初めての町
村を出て一週間。彼女はひたすら西へ歩いた。当て所なく進んでいるわけではない。彼女の唯一知る普人族の町、『ランゴス』があると知っていたからだ。また、村で奇病が発生した時もそちらの方に行っていたので、手掛かりがあるのではとも思った。
歩きながら彼女は考える。村では、問題児扱いされていた為、病気の原因は専ら自分だ、とされていたし、自分でも可能性が或る程度高いことは認識している。欅の木の結界を超えていたので、その可能性がある事は当然だろう。しかし、それだけではないことも知っていた。村や集落の外から帰れば大人も子供も『洗浄』を行うのだが、冷水で行わなければいけない為、嫌がってやらない者もいることは既に公然の秘密となっていたからだ。実際、欅の結界内程度の村の近辺であればまず行わなくても良いのだが、結界から外に出た場合は疾病の持ち込みの可能性は少し上がる。しかし、過去に特に問題が起こった訳でも無かった為一部頑固な者には行わないことも多く、それについてさして目くじらを立てるものも少ない。精々、バレた時に厳重な注意それぐらいだ。それ故、そういった者たちが今回の病気を持ち込んだ可能性も十分高い。
ただ、初発は自分の家族であり、顔見知りの少年(特に仲が悪い訳でも無いため)を救いたいという気持ちもあり、ここまで出てきたのである。
◆
ランゴスの町の入り口に到着すると、門番が話しかけてきた。
「入るには領主様にお納めする通行料がいるよ」
これはナーニャも知っていたので財布代わりの革袋を持ち出し、問いかける。実のところ、小遣いはそこそこ貯めていた自信があるので一か月ほどは暮らせるはずであった。
「お幾らですか?」
「通行証か身分証はあるか?あれば銅貨十五枚、無ければ六%の手数料がかかる。見たところ未成年で親の同伴がないので更に八%の手数料だ。端数は切り上げだよ」
「えっと…」
幾らになるだろう。銅貨を掌に広げながら計算していたところ、
「これで足りるよ。これがお釣りだ」
半銀貨(銅貨五十枚の価値)のコインを取り上げられ、銅貨が二十八枚返ってきた。
「ありがとうございます。計算早いんですね」
「なに、こういうことには慣れてるからね。中でも精々頑張んな。あと、街での詳しい説明はそこの立て札に書いてあるからね」
ナーニャは読むふりをしながら文字を目で追い、町の中に入った。
◆
まずはギルドを探した。外の世界では普人族を始め多くの種族が活動していると聞くが、皆、まずはギルドに登録するという。身分の証明になるし、仕事の斡旋があるからだ。ナーニャはギルドの中でも冒険者ギルドと医魔術師ギルドに登録することにした。薬草を求めて魔物の素材や森に分け入ることもあるだろうし、素材を手にしたとしてそれを調合する知識も必要だと考えたからだ。
「冒険者ギルドへようこそ。本日は登録ですか?」
「はい、えっと…、文字が書けないのですが用紙に色々書くのはどうすればよいでしょうか?」
「こちらで代筆いたします。手数料と合わせまして銀貨二枚と銅貨五枚です」
「お願いします」
冒険者の登録証は魔法金属を混ぜてできた銅製の指輪であった。医魔術師ギルドでも同様の手続きと手数料を支払い、もう一つ指輪を手にした。それを両中指にそれぞれ填めると、いよいよ情報収集に走った。
◆
情報収集を始めたとはいえ、ナーニャ自身にその方法が分かるわけでもない。取り敢えず酒場に行ってみたものの、子ども扱いされただけで終わってしまった。
仕方なく医魔術師ギルドを訪れ、受付をしている女性たちの中から、一見人の良さそうな者を選んで問いかけた。
「咳、視力障害、足の麻痺や痺れ、こういった症状が急速に進む病気について知りたいんだけど、どうすれば情報が集まるかしら」
「情報収集に関する説明でございますね?それでしたらまずギルドで依頼を出される方法がございます。こちらは様々な情報がかかる代わりに時間がかかるデメリットがあります。他には酒場等で聞き込みをされる方法もあります。こちらは情報は早いですが、交渉術が必要です。また、いずれにしろ集まった情報はお客様で取捨選択していただく必要がございます」
ここまで答えると、嬢はにこりと微笑み指先でトントンと机を叩く。最初は何のことか分からず怪訝な顔をしていたナーニャであったが、はっと気づき銅貨を数枚手渡した。嬢は今日一番の笑顔で情報収集の依頼の出し方を説明してくれた。
「未確認の疾病の情報ですと、病気自体の危険度にもよりますが、原因の推定のみでD難度程度、治療法も含めればC難度程度でしょうか」
思ったよりも難易度の高い依頼となりそうだ。難易度は難しい方からSABCDEFGとなり、CやDと言えば真ん中らへんということになる。依頼料が払えるだろうか。更に、この後治療薬も手にして帰らなければいけないのだ。
ナーニャはギルドに張り出されている依頼用紙のボードを見て、まんじりと目を凝らす。読める文字を拾いながら辛うじて得た知識によれば、C難度と書かれたところの報酬らしき数字は大体平均して銀貨十~二十枚程度。D難度でそれの半額ぐらいだ。D級医魔術師までは中級だがC級からはベテランとされる域の為、一気に報酬が跳ねるのだ。ひとしきり思案に耽った結果、受付嬢に依頼を出すこととした。
「分かったわ、じゃぁ、病気の原因の推定までで銀貨六枚、治療法まで持って来たら更に十枚出すわ。」
「かしこまりました。その条件なら妥当といえるかと思います」
言ったっきり、こちらを見つめて指先を揉み合わせニコニコと笑みを浮かべる受付嬢にまた銅貨を数枚握らせ、ナーニャは医魔術師ギルドをあととした。
◆
ナーニャは次に冒険者ギルドにやってきた。思ったよりも生活費が必要なことが分かったので簡単な依頼をこなすことにしたのだ。彼女は細かな計算を苦手としているので、実のところ幾らでどれぐらい生活できるか細かな見通しは立てられていないのだが、数えてみたところ、持ってきた路銀の内少なくない分が既に無くなっていた。
幸い彼女は魔術や槍等の扱いが出来たため、簡単な魔物狩りや採取などならこなすことが出来ると考えたからだ。因みに薬草等の採取依頼は医魔術師ギルドを経由して冒険者ギルドが一括して発注することとなっている。
「…読めないわ」
「代読いたしましょうか?」
今度は最初から銅貨を渡して頼む事にした。
「アタシは空を飛ぶ魔物の退治が得意なの。ピーピービーとかの討伐とその近くで簡単な薬草の採取はないかしら?」
「そうですね…、Gランクのアナタには一つ上のFランクまでしか受けられないのですがピーピービーでしたらありますね。十匹で銅貨二十枚、以後一匹追加ごとに銅貨二枚です。その近くの薬草ですと、蜂捕りペンペン草が一本銅貨五枚です。なお、ピーピービーはお尻の毒袋が採取部位ですが、握りこぶし以上の大きさのものを持ってきてください。また蜂捕りペンペン草は根っこまで傷つけずに採取してきてください」
「分かったわ、ありがとう」
◆
「さて…、せめて銀貨一枚ぐらいは稼がなきゃね…」
町に入ってからギルドでは色々と梃子摺っているナーニャだが、戦闘や採取といった野に出て行う技術については決して低くないし、ある程度自信もある。まぁ何といってもエルフな訳なので体力では普人族などに劣りこそすれ魔法を扱う技術は遥かに高いし、自然と共存している種族なので幼いころから狩りは頻繁に行わされている。
鋭く尖った耳に聴覚を集中すると、周囲から雑音が消え、ピーピーという甲高い鳥の囀りのような、それでいてどこか禍々しい鳴き声が聞こえてきた。
「…あっちね」
足取りも確かにまっすぐ鳴き声の方に進み、ふと岩に身を隠した。三十メートルほど向こうに見える小さな群れ。十匹足らずといったところだろうか。ナーニャは中心に指の入る穴の開いた鋭く光る掌大の鋼の円盤を数枚懐から取り出すと、クルクルと回し投擲した!
「風よ!お願い!」
普通に投げたのではナーニャの技量ではまだ届かない。しかし、風魔術で補正を掛け、思い通りの軌道で飛び、群れの内の数匹かの羽を切り飛ばした!
…と、同時にナーニャは既に駆け出している。体の周りに幾つかの水球を浮かべ、無傷の敵にぶつける。
一匹、また一匹と地に落ちたが、二匹を残して対峙することとなった。
(二匹なら槍で行けるわね)
決して相手の間合いには飛び込まない。ソロ冒険者である彼女にとって、攻撃よりも守りや逃走の方が遥かに重要だからだ。一匹を相手の射程の外から槍で牽制しながら目の前の相手に少しずつ致命傷を与えてゆく。少しずつ、削るように羽を飛ばし、目を潰し、戦闘力を奪い、一匹ずつとどめを刺していった。
「いち、に、さん・・・七匹か。まだ足りないわね。続けるとしますか」
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