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100万回生きたスライム

それは本当にあった最初の物語


----------


俺は海岸線を歩いていた。

時刻は夕刻、特に意味があるわけじゃない。

なんとなく時間をつぶしたかったのだ。

夕暮れに映える海を期待はしていたが、生憎太陽は雲の向こう。なんとなくどんよりした雰囲気だ。

と、少しだけ雲が動き一条の光りが海岸線に伸びた。光の当たる一帯が別世界のようにキラキラ光る。


……あれ?

その光に照らされた場所で、何かが動いたような気がする。


俺は吸い寄せられるようにその場に近づいた。

そこにらあったのは直径10センチくらいの半透明の球体。

それがプルプルと揺れていた。


……なんだこりゃ?


足や触手みたいのは見えないな。クラゲではなさそうだ。

風でゆれてる……訳でもないみたいだ。

明らかに能動的に全身を変形させて、蠢めくように動いている。

そして、俺の方に近づいてくる。


スライム?


よくゲームに出てくるスライムという表現が一番しっくりくる。ゲームでいうスライムなら敵キャラだけどな。襲われたりするだろうか。


……しかし、不思議と嫌悪感は湧かない。


まわりを見回すと、丁度口の広いガラスのボトルが打ち上げられていた。

それを拾うと、中に海水を少しいれた。


…入るかな?


ボトルの口をスライムに向けると、スライムは俺がしようとした事を理解しているのかスルリとボトルに入り込んだ。

俺はスライムの入ったボトルを掲げる。

夕陽にスライムはキラキラ反射していた。


--------

今から17年前。地球の滅亡は決定した。

地球に時速29万キロという亜光速で向かっている隕石アンゴルモアが発見されたのだ。

質量は推定5×10^23㎏ 地球の1/10に相当する。

勿論核兵器での破壊が健闘されたが、国連の技術部からの見解は不可能とのことだった。曰く破壊出来たとしてもその破片が地球に降り注ぐ。

大砲の弾が散弾になるだけで、意味はないということだ。

また、隕石の軌道を変える案も考えられた。しかし、亜光速でつっこんでくる隕石だ。こちらがアプローチできる距離に近づいた時点で、方向転換はすでに不可能な距離になる。太陽系最外周の海王星軌道に入ってからたった約5時間で地球に衝突するのだ。

人類の決断、それは人類宇宙移民計画だった。

人類の半分がテラフォーミングが急ピッチに進む火星への移住。残りは太陽系外周へと旅立ち、人類が生き延びられる星を探すのだ。

船に乗り込む第1世代が何処かの惑星にたどり着ける可能性はゼロ。巨大宇宙船の中で何世代も経たのちにたどり着けるかどうかだ。その可能性も1パーセントを大きく割り込む。一方火星はその過酷な環境と貧しい資源ゆえに、生活は苦しくなる一方のようだ。どちらにしろ、明るい未来は見えていなかった。


俺は前者の乗組員となっている。

俺に子孫が出来るとして、そいつらには申し訳ないが、急ピッチなテラフォーミングで無理がきている火星に移住するよりも、環境の安定した移民船で天寿を全うした方がいいと思ったからだ。

出発は一ヶ月後。地球脱出の最終グループだ。


既に荷物の大半は船に運び込んでいる為、部屋は閑散としている。

俺は窓際の机にスライムの入ったボトルを置いた。


……餌はなにをやればいいんだ?


少し考えふと思いつく。

グルタミン酸? 味の素か。

たしか台所にまだあった筈。腐る食べ物とかは持ち込んでいないからまだ残っている。

台所にあった味の素を一袋振りかけてやるとスライムが嬉しそうにプルプル震えた。


……なんで味の素って思ったんだろう、俺?


まぁいいか。


--------

その日夜、俺は夢を見た。

暗い場所だった。煮え滾るようなスープの中。

ゴウゴウとした音が響きわたる。


と、目の前にあのスライムが現れた。

周りの激流など関係ないように。

まるでスクリーン前に立つように。

それは女の子のような形になった。


「こんにちは、お兄さん。」


スライムが俺に話しかけてきた。


「君は?」


「私はねぇ…うん、イブ! イブにする。」


「なんだよそれ、今決めたのか?」


「うんっ! お兄さんはアダムね。」


「おいおい、俺にはちゃんと名前が……」


「いいのっ。今はお兄さんはアダムなんだよ。」


……ま、いっか。どうせ夢の中だ。


「ところでココは何処だ?」


「ここはね、昔の記憶だよ?」


イブは懐かしそうに目を細めた。


「だれの? お前のか?」


「うん、私の。そしてアダムのだよ?」


「え? 俺にはこんな記憶ないぞ?」


「ずーっと昔のことだからね。忘れちゃったんだよ。」


「そうなのか?」


俺はしばらく考えたが思いつかない。そもそも今までの人生で、煮え滾るスープなんかに浸かった覚えはないし、あったとしたら生きてないだろう。しかし、構わずイブは話を続けた。


「そうだよ。ところでさ、お願いがあるんだけど。」


「お願い? なんだよ?」


「私をさ、いろんな所に連れて行って欲しいんだ。」


「いろんな所?何処でもいいのか?」


「うん、何処でもいいよ。ね、お願いっ!」


「まぁ、それくらいなら…。いいよ、連れて行ってやるよ。」


「あはっ、ありがとうっアダム!」


そういって、イブは抱きついてきた。

プヨプヨしていた。




目が覚めて俺は机の上を見る。

そこにはスライムが何かを期待するようにフルフルしていた。


「よしっ、行くかっ!」


スライムが嬉しそうにプルンッと震えた。


正直言って、何故そんな訳の分からない夢に従って、旅に出ようと思ったのか自分でもわからない。

ただ最近、移民船への移住が近づくにつれ、ナーバスになっているのは自分でも感じていた。

何もかもがどうでもよくなり、趣味だったバイクも乗らなくなった。そんな俺が何故かあんな夢一つでまたバイクに乗ろうとしてるのだ。まぁ、ただ理由をさがしてただけなのかもしれないな。何かをする理由を…。


さぁ、久々に動かすのだ。

エンジンオイルを交換し、ついでにプラグも新品に替えてやる。タイヤもハイグリップタイヤからツーリングタイヤにはきかえ、バッテリーも充電しなおす。

一通りの整備をおえて、動作チェック。


セルを回すと一発でエンジンは回り出す。

…ねんおしゃちえぶくとうばしめ…と。

うん、問題ない。


俺はバイクにキャンプセットを詰め込む。

サスペンションを軋ませながら荷物を括り付ける。

サイドバックにシートバック、タンクバックを括り付けるともう元のバイクの外型はきえてしまった。


……もう使うこともないかと思ったんだけどな。


そう思うとなんだか少し嬉しい。そして、嬉しいたと感じた自分に驚く。


「ちょっと!」


いきなり後ろから女の声が……。

振り返るとそこには腰に手を当てたプンスカスタイルの女性がいた。


「一体なにやってるの?」


そう言うこいつは咲路満月(サキミチ ミツキ)、一応俺の彼女だ。


「えっと、いや…ちょっと…」


「キャンプ?何処まで?」


「えっと〜、軽く北海道宗谷岬まで。」


満月の額に青筋が浮かぶ。


「それだけ?」


「それから、鹿児島佐多岬まで行こうかなーって。」


ブチっ

という音が聞こえた気がした。


「なぁんで、あらかじめ言っておかないのよ。まったく自分勝手なんだからぁ」


「いや、さっき思いついたからさ…」


「もうっ、今から準備しなきゃいけないじゃないのっ。今何時っ?10時か……そしたら13時にインター近くの道の駅集合ねっ。」


「え、お前も来るの?」


「当たり前じゃないのっ。そんなの私だって行くわよっ。まったく、こっちは色々準備だって大変だってのに……。」


プリプリ怒りながら満月は帰って行った。でも、足取りはルンルンしてるように見えたのはおれの見間違えだろうか。



道の駅は閑散としていた。昔は地元野菜の販売で賑わっていたが、今はほとんど客はいない。って、人がそもそも居ないのだがら当然か。

13時を過ぎても満月はこないが、それは予想通りだ。あのタイミングから準備を始めて、13時に来られるわけが無い。相変わらず時間の読みが甘いやつだ。

俺は、唯一やっている売店でフランクフルトを買う。


「旅行かい?珍しいね。」


売店のおばあちゃんがそう話しかけてきた。


「まぁ、最後にちょっと回っておきたいなって思ったんです。」


「そうかい。それもいいだろうね。私は最後までココに座ってるつもりさね。」


そういって笑うおばあちゃん。

……そうか、移民船に乗らないつもりなんだな。

勿論移民船には全員乗るようにとの指示が出ている。しかし、お年寄りの中にはそれに従わない人が多いらしい。

新しいところでの不安な生活よりも、住み慣れた所で最後を迎えたい。そう言うことなのだろう。


必死に説得すべきなのかもしれない。一緒に行こうと。

それも認めるべきかも知れない。その人の人生だと。

……答えはわからない。


そんな話をしていたら満月が荷物の満載のW650でやってきた。明らかに俺より荷物が多いがよく詰みこんでいる。大したパッキング能力だと感心する。まぁ、テントとかは俺のを使うので満月は持ってきていないわけだが。


「はぁ、はぁ…腹減った〜。」


「お疲れ、フランクフルト食うか?」


「く、食う。」


満月は渡されたフランクフルトをメットも外さずにガツガツ食べる。

勿論それだけでは足りないので肉まんを追加した。


「ねぇ、お願いだから行く時は事前に言ってっ!」


「分かった、悪かったよ」


……こりゃ当分言われるな。


ガソリンを補充後、高速を飛ばして一路大洗を目指す。

高速は現在無料化しているが、どこもガラガラだ。嘗ての渋滞なんて嘘のようだ。

三時間ほど走り俺たちは大洗に到着する。以前ならチケット販売と同時に申し込まなければ取れない大洗-北海道フェリーだが、今は飛び込みでも余裕で取れてしまう。

ケチって二等船室(雑魚寝部屋)にしたが、他には誰もいなかったので貸切状態だ。


船に揺られながら俺はスライムを満月に見せる。


「なにコレ? クラゲ?」


「分かんない。でもコレが夢に出てきて、いろんな所に連れてけって言うからさ。」


「なに、そんな理由で私はいま太平洋を北上しちゃってるわけ?」


「ま、そうなるのか…な?」


「だいたい、私が遊びにつれてってと言っても全然連れてってくれないくせに。」


「そ、そんなことないだろ。先月だって…」


「先月よ⁈ 先月って所でおかしいって思いなさいよっ。」


「あ、はい……、ゴメンナサイ……」


「ええいっ、クラゲに負けたかと思うと余計腹が立つ。粛清してやる〜。」


満月が飛びかかってくる。


「よせ、やめろって。いくら人がいないからってだな。悪かったよ。勘弁してくれ〜」


満月の柔らかい感触を押し返しながら俺は謝罪を続けた。


------


ゴウンゴウンというフェリー機関部の音を聞きながら俺は眠っていた。

暗い微睡みの中にイブが浮かび上がってきた。


「旅に出てくれてありがとう。アダム」


「いや。でも、瓶から出なくていいのか? なにも見えないだろ」


「大丈夫だよ。私はアダムみたいに光で見てるわけじゃないから。感じるの」


「ふーん、そう言うものか。」


まぁ、確かに目があるようには思えないな。


「あの、おばあちゃんは最後まであそこにいるつもりだね。」


「あぁ、そうだな。止めるべきなのかな。一緒に宇宙に行きましょうって」


「私には分かんない…な。でも私はね、ありがとうって思った。」


「ありがとう?」


「うん、今日まで生きてくれてありがとう。明日も生きてくれてありがとう。命を託してくれてありがとう…って。」


そう言うイブの表情は悲しみや憤りはなく、ただ感謝していた。


「なぁ、お前は……何者なんだ?」


「私?私はね、あなただよ、アダム」


そういってイブはコロコロと笑った。


-------

北海道、苫小牧港に到着した俺たちは一路北に向かった。

夏の太陽も、ここ北海道では随分と優しい。止まっていると暑いが走っていればちょうどいい。そんな塩梅だ。

ただでさえ人口密度が低い北海道、いまはさらに減って閑散としているがそれでもまだやっているお店がチラホラあった。


「北海道って、なんでこんなに何でも美味いんだろうね〜。」


そう言って三色丼を頬張る満月。ちなみにイクラとウニとカニだ。そりゃ、そんなモン食ったら美味いだろうよ。

と、言いながら俺は鮭イクラの親子丼だ。鮭の身がなんていうか…あまい。

まぁ、でも満月の言うことも一理ある。北海道だとコンビニ弁当すらメチャ美味と感じるのだ。これは本当に北海道マジックだと思う。


そんな食を満喫しながら我々は海岸線を北上していく。

やがて視界が緑と青にうめつくされる。

どこまでも続く海を左手に、どこまで続く草原を右手にみる。立ち並ぶ白い風車がゆっくり回る。そこを俺たちのバイクは走り抜ける。スピードをだしてはもったいない、そんな道だった。


「気持ちいい……」


満月の声がインカムから聞こえる。

本当にそうとしかいえなかった。


宗谷岬には北海道に入って2日目の夕方にたどりついた。

日本の最北端からオホーツク海を望む。

だれもいない最北端は俺と満月の貸切だった。


「なんもないね〜。」


「なんもないな〜。」


一応観光名所だし。店の一件でも空いてるかと思ったが、全部閉まっていた。北海道の夜は早い。

沈む夕日は絶景だった。

しかし、北海道の悪い所でドコモかしこも絶景なため、並みの絶景では感動が薄れてしまうのだ。


その日も近くのキャンプ場に飛び込む。

店はどこもやっていないので備蓄のカレーで夕飯とした。このレトルトカレーって、キャンプで食うと無茶苦茶うまいのはなんでだろうな…。


「星が綺麗ねぇ。」


近くに民家もないので、夜空は別格だった。

一面に広がる光の粒。


「でもこの中にあるんだよね、あのアンゴルモアが……。」


「ああ、そうなるな。」


と、そのときガサリと音がした。

見ると黒い塊が動いている。

木の陰で、月の光も届かない為なんだかわからない。


「ね、ねぇ、なにあれ。」


「い、いや。俺だってわからない…」


ノソリ


と影がうごく。

月の光に照らされて、それは北海道名物のクマさんと判明する。


「く、クマ……」


や、ヤバイ。


クマが俺たちの周りを話回りながらユックリと間合いをつめてくる。

満月を背中にかばいなら俺はジリジリ後退する。


コツン


俺の踵が何かをけった。

スライムのはいったボトルだ。

ボトルは転がり蓋が取れる。

あれ?あんなに簡単に取れるようになってたかな?

と、頭の隅で考えたが、すぐに目の前の状況にふきとぶ。

空いたボトルの口からスライムがプルンと出てきた。

丁度、俺とクマに割り込む形だ。

中の海水と共に外に出たスライムは、月の光を反射してキラキラと光っている。いや、まるで月の光を吸い込んで、自らが光っているみたいだった。


「す、スラちゃんがっ」


満月が叫ぶ。

いつのまにそんな名前を…。

と、驚いた事にクマの動きが止まる。

暫くスライムを凝視すると、クルリと背を向ける。しかも、一瞬頭を下げたようにも見えた。

そして、そのまま藪の中に消えていった。


「「はぁ〜〜〜……」」


俺と満月はその場でへたり込んだ。


「な、なんで助かったの?」


「わ、わからない。スライムが怖かったのかな?」


「そ、そっか。あまり陸地じゃみないもんね。」


いや、海だってスライムはいないけどな。


「と、とにかくスライムを戻さないと。あちゃ、海水半分くらい流れちゃってるな。水を足して平気だろうか…」


そう言いながらスライムをボトルにもどす。

スライムの半分くらいしか海水に浸かっていない。


「水だと浸透圧が……あ、大丈夫みたいよ。でも塩水にしたほうがいいみたいね。」


「オッケー……って。あれ?なんで満月がそんな事?」


「……なんでだろう。なんか誰かにそう言われた気がして…」


……

俺は胡散臭げな目でスライムを見る。

スライムはいつもどおりプルプルしていた。



俺と満月のはそのまま南下を開始した。

函館から青函連絡船に乗り本州上陸。

今度はひたすらに南下を続ける。

途中、仙台で満月が生理が始まったため、暫くホテルに泊まる。そこで、牛タンに舌鼓をうつ。腹痛いと言いながら満月は余裕の完食。曰く


「レデイースデイは肉が食べたいのっ!」


だそうだ。

回復後にそこから南下をつづけた。


信州、長野も通り抜ける。バイクの聖地ビーナスラインだ。適度なワインディングに高山植物。信州蕎麦やおやきをいただく。

中央アルプスの山並みを見上げながら思わずヤッホーといいたくなる。

道途中の展望所で休憩をしていると、満月が缶コーヒーを買ってきてくれた。

そうそう、なんかバイクツーリングというと缶コーヒーが飲みたくなるんだよな。


「ありがとう。」


俺はそう言って缶コーヒーを受け取る。


「きつく無いか?」


俺は満月に聞いた。泊まれる所はホテルに泊まっているが、テントの場合もある。満月には結構な負担なはずだ。


「ん?心配してくれてるの?大丈夫よ。これくらい。仙台で元気もつけたしね。」


「ならいいんだけど、ずっと走ってるからな。キツくなったら言えよ?」


「大丈夫、そんな遠慮はしないよ。それにさ、嬉しいんだ。」


「? 何が?」


「最近、ずっと元気無いみたいだったから。でも、この旅にでて、昔のキミに戻ってきた気がする。」


「そう……かな……?」



そう言えば、最近色々あった。

そりゃ、移民の話しもあるけど、それだけじゃない。

仕事の事、家族の事、自分の事…。

社会に出て生きるって生半可な事じゃ無いんだって思い知った。自分じゃ解決出来なくて、誰にも頼れない、そんな事ばかりだった。でも、この旅に出たら、なんか少し心が軽くなった気がする。


「うん、目がキラキラしちゃって気持ち悪いもん。」


「……なんだトゥ!」


俺は拳を振り上げる。それを逃げるフリをしながら満月は続ける。


「アハハ〜、でも、今の方が格好いいよ。」


「ハハッ、惚れるなよ?」


「もう、惚れてるって……」


そう言って満月は抱きついてきた。


ありがとう

そう、言葉には出さなかったけど……。


-------

俺たちはそのまま北に足を伸ばして富山県。

氷見の漁港で採れたての生牡蠣をチュルリと頂く。

正に海のミルク。濃厚な味が口一杯に広がる。

石川県金沢にて兼六園の見事な庭園をこの目に収める。こんな時でも庭園はしっりと管理されていた。



そして大阪。

食い倒れの街でお好み焼きとたこ焼きを吐くまで食べる。

大阪城は近代化されているが、それでもスケールは圧倒だ。町は活気に溢れ、まるで、宇宙移民の事など無いように振舞っている。


広島では原爆記念館に入る。人の歴史の大きな分岐点となった、第二次大戦。原爆投下、世界の命運すら分けた歴史の痕跡も全てもうすぐなくなってしまう。


やがて、俺たちは下関から関門海峡を渡り九州に上陸した。九州は北海道とは真逆のダイナミックな地形だった。正に土地が生きていることが感じられる、そんな土地だ。大観峰から眺める阿蘇連山のスケールには本当に度肝を抜かれる。

そこから更に南下すると、植生が南国のものに変わり、街路樹にはヤシの木が立ち並ぶ。あの肌寒かった宗谷岬から、灼熱の鹿児島だ。本当に日本は南北に長い事を実感した。

そして、アフリカのジャングルのような森を駆け抜けていくとやがてトンネルにたどりつく。その先が本州最南端、佐多岬だ。


「つ、ついたね〜。」


満月はフラフラとバイクから降り、尻を摩りながら言う。

かく言う俺の尻ももう限界だった。


「ねぇ、今更だけど何で車にしなかったのよっ。」


「本当に今更だなっ。そりゃぁ…これだろ。」


「何?」


俺は海を指し示す。


「バイクじゃなきゃ見られない景色がある。」


「……ださっ」


「そう言いながら満月だってついてきたじゃん。」


「……別に……否定してるわけじゃないわよ。」


そう言って海の方を改めて望む。


「日本て凄いね。」


「あぁ、そうだな……」


「生きてるんだね。」


「人も動物も草も山も海も…みんな生きてる。」


「どうして……」


満月が震える。そして絞り出すように言った。


「どうしてみんななくなっちゃうの?どうして……どうして?」


堪えていたものが溢れるように泣き出した。

俺は答えられなかった。ただ満月の肩を抱いていた。

あと二週間したら俺たちはこの地球を離れる。

この海と大地と、そこに残る生き物全てを置いて。

…俺たちだけが生き残るんだ。



その日の夜も夢を見る。

多分、見るだろうと、心の何処かで分かっていた。


「アダム、ここまで連れてきてくれてありがとう。」


そう言ってイブは微笑んだ。


「なに言ってるんだよ。まだまだ帰り道があるんだぞ。しかもその後は宇宙旅行だ。」


俺はそう言ったが、イブは首を横に振った。


「私はね、ここまでなの。」


「どうして……」


「アダム、私が誰だかわかった?」


「イブは…俺なんだろ。」


俺がそう言うと、イブは嬉しそうに頷いた。


「そう、私はね、私たちはね、40億年の昔、原始地球の海で生まれたちっぽけな偶然。真っ暗な闇に訳もわからず生み出された、今にも消えそうな儚い偶然だったの。」


周りの景色が、最初にイブと出会った時のものに変わる。

沸騰する海水。空は暗雲に覆われ雷が雨のごとく降り注ぐ。風速数十メートルの暴風が吹きすさび、海底も海流が荒れ狂っていた。


「私は生きるため、必死に栄養を取り込み、自分の体を強くしていった。そんなある日私はね、自分を二つに分けたの。一人よりも二人の方が生き残れる可能性が上がるから…。そして、一人は寂しかったから……。」


そう言うとイブが二人に分かれた。それはまるで鏡合わせのように同じ姿だった。


「その一人が私、もう一人が……。もう一人の私はね、さらに分裂を繰り返したわ。小さくても、命をつなげるために。」


一人のイブが2つに、4つに、8つに、次々と分裂を繰り返し小さくなっていく。

ほとんど認識出来ないくらいになってキラキラと輝いた。


「つまり、それが…」


俺はその光の行く末を追う。でもそれは無数に、無限に分岐していった。

その視界を遮ってもう一人のイブが俺の前に立つ。


「そうだよ。つまりそれが…」


イブは俺の頬に触れる。


「こんにちは、もう一人の私。」


体が芯から震えた。

多分、それは溢れんばかりの歓喜だった。

40億年経って再会できた生き別れの自分との対面。


あぁ、そうか……。


俺の人生は四半世紀もないと思っていた。

だが違う、違うんだ。

俺の細胞は40億年生き続けてきた。一度も絶やすことなく分裂を続けてきた。間違いなく40億年前から命を灯し続けてきた細胞の一つひとつだ。


でも、だからこそ俺には分からない。


「イブ、教えてくれないか?なんで「生きよう」って思ったんだ。真っ暗な海の底で、煮え滾る地獄のような海で、なんで生きようって思えたんだ?」


わからない。生きるのは辛い。

なぜそこで死ではなく、生を選べたのか。

理由なんて、なにも無いはずなのに…。


「そう…あの時の私にはまだ感情…なんて呼べるものはほとんど無かったけど。でも、それでもね…多分悔しいって思ったんだよ。」


「悔しい?」


「そう、真っ暗な海の底にイキナリ放り出されて、すぐに死んで、無になって、無かったことになって……。そんなの口惜しいって思ったの。だから死ぬもんか、生きてやるって思ったの。」


「……意地っ張りだな。」


イブはクスッと笑った。そして、言葉を続ける。


「それになんだかね、未来はキラキラしてるって思えたの。だから余計に、それが見られないまま死ぬなんて口惜しいって思ったんだ」


40億年張り続けた意地……だった。

それは俺たち生命全てに今なお刻まれた意地だった。


「だったら……だったらさ。俺たちと一緒に宇宙に行ってもっと未来見たらいいじゃん」


俺は少しおどけた口調でそう言った。

でもイブは首を横に振る。それはどこかわかっていたけど、でも、認めたくなくて……。


「ううん、いいのよ。だって、私見られたから、こんなにキラキラした未来、見られたから。」


それは旅の景色だった。木々がしげり、動物が跳ねる。命に満ち溢れていた。


「そんな……」


視界が変わる。

それは真っ暗な空間にポッカリと浮かぶ地球だった。


「地球にはね、いじわるも一杯されたけど、でも本当は寂しがり屋で優しい子なんだよ。だから、最後くらい私は地球と一緒にいてあげたい。ここに残る他の私達と共に……ね」


イブが俺の両頬を手で包む。そして、


「貴方は未来を見てきてね、もう一人の私。アダム」

イブはそう言って俺に口づけをした。


そして、目が覚めた。

ボトルを見ると蓋がとれ、中のスライムは……イブはいなくなっていた。

俺は慌ててテントの外に出る。

空が黒から青へと広がっていた。


イブはもう見つからない。


昇ってくる朝日を見て俺は何故かそう悟った。

涙が止まらなかった。

悲しかった?寂しかった?

どれも違う気がするし、その全てかもしれない。

ただ、自分の体が泣くことを選んだ。そんな感じだった。

満月がそんな俺に気づいて「どうしたの?」とテントから出てくる。でも、なにも答えられなかった。

少し不思議そうにしていたが、満月はなにも言わずに抱きしめてくれた。


-------

地球が無くなったその時、俺たちは一人の例外もなく心に穴が空いたことを感じた。多くの人は地球を失ったことによる精神的な喪失感と考えたようだ。もちろんそれもあるだろう。だが、俺はわかる。今までずっとそこにいてくれた半身を失ったことを。そして、彼女が今までずっと俺たちを守ってくれていたのだと気がついた。


真っ暗な宇宙が目の前に広がっている。

その中を宇宙移民船は進む。先に何が有るのかも分からない。何も無いのかもしれない。保証なんて何も無い、でも生きて行かなければならない。


あぁ、なんて理不尽なんだろう。


俺は自分の手を見る。無数の細胞が生きている命の塊。目を瞑り、記憶を辿る。イブとの旅を、イブの言葉を、そして最初の記憶を。


それは本当にあった最初の神話


今紡がれている最後の伝説


40億年前に生まれた愚か者の夢物語を


俺はしっかりと握りしめる。


100万回生きたスライム。

お読み下さり誠にありがとうございます。


なろうでは向かない題材かな〜と思いつつ、掲載させていただきました。

もっと軽い話が読みたいんじゃ〜、という方はどうぞ拙作の「剣と魔法とオームの法則(連載中)」も、宜しくお願い致します。(ステマ……いや、ダイマ)


でもこの話って、ジャンルはなんなんでしょうか。

スライムはいるけどファンタジーじゃない。SFっていうほど宇宙にもいかないし、サイエンスもあまりない。

一番はやはり「旅行記」でしょうか。

でも昔から書きたかった題材なので、書けてとても嬉しいです。


重ね重ねココまでお読みいただき本当にありがとうございます。貴方の細胞が、少しでもこの作品に何かを感じてもらえたら嬉しいなぁ。

感想、評価は気軽にしていただけると、作者とても喜びます。

それでは、また何時か、何処かで…


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