MD歴二百五十年
MD歴二百五十年。オールーラ大陸、魔法教皇帝国サティスの地方都市ガディエンド。帝都サティスブルグより遥か北にあるこの町には、平民の子どもたちが通う学校がある。在籍年数は六歳から十五歳までの十年。学ぶ内容は読み書き計算から歴史地理・政治経済、更に「森」の生態から護身術、自然現象である「魔法」の原理と使用方法に至るまで幅広い。学校は、初等部5年間、高等部五年間の二部制で、高等部進級には試験がある。
また、ガディエンドにはこれの学校は地域ごとに15校も設立されている。これらを卒業して更に学びたいもののために大学も二つある。大学は初等・高等学校の統括・運営を帝国政府の援助を受けて行う国から独立した教育のための組織でもある。
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女エルフ、ナーニャ・シュトベインは思う。幸せな人生であったと。切れ長の耳、さらりとした金髪、細くやや釣り上がった目、しなやかで控え目な肢体。多くの人間の目を惑わせる美貌を誇り、その惑わした中から飛び切りの相棒に選ばれた。…そう、私は選ぶことは出来なかったが、幸せな相手に選ばれた。
腹を痛めた子どもが四人、エルフにしてはかなり多い方だ。相手がエルフより性欲の強い普人族の男性 – バーナードだったからであろうか?その他に、腹は痛めていないが心を痛めて育てた生徒たちが数多く。彼らは皆、私の子どもと思っている。普人族が多かったが、獣人族や龍人族、エルフやそれらの混血も含めて。…まぁ、私はまだ死ぬような歳じゃないんだけど。
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トントン
物思いに耽っていた私を現実に引き戻すように学長室の扉が叩かれる。
「入ってください」
「学長失礼いたします、今年度高等部の卒業を迎える生徒の進路アンケートを集計してまいりました」
大学の事務員で、私の秘書をしてくれているミハイルという男だ。30代になるはずの龍人族で、優秀なんだが、茜色のツンツン髪を見るとどうにもチャラチャラして見える。ただ、腕は良く、朗らかな性格で皆から好かれている。
「ありがとう」ナーニャはさっと目を通し…「エティスはサティスブルグの大学に進学するのね?」とひとりごちる。
意外だった。アッシェ・シュトベインは私の玄孫の更に玄孫という遠い子孫に当たる少年で、本人曰く『趣味は勉強』の秀才タイプであり、成績も常にトップクラス。友人のエティス(こっちは天才肌)とともにガディエンド第一大学に進学するものと思っていたが…。
ミハイルはこちらも意外なものを見た、という顔をした。
「学長でも御自分の親族のことは気になるんですね」
「当たり前でしょう?」
「しかし、学長は常に学園、いや、ガディエンド全ての生徒や子どもたちのことを考えておられますので…」
それは確かにそうだ。私は教え子たちと自分の子どもに待遇に差別をつけたことなどないし、同じように愛してきたつもりだ。
「差別化して考えているわけではないけれど、区別はしているわよ?」
私の声に応じてミハイルは追加で資料を渡してくる。
「アッシェ君の詳細な進路希望先です」
そこに踊っていたのは、帝都サティスブルグの名門大、『サティスブルグ都立大学特待生』の文字。まぁ、彼の成績なら可能だろう。何故ならば彼はここガディエンドでトップクラスの成績を収めており、帝都サティスブルグの大学のレベルはここよりも低いのだから。
「おや…?」もう一枚、別の生徒の進路資料を手にした時に私はふとした驚きに包まれたのを覚えている。
「エティス嬢は冒険者になるのですか?」
「そのようでございますね」
これまたおかしな話だ。二人は非常に仲が良く、既に交際を始めているという噂もある(本人たちは否定しているが)。この二人が別行動をとるというのは考えづらかったためだ。
「お二人を呼んで、話を聞きますか?」
ふむ、と顎に手を当て暫し瞑目したのち、ナーニャは首を横に振った。
「そこまではよろしいでしょう。特別扱いをあの子らも嫌いますし、陰から見守ってあげれば十分です」
「承知いたしました」
そういうとミハイルは一礼して学長室を退室した。
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一言で語るにはあまりに長い出来事の連続を経て、今私はガディエンド第一大学学長の椅子に座っている。さて、どこから話したものだろう?
あれはそう、もう二百年ほど前、私がまだ何も知らぬ幼く、未熟な、それでいで自身に満ち溢れていた十五歳の時のことであろう。全てはバーナード・シュトイベンという少年との出会いから始まった。
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