記憶
錆びた鉄柱をアブラムシが張っている。
気にもせずに掴んでいた。
コの字型の職員室と通路の隙間に天井の無い内庭がある。
そこでぼんやりと草木を見ていた。
空から注ぐ雨を見ていた。
テントウムシがアブラムシを食んでいる。
チャイムが鳴っても僕はそこにいた。
左手には保健室。
後ろには入ったことのない名も無き部屋。
雨音が響いている。
鮮やかな緑が眩しいほどに輝いている。
深緑、緑、黄緑。
語彙がないから伝えきれない。
その植物の名前を僕は知らない。
もう、その場所は無い。
確かめることも出来ない。
卒業した後、木造校舎は取り壊された。
階段から飛び降りる子供の体重を一手に引きうけた木の踊り場も。
古びた木の香りも、あの日、擦りむいた膝小僧も。
先生の後ろ姿、名も忘れたクラスメート、あの頃の孤独も。
雨が降っていた。
あの日、雨が降っていた。
僕は冷たく錆びた鉄柱を掴んでいた。
あんな景色が一生心の中に残るなんて考えもせずに。
僕は、ただそこにいた。