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冬の朝  作者: 月夜
3/9

 帰りの電車の中、先に帰った友人にメールを送る。

 誘ってくれてありがとう、いま帰るとこ。あきらくんについて何か言うのは変な気がして、ただ、当たり障りのない言葉を綴る。

 友人はそのまま別のところに呑みにでも行ったのか、その日の返信はなかった。


 翌日は休日で、当然のように予定もなく、昼過ぎまで眠った。太陽がちょっと西に向かい始めた頃に起き出して、ぼんやりテレビを見る。昼を食べようか、やめようか、そんなことを思いながら。とりあえずお茶を飲んで、お菓子を食べる。

 せめて夜は料理をしようかと冷蔵庫を覗き込んだ。料理本ばかりが増えて、レパートリーは増えない。やればできるだろうけど、そういう時期も過ぎてしまった。ひとりで料理を作ってひとりで食べて、それで楽しめる時期は過ぎてしまったのだ。


 とは言っても人は食べなきゃ動けない。年齢のせいか外のご飯をおいしいとは思わなくなって、簡単なものを作る。最近はスープを作ることが増えた。材料が何でも味がそれなりにまとまるからいい。

 作っているとお腹が空いてきて、というより口寂しくて、昼だか夜だかわからない時間帯に食べる。今食べてどうするのよと自分に言いながら。

 こんな時間に食べても、絶対に夜は夜で食べるんだろうなと思う。冷蔵庫に梅酒があった。あれでも呑みながら、夕食を食べるのだろう。太るのに。


 食器を洗って、テレビを見る。何かを見たいわけでもないから、忙しなくチャンネルを変える。それにも飽きて、思いついたようにスマホを見た。

 珍しいことに着信ランプが点いていたけど、また迷惑メールだろうと自分に言い聞かせた。期待なんかしちゃ駄目よと言い聞かせ、画面に触れた。


 昨日の友人だった。嫌がらせのように21歳を紹介した人。メールを開くのを躊躇した。嘲笑っているような気がして、身構える。

 もちろん、そんな人じゃないとわかっている。嫌がらせだと思うのも、私の捩じれた感情のせい。自虐的になるくせに、心の隅っこには妬みもあって、おばさんの心は面倒くさい。


 短いメールだった。昨日、私が社交辞令的に送ったメールと同じくらい、短いメール。

 そこには一文が書かれていた。あきらくんが連絡先を教えてくれって言っているから、教えておいたよ。

 ただ、それだけ。


 どういうことよ。

 私は思わず声に出して呟いていた。


 私に断りもなくアドレスを教えるなんて、個人情報じゃないの。というか、こんなおばさんのアドレスを知ってどうするつもりよ。


 ぶつぶつ言ってから思い直す。

 社交辞令。


 これはあきらくん流の、社交辞令だ。紹介してもらった人のアドレスは、とりあえず聞かなきゃいけないと思っているのかも。

 そうよ、そうに違いないわ。

 妙な胸の高鳴りを無視して、私は自分に言い聞かせた。


 年をとることって、自分自身を宥めたり言い聞かせたりすることなのだと思う。

 あなた若くないのよ、他人から見たらおばさんよ。そう言い聞かせて、欲しがってはならないと宥める。

 40を過ぎて恋人とか、結婚とか、子供とか。そういうの、諦めなさいと毎夜言い聞かせる。


 テレビのニュースで気になるものが変わった。

 事件や事故に巻き込まれた女性の年と家族構成。40歳、50歳で一人暮らしなんて言われたら、どきっとする。

 私も、ああなるんだわなんて、息苦しくなる。


 昼に作ったスープを温め直し、冷蔵庫のご飯を溶き卵に混ぜ入れてから炒める。すりゴマとネギを入れて簡単炒飯を作った。

 梅酒を飲みながら夕食を食べる。テレビでは何人もの芸人が、まるで薬でもしてきたのと聞きたくなるような異様なハイテンションでしゃべっていた。

 だがそんな声も、味も、何もわからない。動悸はまだ収まらず、私の目はちらちらとスマホを見ている。メールも電話も音は消している。着信ランプだけしか設定していない私のスマホ。暗い画面を何度も起こして確認する。

 結局その日、私のスマホが着信することはなかった。



 スマホのアラームで起きる。すぐに画面を確認したけど着信なし。

 ああやっぱりね。わかっていたけど、馬鹿みたい。何度も確認して、こんなおばさんに何のメールが来るというの。

 あきらくんとの年齢差は20歳。私が61歳の人と何かをしたいと思う?


 そこまで考えて、朝から盛大に落ち込んでしまった。

 20歳差て、そういうことよ。あなた、何期待していたの。


 落ち込んでも体は勝手に動く。月曜だから仕事に行かなきゃと、いつもと同じ時間に家を出て駅に向かう。目を瞑っていても歩けるくらい、毎日毎日歩いた道、乗った電車。高卒で就職したまま、ずっと同じ場所に通っている。

 ぼんやり立っていれば、電車が勝手に運んでくれる。見飽きた駅で降りて、会社に向かう。

 せめて引っ越しくらいすれば、気分が変わるかしら。そんなことを思ったりもするけど、面倒くささが先に立つ。年をとると経験が増えて、思いつきだけでは動けなくなってくる。


 ぼそぼそと朝の挨拶を交わす。朝から元気はつらつな人など、うちの会社にはいない。入社試験は3年に一度。新しい風も若い人も入って来ず、見飽きたメンバーで黙々と働く。

 10時前には営業担当が全員出て行った。ホントに営業に行っているのかはわからない。だって毎日全員が出ていくって、変だと思う。毎日出て行くくせに、新規開拓なんて滅多にないもの。あの人たち、どこで何をしているのかとみんな頭の端では思いつつ、誰も口には出さない。それがこの会社では大事なこと。


 まだ若かった頃、私は無邪気にも口に出して、ちょっとした批難を受けたことがある。営業の大変さを知らないくせに、そう言って説教をされたことがある。

 疑問は疑問で、別に批判しようと思って言ったことではなかった。ただ単純に、毎日外でどういうことをしているのかを聞いただけ。ただそれだけで別室に呼ばれて説教までされるとは思わなかった。もう退職したけどそのときの課長は、営業畑の人だった。1時間の説教は後ろ暗いことでもあるのかと、今でも悔しさと共に思っている。


 口は災い。これは、私のためにあるような言葉だ。みんなが言わないでいることをわざわざ口に出して、聞かなくていいことを聞いて、許せないことをすぐに吐き出す。

 口は災い。私は何度も反省して後悔して、すぐに忘れて口が開く。それで周囲と軋轢を生み、なけなしの恋愛を破綻させた。やっぱり、この口が駄目なんだろうなと思う。


 目の前のパソコンを見る。データー分析をしているカラフルな画面の横、貼り付けた付箋を見る。ピンクの付箋には『口』と書かれていた。

 これは、私に対する戒め。口を慎め、口を開くな。私は私に命じている。でも薄っぺらな付箋は伝える言葉も薄いのか、私はすぐに忘れて同じ過ちを繰り返すのだ。


 午前中を誰とも話さずひたすら画面を睨み付けていた。部屋が薄暗くなって、お昼だと気づく。

 節電のためにと、お昼は会社中の電気が消される。でも薄暗い部屋でパソコンをつけているのだからあまり意味はないと思う。おじさんたちは何を見ているのか、パソコンを見ながらお弁当を食べていた。

 私はパソコンの電源を落とし、蓋を閉じて机の端っこに追いやる。狭いところでお弁当を広げるのは嫌だ。何だか息苦しいし、汚すかもしれない。だからできるだけ机を片付けて、お昼の体勢に入る。

 今日は朝っぱらから落ち込んでお弁当を作る気力もなかったから、パンにした。通勤途中で買ってきたパンを食べながらスマホに触れた。スマホでニュースを見ながらお昼を食べるのがいつもの習慣だった。節電だか節約だか知らないけど、この部屋からテレビが消えて久しい。


 暗い画面を点ける前に、青い光が点滅しているのがわかった。


 着信。

 珍しい、着信している。


 開くとメール5通の文字。むっとする。また迷惑メールだ。何度拒否設定しても、やってくる。アドレス変えようかなと考えながらメールを開いた。

 人妻紹介だの、援助しますなどという件名。女を紹介してもらってもうれしくないし、見ず知らずの人からお金がもらえるなどと信じられるほどおめでたくもない。『40歳は女じゃないですか……?』なんて件名に、「いやいやそんなことないですよ。まだ大丈夫」と心の中でエールを送り、中身も見ずに削除する。

 ぶちぶちと削除しながら、ふと気づいた。『こんにちは』の件名。見たこともないアドレス。新手の迷惑メールかと思いながらも開いてみた。

 開いて読んで、手にしていたパンを机に落としてしまった。


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