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中古系異世界へようこそ!  作者: 高砂和正
1章 駆け出せない冒険者
9/57

9 遠くの拳、近くの掌

――霊威展開 気管及び血液循環系活性 筋繊維保護・収縮強化 衝撃吸収型外殻を構築…… 


 リインは精神を集中させ、今出来る最高の精度で肉体を強化する。

 強化内容は実戦で扱う物より簡易化しているが、これは事前に取り決めした通りである。

 一瞬の目配せをニコラウスに送り、リインが飛び出した。

 自分から積極的に距離を詰め、鉄色の髪を振り乱し、拳、肘、指、掌、膝、爪先、あらゆる打撃を織り交ぜたコンビネーションを繰り出していく。

 個人差や系統内の種族差にもよるが、獣相系の肉体は基本的に高性能だ。

 反応速度、瞬発力、筋力、持久力、関節の柔軟性、強化への適正、接近戦の素質は他の人種系統の追随を許さない。

 遠距離攻撃魔法を専門とするリインだが、本来の特性も活かすべく鍛錬を積んでおり、特に速度は目を見張る物が有った。


 そして、そこに木剣を持ったニコラウスが加勢する。

 彼の属する魔人種は総合力に優れた人種であり、接近戦、遠距離戦の双方に適性を示し、特に魔法の操作に高い能力を持っている。

 ニコラウス個人は、魔人種を極端に逸脱するような特性を持っているわけではなかったが、彼は連携に長けていた。

 リインを軸にタイミングを合わせ、相手を活かす支援と利用する割り込みで自由自在に立ち回っている。

 リインとニコラウスの連携と接近戦の技量は脅威的だった。

 元来二人は中衛から後衛を主戦場とするタイプの冒険者であるにもかかわらず、同クラスの前衛冒険者相手なら十分通用する動きをしている。

 ニコラウスに至っては上位にも食い込みかねないほどだった。

 

 ベテランの前衛でも青ざめるような光景だった。

 だが、青ざめさせる者とはリインとニコラウスではない。 

 二人の攻撃を平気な顔をして捌いている相手だ。

 接近戦において全人種最低とも言われる青精人種(エルフ)の、その中でもさらに小柄な女。

 2メートル程の木棒を振り回すお(ゆう)だ。

 ニコラウスの木剣を片足、時には足の裏まで使って受け止め、リインの四肢を右腕一本で捌き切り、隙有らば蛇のごとき軌道を描いて木棒が襲い掛かる。

 リインは必死になりながらもダメージを受けていくのに、お柚は薄笑いを浮かべ、汗もかかずに対応していた。

 あらゆる姿勢で技を受け止め、あらゆる姿勢から技を放ち、非常識なバランスで立て直す。

 肉体がエルフであるため体重面等では重量級の獣相系等には敵わないが、それを補って余りある圧倒的な技量と肉体制御の切れが有った。


(遠いな!)


 突き出した拳が空を切った。

 リインが思うそれは、現実の距離のことではない。


(腹が立つほど!)


 今度は蹴りを出す前に膝を抑えられて封じられた。

 突破口が見当たらない。

 ならばとコンビネーションを変える。

 緩急と角度を工夫、フェイントを織り交ぜて、


(行けぇっ!)


 渾身の右を放った。

 捻りの入った拳が空気を裂き荒らす。

 まともに入れば人食い鬼(オーガ)でも昏倒するほどの一撃だった。


 だが、お柚は小細工を全て見切り、リインの右拳を弾き飛ばす軌道で右のカウンターを打ち込んで来た。


「~~~~~~~~~っ!」


 砲弾のような威圧感と共に飛んで来た(それ)を、なんとか左の掌を挟み受け止めるも、小さなおユウの拳は鉄塊のごとく堅く、重く、そして鈍く骨に響いた。

 お互い同じ条件の強化しかしていないと言うのに、リインだけは一方的に両方とも貫かれたのだ。

 練度があまりにも違った。

 最低でもヒビは入った。

 その自覚と痛みで涙目になり、全身の毛が逆立った。

 だが、ここで踏みとどまらなければ押し潰される事を知っている。


――霊威展開 支援外骨格を左腕を中心に簡易構築 痛覚系緩和 自律系封鎖……


 魔力を外部から動作を補助するように纏わせて、強引にお柚の拳を押し返す。


(あいだだだだだだだだだ!)


 痛覚を緩和しても尚消えない痛みに歯を食いしばって抵抗するリインに、お柚は嬉しげに微笑んだ。

 妹分がダメージを堪えて正解を選んで見せたこと、そして自身がさらに楽しめるという予感に対して。

 一方リインの異変を察したニコラウスは、援護すべく上段からの打ち込みを入れる。

 しかし、おユウは後ろに目でも有るかのように僅かに木棒をずらし、先端で木剣を受け止めた。

 上から振り下ろされるニコラウスの木剣、地面に反対の先端を下ろしたお柚の木棒、そのどちらもが折れないように強化していた。

 加えて、お柚は足元から魔力を注ぎ、地面を岩のように硬化させていた。

 結果、自身の振り下ろしの衝撃が二つの武器越しにニコラウスの両手を襲うこととなった。

 

「ぐぅっ!」


 流石にニコラウスも顔をしかめた。

 木剣を取り落としたりはしないが、強烈な衝撃が痺れを起こさせる。

 これではしばらくまともな攻撃に入れない。

 援護失敗。

 ニコラウスの思考がその答えを出す。

 だが、リインはその一瞬の機に乗って上段への左前蹴りを放った。

 速いが直線的なそれは、おユウには首を捻っていなされてしまうがそこまでも想定内。


(これでっ)


 右の軸足に加え、おユウの右拳を掴んだ左手。

 二つの基点と自身の身体の柔軟性でもって、強引に姿勢を変える。


(どうだぁっ!)


 伸ばしたままの左足に再び力が戻る。

 膝を畳む動きで踵側を返す、二段階の蹴りだった。

 崩された姿勢。

 そして死角から。

 全くの奇襲だった。 

 それは後でお柚も認めた。


 しかし、後ろに目が付いているのかという程の反応であっさりと受け止めてしまった。

 

「首筋に寒気を感じたから左手を離して受け止めただけ」


 後から聞かされたリインは、つくづく常識外れだと溜息をつくことになる。

 

 その後、双方立て直してから幾度となく打ち合ったが、しばらくしてからリインの動きが鈍り始めた。

 相対する二人の側に一分の勝機も無くなったことを察したお柚の木棒が、リインの首元に向かう。

 生まれるであろう隙に合わせ、木剣を捨ててニコラウスが左拳を放つが、意表を突いたそれにもお柚がカウンターで放った前足底が割り込んだ。


「それまで!」


 アブドラの静止の声がかかった。

 





 3人は時間ごと止められたように停止していたが、やがて限界に達していたリインがその場に崩れ落ちた。

 ここは宿の裏庭であり、宿泊客の修練のために芝生が敷いてある。

 リインがスロット4になって以来、週2くらいで同様の稽古をしているが毎度毎度慣れるものではない。

 おまけにお柚の方はまだ余裕が有る。

 ニコラウスの支援の下ならばいつかは一発くらい入れられるかも知れないが、単独での組手を想像するとリインにはまるで勝ちへの道筋が見えなかった。


「はっ、はっ、み、みず」


 リインが呻き、いつものように魔法で水を出す直前。

 今日はタオルと冷水入りのグラスが乗った盆が差し出された。

 こういうことをしてくれるなら、審判役のアブドラだろうかと思ったが、


「あれ?」


 それは昨日出会ったばかりの、今は同僚となった明るい金髪の少年。

 顔を青くしている(おか)(ざき)だった。

 周りを見れば、お柚とニコラウスが平気な顔をして何か話している。その手には既にグラスが有った。


「ありがとう」


 リインは地べたに座り込んだままグラスを受け取ると、たまらずぐびぐびと冷水を飲み干す。

 淡いレモンの風味と控えめな塩と砂糖。

 喉が潤うと、思い切り息を吐いた。

 火照った肉体に流し込まれた水分が心地よかった。


「何も見えなかった」


 ぽつりと丘崎が言う。


「ん?」

「いや、3人とも、何してるのか全然見えなくて」


 丘崎の眼からすれば、3人全員わけ分からない動きしてるとかそんな程度の認識しか出来なかったのだという。

 加入させてもらったのは早まっただろうかと思っているのだ。

 とてもではないがあんな動きが出来るようになる自信が無いと。

 

「……は、あはは!」


 それを聞いて、リインは笑った。

 愉快そうに笑うリインに、丘崎だけでなく他の3人もぎょっとして視線を向けた。


「く、くくく、始、手を貸してくれ」


 丘崎が困惑しつつも手を差し出すと、リインがそこに体重をかけて立ち上がる。

 そして、丘崎に向かって笑う。


「私もだ。私もそうだったよ。ギルドに入れてもらった時は強化の魔法を知らなかったからすごい怖かったんだ。お柚みたいな小柄な人が棒を振り回す度にアブドラが木の葉みたいに飛んでさ」

「リインもあの頃からすると随分上手くなったわよー」


 にこにこしながらお柚が言う。

 組手の度に天高く吹き飛ばされた、かつての日々を思い出して遠い目をし始めたアブドラ。 

 ついさっき、まるで縮まらない差を体感させられたばかりのリインは苦笑する。


「お柚に言われてもなあ……。始、お柚は規格外だけど教わればちゃんと出来る。私も獣相系だから元は悪くなかった方だけど、それでも正直根は凡人の部類だよ」


 リインは、さっきまで自分も落ち込んでいたことをすっかり忘れて丘崎を励ます。

 助け起こしてくれた時の、両手で丘崎の右手を掴んだままである。

 テンション高く身を寄せられ、丘崎が戸惑っていることには気付いていない。

 しかも同程度の身長であるため顔が近い。額が当たるまであと拳1、2個分。

 自分の先輩たちの凄さを分かってくれたことが嬉しくて、自分がそれに少しは近づけたのが嬉しくて、そして初めてそれを見た時、自分も同じような不安を覚えたことを思い出し親近感を感じて。

 

――頑張ろう、私がちゃんと教えるから任せてくれ、私たちの先輩たちはすごいんだぞ。


 リインがそういった内容をまくしたてるのは、ニコラウスの手刀が頭に落とされるまで続いた。


「あだっ!」

「……初日に見せるにはちと過激だったかもねぇ」


 悶絶するリインを尻目に、汗をタオルで拭いつつニコラウスが言う。

 視線があらぬ方を向いている。ヒートアップしたリインの自分達への敬意を聞かされ、少し気恥かしい物を感じていた。

 

「真似が出来るものであればユウを参考にしたって良いけどね……。まぁ、個人の動きよりも大事な物は有るし、そっちは才能より努力と知識と経験だから追い追い身につけていければ良ぃよ」


 そう言って、自分のグラスの水を飲み干した。




 







 数時間後、丘崎は街中でリヤカーを引いていた。

 リインに連れ回されて丘崎の活動のための物を買い込んでいるのだ。

 リヤカーには初心者向けの武器類や装備品をはじめ、普段着や生活雑貨等も乗せられている。

 例えば赤と黄色の液体が4リットルは入っている2つの大瓶は、お徳用の濃縮魔法薬である。

 自分で適量に薄める必要は有るものの大量生産品のため非常に安く、駆け出し冒険者の多くがこれに助けられるのだと言う。

 消耗品はともかく、丘崎が買ってもらっている装備品はどれも資金力の有るギルドの援助によるものとは思えない安物ばかりだった。

 今時、加入して()()()たばかりの下位冒険者には、ギルド側がしっかりした物を用意してやるのは普通であり、事によると明らかに分不相応な装備を買い与えてやることも珍しくないのだ。

 言葉を選ばなければ、物で釣って何とか新規参入者に定着してもらおう、という魂胆だとも言えるが。

 それから考えると、丘崎への〈変り種〉の対応は駆け出しの加入者に対するものとしてはかなり厳しいものだと取られるようなレベルだった。

 とはいえ、丘崎自身はそんな常識は知らないので、装備が貧相なことなど全く気にしていない。

 リインもまた、加入当時は似たような物だったのでそれが特殊であるということを分かっていないのである。

 丘崎としては当面の衣食住の保障に仕事の教育まで面倒を見ると言ってもらえたことすら驚異的であり、その上装備等を買ってくれると聞いて恐縮して遠慮するしか無い状況だった。

 最終的には最低限の用意はしないとこちらの責任を問われるというニコラウスの説得で観念してしまったが、必ずかかった金は返したいと思っている。

 

「朝の、まだ気にしてるのかい?」


 隣を歩くリインが丘崎の顔を覗き込んできた。

 確かに、3人が見せた人外の組み手が頭から離れないまま、丘崎はリヤカーを引いていた。

 丘崎は持ち上げているバーに力を入れて持ち直す。

 がしん、と音が鳴った。


「……そりゃあね。まあ、教えてくれるっていうのを疑ってるわけじゃないけど」


 ニコラウスは妙に胡散臭い言動が多いし口調が芝居がかってたりするが、それに丘崎を貶めるような感じはしない。

 お柚もアブドラも、人柄は好ましい物に感じる。

 この世界で出会った人物だと、他は×××を殺したりだとか理不尽な暴力を振るってきた3人組くらいのため、余計に見ず知らずの自分を助け親切にしてくれた者達は信じたいと思っている。

 問題は、丘崎が自身の非才を恐れているということだった。

 不安は元から有ったが、彼にとって朝の模擬戦はさらに想像以上の光景であった。

 彼が日本に生きていた頃にテレビで見た、どんなアスリートたちでもあんな動きは出来はしないと理解出来た。


「……そうだね。魔法に触れたことも無いなら不安にもなるだろう」


 そんな丘崎を見て、リインは微笑んだ。

 リインは今でこそ卓越した魔法技術を獲得しているが、幼少期のその方面においてはっきり言って劣等生だった。

 リインが師に出会い、その師が構築した特異な修練法で鍛えられるまでリインはずっと魔法が使えないコンプレックスと戦ってきたのだ。

 丘崎の不安はいくらかなりとも理解出来た。

 

「宿に帰ったら魔力操作の練習をしよう。魔力操作の習得は何をするにしても有った方が良いからね」

「魔力操作……。魔法ねえ」


 喜んでもらえると思ってリインは言ったのだが、丘崎の反応は鈍かった。

 既に『魔法』はちょくちょく見てはいるのだが、正直自分が使うとなるとどうにも現実感が無いのだ。

 そんな丘崎に、リインは拗ねたように口を尖らせる。


「……嬉しくないのかい? 元日本人(セトラー)は皆、魔法は好きだって聞くけど」

「どこの情報だよ」

「割と有名な話さ。この世界に来たばかりのセトラーの多くは魔法が使えない〈源世界〉の出身だから憧れてるって。始がいた世界は違うのかい?」

「……確かに魔法は架空の存在だったけどな。だからこそ、それに頼ることを誰もが空想するかって言うとどうかな」

「そんなものか……、ああ、そうか、そういえば師匠も使えるから使うだけとか言ってたような……」


 アテが外れて、リインは少し寂しそうな顔をした。

 叱られた犬みたいだな、等と失礼なことを思いながら丘崎は口を開く。


「まあ、実在する役に立つ技術なら是非身につけたいとは思う。今は他人の好意で生活が保証されてるような物だしな」

「そうか! 便利さは保証するよ。慣れてしまえうとそれ無しの生活なんて考えたくないくらいだからね」


 そう言ってリインは丘崎の背をぽんと叩いた。

 歩きながら楽しそうに丘崎を鍛える算段を始めるリイン。

 それを見て丘崎はふっと笑った。

 正直、丘崎はリインのことを測りかねていた。

 魔窟で助けてくれた時や模擬戦の最中は、凛とした女武芸者のような印象を持った。

 実年齢こそ女子高生くらいだと思うが、どちらかと言えば美人系の顔立ちや中性的な口調も、それらしい物のように感じさせるのを助けていた。

 だが、それ以外の場での振る舞いは見た目に反して感情を良く出していた。

 恐らくは、どちらも彼女の持つ性質なのだろう。

 言動や雰囲気こそクールだが、中身は割と親しみやすい善良な人物だと丘崎は結論付けた。

 せっかくの縁だ。出来る事ならこの愛嬌の有る少女とは悪くない関係を築きたい。

 そんなことを、丘崎は思っていた。 

 

「リインさん!」


 思考が、聞き覚えのある声で遮られた。

 それは新鮮で禍々しい記憶を伴っていた。

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