6話 勘違い
本来感じてはならない、ドア鍵の違和感。
この場合普通、泥棒やストーカーなどを疑うのだが…。
俺の場合は、迷わずアレを疑った。
結果的に疑って正解だった。
俺はすぐに、家の玄関ドアーーだと思っているそれを勢い良く開け、すかさずスマートフォンを取り出して室内を撮影した。
そして瞬く間に後ろに飛び退いて、着地よりも早く、先程の室内写真と、本来の室内とを照らし合わせる。
「蛇が出るか!狐狗狸が出るか!」
推測が実証される。
写真には、そこに自宅マンションの玄関ドアなんてものはなく、どこか見覚えのある部屋風景。
そして真っ先に危険視されるべくそれが、写真の遠くで写っている。
拡大しなくても分かる。
見覚えのない髪の長い女が、刃物のようなものを握って走って来る光景ーー
「なぁ!?どう考えても殺意丸出しで俺を狙ってるよな……こいつ!」
俺は着地の瞬間身体を反転させ、勘を信じて右回し蹴り。
次の瞬間、足に何か手応えのような物を感じた後、隣の壁が陥没する。
これは俺がドアを開けてから、僅か3秒ほどで繰り広げられた出来事だった。
「な、なんとか当たったか……!?」
こいつがコックリさんか……!?
コックリさんを倒すことが出来たのか……!?
流石に勝てるとは思ってない。
この場から一刻も早く逃げないと……!
そう思ったところで、俺は先程の写真を思い出す。
「あれ……!?そういや景色が俺ん家じゃなかった……!?」
俺はもう一度、恐る恐る家の中を撮影した。
カシャ。
「……これは悪い冗談だよな!?」
写真はこの場合真実を写す。
だから目に見えている物が偽りで、信じるべきはスマホ画面のそれなのだが……
家の中を撮影したはずが、写っている写真はーーコックリさんを行っていた教室。机の上に広げてあった、紙と10円玉がそのままだった。
俺は思考を働かせる。
ーー今思えば、確かにマンションの階段の段数が違ったような……マンションの階段を上がったと思ったあれが、実は学校の階段だった……!?そして家に帰ったつもりが、元の学校に戻ってきただけってことか……!?
「それってつまり……逃げる事は不可能って事じゃ……!?」
刹那。
謎の腕が俺の頭部を掴み掛かり、そのまま地面に叩き落とされた。
俺はすぐに横目を上に向け、そいつの姿を確認する。
「つ、か、ま、え、た」
そいつは、まるで語尾にハートマークが付いていそうな文面でそう言った。
足膝まで伸びた長い髪。清楚な巫女衣装を身に纏う。
うっとり表情で、俺を見下すようにその謎の女は、台詞を一文字づつ区切って話す。
「お、ま、え……い、ぬ、が、み、わ、た、る、か?」
ーー俺の名前を知っている!?間違いなくこいつは、俺を俺だと認識して襲って来たってことか……!?
女の持つ包丁が、夕焼けの反射で眩く光る。
「止めろ!俺はこんな所で死んでられないんだ……!俺は悠里の代わりにーー」
俺はこんな所で終われない……!
悠里の死の真相を突き止めるまでは……!
女はまたもうっとりとした表情で、包丁を顔の近くで握る。
「わ、た、し……き、つ、ね、い、ら、い、か……こ、ろ、し、に、き、ま、し、た」
きつねいらいか……?
場所の名前か?いや、こいつの名前か?
狐井狸花か……?いやいやそんなことよりも。
「どんな狂気に満ちた自己紹介だよ!」
逃げないと……!けれど、固定された頭が動かない!
狐井と名乗ったこの女は、包丁を持つ右手を上に上げーー
俺の心臓目掛けて振り下ろす。
ドスッと鈍い音が教室内に響き渡る。
「ガッ……」
即死な、致命傷を超える一撃必殺。
……
……!
けれどーー
俺はーー死なない。
俺は大声を上げて、狐井を振り落とす。
「痛てぇだろうがぁぁぁ!!!」
キョトンとした表情で腰をつく狐井に、かなり普通じゃない、かなりわかりやすい例え文句を言い放つのだった。
「心臓に包丁刺したら痛てぇだろうが!子供でも分かるぞそんな事!」
それが俺ーー犬神渉という、少し不死身な男子高校生だ。