このおにぎりをたいせつにする
なろうラジオ大賞2第六弾。今回は「おにぎり」のお題から書いてみました。
ちょっとしんみりするお話も好きです。別れの予感と、それを包む優しい空気、みたいなの胸にきます。
という事で、夜に月など見上げながらお楽しみください。
「お嬢!」
葬式の場に不似合いな大声。振り返ると大きな影。喪服、青い顔、そして角。
「この度はとんだ事で……。繋様には返し切れない御恩があるのに……」
祖父の棺桶の前で肩を震わせる鬼。鬼の目にも涙。唯一の家族を失った悲しい場なのに、何だか少し笑えてくる。
「お嬢! せめてお嬢が独り立ちするまでは、自分に面倒見させてください! お願いします!」
「……うん、よろしく」
「どうしましたお嬢?」
「ん、蒼樹と暮らす事になった日の事思い出してた」
「繁様のお通夜でしたから、八年前ですか。早いものです」
「最初に会った時からだと、私小学生になる前だから……、十五年?」
「懐かしいですね。あの節分の日、繁様に『鬼は内』と呼んで貰えなかったらどうなっていた事か……」
「お爺ちゃん、変わってたよね」
「お嬢もですよ」
「そう?」
「そうですよ。自分を怖がるどころか、肩車をせがんで、角を『はんどるー!』と離してくださらなくて」
「そう言えばそうだっけ」
「懐かしいですね」
思い出話が途切れる。普段は気にならない沈黙が今日は重い。
「あの、さ」
「はい」
「私、成人して就職決まったじゃない?」
「おめでとうございます」
「一人前、よね」
「ご立派になられました」
「……だから、……ありがとう」
「お嬢……」
意図を察した蒼樹の顔が悲しげに歪む。辛い。でもこれは私から言わないと。
「お爺ちゃんへの義理でここまで面倒を見てくれてありがとう。蒼樹が居なかったらどうなっていたか分からない」
「……勿体ないお言葉です」
「だから、もういいの。大丈夫なの。私に縛られないで。蒼樹は蒼樹の人生を生きて」
「……ありがとう、ございます」
深々と頭を下げる蒼樹。良かった。これで義理を大切にする、この優しい鬼を解放してあげられる。
「あの、時々様子を見に来ても?」
駄目だ。まだ保護者だ。仕方ないけど。ならば次の手を。
「実は私好きな人が出来たの」
「なっ! どこのど……、お、おめでとうございます」
「ちゃんと話したいんだけど、明日時間ある?」
「分かりました……! お嬢に相応しい男か自分が見定めます……!」
正に鬼の形相。普通の人なら見ただけで逃げ出しそう。でも大丈夫。
「厳しく行くか? だがそれで破談になっては元も子も……。そもそも嫁になどまだ早いのでは……」
怒ったり、悩んだり、寂しそうにしたりと忙しい蒼樹。これを見せたら、その顔はどう変わるのかな。
笑いを堪えて、私は愛用の手鏡を一撫でした。
読了ありがとうございました。
おにぎりが一回も出てこない? タイトルは「この鬼義理を大切にする」ですから何も間違っていないのです。
主人公の両親はどうしたのかとか、祖父の死因は何なのかとか、主人公はどんな仕事に就いたのかとか、気になる要素は多々あるかと思いますが、短編ゆえの粗とお目こぼしください。
ではまた次の作品でお会いしましょう。