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中古系異世界へようこそ!  作者: 高砂和正
1章 駆け出せない冒険者
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8 ブラックギルド? の誘い

 にこにことにやにやの中間くらいの表情見つめてくるニコラウス。

 そしてリインやベネット達も視線を向けている。

 反応を待たれているのを感じて、(おか)(ざき)は居心地の悪さを覚えた。


「丘崎君、この世界に来たばかりだそぉで何だけど、今後はどうする積もりなのかなぁ?」

「今後、ですか」

「うん、この街は冒険者が多くて活動の環境も整ってるから、冒険者やってくつもりかなぁと」

「……」

 

 丘崎は考える。

 正直な所、丘崎の今後の目標である「定職につきたい」というのは、〈源世界〉に生きていた頃からの強迫観念のようなものでもある。

 神も魔法も存在する異世界で第二、いや第三の人生を始めようとしている人間の願望としては何とも寂しい物だと思われるかも知れない。

 そう内心で苦笑した。

 それを恥じる気にはならなかったが。


「俺は、自立、というか、自分で生活の糧を得て生きていければ良いと思ってます。冒険者になりたいとか、そういうこだわりは、正直無いです」

「なるほどなるほどぉ」

 

 切れ切れに言う丘崎にニコラウスは頷く。


「冒険者はお嫌いかな?」


 ニコラウスは近くに置いてあった『なれる! 冒険者!』の冊子を手に取ってひらひらと振って見せる。

 他の物から読んでいたので、それはまだ目を通していない。


「……荒事には自信が無いですね。今日一日で何度か危ない目に遭って何も出来ませんでしたし」


 つい、痛む後頭部に手をやりながら言う丘崎。

 それを聞いてキッと睨むニコラウスと、睨まれて気まずそうに視線を反らすリイン。


「あ、いや、さっきキアルージさんが来た時の事は数えないでください。確かに驚きはしましたけど」


 それなら良いけど、とニコラウスはニヤケ面を素直な苦笑に変えて見せた。


「僕は丘崎君が暴行を受ける原因のひとつになってしまったことに責任が有ると思っててねぇ」

「それは、東山さんのせいでは無い。でしょう?」

「いやぁ、僕らがあそこで半端なことをせずに役場のテントまで送り届けてれば、君が酷い目に遭わなくても済んだろうからねぇ?」

「……」

「どうかなぁ? 既に行くあてが有れば良ぃんだけど、無いのならばうちのギルドに入って見ないかい? 最低でもこの世界で生きていく基盤が出来るまでは保証するよぉ?」


 余りにも自身に都合の良い条件だと丘崎はさらに困惑する。 

 リインは何故か嬉しそうだ。安堵の表情にも見える。


「それは、でも俺、戦いとか出来るわけでもないし、迷惑になるんじゃ」

「いぃや、僕のギルドにそんなことを気にする人はいないよぉ。ねぇ?」


 逃げ道を潰すように言うニコラウスと、向けられた視線に同意の頷きを返して見せるリイン。

 丘崎はベネットたちに救いを求めるような視線を向けた。


「まあ、悪い話じゃないと思うわよ」

「……そうだな。〈変り種〉ならば環境も良いだろう」


 突き放すようなことを言われてしまった。

 だが、それでも何だかんだと戦闘等に自信が無いことを丘崎は主張した。

 ×××の戦死と、巨腕鬼からの逃亡、数時間前に受けた暴行、それら全てが尾を引いていた。


(なるほど、これは確かに転移型のセトラーのような反応だ。「神々のお墨付き」思考で自信満々なパターンも居るには居るけどね……)

 

 そんなことを思いながらも、ニコラウスはあれこれと説得を試みる。 


「そぉだなぁ、……丘崎君が将来的にも冒険者として身を立てるかどぉかはともかくとして、誰でもこなせる程度の冒険者の経歴だけでも、世間一般の職に就く際に非常に役に立つものなんだよぉ?」


 嘘では無いが、絞り出したようなメリットを提示した、その時だ。

 丘崎の肩が揺れた。

 ニコラウスの言葉に、丘崎は明らかに動揺していた。


(おや?)


 目に明らかな興味の光が宿っていた。ちらりちらりと冊子に目を向けては戻している。

 妙なところで目の色が変わったな、と思いながらもニコラウスは続ける。

 内容は主に「就活に超有利になり、なおかつ成るのも非常に容易な冒険者」というものにした。

 胡散臭い語り口な上にひどく恣意的だが、嘘は言っていないのでベネットと西郷も微妙な顔をしつつも口は挟んでこない。

 当然のごとく、丘崎の反応は良かった。


(ついでに……)


 手に持っていた冊子をめくり、とあるページを開いたところで丘崎に示して見せた。


「〈スクエアスロット〉という物が有ってねぇ……」


 それは冒険者に無償付与される魔法だ。

 丘崎は常識的、理性的なセトラーだとニコラウスは既に確信しており、その上で就職を望んでいることも明らかだった。

 ならば、恐らくは飛びついてくれるだろう。

 ニコラウスは見た者にどう感じられるのかを分かっていながら、下卑な笑みを示している。

 リインは不安と期待の混じった表情で丘崎を見ている。

 丘崎は何らかの企みが有るのを確信しながらも、提案に乗らざるを得ない。

 西郷とベネットは何時ものことながら、無駄に悪ぶった芝居をするニコラウスにドン引きしている。


「しかも、当ギルドは経験、資格、学歴不問! 仕事は丁寧に教えるアットホームなギルドです! 優しい先輩たちと一緒にスキルアップしませんか!?」











 結局、丘崎は〈源世界〉のバイト先でも視野にも入れなかったような、ブラック企業臭漂う勧誘文句で陥落した。

 なんとも言えない気分になりながらもベネットと西郷に礼と別れを告げ、拠点である〈負け犬の遠吠え亭〉に到着。

 丘崎は食堂に通され、宿の主人夫妻と中学生くらいのその娘、宴会を続けながらも潰れていなかった同宿の冒険者仲間達に紹介された。

 ニコラウスが勧誘してきたということで怪訝な目で見る者もいたが、皆酔うか潰れた仲間たちの介抱に忙しくしていたため何かを聞かれたりはしなかった。


「エモニエさん、魔窟ではありがとうございました」

「大変だったって聞いてだけど、今は大丈夫そうで良かったわ」

「グラゾフスキーさんも、意識が無い時に治療して下さったそうで、何とお礼を言えば良いか」

「気にせんでええ。これから一緒にやってくんじゃけえ」


 お(ゆう)とアブドラに改めて礼と挨拶をした後、夕飯を食べさせてもらうことになった。

 他の4人は夕食を終えているため飲み物だけ。

 丘崎だけ鬼肝のソテーと白米、翌朝用の味噌汁に作り置きの漬物を用意してもらった。

 主人らには鬼肝に合うパン等は客たちが食い尽してしまっており、ほとんど賄いに近いような物になったことを謝られたが、丘崎としてはプロ並みの腕による鰹節と昆布の合わせ出汁を味わわされて泣きそうになった。

 日本の味がした。


 食後、確保していたという部屋に通される。

 ギルドメンバーの部屋は並んで取ってあり、ここはリインの部屋の隣だった。

 就寝用の布団、壁に立てかけられたちゃぶ台と、座布団が数枚積んである他は何もない。

 間取りは靴を置くスペースと押入れが付いた6畳一間。

 そう、畳が6枚敷いてある部屋だった。

 遠吠え亭自体は洋風の木造建築物で、この部屋も柱の露出する真壁(しんかべ)でもないが明らかなイ草のにおいに里心が出てしまう。

 今日のところは休むように言われて1人部屋に残されると、吸い寄せられるように畳に鼻を近づけてにおいを嗅いだ。

 日本にいた時に借りていた部屋はフローリングだったため、その以前の実家以来だ。

 夕食も合わせ、いやがおうにもこの世界に流れる日本文化の血脈を実感させられた。

 しばらくするとリインが木桶と体を拭うための布を運んできてくれた。


「魔法が使えないって言ってたからね」


 そう言うと、何も入って無かった桶に手をかざすと黒い魔力の球体が生み出される。

 黒い球体から沁み出るように水が発生し、桶を満たして行く。


「おー」


 明確な魔法の行使に丘崎は感嘆の声をあげる。

 リインはふっと笑みを浮かべて言った。

 かつて、自分が師に初めて魔法を見せてもらった時もこんな反応をした気がしたのだ。


「魔窟ではもっと派手な魔法を見せたじゃないか」


 からかうように言うリイン。


「いえ、落ち着いて見るとなるとまた違う物が有りまして……」 

「なるほどね。使い終わった水はテラスから出て庭木にやってくれ。何時もだったら銭湯に連れて行くんだけど、今日は混んでるだろうから我慢して欲しいってマスターが言ってたよ」


 案の定、風呂や銭湯も有るらしい。


「ありがとうございます。キアルージさん」


 丘崎が素直に笑って言うが、リインは顔をしかめた。

 

「私には、敬語はいらないよ。名前も呼び捨てにしてくれていい」

「え、でもキアルージさんは恩人ですし……」

「私は設立メンバーの3人と違って後から拾ってもらったんだ。後から入ったギルドメンバー同士だからそんなに堅苦しくしないで欲しいのさ」


 リインは今までの人生、ほとんど目上の人間とばかり一緒に行動をしてきた。

 この街で〈変り種〉に拾われる前も、拾われてからも。

 それが嫌だったというわけではないが、初めてギルド内で「後輩」が出来るということにわくわくしていたのだ。

 だというのに、いざ丘崎に敬語やさんづけをした話し方をされてリインは不可解な不満を覚えた。

 そして、思い出す。

 そもそも夕食時に飛び出したのは、魔窟で丘崎が言った自身への形容が元だった。


――ギンギツネ


 彼はそう言ったのだ。

 出会って初めての言葉がそれだったのは、リインの人生で2人目。

 歳が同じくらいである以外は似ても似つかない姿だが、同じ事を言った1人目、リインの師のことを思い出させた丘崎に他人行儀な態度を取られるのが何故か酷く面白くなかったのだ。


「よろしく、始」


 リインは強引に丘崎の手を握り、上下にぶんぶん振ってからその顔を見つめた。


「……ありがとう。よろしく、リイン」


 丘崎はリインの行動に目をぱちぱちさせていたが、やがて顔を緩ませてそう言った。


 リインが出て行った後、体を拭って水を捨てると、三つ折りの布団に背を預けてへたりこむ。

 今の丘崎は×××の残滓の影響かは分からないが、日本人だった頃に比べればかなりタフな精神になっているらしい。

 当時は就職苦で自殺する人間だったのだ。

 以前ならば日に2度も死を覚悟するような経験をすれば精神が壊れていた自信が有る。

 それが今は×××を殺した女と自分を暴行をした少年達への怒りが燻り、思い出そうとすれば身中に熱を感じるほどだ。


(自分が自分でないような不思議な感じがするけど、昔のように面倒から逃げ回る気にならないのは、それはそれで有り難い)


 ひり付く様な怒りで歯を食いしばった。

 だが、その後に酷く親切にしてくれた者たちがいたと思い返す。

 同郷であるベネットに西郷、胡散臭いニコラウス、穏やかなお柚とベネット、そして見た目に似合わずお人好しのリイン。

 自分を落ち着けるため、大きく息を吐き出す。 


(酷い人生初日だけど……、トータルで見れば、やっぱりプラスだろう)


 自分に言い聞かせるように思考すると、心の中に暖かさを感じて丘崎は目を閉じた。

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