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米次の生涯

作者: 齋藤 一明

 いってぇ俺ぁ何者なんだ。

 学がありもしねぇのに悩みだしたのはいつだったか。

 誰に作られ、どんな使命をおびて成らされたのか、ずいぶん考えたつもりだよ、未だ解けねぇ謎ってやつだ。

 どうやら俺は大量生産の産物らしい。といっても、なにも工場で組み立てられたんじゃねぇぞ、だってお前ぇ、体に継ぎ目なんてねぇからな。

 別に哲学者を気取ってやしねぇ。けどよ、こんな外が見えないカプセルに閉じ込められたまんまなんだぜ。外のことなんか全然入ってこねぇんだ。なぁんもだぞ、おい。

 なにが面白れぇのやら、なにがくだらねぇのやら、判っかるわけねぇじゃねぇか。

 こう言っちゃなんだけどよ、動きたくてウズウズしてんのに押し込められてよ、クサルなってぇ方が酷じゃねぇのか?

 ということでな、温いところでぼぉっとしてるわけさ。けどなんだな、外の様子が見えねぇ、音もはっきり聞こえねぇ。そんなふうにされてよ、ただゆらゆらと揺らされてみな、俺は何者なんだと考えるっきゃねぇじゃねぇか。

 とは言ってもだ、こちとら思案ってぇのは苦手でな、哀しいかな考えがおよぶのはそこまでだ。

 そんなことより、昨日はなんであんなに揺すられたんだろう。干からびそうになるような暑さがやわらいだとたんに、あんなに揺すられるとはよ。カプセルの中でさんざんぶつけちまったい。もう、そこらじゅうが痛くてな。まっ、済んだこたぁいいや、そいつぁあ落ち着いたようだしよ。そんな七面倒くせぇことを考えるのは性に合ってねぇや。まっ、今日はもう眠るとしようかねぇ。


 空調の調子が悪りぃのか、こんところ肌寒くなってきやがったぜ。カプセルを透かす光もいくらか、いや、ひところから較べるとずいぶん弱くなってきやがった。それに、なんだか栄養補給システムも動作不良みてぇだしよ。これまで食い放題だったのに、急にしみったれてきやがった。ここ三日ばかり前ぇからなんも喰ってねぇんだ。いくら大量生産の産物だからって、こんな扱いはねぇじゃねぇか。俺に死ねとでもいうのか? いや待てまて、俺だけがこういう扱いを受けているんだろうか。他の奴らも同じように食い物を止められてんだろうか。判らねぇことだらけだぜ。

 飯が途絶えて十日っぱかりたった。どうして十日だと判るかだと? 別に深い意味なんてあるもんか。明るくなり、暗くなり、また明るくなる。それを一日と数えてるだけのこった。もし違ってたら勘弁してくんな。

 とにかく、十日っぱかりたったとき、先の揺れたぁ較べ物にならねぇような揺れに襲われんだ。この前ぇのはよ、ただ横に揺すられただけだった。けど、こんだなぁそんなもんじゃあねぇ。揺すられ、転がされ、放り出され、叩きつけられ……。吐きそうなほど目が回って、気がついたらお前ぇ、真っ暗よ。

 いってぇ何事だって思ってたら、こんだぁ炒られるように暑くなった。カプセルの中に閉じ込められたままだから逃げることもできねぇじゃねぇか、汗をかいたさ。かいて、かいて、水っ気がすっかりなくなっちまった。ミイラじゃあるまいに、カラカラよ。するとな、ようやく暑いのが止んだよ。ちっとでいいから水気がほしくてなぁ、ゼイゼイハアハア息をしたさ。けどなんだな、いくら吸ってみたって水気なんてありゃあしねぇ。咽がカラッカラのまんま我慢するしかなかったよ。酷ぇめに遭ったさ。


 どんくれぇそのまんまにされたのだろうねぇ、明るくなんてならなかったからよ、それすら判らねぇや。けどな、なんだか動いてる。そんな感じがしてたんだ。

 ズズッと動いている。最初はビリビリッとしただけなんだがな、やっぱり動いてやがる。ズリズリ、コロコロって具合にな。どうやら落ちていっているようだ。カプセルの壁からも天井からもガサガサってえ音がしやがる。おそらく他の奴らといっしょに流れだしたようだ。

 カプセルを通してザーザーという音が響いてきた。音を聴いて想像するしかねぇが、かなりな速さで流されてるみてぇだ。

 と、いきなり天地がグチャグチャんなった。ミシッミシッってぇ音が混じってやがる。どうなっちまうんだろうって身を竦めてはみたものの、所詮カプセルに閉じ込められてんだ、泡喰ったってしゃぁねぇや。

 ミシッバキッってぇでけぇ音がしてよぅ、冷てぇ空気が流れこんできやがった。割れたカプセルから放り出された俺は、逆とんぼりになって落ちたよ。ふと周囲を見るとな、薄黄色れぇ塊が同じ速さで落ちてんじゃねぇか。

 カプセルはどこへ行ったって? 考えるゆとりなんかあるわけないだろうが、莫ぁ迦。


 薄黄色れぇ塊ん中に俺ぁ放り出された。ずらかりてぇよ、なんとかして逃げてぇ。当ったり前だろうが。そうは思ってもよ、上から上からは塊が降ってきやがる。一つや二つじゃねぇぞ、空が真っ暗になる勢いで降ってきやがる。中には跳ね返ってどっかへ飛んでっちまうのもあったけどよ、ほとんどは俺の上に振ってきやがった。そうやって俺の周囲が埋め尽くされちまうと、もう悪足掻きもできねぇやな。


 そうやって押し込められたまんま、どいだけの日がたっただろうかねぇ。なんでこんな塊といっしょにされなきゃいけないのか、俺ぁあ不満だったよ。なんでってお前ぇ、その塊ときたら、ただ黄色れぇだけじゃねぇんだ。なんだか汚ったならしいものを後生大事に抱えてやがってよぅ、そいつが落ちると散々だぜ。あたりに埃が舞うし、息もできねぇ。ただな、それも隙間があるうちのこった。隙間なくぎっしり詰め込まれてちまってみな、もう埃はたたねぇ。


 こんだ何が始まったのか、ドシーンと高いところから叩きつけられちまった。ドシーーンと衝撃があって、ズズッと塊が押し寄せてくる。手前ぇ、この野郎、押すんじゃねぇ。

 啖呵のひとつも切ってやりてぇけどよ、こいだけギュウ詰にされたんじゃあ言えねぇ。男だからよ、言っちゃいけねぇ。そうだろ?

 まあ、その後は穏やかんなったんで黙っててやったんだ。そうしたらどうだい、黙ってりゃ図に乗りやがって、またしてもドシーーンだ。糞ったれが……。


 またちぃとの間は音沙汰なしだったんだがな、その次は酷ぇのなんのって、これまでの扱いなんて子供騙しみてぇなもんだ。

 ひっくり返されたと思ったら、また始まったんだ。ザザーーッてやつが。

 押されてよ、周りが流されんのについて行くしかねぇじゃねぇか。

 ザザッザザッってな、落とされたかとおもえば横へ運ばれ、挙句の果てにゃ上へ上へと持ち上げられたんだ。その途中で例の黄色れぇ塊と押し合いへし合いだ。ぶつかるわ、擦られるわで散々なめにあったのさ。おかげで体中が熱もっちゃてよ、ポーッと熱いのよ。こんなに暖ったかくなるんだったらもっと早くにやりゃあいいじゃないか。こっちゃあよ、寒みぃおもいをしたってのによぅ。

 ガリガリ擦れ合ってよぅ、ザザーーッて落される頃にゃお前ぇ、黄色れぇ塊が白くなってやがんの。まるで俺みたいに……。あれっ、もしかして俺も黄色かったのか? ってことは、こいつらは俺の仲間?

 ……と、とにかくザザーーーーッとな、集められちまった。


 これだけ不幸が続いたんだからさ、もう勘弁してもらえると思うじゃねぇか。ところがだ、こんどは水責めときやがった。

 大きな、ありゃ風呂っていうのか? と、とにかく大きなところに放り込まれてよ、頭から水がドバーーッだ。

 どこまで痛めつけりゃ気がすむのかねぇ、ガサガサかき混ぜられて、何度も水を入れ換えられてさ、息ができねぇから苦しかったんだぞ。笑い事じゃねぇってぇの。


 風呂の蓋をされちゃったけど、なんだかホコッとしてきた。こりゃ良い按配だなんて、暢気に浸かっていたさ。だって、風呂なんだからさ。

 ところがだ、どんどん熱くなるのよ。いくら熱いのが好きだったって、あまりに酷ぇんだ。グラグラ煮えたぎっっちまったんだもの。

 熱くてよぅ、みんな跳び上がったぜ。風呂ん中をな、あっちへバタバタ、こっちへバタバタ。とうとう反吐だ。おいおい、汚ねぇって言ってくれるなよ、死に物狂いだったんだぞ。

 とうとう湯が全部蒸発しちゃってさ、もう青息吐息よ。


 蓋が開いた。

 涼しい風が入ってくる。ようやくこんな地獄みてぇなところからオサラバできる。

 そう思ったよ。おうともよ、本心から思ったよ。だけどだ、ぬか喜びったいうのかぃ、でっかい板が下りてきてなぁ、仲間を浚っていきやがった。

 どうしてこんな仕打ちを受けなきゃならねぇんだ? 誰か教えてくれよ。


 浚われた奴らはなぁ、ギュウギュウに固められちまったんだぞ。しかもだ、でっかい洞穴に詰め込まれてよぅ。とてもじゃねぇが、まともに見ちゃいらんなかったさ。

 洞窟が、洞窟が、恐ろしい勢いで閉じてよぅ、クチャクチャいう音だけが聞こえてきた。

 やつら、二度と戻ってこなかったぜ……


 俺ぁな、運よく風呂の縁に掴ってたんだ。だから他のことも見ちまった。見なきゃよかったよ。

 俺よりは背が低そうなやつらだった。色白でさぁ、別嬪だったなぁ。

 そいつらがな、大きな樽みたいなのに入れられてよぅ、湯気がモウモウしてるとこに……

 もう、死ぬか生きるかの瀬戸際だっていうのに、ばかでかい丸太で潰されちまって……

 あんなにされたら死んだはずだ。なにもあんな残酷なこと、潰さなくたっていいじゃねぇか。

 その屍骸をよぅ、あんな、ま、丸太で叩き潰さなくたって……

 なにがズドーーンだ。べチャッって音しかしねぇのに……


 ドシン、ドシンってな、何度もなんども叩きやがって。

 お、俺たちが何をしたっていうんだ? えぇ? 何したって……

 ペッチャンコにされた奴ら、コロコロ丸められてさぁ、炙られてさぁ……

 神も仏もあるもんか、俺ぁそう思ったね。


 俺かぃ?

 なんとか生き延びたよ。けどな、だらしねぇことに干からびちまってな、もう、目がかすんできやがった。

 そろそろおサラバさ。

 ケッ、クソ面白くねぇ人生だったよ。

 じゃあな




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― 新着の感想 ―
[一言]  こんばんは、齋藤 一明さん。上野文です。  御作を最新話まで読みました。  ご飯は、命に感謝して食べましょう。ということですね。
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