き払う。
これは火属性の下級魔法。
魔法は火、水、風、土に、
白と黒の6属性で構成されている。
さらに魔法は下級、中級、上級と別れていて、
魔法の名称が長いほど強力な魔法と言われている。
【火炎】
【火炎弾】
【火炎強弾】
魔法名はそのまま魔法の起動キーになっているので、
長ければ長いほど必要な魔力も多くなるし、扱いづらいと言う話だ、
地下道は汚れや瘴気が溜まりやすく、
こうして定期的に討伐しないと、
街に魔物が生まれてしまう。
人々の生活に必要な仕事ではあるが、
人気の仕事ではない。
臭いし、暗いし・・・
それに普通の魔導士であれば、
街の外で魔物を狩った方がはるかに稼げるのだ。
「・・・仕事の方はこんな感じでいいかな?」
僕はあたりを見渡し、
依頼された清掃のエリアに不備がないかを確認する。
僕みたいな人間は一度信頼を失えばおしまいだ。
せめて仕事はきっちりとやらなければ。
そうしていくつかの場所を見回った後、
僕は街へと戻った。
・・・
・・
・
ギルドに戻ると、
掲示板の前に人だかりが出来ていた。
「なんだろう?」
僕は気になったが、
まずは仕事を片付けるべく窓口の方へ向かった。
「お疲れ様です、ラタンさん」
そうして出迎えてくれたのは、ララさんだ。
朝も夜もララさんに当たるなんて今日はツイてるな、
僕はそう思った。
「――――はい、では完了手続きは以上です」
ララさんが書類を整理しながらそう言う。
「ありがとうございました」
僕は彼女に礼を言って、
その場を離れようとする。
もう夕方の良い時間だ。
彼女もきっと早く仕事を終わらせたいだろう。
僕なんかが邪魔をするわけにはいかない。
「あ、ラタンさん!あの・・・!」
そんな僕をララさんが呼び止める。
どうしたのだろう、何か手続き上の不備があっただろうか。
僕は恐る恐る振り返る。
「・・・はい、ごめんなさい。何か間違いがありましたか?お手間を取らせてしまって申し訳ありません」
僕は怒られる前に、彼女に謝った。
「え、いや・・・手続きは特に問題ないのですが・・・」
「?」
「あの・・・私はこの対応で仕事が終わると言いますか・・・その・・・この後は何も予定がないと言いますか・・・」
彼女が顔を赤くしながら、
ゴニョゴニョとそんな事を言い始めた。
どうしたのだろう、彼女らしくない。
「えっと・・・?」
僕は彼女に言葉の続きを促す。
「その・・・良かったらその・・食事して帰ろうかなと、でもと思ったのですが・・・」
彼女はそんな事を言う。
なるほど、と僕は理解した。
「そういう事でしたか。すみません、女性にそんな事を言わせてしまって」
「え、いえ。そんなことは、そ、それじゃあ―――――」
僕の言葉にララさんがパッと笑顔になる。
その素敵な笑顔に魅力を感じない男はいないだろう。
僕は失礼がないように、ポケットを探り、
出来るだけスマートに彼女の手を取った。
「・・・あ」
ララさんは顔を真っ赤にしながら僕のことを見る。
僕はニコリと微笑むと、
彼女の手にそれを握らせた。
「・・・これは?」
ララさんは僕が渡したそれを不思議そうに見えた。
「少なくて大変申し訳ありません。今は手持ちが少なくて・・・」
彼女の手には、今しがた僕が手にした、
今日の報酬の一部が握られていた。
当然だ。
ララさんのような素敵な方に対応していただいたのであれば、
心付けを支払うのが気持ちのいいマナーと言うものだ。
うん、これで美味しい食事でも食べてください、ララさん。
僕は内心でそんなことを思う。
僕は笑顔のまま、固まったララさんに改めて礼を言うと、
今度こそ、その場を離れた。