5話 ただいま
空がすっかり茜色に染まり、その夕焼けさえも、沈むまであまり時間が掛からないだろう。
「ねぇ……私達、これで逃げきれたんだと思う?」
校門を出たあたりで、奈留が深刻そうな表情で立ち止まってそう言った。
コックリさんの幻覚空間は脱出した。けれどーー
確かにそれで終わりなのか……
安心するにはまだ怖いところがある。
この後それぞれ解散して帰宅するのだが、俺たち3人は一人暮らし。
奈留は俺と杁唖の裾を掴んで、震え声で提案する。
「ね、ねぇ渉?杁唖?これから駅前のカフェに行こうよ」
「今から?もうすぐ日が暮れるぞ?それに、どこに行ったっていずれ自分家に帰らなきゃならねぇんだよ?」
「わ、分かってるけど……」
今にも泣きそうになりながら、奈留は俯いて必死に何か用事を考えていた。
まぁ仕方ないんだけれどな。あんな霊的超常現象を体感して、生死を賭けた脱出ゲームを都市伝説相手に繰り広げたばかりなんだから。
とは言っても、夜遅くなる前には奈留を家に送らないと……一応女の子なんだから。
隣で杁唖が閃いたように、ニヤリと笑って俺の肩を組む。
「そうだ渉!」
「あぁ?何だよ?」
「今日はお前ん家に泊まりに行こう!」
かなり突拍子もない提案を、問答無用で杁唖は言った。
「はぁー!?何だよいきなり!」
けれど杁唖は何時もの調子で、俺のことを放ったらかしで奈留の前に飛び出した。
「なっ!なっ!奈留もおいでよ!」
「えっ!?で、でも渉に悪いし……」
杁唖は俺に尋ねることなく、無邪気な笑顔で奈留に言った。
「大丈夫だって!渉家は一人暮らしにしてはそこそこ広いしー」
「広さが問題なんじゃねぇよ!それにお前が言うな!」
そういう事はせめて、当事者の俺を加えて話せ。
「私達がお邪魔したら何か都合の悪いことでもあるのか……?」
奈留は今にも泣きそうな表情で、それを見せまいと俯いた。
その表情に俺はまるで心を抉られ、何故か罪悪感のような感覚に襲われた。
「な、奈留泣くなよ!」
俺がワタワタ取り乱しているとーー
杁唖が笑いながら奈留に近づいてーー
「バ〜カ奈留。察してやれよ。渉はなーー」
そう言って、奈留の耳元に近づいてーー
コソコソコソコソ。
俺に聞こえない囁き声で、奈留に何かを告げている。
杁唖がニヤニヤと笑い、奈留がそれに答えるようにクスクスと笑うのだ。
怖い怖い怖い怖い!
何!?何!?何!?
何かまるで検討がつかないけれど、それがむしろ逆に気持ち悪い!怖すぎる!
そして杁唖がチラッとこちらを横目で、ニヤリと笑って不気味な台詞を吐き捨てた。
「俺たちを泊めなかったら、奈留に『あの事』バラすぞ?」
「……!?」
『あの事』って何だ!?
何それらしく、俺たちにしか分からない秘密握ってます風に言ってんだ!?
奈留にバレたら不味い事……!?何だ何だ!?実は小説家を目指している……なんてバラす気じゃ!?
はっ!それとも、俺がラブライバーだって杁唖にバレたとか……!?
思考が巡る巡る。
行き着いた先は、無難な降伏だった。
「分かったよ!分かったから!俺ん家泊まりに来ていいからそれ止めろ!」
※
15分後。
俺は奈留と杁唖を連れ、自宅マンション前へとたどり着く。
グレーの外装、まだ建てられて新しい3階建てマンション。
この辺りは都心から少し離れているとはいえ、やはり高層マンションが立ち並ぶ。その中に埋もれるように建っていたこのマンションを、俺は上京のために引っ越してきた。
上京して2年。まさかここに友達2人を泊める日が来るなんて、当時は考えもしなかった。
まぁ……それもそのはず、当時は妹の悠里と2人で住む予定で借りたんだから。
なんて考えても、今は仕方が無いことなのだ。
いずれ事件の真相を暴く。俺はその目的を忘れない。
悠里の話はまた今度ーー
「俺ん家はこのマンションの2階だから。あ、でもちょっとここで待っててくれないか?」
俺は2人に唐突にそう言った。
「ん?どうかしたのか?」
「いや、2人が来るの突然だったから、家片付けてなくて。掃除機かけてくるから待っててくれ」
その後2人は気にしないでと言った。けれどこういうのはもてなす側が気が済まないから掃除するんだ。
俺は2人をこの場に残し、マンションの階段を登って2階へ上がる。
その階の突き当たり部屋。205号室の前にたどり着く。
『犬神』と書かれた表札。確か最初に杁唖を招待した時、『おお!ここが犬神家の一族か!』とか言って騒いでいた。そんな事を思い出してクスリと笑う。
そして俺は自宅の鍵をバックから取り出しーー
いつも通り鍵を開けようとする。
俺の家の鍵は、上下に2つ存在するタイプ。
まず順番に上の鍵を開けて回す。
何故こんな家の鍵を開ける事に、やたら説明口調を用いているのかと言うとーー
このドアには、渉が仕掛けたーー渉にしか判らない仕掛けが施されているからである。
では、話を戻そう。
いつも通り下の鍵穴に鍵を差し込み、回した所でーー俺は違和感に気づくのだった。
いや、気づいてしまった……
「あれ……いつもと違う!?」
俺は普段家を出る時、泥棒対策に二つ目の鍵は半ロックの状態にして出かけるのだが、そのため一つ目と二つ目の鍵とでは、開ける感覚が違う筈なのだ。
筈だったのだが……
二つ目の鍵がしっかり掛かっている。
まるでーー何者かが鍵を閉め直したかのように。
「……いや!それならまだいいんだが!もしかすると……!」
恐ろしい可能性が、俺の脳裏を過ぎった。
俺は恐る恐る、スマートフォンを取り出した。
カシャ!!




