天使に裂かれる可哀想なジャージ
「おいしいです瑛太さん。これも、これも、これも! 全部おいしいですよ!」
あ、好き。
……おい、待て待て。今コロッと俺の心が傾いちまったぞ。
くっそ、こんなにストレートに料理を褒められたら、そんなの普通にうれしくなるに決まってるだろ。
ただの目玉焼きとベーコンとトマトとトーストのザ・朝食セットだぞ。
朝食だけでこんなに言われたの初めてだわ。
ちなみに今はもう全裸じゃなく、妹のサイズじゃ合わないから俺のTシャツとジャージを着させている。
俺は全裸のままでもよかったんだけどね、妹がダメらしいから。
「で、あなたはお兄ちゃんの何なのですか」
おっと、妹が切り込んできましたね。
俺としてはこのおいしそうに食べてくれる姿をもっと見ていたかったんだけどな。
「ん? あ、そうでしたね」
え、言うの? 妹に?
いや、俺もまだ半信半疑なんだけどさ……あれってマジなの?
「こほん、えー、私は天界より瑛太さんに彼女が出来るようサポートしに参りました。名はサラと申します。どうぞよろしくお願いします」
「……」
「……」
……うん、まぁそうなりますよ。
俺はまだいいよ。いや、よくはないんだけど、まだあの夢を体験してたから信じれる部分はあるよ。
でも妹は――、
「お兄ちゃんに……彼女を……だと……」
あ、気になるのそこなんだ。
もっとおかしいとこあった気がするんだけどなぁ。
「あ、でもなんでお兄ちゃんなの? 彼女が出来ないかわいそうな人は他にいっぱいいるのに」
おいおい、言ってやるなよ可哀想だろ(笑)。
……あれ、なんか、涙が止まらない……。
「それがですね、このままだと瑛太さん、一生童貞ルートに直行なんですよ。えへへ」
「え……うわぁ、お兄ちゃんかわいそう。ふへへ」
おいそこの2人笑ってんじゃねえぞ。
俺は全く笑えねえんだよ。
「でもさぁ、サラさんがお兄ちゃんと一緒に、しかも裸で寝てた理由にはなってないよね?」
あ、まだ許されてなかったんですね。
てか俺もそれ知りたかった。なんで俺と一緒に寝てたんだコイツは。
「うーん、特に理由ってのはないですね。私が現界したのが、たまたま瑛太さんのベッドの中ってだけですので。なんで裸なのかは私にも分かりません」
ベッドの中でありがとうございます。しかも全裸で。
「……その現界ってなんなの? まさか本当に天使って言うんじゃないよね?」
やっぱそこ疑いますよねぇ。
今まで指摘しなかったのが不思議なぐらいだ。
「あ、もしかして信じてないんですか? 私、本物ですよ?」
「むしろなんで信じてると思ってたのかな」
ぶっちゃけ俺でも未だに半信半疑なんだよな。
天使なんか、実際にいるわけがないのがこの世界の常識だからな。
「えへへ、なら見せてあげますよ。私が天使だという決定的な証拠を!」
そう言うとサラは立ち上がり、両手を上に掲げると家の中だというのに謎の光が彼女を中心に広がっていく。
するとサラの背中から、俺が夢で見た美しい大きな羽が生えてくる。
部屋に広がる謎の光とサラの美貌もあいまって、彼女が本物の天使だと俺たちの本能の部分がそう告げていた。
ついでに、俺のジャージが羽の部分が裂けてしまってもう使えないことが本能で分かってしまった。
「えへへ、どうですか。これがその証拠です」
俺はもう2回目だからあまり驚きのほうは少ないけど、妹のほうは一体どんなリアクションしてるんだ?
俺、気になります。
「あ、あわわ、お、お兄ちゃんこ、ここ、これ、あ、あわわわ」
すげえあわわ言ってるな。
まぁこれが普通のリアクションなんだろうな。俺がちょっと特殊なんだろう。
「えへへ、どうやら信じてもらえたようですね。よっと」
妹が信じたのを確認すると、あの大きな羽が一瞬にして消えていった。
「どうですか未央さん、本物ですよ?」
「あ、あわわ、サ、サラさん、いやサラ様!」
あわわ言い過ぎて今度は崇めはじめたぞ。
「嫌だなぁ未央さん。そんな他人行儀じゃなくて、もっと親しみをもってサラちゃんでいいですよ」
「あ、あぁ、サラちゃんさまぁ~……」
もうごっちゃになっちゃってるよ。
リアクション芸人だなぁ妹は。
「瑛太さんはもっとリアクションとかないんですかって……あぁ……」
あぁ……ってなんだよ、哀れみの目で見るんじゃねえ。
何か思うとこがあるなら、この口と手を縛るガムテープを外してくれよ。
俺さっきからリアクションどころか喋ることすらできてねえんだからよ!
朝食作ったらすぐ妹にガムテープで縛られて、意見を言うことを許されていなかったのだよ。
「えへへ、瑛太さんお似合いですよ」
ぶち殺すぞてめえ!
「お、怒らないでくださいよ。冗談ですよ冗談」
半分は本気だっただろ絶対。
「えへへ、ねぇ未央さん。そろそろ瑛太さんを解放してあげてもいいんじゃないのでしょうか」
「え、あぁ、すみません忘れてました。ごめんねお兄ちゃん疑って」
そう言うと妹は俺の口についたガムテープをビリビリと外していってって痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
めっちゃゆっくり外してるから余計に痛いよ。
「……ぷはぁ。あぁ、謝らなくていいよ別に気にしてないからね」
全部コイツのせいなんだからな。
「えへへ」
なに笑ってんのコイツは。
「では改めまして、天界から瑛太さんに彼女が出来るようサポートしにやって来た、名はサラと申します。これからどうぞ、よろしくおねがいします」
「あ、あぁ、こちらこそよろしく」
やっぱりただの夢じゃなかったんだ。本当にコイツから俺は恋のサポートを受けるんだな。
でないと俺は一生彼女を作ることは出来ず、童貞のまま死んでいく……トホホ……。
ん? ちょっと待て?
「今、これからどうぞよろしくと言ったがそれって……」
ま、まさかな……。
「えへへ、そのまさかなんですよ。今日から24時間、瑛太さんと一緒に行動していきますので、これからは同じ屋根の下ですよ」
オーノー。
いやいや、仮に俺が1000歩譲るとして、妹はどうなのかな?
「な、なぁ、サラさんはこの家で暮らすって言ってるんだけど、妹はどうなの?」
「わ、わたし!? サラちゃんさまと、い、一緒に、あ、あわわ……」
あー、まだあわわ言ってらぁ。
「未央さん!」
「は、はい!」
妹の名を呼ぶと、両手で14歳の小さな手を天使様がぎゅっと握り締め、お互い見つめ合う形になる。
「その、ダメ、でしょうか……」
あ、やばい。これ堕ちるな。
その容姿で上目遣いは反則すぎる。
「わ、わたしは、お、おっけーでーす……」
「あ、ありがとうございます! 未央さん大好きです!」
「はわわぁ!?」
はい堕ちた。
俺の目の前には、妹が包容力の塊であるサラに抱きしめられてる光景が映っている。
そう、包容力だ。アイツからはあふれんばかりの包容力というか母性といいますか、人をダメにする力が確かにある。
寝てるときにずっと感じていた俺が言うんだ。間違いねえよ。
「えへへ、あ、瑛太さん」
「な、なんだよ……」
妹を抱きしめたままこっちを見るなよ。
俺もそれに混ざりたくなるだろうが。
「混ざってもいいんですよ。ほら」
……いや、遠慮しときます。