6 不思議な縁
アンネside
昨日来た兄ちゃんたちは山へと向かった。もう昼過ぎとなり不在の間に掃除を済ませた。
夕方には帰ってくると言っていたから、夕飯の仕込みをする。
朝、パンを出したら大層喜んでいたから、昨日はキッシュにでもしようかと、パイ生地を仕込んでいた。
生地をこねながら、あの山になんの用があるのか疑問に思った。まあ絵を描いたり記事を書いたりしている旅人と言ってたし、色々なところに行ってみたいのだろうか。
「ただいま」
宿の裏にある畑へ、野菜の収穫に向かっていた娘のハンナが帰ってきた。ほうれん草もあるし、美味しいキッシュができそうだ。
「なに作ってるの」
「キッシュを作ろうとしてるとこだよ」
「あの兄ちゃんたちパイとかも食べてなさそうだよね」
この国のペイシル以外の地域では、イモが主食となっている。マッシュポテトやフライドポテトにして肉や野菜と一緒に食べるのが主流だ。
「なんか寂しいね」
「そうだね」
数年前までは普通に流通していたものが、今では普通ではなくなってしまったのは寂しいものだ。だが、村人に何かあってからでは遅く、苦渋の決断で生産をやめたのだ。
「なにかきっかけがあればいいけどね」
ハンナが手伝いながら言っていた。
山にいる猪が、畑に降りてくることは滅多になかったのに、なにが起きたのか。まあそれがわからないから、小麦の大量生産ができないのだが。
パイ生地が焼き上がり、アパレイユを入れて再度焼く。待っている間に、サラダやスープを作る。
アンネには酒のつまみを用意してもらう。
キッシュがいい匂いを漂わせ始めた頃、兄ちゃんたちが帰ってきた。どうやら空気が重い。何かあったのか。パッと見る限り怪我をしたわけではなそうだけれど。
「大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です。少し部屋にもどっても平気ですか」
落ち着いている方の兄ちゃんが答えてくれた。そういえば名前を聞いていなかった。
兄ちゃんたちは二階にある部屋へと向かって行った。心配していると落ち着いている兄ちゃんが降りてきた。
「山にいる猪ですけど、今後畑に降りてくることはなさそうです」
ハンナもわたしもその言葉に驚いた。どうやって知ったのかとか、本当なのかとか聞きたいことは多かった。
「いきなりこんなこと言われても困りますよね。すみません。
それともう小麦の生産を再開する気が無いようでしたら、出すぎた真似をしました」
丁寧に頭を下げる兄ちゃんが嘘をついているようには思えなかった。猪たちが畑に降りてこないということは小麦の栽培を再開できると言うことになる。人も足りないし、いきなり前のような量は作ることができないだろうけど。
「ちょっと村長に聞いてくるよ」
ハンナも同じ気持ちのようで、さっそく自身の旦那である村長に確認を取るために酒場から出ていった。
「説明しても信じてもらえるかはわからないですが、ノアは動物の気持ちが何となくわかるんです」
兄ちゃんが話した。そういえばクロが一部の吸血鬼は特別な能力を持っているって話をしていたことがあるのを思い出した。たぶんそのことだろう。
「吸血鬼の特殊能力ってやつかい?クロが話してたことがあったよ」
言葉を返すと兄ちゃんは驚いていた。
「はい。皆さんは本当にクロさんから信頼されていたんですね」
兄ちゃんの言葉から、吸血鬼が能力のことを話すことは普通ではないのだろうと察した。クロが山に住むと言い出したときに、村人たちが心配して一斉に反対したときに、話してくれたことだった。
「おまたせ。今は手が話せないけど、本当に大丈夫なら夜に山に行って判断したいって」
結果、ハンナと村長と、兄ちゃんたちと一緒に明日の夜に山に向かうことになった。体力的にきついが、小麦の生産がまた出来るようになれば、村にも活気がでる。それはとても喜ばしいことであり、期待も込めて、一緒に着いていくことにした。
きっと兄ちゃんたちは寝ずに一夜を明かすだろうと思い、お酒の準備とつまみの準備に精を出した。
この国で廃れていくと思っていたものが、また時を経てまた復活できる可能性があると思うと、当時育てていた身としては嬉しいことだ。