2話 【10円玉が言った……】
「お、おい杁唖……お前これまさか……」
「うん。『コックリさん』をするぞ」
杁唖は何食わぬ顔で、机に1枚の大きな白紙を広げてそう言った。
そして鼻歌を混ぜながら、手際よく平仮名を羅列に書き込んでいく。
「いやー中学の頃はクラスメイトと集まってよくやったよな」
俺はそんな光景に頭を抱え、発した言葉はやはり疑問だった。
「なぁ……どうして今お前は平仮名で遊んでるんだっけ……?」
「遊んでんじゃないよ。『コックリさん』だぞ。渉知らないのか?」
「そっくりそのまま返す。遊んでんじゃねぇよ。なんで『コックリさん』なんだって聞いてんだよ」
「俺は遊んでるんじゃねぇよ!祟られるぞそんな事言ってると!」
この手のオカルト話は、今どき小学生ですら怖がるか不安である。
神城杁唖は一見茶髪のおちゃらけ高校生だが、オカルトマニアな一面を持つのだ。
コックリさんの代名詞ーー鳥居の絵を描き終えたところで、全ての準備が整った。
「いいか渉。そして奈留……お前達に、『都市伝説』の怖さを教えてやる。手軽にお前らを怖がらせてやる」
ニヤリと笑う杁唖。
得意げに言い放つそれに少なからず興味をそそられ、この場は騙されてやることにした。
「仕方ない。そんなに言うんなら付き合ってやるよ。子供騙しだったら怒るからな?」
俺は鞄を置き、席に座り直した所で、先程から黙りを決め込む1人の存在に気がついた。
その少女の表情を確認するのだが……俺の予想を通り越す、不気味な憤怒の笑みだった。
「ねぇ、何をやる気になってるのかな……?何勝手に始めようとしてるのかな……?」
他人に恐怖を埋め込むには、おそらくこいつは都市伝説よりわかりやすい。
その威圧感に背筋が凍る。
奈留は口の悪さは男顔負けだが、こういう所は他の女の子と遜色ない。怖いものは怖いのだ。
俺は声を震わせながらも、必死に落ち着かせようと言葉を選ぶ。
「お、落ち着けよ奈留!コックリさんなんて幼稚な子供騙しだぞ?」
けれどそれに対し杁唖は、笑いながら10円玉を所定の位置に置いて言い返す。
「いやいやこれをやれば、もう都市伝説を馬鹿にできなくなるぞ。夜中にトイレに行けなくなるぞ」
それこそ子供騙しな脅し文句だが、今の奈留は泣きかけ寸前のただの女の子だった。
「奈留面白いからやろうぜ。終わったらジュース奢ってやるから」
杁唖はすっと10円玉の上に人差し指を置く。俺も奈留も座り直し、嫌々同じように人差し指を置いた。
そして淡々と杁唖の解説説明が入る。
「いいか?コックリさんって可愛い名前で言ってるが、これはれっきとした神の都市伝説だ」
「神?」
「幽霊や妖怪だっていう話もあるが、どれも格上の相手だ。細かいルールがあり、きちんと手順よく行わなければならない」
「ルール……破るとどうなるんだ?」
俺は興味本位でそれを聞いたが、杁唖は深刻な表情でそれを言った。
「……喰われる」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
その瞬間、奈留の左拳が俺の頬を直撃する。
脳震盪が揺れ、意識が持っていかれそうな感覚に陥ったが、俺はなんとか意識を保って指を護る。
10円玉と繋がる、俺の右人差し指。
「危ねぇだろ奈留!怖いのは分かるが、急にボクサーみたいな左フック決めてんじゃねぇよ!」
「ご、ごめんつい……」
気を取り直して、杁唖が続きを話す。
「気をつけろよな。遵守しなくちゃいけないルールの一つに、『10円玉から指を離してはいけない』ってのがあるんだからな」
「いつ離していいの?」
「コックリさんがお帰りになってからだ。それまでは絶対何があっても中断させてはならない」
杁唖が軽く咳払いをして、先導して『コックリさん』を開始させる。
「コックリさん。コックリさん。どうぞおいでください。もしおいでになられましたら『はい』へお進み下さい……」
杁唖の用意した用紙には、平仮名50音羅列と1から9の数字、それと鳥居の他に2つの単語が書かれてある。
『はい』と『いいえ』。
こちらの質問に、コックリさんが答えてくれる。そういう遊び。
そして、3人の人差し指を乗せた10円玉がーー
ゆっくり動き、『はい』の上で静止した。
正直これには驚いた。
「おおっ!ほんとに動いた!」
俺の中で、コックリさんへの興味が膨れ上がる。
奈留は震えて言葉を失っていたのだが。
「これでコックリさんが降りてきたってわけだ。なんでも好きなこと質問していいぞ。何か聞きたいこととかないか渉?」
「俺は……」
俺の聞きたいこと……
俺の知りたいこと……
やはり俺が真っ先に連想させた過去は、妹ーー悠里が死んだ当時の真相だった。
藁にもすがるーーコックリさんにもすがる思いで質問する。
「コックリさん。コックリさん。もし何か知っていたら教えてください。質問宜しいですか?」
少しの沈黙の後、10円玉がゆっくり動く。
文字の上に止まっては動く。それはコックリさんの返答文。
《あ な た の な ま え は 》
「俺は犬神渉!質問宜しいですか?」
そんな不思議な光景に、流石の杁唖も目を疑っていた。
「コックリさんと会話してるぜ渉……!」
またも10円玉が動き出す。
《あ な た に あ い た い》
ここにいる全員が、一斉にゾッと身を震えさせる。
「え、いや、何?コックリさんに会えちゃうの?」
「何言ってるの!?冗談辞めてよ渉!!」
奈留が叫び出すのも無理はない。
ただならぬ緊張感に、杁唖は恐怖で焦りを感じていた。
「流石に洒落にならねぇ!渉!コックリさんにお帰りになってもらえ!」
「そんなこと言ったって!何をどう言えばいいんだ!?」
「質問なんか終えて、礼言って帰ってもらうんだよ!」
けれどーー10円玉はこちらに構わず動き出す。
《い ま む か つ て る》