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冬の朝  作者: 月夜
7/9

 できる最大限のことをして、家を出た。

 雑誌に書いてあるとおりのお化粧、買ったばかりの洋服。バッグには財布とスマホ、コンパクトと口紅だけを入れて、薄く、軽く。

 買ったばかりの靴はちょっときつかったけど、無視して履く。慣らしておこうかと思ったが、汚すのが嫌で箱に入れたままだった。

 ゆっくり歩いて駅に向かい、電車に乗って彼に会いに行く。

 

 17時40分に待ち合わせ場所に着く。どきどきしながら待っていた。周囲には同じように待ち人たちがいた。若い人たちが多くて、ちょっと居づらい。私は顔を伏せた。


 17時50分がきて、18時になる。彼か彼女がやってきて、何人もの人たちが笑いながらその場を離れた。

 入れ替わり立ち替わり人がやってきて、誰かを待って、誰かを連れて、そうして離れていく。私はずっと立ったまま、痛くなっていく爪先に耐えていた。


 見栄を張ってこんなに高いヒールにしなきゃよかったと、心のどこかで後悔し始めていた。これじゃ歩けないかもしれない。脹ら脛も痛くなってきて、いますぐに座りたい。若い人たちがよく街中で座っているけれど、あれはこういうことだったのね。


 腕時計をちらちらと確認する。服もバッグも新調したのに、時計には気づかなかった。使い古した腕時計。もっと華奢な、かわいらしいものにすればよかった。いまさら買いになんか行けないけど。

 足が痛くて辛くて、こっそり片足を抜いた。少しだけ浮かせて、脱いでいることがバレないようにする。バッグからスマホを取り出す。画面は黒いまま。わかっているのに、メールの確認をした。0件の文字を見て、バッグに戻す。


 周囲の賑やかさが変わってくる。人々が行き交うと、お酒の匂いが漂ってくる。みんな、楽しそう。ひとりで立っている私をどう思っているのかな。

 どうも思っていないか。みんな、自分のことばかり。私なんか、ただの置物だろう。

 見た目だけで選んだコートは寒い。白いコートはふわふわとしてかわいらしいけど、風を通してとても冷たい。

 ショーウィンドウに映った自分を見る。おばさんが、精一杯背伸びしていた。高い靴を履いて、赤いバッグを持って。綿毛のようなコートなんて、馬鹿みたい。似合うはずないじゃない。

 カールした髪は、濃いブラウンに染めている。おしゃれのためのカラーリングじゃないわ。白髪隠しよ。私は誰に言うでもなく、呟いた。


 煌びやかな外灯の向こう、あるはずの夜空を見て深呼吸をした。冷たい空気が胸一杯に広がって、気持ちを落ち着かせる。私は踏ん切りをつけるように、一気に息を吐き出した。


「やめやめ、もう終わりよ。帰りましょう」


 そう言ってもう一度深呼吸をして、踵を返す。

 その途端、爪先が悲鳴を上げた。私は周囲など全く気にせず靴を脱いで、裸足で歩いた。そのうちに黒いパンストが破れて、醜い模様を描くだろうが構わない。


 私はずんずんと歩いて行く。だけど裸足はやっぱり痛くて、目に付いた靴屋に入った。一番安いスリッパを買って履き直す。室内用かもしれないけど、どうでもいいわ。裸足よりマシだと履いて、改札に向かう。

 都合良く入ってきた電車に乗り込む前に、持っていた赤い靴をゴミ箱に捨てた。



 暗い道をとぼとぼと歩いて、アパートに帰る。冷たい室内に入った途端、涙が溢れた。灯りも点けずに玄関で、私はしゃがみ込んで泣き続けた。

 悔しくて悲しくて、泣いた。何が悪かったんだろう。どこで間違ったんだろう。どうして、夢を見たのだろう。

 新しい靴も服もバッグも、馬鹿みたい。どんなに高い化粧品を使ったって、あなたは41歳のおばさんよ。


 そんなことわかっているわ。

 でも、どうせ駄目になるのなら、どうして約束なんかしたの。

 どうして一日くらい、私にくれないの。


 ぼたぼたと涙で廊下を濡らしながら、それでも寒くて立ち上がる。体中、冷え切っていた。震える指先で灯りを点ける。灯りを点けた左手首の時計が、深夜の0時を過ぎたと告げていた。


 私は泣きながら、おかしくて笑った。


 夢が終わるのは深夜0時。

 そういう、おとぎ話を思い出していた。


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