変化
「よし! こちらはできたぞ! そっちはどうだ、世良!」
「オレも一応できましたが……」
まさかこんなもののためにこんなにも時間を食うとは。
それに考えすぎて、最終的にどう導いて、自分の愛称を出したのか全然覚えていない。こんなになるまで考え込んだのなんて、生まれて初めてではないだろうか。
「じゃあ、最初はお前が言え」
「なんでですか。あなたから言ってくださいよ」
「うるさい。教師命令だ。それと生徒の模範となるようにまず手本を見せろとかいうなよ」
くそ。そこまで見切っていたのか。
それと、今気づいたがオレ達当初の目的完全に忘れてるよ。
こいつオレと友達になろうとしてたこととか絶対忘れてる(オレも忘れてたけど)。すでに前の生徒と教師の関係に戻ってるし。
「わかりましたよ……それではいいますよ」
ふふふ。だがこれは十分もの時間ずっと考え込んで作ったものだ。自信がある。
時間は短いといわれる可能性もあるが、神経すり減らし超集中モードで考えたからな。
オレは意を決し、その愛称を高らかに宣言する。
「ダーク・ルシフェル」
「…………」
ふふふ。あまりにオレにあったニックネームなだけあって声も出ないようだな。
「お前は中二病か?」
「な……!?」
なん……だと……? このオレが……中二病だと?
「ははは!! 何を言っている!? このオレの感性をあんな低俗共と一緒にしないでいただきたい」
「いやいや。なんだよダークって。とりあえずつければかっこいいとか思っているのか? そういうのが典型的な中二病だと思うがな」
っく、ダークが中二病だと? あいつら、オレと同じ考えをまねてくるなんて……ふさげてやがって!
「それにルシフェルって……堕天使、悪魔。お前のニックネーム、直訳すると闇の堕天使。なんだ? 堕天使の時点で闇なんじゃないのか? 闇だから堕天使なんじゃないのか?」
「うぅ……」
くそ。こうも冷静に分析、批評されるとなんか気恥ずかしいのだが。それに馬鹿なこと言ったみたいな気がする。
本当にオレは何を言っていたんだ?
オレはこの自分の気持ちを取り払うべく話をそらした。
「くそ! ならあんたのはどうなんだよ!」
「私か? ……ふん聞いて驚け。それがあまりにも私をそのまま表しているニックネームだということにな」
「いいから言え」
「ふん。私のネックネームはな……」
さっきのオレと同じように間を溜める。こうして聞く側になってみると、うざい事この上なかった。
「ナイトメア・アサシン!」
「てめーも中二病だろーが!!」
*****
「ふむ。なかなかうまくいかないものだな」
「ええ、そうですね……」
作戦は失敗。分かったのは、自分で自分のニックネームなんて決めるものじゃないということくらいだ。
二人してため息を吐き、しばらく黙り込む。
大体、なんでオレはこんなことしているんだ?
いや友達になるとかどうとかだって言うのはわかっているが。なんでオレがわざわざそんなもの作るために、深内に付き合っているんだ?
最初からオレにはいらないと分かっていた、思っていたはずなのに。
それでもオレは、なぜか深内と一緒に、こんな馬鹿げたことをしていた。
それがどうしてなのか、自分のことなのに分からなかった。
それとも本当に、オレが友達なんてものを望んでいるとでもいうのか? ……いやそれはありえない。
「おい。世良」
「なんですか」
突然深内に話しかけられた。顔を見ると、清々しい顔で笑っていた。
「なんか、久しぶりに楽しかったよ」
「なにがですか」
「こんな風に誰かと遊ぶなんて久しぶりだった。自分の心を本気でぶつけ合って、さらけ出して。私は教師と生徒という垣根を越えて、本当にお前と友達というものになれたような気がするよ、世良」
「垣根を越えちゃまずいでしょ、先生」
「ふ……それもそうだな」
思わず、憎まれ口をたたいてしまった。
しかし確かにそうかもしれない。オレもこんな風に、誰かに自分というものをさらけ出したのは、久しぶりだ。いや……なかったことかもしれにない。
他人に自分を知られることをオレは嫌っていたからな。
でも今日、深内と共に馬鹿なことをして、疲れて面倒だとか思ったこともあったけど。楽しいとも思えた。
そうか……これが友達ってやつなのか。ならそれは素敵なものなのかもしれないな。でも……。
「では今度こそ、オレはいきますね」
「ああ、行け。私は疲れたからな。ここで寝る」
「ちゃんと仕事をしてください」
そうして机に突っ伏す深内を横目に、オレは部屋を出る。
しかし直前、今度はオレが自分の意思で振り返り言った。
「それと、オレはあんたみたいな友達は絶対にごめんですね」
「ふん……言ってろ」
そうしてドアを閉じる。同時に3時間目終了を知らせるチャイムが廊下に鳴り響いた。
最後に深内が何か言っていたような気もしたが、聞こえなかった。しかし結局なんだかんだで1時間変なことに付き合わさられたな。
オレは廊下を歩きながら再び数分……いや数秒前のことを思い出す。
(……友達か)
それは本当に素敵なものだろう。
でも、だからこそオレは友達を作ってはいけない。
――それはきっと幸せなことだから――