もっと!ヒロイン観察したいです。
前作『ヒロイン観察楽しいです。』が思っていたよりたくさんの人に見てもらえてテンションが上がった結果、新しい話が出来ました。
「相談です! 最近何故かルミス君に避けられてる件について!」
我らが生徒会長、ネジ吹っ飛び転生電波系ヒロインことキャナ・マーベルランカさんが唐突にそんなことを言い出した。
「今更何を言っているのです。キャナが他人から避けられるのは今に始まったことではないのですよ。めえ。」
「えっ!? 私そんな歩く地雷原みたいな扱いされてたの!?」
羊系ツンデレお嬢様のメルル・ルル・フォーレストが辛辣な言葉の拳をキャナに向かって捩じ込んだ。そうか、他の人にも避けられてるのか……。
「はうっ!? まって、エルザちゃんっ! そんな憐れみの目で見ないでぇ! 私、皆が思ってるほど変じゃないからっ! 十把一絡げ系平凡女子だからっ!」
「それはない」
「ないのです」
「ほげぇ!?」
そもそもまず悲鳴からしておかしいことに気付こうか。どうも、エルザちゃんこと生徒会補佐、なんちゃって悪役じゃない令嬢エルザマリア・フィス・ローゼマインです。いえい。
そういえばこの補佐って役職も謎だよなぁ。私何もしてないのに世界の修正力的な謎の力によって「戦闘行為に不馴れな新生徒会長を同性の立場からサポートする」って名目でいつの間にか生まれていた役職です。閑話休題。
今日は珍しく生徒会男子達が所用でいないので、生徒会室は女子会のようになってしまった。そんな折に発せられた言葉である。
ちなみにメルルの使用人兼幼馴染みのフクロウ男子クルッカ・グローデルは先程までこの部屋にいたのだが、「甘いものが食べたい気分なのです。クルッカ、ケーキを買ってきなさい。めえ。」とのお言葉により絶賛パシリ中である。羊がケーキ食ってもいいんかとかは言ってはいけないお約束である。
「うせやろ……私別になにもおかしなことしてな……して、る? まさか……噂のドッペルゲンガーってやつか! 何者かが私のふりをしている!?」
「残念ながらご本人様なのですよ。」
「わりと現在進行中の出来事ですよキャナさん。」
「なんと」
ソファに座り直し、自然に考える人のポーズをとった自称平凡女子に私のワクワクが止まらない。
一体何をして今更、生徒会書記ツンドラ系後輩、ルミス・レインキャストに避けられる事態になったのか、非常に楽しみである。
「避けられている、とのことですが……何か心当たりはありません? ちょっとひどいセクハラをしただとか」
「う~ん、それがあんまり……っえ? 私セクハラする系の人認定されてる?」
デフォでしてるじゃないですか。抱き着いたりボディタッチしたり。
「めえぇ…、どうせまた電波を受信しながら奇声をあげてセクハラしたのでしょう。かわいそうな後輩君なのです。」
「なにそれ怖い。してないよそんなこと! ひどい風評被害だ!」
「本当に? ガチでしてませんか? 胸に手を当てて聞いてみてください……。天に誓ってやってないと、貴女は本当に言えますか。」
「い、いいい言えるもん! そんな、そんな! ルミス君にセクハラなんて……! そんなうらやまけしからんことっ! したいよ!」
「したいのですね……めえ。このド変態が。」
「ぎゃふん!」
見事に自爆して「はおあぁぁぁ~」と謎の声を上げながらソファでもがいているド変態キャナさん。しかしすぐに彼女は立ち直って「いやでもねっ、ちょ、ちょっと真面目に聞いてもらえるかなっ」と姿勢を正して書類の積まれたローテーブルに手をつき身を乗り出した。
その言い方じゃまるで私達が真面目に聞いてないみたいじゃない。失礼な。
「本当に最近は全然ルミス君とお話できなくて悲しいんだよ! 声をかけても聞こえないふりされるし追いかけてもダッシュで逃げるし!」
そう言われてみればここ数日はダンジョンにも潜っていないしキャナとルミスのじゃれあいも見ていない。最近何か物足りないと思ったらそういうことか……!
「なんか私変なことしちゃったかな……!?理由を聞こうにもルミス君に本気で逃げられたら私じゃ追い付けないんだよ……。」
話しながらキャナのテンションがしゅーんと萎びてゆく。
キャナは本来、非戦闘員だ。対してルミスはダンジョンの立ち入りを許された戦闘員、『ユニット』である。
この世界においてこの違いは大きい。
『ユニット』とは、先天的に対魔物戦闘に耐えうる祝福を受けた人類だ。ごく稀に後天的に何らかの祝福を受けて『ユニット』として覚醒することはあれど、基本的にはそうそう生まれるものではない。
まあ、他人を後天的に『ユニット』にしてしまえる特殊能力を持っているのが『戦女神の恋歌』のヒロインことキャナ・マーベルランカさんなわけですが。(ネタバレ)
現時点でそれは判明していない裏設定だし、キャナ自身がこれから先『ユニット』になることもない。
とにかく基本的な肉体性能が違いすぎるので、特殊能力以外はただの人類でしかないキャナが『ユニット』であるルミスと追いかけっこをしたところで、てんで勝負にならないのである。
ちなみに私も、魔法特化で方向性は違うが『ユニット』である。生徒会会計キーリス・レイグレインも魔法寄りの『ユニット』だし、生徒会副会長のクロム・デュマ・ロヴェンデュールに至っては(設定上)学園最強の『ユニット』である。
なお、メルル以下毛皮の人達は祝福がなくても魔物と戦える戦闘民族です。
「うう~、ルミス君分が足りないぃ~。この間借りたジャージだって返したいのに……。」
「うん?」
今さらっと何か聞こえた気がする。私はメルルと顔を見合わせた。小さくメルルが頷いて、尋問を開始する。
「めえっ! お前は何をしているのです! 見損なったのですよキャナ、まさか想い人の運動着をちょろまかすほどにまで極まっていたなんて……!」
「!!?」
メルルさんや、それ尋問違う。詰問や。
「見て見ぬふりをするのを友情とは言わないのです。この場合一体何処へ通報すれば良いのですか? クルッカ! ……めえっ、いないのでしたね。使えない鳥頭なのですよっ!」
理不尽にクルッカをディスりながらソファから立ち上がり部屋をうろうろし始めたメルルさんは、もしかして動揺している?羊の表情はまだよくわからんわ。
キャナは慌てて弁解を始めた。身ぶり手振りが実にやかましい。
「ちょろまかしたんじゃないよ! 借りたの! 貸してくれたんだよ3日前に! 風邪引いたらいけないからって!」
「3日前?」
3日前、そういえば放課後に雨が降っていた。授業の校外探索を終えて、生徒会室のある学園本棟へ向かう途中で狐の嫁入りからの突然のざんざん降りにカフェで雨宿りを余儀無くされたので良く覚えている。
「…………説明を要求するのです。」
仁王立ちしたメルルが低い声で言った。
「こないだ生徒会室に向かおうとしたらね、雨が降ってきたの。晴れてるのに雨がキラキラしてて綺麗だったの! で、つい裏庭で雨を浴びながら遊んでたら」
「ガキなのですかお前は。呆れてものも言えないのです。」
「うぐぅ。……その、途中からなんかすごい雨が強くなってきてうひゃーって!したらば、なんとそこには水も滴る良いルミス君が!」
『水も滴る良いルミス君』というフレーズに、私は思い出した。そういえばそんなイベントあったよ! 攻略サイトの掲示板に似たようなフレーズの書き込みがあったよ!
確か主人公が雨に降られてずぶ濡れのルミスを『風邪を引いたらいけないから』って本棟のシャワー室につっこんで、その後も甲斐甲斐しく世話を焼くというイベントだったはず。お姉さんぶって髪を拭いてやったりとか……その時の会話が後にルミス攻略のヒントになったりするけっこう重要なやつだったと思う。
いかんせん私の推しキャラはユニークシナリオの幼馴染み君だったためうろ覚えなのだが……。
「そんで『何をやってるんですか貴女は馬鹿なんですか』って怒られた後シャワー室にぶちこまれて、着替え持ってないって言ったら更に怒られて予備のジャージを貸してくれたんだよ。」
「うわぁ」
見事に配役が逆になっとる……。
キャナは「も、もしやあの時のがまずかったのかな、謝ったけどやっぱりダメだったかな!?」と赤くなったり青くなったり表情が忙しい。
「洗って返すねって約束したんだけど、そういえばあれから全く喋れてない……!? じゃあやっぱりあれが原因かな!? 完全に私のせいだな!?」
ずぎゃーんという効果音(?)と共に頭を抱え始めたキャナを眺めて頭を捻る。
配役が逆とは言え、恐らくイベントが進んで好感度に何らかの変化があったのだろうと思われる。
思い出せ……思い出せ……ルミスルートはどんなイベントがあった?くそうハーレムルートを解禁するために一周しただけだからあんまり覚えてない……。
確か、ルミスルートだとクロムがライバルキャラになっていた。『戦女神の恋歌』ではエルザマリアのように女性のライバルキャラは珍しく、基本的にメインヒーローが他の攻略対象とヒロインを取り合う形になることが多い。
序盤にルミスとクロムの好感度を並行して上げていかないと進めない癖に、うっかりクロムの好感度が高くなりすぎると気を使って勝手に身を引くヘタレ仕様だった、はず……。多分。
そこで似たような避けられ期間が発生するんだったような……。
いやまてよ、告白イベントのあとにもあったぞ。恋人になったは良いものの恥ずかしくてどんな顔して会えば良いかわからないとか言ってルミスが逃げ回るやつ。
なんかどっちも今回のイベントとは関係無さそうだ。
……ああもうめんどくせぇ後輩だな。理由はクロムでもけしかけて本人から吐かせるか。
私は今後の方針を固めて、「にゃああああぁぁ痴女でごめんなさいぃぃぃ~!」と叫びながらソファの上でごろんごろんしているヒロインさんを横目に部屋を辞した。
さて、所変わって普段は使われていない多目的教室。
私は早速どっかの部活の助っ人に出張していた万能選手クロムといつの間にか勝手に合流したキーリスを引き連れ、校外実習から帰ってきたところだったルミスを拉致してきたのだ。
「な、なんなんですかいきなり。クロムまで……」
少し怯えた表情で壁際に追い詰められているルミス。確かにこんな突然上級生に囲まれたら怖いだろう。ルミスにとって幼馴染みのクロムはともかく、私やキーリスは普段から微妙に距離を置かれているし。
それにしてもこの構図、まるで悪役令嬢にでもなった気分だ。
「ルミス、最近キャナを避けているようだな。何故だ。」
「!?」
事情を話すと「ほう…」と多くは語らずノリノリでルミス拉致に加担したクロムが一言目から核心に斬り込んだ。
「それで会長さん、最近元気が無いんだよ。面白……じゃなくて、何かあったのかと心配だから相談に乗ろうと思って呼び出したんだよ。」
「なにそれおもしろそう。」とクロムに事情を話している時に何処からともなく現れたミステリアスというより胡散臭いキーリスが本心を隠しきれていない建前で続けた。
「な、なんのことでしょう……。僕にはわかりかねますね。」
思いっきり目を泳がせて上擦った声で言う分かりやすいルミス。嘘をつくのが下手とか言う次元ではない。もう何かあると自白しているに等しい。
「3日前。」
「っ!?」
めんどくさ……もとい、円滑に会話を進めるために揺さぶりをかけることにした。まあまずイベントがあったXデイ以外に理由は転がっていないだろうし、折角だからこのまま悪役令嬢をロールプレイするのもまた一興かなと。
「3日前に話したのを最後に、避けられているそうですわね。一体何があったのかしら、ねえ? ルミス君?」
ルミスは3日前という単語にビクリと反応して、あからさまに顔色が変わっていく。具体的に言うと、赤く。
本当に一体何があったのか、みるみるうちに赤面してゆくぞ。キャナさんマジで何をしたんだ……。
「あ、いや、……その、な……なにも。」
「あらあら、なにもなかった様には見えなくてよ? ここに頼れる先輩方がちゃんといるんだから、遠慮せずに相談しなさいな。その方が楽になるわよ?」
あ、なんか楽しくなってきた! 私こういうの向いてるのかも!
ヤバイな、悪役。癖になりそう。
ルミス君もなかなか嗜虐心を煽ってくれるし。ふ、ふふふ……新しい扉が開きそうな予感がする。
「ちょっとエルザさん。」
「何かしらキーリス先輩。」
ちっ、水を注すんじゃないわよなんちゃってミステリアス野郎。
心の中で悪態をつき、肩に置かれた手をやんわりはたき落とそうとするも、静かに首を横に振られて逆に腕を掴まれた。
「ちょっと」
「まあまあ、ちょっとだけエルザさんには席を外してもらおうか。」
くるりと向きを変えられ背中を押され、あっという間に教室の外へ追い出された。
「なんですのいきなり。」
「男には、女性に聞かせられない話をしなければいけない時だってあるんだ。」
キーリスは全てを悟ったような表情で「概要は伝えるから」とだけ言って扉を閉めた。
「あっ! くそ、閉鎖魔法かけやがりましたわね! 開かないっ!」
結果として小一時間ほど待たされる事になってしまった。ちくせう。
余りに待ち時間が長いので生徒会室に戻り、悶々と悩んで奇声を発し謎の踊りのような動きをする愉快なヒロインさんを眺めながらクルッカが買ってきたケーキに舌鼓を打っていたところ、まずキーリスが現れた。
「あらキーリス先輩。先程はよくも追い出して下さいましたわね。何か弁解はありまして?」
「あれ、まだそんなかんじなの君……。」
ロールが抜けきってなかった! 私はごほんとひとつ咳払いをして「口は割らせたんでしょうね。」と小声で問いかけた。
頷いて手招きするキーリスに導かれ生徒会室の外に出ると、少し離れたところで両手で顔を覆って「うう…悪魔だ……」と呻くルミス君と「なんか悪かったな。元気出せ、ルミス。」と肩を叩いて励ましているクロムがいた。
悪魔か……。改めて向き直ったキーリスは公式サイトの紹介通りの天使の微笑みを浮かべていたけれど、もはやどす黒いオーラしか感じ取れない。
「約束通り概要を伝えるよ。」
そう言ってキーリスが語った事のあらましは、説明が足りなさすぎるキャナの話を補完する内容だった。
3日前、ルミスが属性魔法の訓練から帰ると一人で雨の中はしゃいでいるキャナを発見。この時キャナは薄地のカットソーを着ており、ずぶ濡れで下着が透けていたそうだ。ルミスは慌てて本棟のシャワー室へキャナをぶちこんだ。
ついでにルミス自身もシャワーを浴びて着替えたが、なかなかキャナが現れない。心配になってシャワー室の前まで行ってみると扉から顔だけ出したキャナに遭遇。慌てて引っ込むキャナを不審に思い、ついその扉を開けてしまった。
そこには着替えが無くて全裸でおろおろしているキャナがいたわけだが……。
あのヒロイン、少年マンガばりのラッキースケベ発動させやがった……。
透けブラからの着替えシーン(全裸)を披露、とか。それ乙女ゲームでやるネタじゃないだろ。しかも『戦女神の恋歌』って全年齢対象だぞ。
ああ、しかもその後に彼ジャージ(イン全裸)もやったのね。やっぱりあの子生まれる世界を間違えてるわ……。
しかもそれを、よりにもよって作中一二を争う純情ボーイで好感度MAX状態ハッピーエンドに行ってもほっぺにちゅうが限界のルミス君に仕掛けるなんて……。ハッキリ言って酷でしょう……。
「有罪!!」
「えっ、ごめんなさい!?」
ついそれだけ言ってきてしまった。「なに!? なんだったのいまの!?」と騒いでいるのが聞こえるが、今日の私は悪役令嬢。細かいことは気にしないのだ。
「さて、ルミス君。ちょっと宜しくて?」
「な、なんですか……。」
弱々しくも手負いの小動物が精一杯の威嚇をするような表情で答えてくれる可愛い後輩君に慈愛の微笑みで続ける。
「話は聞かせてもらいました。災難でしたね。」
「え……レイグレイン先輩っ!? 誰にも言わないって言ってたじゃないですか!!」
ルミス君たらそんな口約束あの悪魔が守るはずないじゃない。それはどうせ「誰にも言わない(話さないとは言ってない)」みたいな落とし穴がボコボコ空いてるのよ、きっと。
「これからも同じ生徒会の仲間として過ごすのだから、いつまでも恥ずかしがっている訳にもいかないでしょう? ちょっとキャナさんと話してきて下さいな。案外向こうは気にしていないかもしれませんよ。」
「そうそう、むしろほっといたら何仕出かすかわからないからね彼女。それはそれで楽しそうだけど……。」
この腹黒、ほんとどうしようもないな。なんでこれで人気投票の上位常連なんだろう。訳がわからないよ。
しかし躊躇う後輩君の背中を押すためにスルーして言葉を続ける。私ったらなんて優しい先輩なのかしら。
「ルミス君、放置したところで事態が悪化する未来しか見えませんよ。キャナさんなら会えないからって校内放送で愛を叫ぶぐらいはやりそうですわねぇ。」
「あー、月始めの朝礼で愛を叫ぶって可能性もあるね。さすが会長さんはやることが違う。」
「貴方達、他人事だと思って好き勝手言って……。」
他人事ですしおすし。
しかしそこでキャナを野放しにする危険性に思い至ったのだろう。どうやらルミスも腹を括ったようだ。のろのろと生徒会室の扉の前に立つ。
ひとつ深呼吸をした後、意を決して扉を開ける。
そこには「うわああああ」と奇声を上げながら荒ぶる鷹のポーズをかますヒロインさんがいた。
「……………………。」
ルミスは無言で扉を閉めた。
私は噴き出して口を押さえた。キーリスは噎せて、クロムは目を閉じて額に手をやった。
「いっ、今! 私のルミス君がいたんだけど気のせいじゃないよね!? いた!! ルミス君きた!! これで勝つる!!」
一瞬の静寂の後、慌ただしく扉が開かれ残念なヒロインさんが現れた。彼女は「ルミス君、うわああ久々の生ルミス君だああぁ」と跪いてルミスを拝み始めた。
「い、意味がわからない。なんなんですか貴女は……。」
ヒロインさん、完全にドン引きされてますよ。
廊下で騒ぐのはよろしくないと全員が生徒会室の中に引っ込んで扉を閉めた。
中には食べ終わったケーキの皿の前でお茶を啜るメルルと「おや、皆さんお揃いで」といそいそ追加のお茶の準備を始めるクルッカがいる。
キャナは流れるような美しく洗練された動作で土下座をきめた。
「先日は見苦しいものをお見せしてしまい、誠に申し訳ありませんでしたぁ!!」
一体どこで身に付けたのか、お手本のような見事な土☆下☆座である。周りの「お、おう……。」みたいな微妙な雰囲気などものともせず声を張る。
「真に私の不徳の致すところであり、心よりお詫びすると共に、今後このようなことの無いよう一層気を引き締めて参ります……! だ、だから無視しないでぇぇ……!」
「………………。」
「相手にされないのが一番堪えるんだよっ……! だったらむしろ罵って下さい! あ、でもそれはそれで新しい道が拓けそう……いやなんでもないです。とにかく、すみませんでした! あとジャージもありがとう! 助かりました!」
困惑した表情でキャナを見下ろすルミスは、気の抜けたような溜め息と共に「悩んでたのが馬鹿らしくなってきました……」と呟いた。
「キャナ先輩、頭を上げてください。なんで貴女ばっかり謝っているんですか全く……。」
キャナは伺うようにそっと顔を上げる。不安そうな上目遣いで大変愛らしい。体勢が土☆下☆座でなければ正にゲームのスチルにして良いぐらいの美少女加減だ。本当に、大人しくしていれば正統派ヒロインやれるだけの素材を持っていると言うのに……。
「ひ、引いてない?通報しない?」
「通報しませんよ。その、僕も悪かったです。あの時、貴女の服にまで気が回りませんでした。」
さりげなく引いてないかの答えを出してない所に成長を感じる。どうやらルミスはスルースキルを手に入れたようだ。
「先輩、僕も……着替えをの、覗いてしまってすみませんでした。」
ルミスは頬を染めながらも折り目正しく頭を下げた。「ふゃっ!?」と変な声を上げて飛び上がったキャナは「いやその気付かなかったの私だし迷惑かけっぱなしで申し訳ないしむしろ見られてドキドキしたのは否定できない変態なやっぱり私が悪いですごめんなさいでした!?」とペコペコしている。
「……………ふふっ」
頭を下げられて逆におろおろしているキャナを見て、ルミスは笑った。「しょうがないなぁ」とでも言わんばかりの困ったような小さな笑みに、キャナの顔がボッと発火した。
「では、おあいこと言うことで、水に流しましょう。」
「あ、ひゃい……。」
キャナは真っ赤になってしばらくモジモジしていたが、はっと息を呑む。
「いいい今のっ! 今の顔、スクショっ!! じゃないカメラカメラっ!! 永久保存版にしなきゃ!! ああああ私のバカっ!! 持ってない! カメラ持ってないよ!! うわああああっっ!!!」
血の涙を流さんばかりに床に拳を叩き付け悔しがるキャナ。ルミスは「先輩のいない時を見計らって仕事はしてましたが、やっぱり溜まってしまいましたね。すみませんでした。」と私達にも謝ってから、テキパキとテーブル上の書類を片付け始める。
「なんかあっさり解決してしまったね……。つまらないな……。」
心なしか残念そうに呟くキーリスに内心で同意する。もう一騒動ぐらい起こるかなと期待したのに……。
しかしその言葉を聞き咎めて、その首根っこを掴んだ者がいる。それまで完全に保護者の表情でルミスを見守っていたクロムだ。
「キーリス、少し話がある。」
「ん?……あー、遠慮するよ。」
「そう言うな。ちょっと来い。」
「待って待ってなにその笑顔こわい。」
ああ、そう言えばクロムって幼馴染みのルミスを弟のように可愛がっているって設定があったな。ファンの一部が腐る程度にはそういう描写があった気がする。
黙っていて良かった……。私は引きずられて部屋からフェードアウトして行くふたりを見送った。
「ううううぅ……貴重なルミス君の笑顔が……カメラ高いから保留にしてたけど買っとけば良かった……バイトしなきゃ(使命感)。」
「それより先輩、こっちの書類確認してサインお願いします。バイトはヘルバーン先生に相談してから生徒会の仕事に支障が無い程度にしてくださいね。」
「あ、はい。やばいお仕事してるルミス君ちょうかっこいい。きゅんきゅんする。」
「邪魔なので寄り掛からないでくれます?」
「ああ、その冷たい目……いつものルミス君だぁ。そうくーる、でもそこが良いのっ!ルミス君好きー☆」
「邪魔だって言ってるんです。」
ほどなくいつもの調子を取り戻してじゃれあうふたりを見て、そうそうこの空気だよ、と納得してから食べ掛けの自分のケーキの前に座り直した。
ヒロインさんのお悩み解決、今回私大活躍だったし仕事をするのはケーキを食べてからで良いはずだ。補佐も楽じゃないわね。
「めえ、それで結局今のはなんだったのですか?」
「ああそれはですね……。」
黙ってキャナの謝罪会見をお茶うけにしていたメルルに成り行きを説明する。私は特に誰にも言わないなんて約束はしていないので情報保護もへったくれもない。漏洩しまくりである。
「めぇ、毛皮が無いと大変なのですねぇ……。」
「そうだね、服がなければ人間って常に毛刈り状態みたいなものだからねぇ。」
事の顛末を聞いた毛皮の人達は文化の違いを感じるコメントを残してくれました。彼ら的には毛刈り状態は恥ずかしいらしいですよ。
「ルミス君ルミス君、ケーキ食べる?私『あーん』したいなっ!どれにしようか、どれが好き?」
「いりません。手を動かして下さい。」
つれない態度にしゅんとするキャナと「……ここの書類を片付けたらお茶にしましょう。」と言ってうまくやる気を出させるルミスの成長を見守りながら、私は冷めた紅茶を飲み干した。
「ルミス君とっ、放課後ティータイムっ♪」
おいヒロインさん、ちょろすぎるぞ。