言うべきでない言葉
帰りのHR直後のこと。オレは嫌な予感がして、いつもなら少しぼーっとしてから出て行くところを、さよならの挨拶をした瞬間には鞄を持ち、教室を出ようとしていた。
だが、そんなオレよりも早く、そいつらはオレを呼び止めた。
「世良!」
「幸希君!」
「二人合わせてオレのフルネーム呼ぶんじゃねーよ」
オレの机の前には深内と天見のやつが押し寄せてきた。
絶対面倒なことになる。この面子が一気にオレのところに来たのだから、絶対そうなる。打ち消しあって何も起こらないなんてことにはならない。なってほしいと思うだけで、ならない。
「まぁそう言うな、世良。私はお前に用事があるのだ」
「あれ? 先生もですか? 実は僕もなんですよね」
「そうか。それはすまんな。世良は私の用事で忙しいから、天見はまた別の機会にしてくれ」
「いえ、それはできませんよ。こっちにもこっちなりに、とても重大な用事があるんですから。一刻を争うほどに、です」
「こっちだって同じだ。いいから諦めて帰れ。勉強してろ、受験生が」
「先生が生徒にそういう態度をとるのはどうかと思いますが」
「うるさい。先生命令だぞ。私に逆らえば、内申に響くことになるがそれでもいいのか? うん?」
「職権乱用だ! 最低だ!」
がみがみがみがみ……。
いつまで続くんだろう? すでにオレのことは蚊帳の外になってるし、今ならこっそりいなくなってもばれないんじゃないだろうか……。
そーっとその場を離れようとしてみる。
『お前は帰んな――!!』
「うぐっ……!?」
二人して声をそろえて止められてしまった。
オレは仕方なく席について、二人の言い争いが終わるの静かに待った。
*****
「というわけで、じゃんけんに勝利した私がお前の所有権を得たぞ」
「オレはものじゃないですよ……」
最終的に話し合っても埒が明かないと、じゃんけんしたようだ。
それは最終手段だし、教師と生徒の話し合いなんだし、もっと教師らしいというか、大人らしいところを見せろと思った。
たとえば、折衷案をだすとか、言いくるめるとか。でも、深内はどっちでもなく、教師という立場を利用して脅すくらいしかできないようだ。
もしくは、天見と同レベルの知恵……つまり子供レベルでの不毛な言い合いしかできない。いい大人が何してんだと思わざる得なかった。
特にじゃんけんをして勝ったときのあの喜びようは……。絶対こんな大人にはなりたくないな。
「…………」
「? どうした 沈んだ顔して。具合でも悪いのか?」
「いえ……オレはいつもこんな顔ですよ。何でもありません」
「そうか? ならいいんだが」
「それで? 用事ってなんなんですか? オレとしては早く済ませて帰りたいところなんですが」
とりあえず、深内の用事を済ませれば今日は帰れる。
天見のほうは「今日のところは一回帰れ。その用事とやらは日を改めてにするんだな」と深内に言われて、しぶしぶながら帰っていった。その後ろ姿をみながら「敗者は去れ。私が勝者だ」と呟いていた。本当にあんたって人は……。
「ああ、それは前の続きになるんだが」
「続きって……オレとまだ友達になりたいんですか?」
「そっちじゃない。進路のほうだ」
「ああ、あっちね」
「前は結局何も話せていないからな……それでどうだ? 心境の変化はあったか?」
「2、3日でそうそう変わることなんてありませんよ。何も変わらず同じです」
「む。ということは進路は……」
「決まってませんよ」
「言っただろう? それだと困るんだ、担任として」
「じゃあ、オレも言いましたよね。オレはこれでいいんです」
「いいわけが無いだろう。自分の人生だぞ」
「その人生が、どうでもいいと言ってるんです」
「……親に迷惑がかかるぞ」
「それも前に答えたはずです。あなたは、オレの親の何を知ってるんですか」
「確かにそうだが、親とはそういうものではいか? 自分のことを第一に考えてくれ、利益を必要としない。他の人に言えないような相談を、聞いてくれたりもする。欠かせない存在。違うか?」
「いいえ、違いますね。まず、あなたはその『親』の感情というものを理解できてないでしょう? 独身のくせに」
「な……!? うるさい! 相手がいないだけだ!」
「それに、あなたが真に親の気持ちを理解できていたとして、それが本当にすべての親に通ずるとは限りませんよ。どこにだって例外はあるんです」
「……お前は何を言っている?」
「……いえ、少し言い過ぎでしたね。反省します」
本当になにやってるんだ。この程度で熱くなってしまうなんて。
深内の言葉に異常反応するなんて、どうかしているとしか言いようが無いな。
挑発されたわけでもない。それなのに。
「とにかく、進路のことは本当にかまわないでください。意味が無いんです」
「おい! どういうことだ! 世良!」
(だって、オレはそのときには既にこの世界にはいないんですから)
オレは深内の呼び止める声を無視し、教室を出て行った。




