3話 【プレイングミスのはずは】
《い ま む か つ て る》
3人の人差し指を乗せた10円玉が、確かにそう示していた。
「今、向かってる……!?そう言ってるのかコックリさんは……!?」
「えっ!?ここに来るの!?私達食べられちゃうのか!?」
「バカ言ってんじゃねぇよ!!開始数秒で死の宣告なんて聞いたことねぇよ!!」
杁唖が机を叩いて怒鳴り散らす。
この手の都市伝説を、人一番信じる杁唖だ。だからこそ恐怖に怯えるし、俺達もそんな杁唖の言葉を疑わない。
俺たち3人は、《10円玉から指を離してはいけない》そのルールを遵守しながらも、解決策を模索するのだがーー俺には言わなくてはならない事がある。
文句である。
「まさかこんな結末になるなんて聞いてなかったんだけどな杁唖!俺の知るコックリさんってのは、オカルト混じりの占いって感覚だったんだけど……!?」
「言っただろうが『都市伝説』だって!そんな甘い気持ちだったから、コックリさんに気に入られたんだろうな渉!よかったじゃん遊びに来るってさ!カラオケにでも行けば!?コックリさんと!!」
「コックリさん何歌うか知らねぇよ!!お経でも歌えば帰ってくれんのか!?」
「いい加減にしろよお前らァァァ!!」
奈留の怒りが、教室内を響き渡った。
あまりに大きな叫び声に、俺と杁唖の口論も中断を余儀なくされた。
まぁ確かに、ここで杁唖と言い合っていても仕方ない。
今はーー
生き延びること最優先なのだから。
「とりあえず渉。コックリさんにお帰り願え。丁寧な口調で、教えた通り言うんだ。10円玉が『はい』の所に動いたら成功だ」
俺は頷いて、杁唖のセリフを思い出しながらテンプレートな台詞。
「コックリさん、コックリさん。どうぞお戻り下さい」
3人の人差し指を乗せた10円玉が、ゆっくり動く。
そしてーー
俺達の期待を裏切った。
『いいえ』の上で静止する。
刹那。
10円玉が眩い光を放ちーー
「ーーなっ!?」
次の瞬間ーー10円玉から出た衝撃波のような力が、俺達3人を突き飛ばす。
椅子から倒れるように崩れ落ち、床や物に身体を打ち付けた……のだが。
俺達は目の前の光景に、目を疑っていた。それは最早、痛みすら忘れるほどに怪異的な光景だった。
先程まで囲んでコックリさんをしていた机が、跡形もなく粉砕していていたのだ。
まるでそこだけ落雷でも落ちたかのようだった。
そんな光景に唖然する中、俺はえらく物寂しくなった人差し指に気がついた。
「指……離しちゃったけど大丈夫だったのか?」
「他に大丈夫じゃないことが山程あるだろうが!!」
杁唖の突っ込みは瞬く間だった。
すぐさま飛び出すように起き上がり、ずかずかと教室の扉へ足を運ぶ。
「とにかく逃げるんだ!相手はここに向かってんだから!」
引き戸に手を掛けるが、緊急事態に襲われる。
何度も力一杯引き開けようとするのだが、まるで鍵がかかってるかのようなーー
何かにドアを固定されてるかのようにーードアが開かない。
奈留は恐怖で涙腺崩壊である。
「……うぅ、こんな時にパントマイムしてんじゃねぇよ杁唖」
「こんな時にパントマイムなんかするか!」
杁唖は舌を打ち鳴らし、状況の確認と把握を急がせる。
思考を最大限働かせ、言葉がぶつぶつと脳に浮かんでは消えていく。
「そもそも何がコックリさんを怒らせた……!?ルールは間違ってなかったはずだけど……!準備、手順、コックリさんを呼び出す言葉、何もミスはしてないはず……!」
「こうなる事は想定外だったのか?」
「そもそも机が粉砕するなんて話、聞いたことねぇんだよ……!都市伝説の中じゃ、危険が少ない方だってーー」
俺は杁唖に、その台詞を最後まで言わせるつもりはなかった。
胸ぐらを掴み、強引に俺の想いをねじ込んだ。
「ーー何甘い事言ってんだ……!?聞いたことない、広まってない話って言うんなら一目瞭然だろ……!?こうなったら最後、世間に広める前に潰されるんだろうが!!」
コックリさんをやり、こうなってしまったら生き残れない。
生き残れないから、広まる話や伝説が生まれない。
ーー生き残れない……!?これは確かに笑えない冗談だ。
こんなくだらない所で俺は死ぬ……!?もしそう運命で決まってるんなら、俺はそれを決めた神様を許さねぇよ……!
何度も何度も言ってるよな……!?俺にはやり遂げないといけないことがある……!
死んだ妹ーー悠里の遺言。そして死の真相を解明させる。
こんなところで死ぬわけにはいかないんだ……!
「杁唖……!お前の知るコックリさんとやらの知識、全部俺によこせ……!」
胸ぐらを離し、杁唖の右手をガシッと掴む。
杁唖はニヤリと笑い、俺の瞳の奥に燃える闘志を見つめて言い返す。
「覚えること山程あるぞ……って、渉にはそんな心配いらなかったっけ」
そんな俺たちを見ていた奈留は、怒りと恐怖を通り越してすすり泣いていた。
「もう勘弁して……ほんと馬鹿なのこの2人……!?」
けれど俺たちは恐怖どころか、武者震いすらしていたのだ。
「俺が勝負事で負けたことがあるかよ?そして、隣には歩く都市伝説広辞苑がいる……!」
歩く都市伝説広辞苑……Wikipediaと言ってもいい。
「俺の知識……渉の頭脳があれば、勝てない敵なんかいないよな。相手が幽霊でも、都市伝説でも!」
「当然……!絶対生き延びる……!」
俺は落としたスマートフォンに気づき、それを一先ず拾い上げようと腰を落とす。
それに違和感を感じるまでーーあまり時間は掛からなかった。
「あれ……?」
俺はすぐに顔を上げ、壁に掛かっている教室の時計とそれを見比べた……!
「教室の時計が……止まってる!?」
これはたまたまなのか……!?いや、そうじゃないとしたら……!?
「もしかして……この教室自体がおかしいのか!?」