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冬の朝  作者: 月夜
2/9

 会わせたい人がいるんだよ。

 ちょっとしたお見合いだと言われて出かけた先。

 そこにいたのは、56歳のおじさんだった。


 年齢より若く見えるでしょ、なんて言われても見た目より実年齢の方が大事だ。この人とどうにかなって、どうしろと私に言うのだろう。

 この人に親がいたとして、いま80過ぎでしょ? 義父母の介護して、実父母の介護して、旦那の介護をするの? 

 そんな介護のための結婚をしてどうするのよ。ましてや子供でもできたら、どうするの。56歳なんて、後4年じゃない。4年で旦那が定年になるの? その後数年で、年金暮らしになるの? 

 子供が生まれたらどうするのよ。20歳まで、誰がどうやって育てるの。私一人の稼ぎでどうにかなるとでも思っているの?


 言いたいことは山ほどあった。馬鹿にされたとしか思えなかった。親切心で紹介してくれたのだろうけど、私にはそうは思えなかった。

 そりゃもちろん、ただのおつきあいで結婚までいくことはないかもしれない。でも、ただのおつきあいでもこの人はなかった。見た目が若いでしょと言われても、せいぜい5歳程度。それに意味があるのだろうか。


 そして、この人も持っていたのだ。独身の理由。ちょっと話しただけでも端々に出ていた。

 皮肉屋というか、消沈屋? 楽しい話をしていても、でも、だが、いやそれは、と気分が下がるようなことを言ってくれる。

 はっきり言って、楽しくない。


 でもさすがに大人というか、おばさんなので、当たり障りのない会話をして別れた。二度と会うことはないだろうと思いつつ。

 そう思って別れたのに、次の週、紹介してくれた友人が言ってきた。向こうが、もう一度会いたいって。


 いや、無いでしょ。

 さすがに私もそう言ったのだ。


 どこが駄目って真剣な目で聞いてくるから、この人本当に、私とあの人をどうにかしようと思っていたのだろうかと不思議になった。と同時に、怒りの種火がつきそうになった。

 どこが駄目とか、あそこが嫌とか、いろいろ言うのも面倒で、年がね、と言ってみた。

 私、年下が好きなのよと。


 実際、私は年下が好きだった。自分が若い時から、年下が好きなのだ。同い年や年上だと、ひとつでも私より劣ったところがあると無意識に馬鹿にしてしまう悪い癖がある。

 だが一歳でも年下だと、私の点数はとても甘くなった。男でも女でも、私は年下に弱かった。


 紹介してくれた人は気分を害した風もなく、いくつでもいいの? 二十歳でも? なんて聞いてきた。いくつ下までが大丈夫だなんて真剣に考えたこともないし、論じること自体が失礼な気もする。だから、相手が良ければね、なんて言っていた。

 だって私がいくら好きでも、相手が好きになってくれなきゃどうしようもない。そんなこと、嫌というほどわかっている。

 

 誰とも付き合ったことがないとは言っても、誰も好きにならなかったわけじゃない。好きになって告白して駄目で、それを何度か繰り返して今に至るのだ。

 私が好きな人は私を好きじゃなくて、私が好きじゃない人が私を好いてくれた。これが、私の半生なのだ。


 そんな話をしたこと自体を忘れそうになっていた頃、またその人から連絡があった。56歳を紹介してくれた友人。また紹介したい人がいるんだと言われて、苦い記憶が蘇る。次は何歳? 55歳?

 身構えて、でも、誘いには乗ってしまう。友人からのメールは途絶えて数ヶ月。こちらから送れば返信はあるけど、向こうからのアクションは全くない。

 プライベートの寂しさを紛らわせてくれるほど仕事も忙しくなくて、だから、相手が55歳でも50歳でも、とりあえず会ってみることにした。

 絶対に進展はしないけど、少なくとも、その日までは楽しめるもの。


 待ち合わせの居酒屋に行って、個室に案内された。4人席の半個室。三方に壁があって、残りにのれんがかかっていた。

 入ると、紹介してくれた友人がひとりで待っていた。相手は遅れるから先にはじめようと言われ、ちょっとほっとして、ちょっとむっとする。

 自分の仕事がそうそう忙しくないからか、仕事が忙しいアピールをされると穿った見方をしてしまうのだ。

 大変ね、なんて可愛いことが言えたなら、私もどうにかなっていただろうに。


 近況報告をしながら呑んで、食べて、小1時間もした頃に相手がやってきた。

 もう来ないと思っていただけに驚きもしたが、それ以上に驚いたのは相手を見たときだった。


 若い。

 異常に、若い。


 見た目が若いだけかもしれないけど、でも、若い。この人は部屋を間違っていると思ったくらいだ。

 友人は笑いながら私に紹介する。あきらくん。そう言われて、からかわれているのだと思った。


 相手はどう見ても、子供だった。その上、何だか困っている。私を見て、困った顔をして、友人を窺っていた。それでも座って、ビールを注文していた。思わず、大丈夫なのと聞いたら、21ですと言われた。

 友人は笑って私を見ていた。

 おまえが言ったんだろう? 年下がいいと。二十歳でもいいと。

 友人の顔に、そう書かれているように感じた。


 こんな子供と何を話していいのかわからず、私は黙る。相手も黙る。友人だけがひとり楽しそうにしゃべっていた。

 私、いつもこんな感じだったのかなと頭の隅で思った。みんなを黙らせて、私ひとりしゃべっていたのかなと。


 あきらくんが来て30分もしない頃、友人がふっと部屋を出て行った。

 何も言わなかったから、トイレだと思った。でも10分経っても戻ってこない。遅いね、なんてあきらくんとぽつぽつ話していたら、メールが来た。

 帰った、と。


 何それ。

 私は驚いて返信する。

 どういうこと、と。


 友人は、気を利かせたつもりだと言った。二人きりにしてあげるよと。ものすごく、有り難迷惑だった。


 どうしよう、帰ろうか。来たばかりのあきらくんに訊ねる。

 あきらくんは、うーんと唸ってから、とりあえず腹減ってるんですと言った。


 私は慌ててメニューを渡す。何でも食べて、そう言って。あきらくんは悩む様子もなく数品を頼むと、テーブルに残っていた料理に箸を伸ばした。

 本当にお腹が空いていたのだろう。ぱくぱくぱくぱく、気持ちいいくらい沢山食べる。


 私は、お母さんの気分だった。あきらくんが21歳で、私が41歳。ちょっと早く結婚して子供を産んでいたら、今頃はこのくらいの息子がいてもおかしくないのだ。

 あきらくんが食べているのを見ながら、財布の中身を頭の中で確認した。私はもはや、おごる気満々だった。というか、21の子と割り勘をするつもりはない。


 頼んだ品が届いて、あきらくんはまたぱくぱく食べていく。

 一通り食べて落ち着いたのか、ふっと気づいたように私を見た。慌ててテーブルの上を見渡して、唯一残っていた漬物を差し出してくる。

 食います? そう言って小首を傾げた。


 漬物がついてきていたお茶漬けは、あきらくんがあっという間に完食した。ほかにもめぼしい物は何もなくて、でも、ひとりだけ食べ続けて悪いと思ったのだろう。とりあえずと差し出したのが漬物で、それはおばさんに似合っていた。

 私は笑ってありがたく頂いた。ずっと呑んでて体が冷えて、温かいお茶を頼んでいたからそれによく合った。

 漬物を食べながらお茶を飲むとお茶が甘く感じられるなんて、この年になって気づいた。

 

 あきらくんも温かいお茶を頼んで、ふたりでほっこりと息をつく。

 変な食事会だったけど、まあいいわ。こんなに若い子と食事をしたなんて、何年ぶりだろう。職場は従業員を削減するとかで、数年に一度しか新規採用しないし、若い子はうちの部署には来ない。


 出ましょうかと、どちらからともなく声をかけて席を立つ。会話らしい会話は全くなかった。そもそも、共通の話題が見つからない。気まずい雰囲気から逃げるように、席を立った。

 支払いしようと財布を出すと、あきらくんも黒い財布を出してきた。いいよと止めると言い返された。


「払いますよ。せめて、割り勘にしてください」


 何変なこと言ってるの、当然でしょ。

 そんな風に強く言われたので、私はちょっと落ち込んでしまった。


 次の店になんて流れるはずもなく、店の前で別れて家路に着く。

 どうやら私は、あきらくんのプライドを傷つけてしまったようだ。


 先に店を出た友人がいくらか置いていったから、残金を二人で分けた。でもきっちり1円まで割ったのではなく、あきらくんはさっさと全額払って私に言った。3千円、お願いしますと。

 私は先ほどのあきらくんの言葉で内心おろおろしていたから、レジの確認をあまりしていなかった。でも友人が置いていった分を差し引いても、6千円とかじゃなかったはず。7千円とか、8千円とか、そういう数字だったと思う。

 あきらくんは、端数も含めて多くを払ってくれていた。


 40過ぎの男ができないことを、あきらくんはすんなりとやっていた。

 この子、結婚できるわ、と変に感心しつつ、私は家に帰ったのだった。


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