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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夏のホラー2020

あかい窓口

「急いでるんで」

「それでしたら、お客さんはみどりの窓口にどうぞ」

「分かりました」

 前に並んだ青年は初々しいスーツ姿の就活生だろうか、緑色の看板が掲げられたガラス張りの部屋へ向かった。

 私の番になり、

「すいません、迷ってしまったのですけれど」

 年配の駅員に訊ねたけれど、無視されてしまった。さらに酷いことに、後ろの客の対応を始めたものだから、腹が立ってしまった。

「あのう、私、さっきから並んでいたのですよ」

 私の声を意に介さず、二人は話を進めている。

「流石に怒りますよ」

 拳を振り上げたとき、

「申し訳ありません、教育が行き届かなくて、いやはや失礼致しました」

 いつの間にか、私の隣には別の駅員が立っていた。彼は素早く一礼する。

 深々と下げた頭が百八十度回転して目が合った。群青の制服に身を包んだ男は、私を見つめたままの格好でニタリと笑った。

「ご案内致します」

 田んぼの案山子よろしく痩せこけた長身の男は、ふらふらと覚束ない足取りで、思わず肩を貸してあげたくなる。

 みどりの窓口を通り過ぎて、改札も素通りする。コンビニとトイレの間をすり抜け、エスカレーターへと向かっている。

「どうぞこちらへ」

 エスカレーターは一つしかない。普通は往復二つある。下りと上り。これは、

「一方通行じゃない」

「左様です」

 痩せこけた駅員はあっけらかんと答えた。

 促されるままに、エスカレーターに乗ってみた。

「ねえ、これってどこに」

 振り返ると姿がない。あの駅員はついてこないのか。胸が熱くなり、頭に血が昇る。

 無責任なやつだ。誰だ教育が行き届かなくてとか言っていたのは。まったくふざけてる。ふざけたやつだ。なんてふざけたやつだ。

「ほんと、ふざけたやつですよ、仰る通り」

「誰よ、あんた」

 真っ赤な制服と黒い手袋をした男が待ち受けていた。

「や、どうかその握った拳をお納めください。ようこそ赤の窓口へ」

「赤の窓口?そんなの聞いたことないわ」

 困惑の表情を浮かべる私を揶揄するように、男は太った腹をはち切れんばかりに反らしている。

「適当なことで誤魔化して、私を馬鹿にしているのね」

 再び殴りかかろうとした私に怯えるように男は縮こまる。

「滅相もない、折角ご案内差し上げようと思っていますのに」

 苦笑いをしながら、太った駅員は私を先導し、地下通路を歩く。通路は薄暗く、赤いセロハンを貼ったように、不気味な電灯が足元を照らしていた。

 排水溝をネズミの群れが這い回っている。低い天井には蜘蛛の巣が折り重なっていた。そして極めつけは、鼻腔をつんざく悪臭だ。

「これ、何の臭いなのよ」

「ご存知ないのですか」

「当たり前じゃない、卵の腐ったような、それと焦げたような、色んなものが混じってる。あなたは感じないのかしら」

 太った駅員は首を傾げている。

「お客様も直にお分かりになりますよ」

 素っ気ない口調に思わず手が出そうになるが、すんでの所で拳を引っ込めた。

「間もなくです」

 真っ赤な四畳足らずの空間に、夜の闇よりも深い黒い金属の塊が置かれていた。何をしてよいか分からず戸惑う私に、太った駅員は手本を示してくれた。

「触るだけでいいんです」

 黒い金属の塊は、縦長の直方体で、上部が斜めに切り落とされている。切断面に仄かに映し出されたのは、知らない男の顔だった。

 指でフリップすると、次、またその次へと画像が移り変わる。私の指が、何枚目かでふいに止まった。

「これ」

「見覚えがありますか」

「ええ、この浅黒い肌と突き出た顎。でもどこで会ったのかしら、思い出せないわ」

「無意識のうちに刷り込まれた残像であっても、あなたの指を止めたなら、それは十分に証拠になり得ます。さあ行きましょう」

 金属の塊の奥には扉があり、広い真っ暗な場所に通じていて、ポツンと電車が一両あった。

「さあお乗りなさい」

 太った腹に押された私は、吸い込まれるようにして車内へと誘われた。

 長いトンネルをどれくらいの時間をかけて揺られただろうか、急に停車した電車の窓からは何も見えない。

 扉が開いて、乗客が一人やってきて、酔っているのか、躓いて転んだ。仰向けになった男には見覚えがある。

「な、何でお前が、あれ、この電車、変だぞ」

 私の顔を見て飛び起きた男は浅黒い肌に汗を光らせている。顔をしかめて鼻を摘まんでいる。私がにじり寄ると、益々ひきつった表情をする。

 車窓に反射した私の顔は、皮膚が崩れ落ち、骨が透けていた。至るところからウジが沸き、床にボタボタとこぼれている。

「ひぃ、頼む、夢なら醒めてくれ」

 全く、酷い男だ。人の顔を見て逃げ出すとは。次第に記憶が鮮明に甦ってくる。

「あんた、あんなに可愛いって言ってくれたじゃない。新しい娘とはうまくいってる?」

「悪かった、すまん、助けてくれ」

「許さない」

 私は握った拳を思いきり振り下ろした。血飛沫が車内を真っ赤に染める。男の心臓から止めどなく流れる。

「良かった。あんたに刺されたの、苦しくて握ったままだったけど、役に立ったわ」(了)



悪いことして、酔っぱらって、電車に乗ったら、どこか別の場所へ通じているかも。それは天国か、はたまた地獄か。


浮気、ダメゼッタイ



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