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第13話


「クソガキが・・・なにしてくれてんだよ・・・あぁ?」


ゴウセルが怒りの表情を浮かべる。

僕はその威圧に身体が竦むのを感じた。


だがもう先ほどのように、恐怖に完全に支配されることはない。

少なくとも今は冷静に相手の事が見えている。


僕は杖をかざして、

再び【輝く光(ライト)】を唱えた。

先ほどよりも魔力を込めた【輝く光(ライト)】は、

ゴウセルの全身を照らす。


光の元に現れたゴウセルの姿は、

ボロボロだった。


ゴウセルの全身を包む鎧は所々傷付いていて、

大きく破損しているところもある。


その戦闘の跡は、

決して僕の魔法で生まれたものではなかった。


「・・・足も、怪我してますよね?」


僕は尋ねた。

ゴウセルの右足からは夥しいほどの血が流れていた。

決して軽症ではないことが窺える。


僕は先ほど流れた女神からの通知を思い出した。

チームメンバーの傭兵シンを撃破したのは、目の前のゴウセルだった。


だが最強の傭兵シンを相手にして、

ゴウセルもまた無事ではなかった。


悠然と僕を追ってきているように見えたのは、怪我により動きが鈍っていただけだった。

僕の心を言葉で折ろうとしたのは余裕ではなかった。戦闘を避けたのだ。


ネガティブに支配されていたから、気付けなかった。

つまり僕は、敵と戦う前から自分自身の心に負けていたのだ。

冷静に考えれば、見えてくるものもある。

僕はその勇気をくれた胸元の首輪に感謝した。



僕の質問に答える言葉はなく、

ゴウセルからは代わりに舌打ちが帰ってきた。



「・・・だからなんだってんだ?まさかお前、俺が怪我してるから勝てるって思ってるわけじゃねぇだろうな?」


ゴウセルは全身に怒りをにじませていた。

さきほどのようなこちらを揶揄うるような態度ではない。

明確な敵意が向けられていた。


僕は再び全身が硬直するのを感じる。

絶対強者の威圧。

真正面から受けるのは初めての経験だった。



「【火炎弾】」


僕は恐怖で身体が竦む前に無理矢理に魔法を放った。


「無駄だッつってんだろォ!」


目の前でゴウセルが吠える。


【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】・・・


僕は走りながら魔法を連発する。


「うぜぇ!そんなん俺に聞くわけねぇだろ!!」


ゴウセルはそう言ってランスを振るう。

たった一振りで、火炎弾はすべてかき消される。


【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】!


僕はそれでも手と足を止めず、

距離を取りながらゴウセルに向けて魔法を打ち続けた。


それを見たゴウセルがニヤリと笑みを浮かべる。


「ハッ!基礎魔法とは言え、そんなんじゃすぐに魔力切れになるに決まってんだろ!!馬鹿なのかよッ!」


ゴウセルはその場に足を止めて、

ランスを振るい続けた。

羽虫を払うよりも簡単に、

僕の魔法が消していく。



【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】

【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】・・・



僕はただ魔法を撃ち続けた。



・・・

・・



「・・・ラタンさん」


ララが戦いの様子を見ながら呟く。

魔導映写機(ラクリマ)の向こうのラタンは、

【火炎弾】を撃ち続けていた。


それは弾幕と表してもいい量で、

画面の中は赤い炎が溢れていた。

だがそれを見る周りの観客からは、

賞賛よりもむしろ笑い声が出ていた。


その理由は明快であった。


「あいつ馬鹿だぜ!あんなに撃ったらすぐにガス欠になるに決まってんだろ!」

「だいたいゴウセルに基礎魔法なんぞ効くわけないだろ!」


一般的に基礎魔法は魔力の効率が悪い。

だから魔導士たちは中位魔法や上位魔法を中心に戦闘を展開するのが一般的だった。

観客たちは先の見える展開に、ラタンとゴウセルの戦いから興味を失っていた。


ちょうど他の魔導映写機(ラクリマ)には、

勇者アーヴァインが、賢者の弟子ハリーと帝国警備隊総長ゴーギャン、それから神聖騎士団のエスメラルダの3人を同時に相手にしているシーンが映されていた。


決して弱くはない3人の猛攻を、

アーヴァインは涼しい顔で受けていた。

その圧倒的な力に、

観客は大いに沸く。



だがアリシア、ユリウス、ララの三人は、

変わらずラタンの戦闘を見つめ続けていた。


「ユ、ユリウスさん、どうしましょう・・・あのままじゃラタンさん・・・」


ララが心配そうに声を上げる。


「・・・いや、それはどうでしょう」


ユリウスが何かを迷ったように、呟いた。


「え?」


ララが聞き返す。


「大丈夫よ」


代わりにその声に答えたのはアリシアだった。


「大丈夫って・・・でもあのままじゃ・・・」


「・・・ララさん、あいつの狙いは分からないけど、たぶん皆が心配してるような事は起きないと思う」


さらにユリウス口をはさむ


「それは・・・どういう・・・」


ララの疑問と同時に、

会場にも戸惑いが生まれ始めていた。

観客の何人かがラタンとゴウセルの戦いの異常に気が付く。


「お、おい・・・なんか変じゃねぇか?」

「ああ、いくら何でも・・・」

「さっきから、ずっとだよな?」


そのどよめきは会場全体に伝播して、

観客はラタンとゴウセルの魔導映写機(ラクリマ)へと視線を向けた。



・・・

・・



【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】【火炎弾】、【火炎弾】、【火炎弾】・・・・



僕は【火炎弾】の乱射を止めなかった。

いやそれどころか更にその連射速度を速めていく。


並みの魔法使いなら唐に魔力切れを起こすほどの連続攻撃。


止まらない攻撃に、ゴウセルの表情が歪んでいく。

その表情が意味するものは・・・戸惑いだった。


「ぐっ・・・クソが・・・いつまで・・・」


【火炎弾】をランスで受けていたゴウセルも、

その量に対応が追い付かなくなる。


1発、2発と、ゴウセルに【火炎弾】が着弾するようになる。

もともと傷を負っていた体に炎が追い打ちをかける。


「テメェ・・・、ただの雑魚じゃなかったのかよ・・・」


ゴウセルは怒りと戸惑いを混同したような声を出した。




どうだ驚いたか。

内心で僕は思った。



僕は基本魔法以外は使えない。

それはただ単に怠惰が理由だけど、

それだけって訳でもない。


基本魔法でもそれなりに戦う術を、

身に着けていたからだ。


かつて師匠に言われた。

僕はどうやら人一倍、

魔力の総量が多いらしい。


だったらその長所を目一杯使ってやろうと思った。


そして長年に渡る向上心の欠如から、

圧倒的な省エネで基礎魔法を使用することが出来るようになった。


比べたことはないけど、

たぶん基本魔法に限って言えば、

並みの魔導士の10分の1以下の運用効率だろう。


初めてユリウスにこれを見せたときは、異常に驚かれたっけ。

アリシアには才能の無駄遣いね、と叱られた。


圧倒的な実力者といえど、炎に触れれば皮膚は焼ける。


これが魔導士であれば魔法障壁により無効化されるけど、

ゴウセルは純粋な戦士だ。


魔法による防御はあり得ない。


僕はゴウセルの接近を阻むように、

チクチクと【火炎弾】を当て続けた。


このままいけばあるいわ。

僕は初めて、そんな気持ちを抱いた。




「クソが・・・調子に乗りやがって・・・」


だが相手は超一流の戦士。

怒りに震えようと、

その感情に身を任せるようなことはしなかった。


【火炎――――


僕が魔法を撃とうとした一瞬。

ゴウセルの身体が白く輝いた。



調子に乗っていた訳ではない。

相手を舐めていた訳でもない。



ただ僕の目の前にいる戦士が、

僕の想像を遥か超えるほどの強者だっただけだ。



次の瞬間、

僕は遠く吹き飛ばされ、

壁に叩きつけられていた。


余りの衝撃に壁は音を立てて崩れ、

僕は壁の向こうの地面に何度か転がった後、

ようやく止まった。


そして右肩からはおびただしいほどの血が流れていた。


・・・

・・


豪戦士ゴウセル。


この世界に両手の数ほどしかいない、

王銅級(オリハルコン)の戦士である。


生まれながらにして父の狩猟道具を遊び道具のように操っていた彼は、

僅か5歳の時に当時里の周辺を荒らし回っていた魔獣を単身で討伐。


そこから戦士ギルドに所属すると、

名のある魔物を片っ端から討伐していった。


彼の活躍により北方の目ぼしい魔獣は姿を消し、

傭兵や冒険者といった魔獣討伐を生業とする者たちが、

こぞって活動場所を中央以南に移したとも言われている。


そして彼の勇名を決定づけたのが、

北方の峰臥龍山脈の主、氷獣メガドドの討伐であった。


氷獣メガドドは氷の牙と爪を持つ巨大な獅子で、

竜種ですら喰らうと言われたほどの化け物である。


その氷獣を、ゴウセルは討った。

三日三晩の戦闘の果てに、

最後は素手で氷獣メガドドの背骨を砕いたのだと言われている。


凶悪で強大な氷獣と正面から渡り合えた理由は、

才能と研鑽により研ぎ澄まされた槍術と、

女神から与えられた技能にあった。



・・・

・・


「ぐ・・・あ・・」


僕は痛みに悶える。


視線の向こうではゴウセルがランスを構えていた。

ゴウセルの全身は先ほどまでと異なり、

白い光に包まれていた。


「テメェごときに、使うとは思わなかったぞ・・・楽に死ねると思うなよ、コラ・・・」


ゴウセルはそう呟いた。

そして、軽くその場でステップを踏むと、

その姿が視界から消える。


次の瞬間、僕は再び吹き飛ばされていた。


「ぐああっ!」


痛みを感じて、自分がゴウセルに攻撃されたのだと知る。

ダメだ、目で追えないほど速い。


あの白い光を纏ってから、

ゴウセルの力もスピードも、けた違いに跳ね上がった。


逆側の壁に吹き飛ばされる僕は、

先ほどと同じく壁の向こうの部屋に叩きつけられた。


そこは小部屋のような場所で、

中央には光り輝くクリスタルがあった。


「・・・・あ」


そこで僕は思い出す。

元々僕はこれを探してここに入ったのだった。


拠点制圧のためのクリスタル。

壊せば、自チームの得点になるものだった。


すでにゴウセルに勝てる見込みはない。

いや元々見込みなんかなかったけど、

白い光に包まれたゴウセルはまさに無敵だ。


僕は最後の力を振り絞り、

クリスタルに向けて魔法を放たんとする。

せめて一矢報いてやりたい。

僕はそう思った。


だが、


「ぐあッ!!」


何かが僕のわき腹を貫いていく感触がした。


再び吹き飛ばされた僕は、

まるでぼろ雑巾のように地面に転がる。


「・・・ハァ、ハァ、・・・クソが・・・」


そう言ってゴウセルが大きく息を吐くと、

彼の身体を覆っていた光が収まっていくところだった。


どうやら白い光を解除したようだった。


だがそれはつまり、

ゴウセルが僕との戦闘の終了を確信したということだ。



「・・・ぐ・・・」


痛みで意識が遠のく。

いや、むしろ痛みが強すぎて気絶も出来ないのか。


どちらにせよ僕の身体はズタボロで、

もはや指も動かすことが出来ない。


たった三発。


僕が数百発もの魔法を放ったにも関わらず、

ゴウセルにはダメージすら与えられなかった。


だが僕はゴウセルから三発の攻撃を受けただけで虫の息だ。

それは越えられない、圧倒的な差だった。


やはり僕みたいななんで選ばれたのかも分からないやつと、

黄金龍王杯の参加者には大きな隔たりがあるのだ。

僕は自分の無力さを痛感した。


師匠の首輪も、すでに熱を失っていた。


遠のく意識の中、

僕は考えた。


そう言えばこんなに全力で戦ったのは初めてかも知れない。

魔導学園に入ってすぐに、自分に期待することは止めてしまったし、

魔導士ギルドに入ってからも危険な依頼からはなるべく遠ざかっていた。


これが全力で戦うってことか。

負けるって悔しいんだな。

僕は今更に思った。




その瞬間―――――


強烈な既視感が僕を襲う。


いや、待てよ。

僕は知っている。


この悔しさを、

この痛みを。


誰かに負けることの辛さ、

そして無力感を。


その時、僕はどうした?


何かを、何かを願ったんじゃなかったか?

そうだ、あれはたしか・・・


パキン、と僕の中で何かが音を立てて崩れる。

それと共に僕は僕の中に記憶が蘇るのを感じた。



僕が思い出したのは、

あの聖域のことだった。



そしてその時、

僕の耳元、

余りにも近いその場所から、

ハッキリとした声が聞こえた。



『あーあ、思い出しちまったのカヨ、めんどくせーナ』



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