表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拝啓前世の君へ。  作者: Shiran
1/6

天の邪鬼、という言葉がある。

人に反抗した行動をする、ひねくれ者を表す言葉だ。

天の邪鬼。これは彼の悪態を的確に突いている。

常に人を嫌い、輪の中に入れない。

今だってそうである。

一緒に食べよう、連絡先を交換しよう。

そんな言葉、何度かけられたことか。

だが、彼はそのことごとくを断ってきた。

なぜか、それは、彼と周りの人間の世界が異なるからである。

先に、天の邪鬼は彼の悪態を的確に突いている、と書いた。

だが、彼は自分から天の邪鬼になったわけではない。

彼はあくまで本心から人に逆らっているのだ。それ故、彼を理解するものなどいない。


「…つまらんな」


彼は教室にできた三つほどの集まりを見渡して、そう呟いた。

今日も一人飯である。

裏門の階段に付けられた古びたベンチに座り、妹特製の弁当を平らげる。

その後、若草の香りを乗せて吹く風を楽しみながら、一人空を見上げる。

彼はこの時間が好きだ。

ただ一人、大きな空と一対一。

この時間だけは、狭っ苦しい人の理から解放される気がする。

彼はその後も静かに授業を受け、また一人で静かに帰る。

青い屋根の家が彼の家だ。

古びた玄関の扉を開けば、その音に妹の奈緒が反応する。


「あ、ゆーにぃおかえりー」


ゆーにぃというのは、彼…三島 優のゆうをとって付けられたあだ名だ。

昔からこの名で呼ばれている。今更違和感なんてないが、高校生にもなると少し恥ずかしかったりする。

我が家でも基本的に僕は言葉を発さない。

ただ、妹の話に相槌を打つだけだ。

隣の家に女の子が越してきただの、特になんの面白みもない話だが、暇つぶしにはなる。

その日も何事もなく、ただ波のない時間が流れるだけだった。


その日の深夜。

彼は夢を見た。


腕の中で少女の顔。

滲む視界。

その世界の全てを怨んでしまいそうな憎悪。

音は…ない。

やがてかすかに動いた唇は、なにかを伝えようとしていたが、彼には分からなかった。


翌日、いつもあるはずの妹の正拳がなく、寝坊した優は、バナナを片手に家を出た。

間に合いそうもない、と考えた彼は、乗ったことのない一つ遅れた電車に乗ることにした。

この電車は初めてだな…。

千葉行き、7時20分発の電車。

満員で、おしくらまんじゅうなんて比ではない。

その中で、彼は昨日の夢のことを考えていた。

あれはなんだったんだろうか。

あの少女は着物を着ていた。昔見た時代劇の夢だろうか?

外傷はなかったし、病気で命を落としたのだろうか?

寝坊した自分を恨みながらも、なんとか千葉駅まで持ちこたえた。


「いや、ぜんぜん辛くなかったな…」


一人着崩れた制服を直しながら、僕は階段を降りていった。

いつもの変わらない世界。モノクロで、白と黒しか見えない。

ただ、今日のその一点だけを除けば。

それは、絶対的美だった。

長く伸びた銀髪をツーサイドアップにまとめ、顔立ち、鼻筋など、ありとあらゆる地点において完璧な美少女だった。

この時間に駅から出てくるのは、先ほどの電車に乗っていた人だけだ。

あんな満員電車から出てきて、なぜあんなに余裕なんだろう、と彼は思った。


「ま、関係ないか…」


彼は、もう関わることのないであろう美少女を横目に、またもや変わらぬ日常へ戻っていった。

彼女の制服が、彼の高校と同じものだということに気付かずに…。


その日の昼休み。

いつもの彼ならば、妹が作ってくれた弁当を持って、ベストプレイスに行くはずなのだが。


「クソ、買うしかねえか」


生憎、奈緒は寝坊していた。

彼が朝起きた時には、未だ奈緒は布団の中。

弁当はもちろん用意されておらず、今日は買ってくれ、と頼まれたのであった。

購買まで行ってパンとコーヒー牛乳を買った彼は、足早にいつもの古びたベンチへ向かう。

ただ、そのベンチはいつものベンチではなかった。

青錆が付き、ペンキが剥げた鉄臭いベンチに佇むのは、見覚えのある銀髪の少女。

しばらく呆気にとられていると、向こうから話しかけてきた。


「あ、ごめんなさい。貴方の場所だった?」


あぁ、そうだ早くどけ、と彼は思ったが、彼女の容姿に少し躊躇い、こう言った。


「別に。僕の場所ってわけでもない」


「あらそう?じゃ、一緒に座る?」


別の場所に行ってやるという彼なりの言い方だったというのに、帰ってきた言葉は予想外のものだった。


「ふむ、悪くない提案だ」


そう言ってベンチに座った時、彼は自分の行動に違和感を感じた。


…誘いに乗った…!?

この僕が?奈緒以外の誘いにか!?

おかしい、おかしいぞ…。


「ねぇ、なにぶつぶつ言ってんの?」


隣に座る少女の声で、彼は正気を戻した。

まぁ、ただ機嫌がいいとか、この場所を意地でも取られたくないとかそんなとこだろう。

そう結論づけると、彼は黙ってパンを取り出した。

二人は、黙って咀嚼した。

彼は、夢のことを思い出す。


やっぱり、似てる…よな。


気付かれないよう、横目に少女を見ていると、やがて彼女と目が合った。


「ねぇ」


「ん?」


たが、呼びかけの本意は伝えられず、ただ彼女は彼を見つめる。


「え、なに?」


「…ふふ、なんでもないわ」


クスッと笑うと、彼女はそのまま元の姿勢に戻る。

なんだったんだ、と彼は少し機嫌が悪くなった。

それに対し、彼女は機嫌が良さそうだ。

弁当に敷き詰められた芋煮を頬張っている。


今時芋煮…?趣味が古いな。


そう感じた時、彼の胸にチクっと何かが刺さった。

ギュルギュル、と脳の音がする。

見たことのない景色。

古い家と、ボロボロな茶碗。


「…!」


偏頭痛のような刺激に、少し頭を抑える。

隣に座る彼女が不思議そうに見つめてくる。

夢に似ているな、と彼は思った。


ま、小さい頃見た映画とかだな。


どうせロクな記憶じゃない。彼は、いつもと同じ若草の匂いに揺られながら、デザートに買った芋餅を頬張った。



その日の放課後。

帰ろうとしていた彼の所に、とある女子生徒がやってきた。


「三島君、呼んでるよ?」


「…あぁ」


いつも通り無愛想に返すと、彼は声をかけてくれた生徒の指す方向を見る。

そこにいたのは、昼の銀髪。


「何」


「いや、一緒に帰ろっかなーって」


「なんで」


「別に、少し話したいなって」


断る理由もないし、今日くらいはいいだろう、と彼は考え、来いよ、と呟いて廊下を歩き始めた。


帰る、というのは、彼の中では家への直行だった。

だが、彼が今いるのは家とは反対の方向。

町周辺で一番大きいデパードだ。

さっきから服やらなんやらを永遠と見続けている。


「なぁ、そろそろ帰っていいか?」


「えー、なんでよー」


「僕だって疲れてるんだ、銀髪の予定に付き合うほど仲も良くないだろ」


「………」


銀髪が黙る。

しまった、言い過ぎたか、と彼が思った瞬間。


「ま、今回はそうだよね…」


「今回…?」


今回とはなんのことだろうか、不明な発言をした彼女は、やがて声色を変えてこう言った。


「それと、私銀髪じゃなくて、海山 桜ね。覚えといて」


「ん、おう?」


彼…表記は優としよう。優は、桜の突然の自己紹介に少し驚く。


「時間も少ないし、とりあえずもう一個くらいお店行こっかっ!」


「えぇ…」


奈緒以外に振り回されるのは、あまり好きじゃないな、と優は思った。

やがてゲームセンターの前を通った瞬間、桜の足はピタッと止まった。

視線の先にあったのは、赤い腕輪。


「記憶の腕輪…?」


胡散臭い張り紙と、二本セットの赤い腕輪の箱。

桜は、それを一心に見つめていた。

『忘れ物をしなくなる、大事なことは来世まで覚えていられる魔法の腕輪っ!』

そう書かれていた。


「いや、あんなの絶対…」


優は、そう言いかけて気付いた。

桜の顔が暗いことに。

少し俯いて、なにも話さない。

優には何がどうしたのか全く分からなかったが、溜息をして腕輪のUFOキャッチャーに100円を入れた。


「三島君…?」


「……」


優は、慣れた手つきでキャッチャーを操作し、落とした腕輪を桜に渡してやった。


「ほれ、欲しかったんだろ」


「………っ!!」


桜は、その腕輪の箱を力一杯抱きしめて、やがて黙り込んでしまった。

すると、突然顔を上げ、桜は僅かな涙をためてこう言った。


「大事に…大事にする…!」


「………おう」


素直な彼女の反応に、優は少し照れた。

女子のように顎まで伸びた髪で、顔を隠す。

やがて興奮が収まったのか、桜はにこやかに言った。


「帰ろっか」


不思議と、優は「やっと帰れる」とは思わなかった。

寧ろ、もう少しだけこのままでもいいとさえ…。

帰りの電車では、まるで奈緒のような中身のない話で花を咲かせた。

桜と優は家が近いらしく、優の家の近くまでやってきたところで、優が言った。


「じゃ、僕この家だから」


「えっ」


すると、桜は少し驚いた声を出した。


「わたし、この家の隣。昨日越してきたの」


なんと、昨日奈緒が話していたお隣の女の子とは、桜のことだったのだ。

引っ越してきた、といえどきっとほんの少しの距離なんだろう。

高校では転校生なんて話はなかった。

きっと、学区内での引っ越しなのだろう、と優は考えた。


「ま、おやすみ」


「うん、おやすみ」


すっかり暮れた日を背に、二人は互いに十メートルも離れない家の玄関に入っていった。



それから一週間。

二人は共に過ごす時間が多くなっていた。

登校、昼食、下校共に同じ場所。当然といえば当然だった。

優と桜が出会って丁度一週間と一日。

優は、担任から少し声を掛けられた。


「三島、少しいいか?」


「あぁ、はい」


「お前、海山と仲良いのか…?」


良いはずないだろ、と優は少し答えたくなる。まったく、悪態というのはどこでも付いてしまうものなのだ。

だが、隠す理由も反抗する理由も、ましてや反抗する意思もない。

優は、素直に答えた。


「まぁ、悪くはないかと」


「そうか、よかった…」


担任の加持は、安堵した表情で溜息をついた。


「いや、あいつ不登校気味でさ。赤い腕輪つけるようになってから、急に学校にもきてくれるようになっててさ」


聞いてねぇ、と優は思った。

基本、優に他人の事など関係ないのだ。

自分に声を掛けた者が友達が欲しいだけの人間だろうと、たった一人友達が欲しくて勇気を出した人間だろうと、優は同じように扱う。


「そしたら、海山とお前が仲がいいなんて話を聞くもんだから、少しお礼を言いたくてな」


「別に、家が隣なだけですよ。お礼を言われるようなことなんて」


「それでも、教師としては嬉しいもんなんだよ…悪かったな、戻っていいぞ」


「はぁ、わかりました」


授業中、優は桜と担任について考えていた。

あの教師はなぜ担任していない桜を気にかけるのだろう、と。

あの二人、そう、桜と加持を男女として考えると、優の胸にはむず痒いなにかが走る。

簡単に言うと、イライラする。

そしてほんの少し、微々たる思いだが、早く昼休みが来ないかと思う。

脳裏に海山の顔が浮かぶと、胸がドクンと高鳴りをあげる。

そうか、と優は自分に起きた事を理解した。

そして、確認するように、小さな声で呟いた。


「不整脈か…」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ