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中古系異世界へようこそ!  作者: 高砂和正
1章 駆け出せない冒険者
7/57

7 ロビーにて

 休憩室を出ると、もうすっかり夜になっていることに(おか)(ざき)は気付いた。

 西(さい)(ごう)が夜勤当番を本来の担当と代わったため、役場内には人がいなくなっている。

 夜間の役場ではハリケーンランタンを模した照明器具で明かりを確保する。光源自体は少量の魔力を注ぐと発光する石を使った物だ。

 冒険者役場のロビーは、カウンターで執務スペースと待合スペースが分けられた広い空間だった。

 丘崎たち3人はそこの待合スペースのテーブルで調べ物をしていた。

 

「えぇと、『――〈7人の()(のう)(ただ)(たか)事件〉 同一の前世を持つという人物が同時期に別の場所、近似した家庭環境で複数人転生し、示し合わせたように各地域の測量活動を行い――』

 ……はー、今の世界地図ってこの人らが作ったのか。……でもこれも違うかな。調べれば面白そうじゃあるけど」


 西郷は役場の書庫から引っ張り出してきたセトラーに関する書類のファイルをめくりながら、丘崎の出現経緯に近い記録が無いか探していた。

 使われているのは荒い紙だが、10センチは厚さの有るファイルにみっちりと収められているので純粋に作業量が多かった。


「……キーワード検索か質問サイトが欲しい」


 別のファイルを調べているベネットがぼそりと言う。

 このセトラーの類型を調べる作業は役場職員の西郷の仕事らしいのだが、ベネットは西郷が重たげに抱えたファイル類を自然な動作で取り上げてテーブルに運び、どっかりと椅子に腰を下ろして調べ始めたのだ。

 丘崎は読むようにと渡された『はじめての異世界生活』『もしも身内に転生者が生まれたら?』『なれる! 冒険者!』の三つの小冊子に目を通している。カラフルかつ所々にイラストが配されたいわゆる「ご自由にお取り下さい」系である。

 最後の一冊は冒険者になるかも分からないため返そうとしたが、この世界では避けて通れない知識ということでこれも熟読を勧められた。

 西郷たちが休憩室で教えてくれた知識を軸に注釈を付けた程度の内容が多いが、メモを取るでもなく口頭で伝えられただけだったので助かっていた。


「何か、すいませんね。手間かけさせちゃって」

「気にしないで。業務の範疇だし、どのみち夜勤担当代わらせて貰ったんだから、休憩室でだらけて時間潰すより有意義だから」

「……俺も愛美が夜勤の時は非常時に備えて護衛を行うよう、役場と契約しているから問題無い」

「別に、夜勤護衛の依頼内容に事務作業手伝う義務とか無いんだけど?」

「……こういう事をしていると()()()の学生時代が懐かしくてな、暇つぶしだ」

「あっそ」


 そんな会話をしつつ、3人はそれぞれページをめくる。

 テーブルでは三つのコーヒーカップが湯気を立てている。

 お客様の丘崎君も一緒だから良いヤツ使っちゃおう! と悪戯っぽく笑う西郷が淹れたそれは〈源世界〉における本格コーヒーにも劣らない風味だった。











 □□□□□











 自殺した『日本人丘崎始』

 その転生者として生き、死んだ×××。

 そして今の自分は『日本人丘崎始』としての意識と、×××の肉体が変質して出来た体を持つこと。

 虫食いだが、知識面で×××の記憶を持っていること。しかし、どんな人物だったかはほぼ不明であること。

 田舎出身の子供という西郷の予想が当たっている可能性は十分有る。

 人波に飲まれて魔窟に入ってしまい、親切な冒険者に助けられたは良いが、脱出後『寄生』と言いがかりをつけられて暴行を受けたこと。

 丘崎は2人に自身がここにいる経緯をほぼ全てを明かしていた。

 その際、冒険者役場の備品である真偽精査の魔法陣なる物を描いた布を借りている。

 嘘発見器の上位互換の様な物であるらしいが、丘崎の話した内容に虚偽は無いと魔法陣は判定してくれた。


 当初は初見の相手にどこまで明かしたものかと悩んだが、この人たちにどこまで嘘をつけるだろうと、丘崎は考えた。

 丘崎の口の上手さがどうこうという意味でなく、命の恩人である彼らに対して保身のために何らかの嘘を付くという行為を丘崎自身がどれだけ許容できるかという話である。

 生前の×××の行動内容が分からないことに関しては不安は有るが、知る限り自分に後ろめたいことは無い。

 この2人も元日本人という共通点が有り、同類(セトラー)に関しても知識が豊富らしく、何より人柄も信用出来るのではないかと思ったのだ。

 隠したのは×××の死因が他殺であることと、犯人の女の存在だけだった。


 









 □□□□□











 3人ともコーヒーを飲み終える頃。


「丘崎君さあ」

「はい?」


 西郷が申し訳なさそうな顔で声をかけて来た。 


「やっぱり、自分自身の転生型セトラーに、同一の前世が憑依して肉体が変貌した。なんて例は無くてね」

「……こっちもだな。他の資料に有る可能性が無いわけじゃないが」


 ベネットが読んでいたファイルを閉じ、ため息混じりにそう言った。

 前髪から覗く右の目尻がへにゃりと下がっている。希望が残っているような言い方をしたが、西郷とベネットはこの役場に有る資料ではもう見つけることが出来ないだろうと思っていた。


「同じような例が無い何かと不味いんですか?」

「少なくとも、相当信用出来る相手以外には言わないようにした方が良いわ」

「はあ、そりゃどうして」

「……〈源世界〉への帰還を目的とするセトラー同士の集団が有るんだが、珍しいタイプのセトラーは誘拐、帰還方法のヒントを聞き出すために拷問したりするらしい」

「セトラーを誘拐に拷問って、同じ元日本人じゃないんですか?」

 

 元の世界に戻りたいという気持ちは分かる。

 望郷の念というのはそれほど強いものだ。望まずにこちらへ来てしまったならなおさらだろう。

 しかし、それを同類を犠牲にしてでも成し遂げようとするというのは、丘崎には納得できなかった。


「その集団、自分達はこの世界の被害者だから迎合しないなら元日本人相手だろうが何したって良いっていう論調みたいよ」

「……当然、セトラーでない者に対しては何をいわんや、という振る舞いをしている」

「迷惑な……」

「そ、迷惑な連中から目を付けられたくないでしょ? だから明かすのは良く知った上で味方になってくれる人だけにしときなさいな」

「分かりました。そうします」

「……奴らは〈帰りの会〉と名乗っているそうだ。内容は分からないが有名な拷問法に〈吊るし上げ〉というものが有るらしい。近づかないようにな」


 ベネットは真面目な顔で言うので冗談ではないのだろうが、丘崎の方はあまりにトラウマを刺激されるネーミングに冗談でも近づく気が無くなっていった。


「あたしたちが知ってしまったことに関しては、正直他所に広めないことを信じてもらうしか無いんだけどね」

「……そうだな」


 2人とも、どこか不安げだった。

 だが、その覚悟と選択は既にしていたものだ。

 だから丘崎は笑って応えられる。


「命助けられて、ここまで良くしてもらって、今更信じられないなんて言いませんよ」

 

 西郷とベネットは、嬉しそうに笑った。

 しかし、同時にベネットが役場に接近する気配を察知して立ち上がる。


「どしたの?」

「……これは、獣相系の足音か?」


 ベネットは全身に鎧、両手にタワーシールドと山岳兵の湾刀(ククリ)をどこからとも無く出現させ、他2人も立たせた。

 冒険者役場のロビーは窓が少なく、有っても人が突入して来るには適さない縦長窓だ。通気と非常性を重視して開放されっぱなしの冒険者役場の玄関を睨みつける。

 筋肉を盛り上がらせ、全身や武装に魔力を纏わせるベネット。自身に向いているわけでも無いというのに、圧力を感じて丘崎の背に冷や汗が流れた。


「何か来るの?」

「……進行方向がここで、速度が異常だ」

「この中で暴れるつもり?」

「……俺もそうしたくは無いが、状況次第では叩く。……来るぞ!」


 ベネットの叫びと同時に正面玄関から人影が飛び込んでくる。

 呼応するようにタワーシールドを構え、


「むぅんっ!」


 突撃する。

 巨大な魔物すら弾き飛ばすベネットの体当たりは交通事故のようなものだ。正面からぶつかれば大抵の人間への有効打に成り得る物だった。

 だが、


「ッ! お前はぶっ!」


 ベネットは相手が知り合いであることを察して制動をかけようと試みるが、当の相手は立てたシールドに足をかけて駆け上がり、ベネットの頭を踏み台にして跳躍した。

 

「ベネット!?」

「ちょっと、愛美さん!」


 悲鳴のように名を呼び、すっ転んだベネットの方に向かう西郷を丘崎は止め損なう。


(不味、あれ?)


 突っ込んでくる人影は何もせずに西郷とすれ違った。

 つまり標的は自分。

 そう丘崎が自覚した時に、照明器具の明かりが飛び掛ってくる人物をはっきり照らした。


「い゛ぎでだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「ぬわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 見覚えのある、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした鉄色の少女、リインによって丘崎は押し倒された。

 泣きながら丘崎の全身を撫で回し、鼻をずびずび言わせて血の出ているところが無いか嗅ぎまくるリイン。

 突入してきた人物が良く見知った少女であり、危害を加えるでもなく丘崎から離れない様子を見てどうしたものかと顔を見合わせる西郷とベネット。

 状況を変えたのは、しばらくしてから入ってきたニコラウスだった。











 ニコラウスは丘崎にひしと張り付いたリインを小突いてひっぺがし、ヘッドロックをかけながら神妙そうに頭を下げた。


「いだだだだだマスターいたいぃ……」

「いやぁ、うちのアホ狐がほぉんとご迷惑を」

「ま、結果的に誰も怪我してないし許してあげるわ」

「……転んだ時、鼻打って鼻血出たんだが」

「俺も後頭部タンコブ出来てるんですけど」


 当然のように許しを出す西郷と、反抗的な半眼を向けるベネットと丘崎、応えるようにニコラウスがさらに力を入れてリインに呻き声を出させた。

 そして、ニコラウスはその体勢のまま丘崎の方を向く。


「さぁて、数時間ぶりだねぇ」


 表情を緩めて言うニコラウスに、丘崎は頷いて見せる。


「どういうこと?」


 怪訝そうに訊く西郷に、丘崎は魔窟の中で救ってくれた冒険者というのがニコラウス達だったことを説明する。


「はぁ、えらく偶然が重なるわね」


 西郷は丘崎を治療をし、その情報をニコラウス伝えたアブドラも〈変り種〉の所属であった。

 ニコラウスは西郷の言葉に少しだけ複雑な表情を浮かべ、すぐに消した。


「僕は戦闘ギルド〈変り種〉の代表をしてる冒険者の(ひがし)(やま)ニコラウスです。魔法使いをしてます。このキツネ人種はリイン・キアルージ」

「お、丘崎始です。魔窟の中ではどうもありがとうございました」

「いやいや、それはもぉ良ぃさ。謝るべきなのはこっちかもだしねぇ……。しかし、やっぱりセトラーだったか」

「へ? なんでそれを」

「いぃや、名前だよ。リミッターについて聞いてない?」

「あ、そうか。それは教えてもらいました。」

「でも、その顔立ちだと元帰化人か、親御さんが外人さんか何かかなぁ?」


 薄く笑うまま、観察するような目で丘崎を見るニコラウス。

 自身が今は黒髪黒目の黄色人種でないことを思い出した丘崎は、早速出自を問われる機会が来たことに焦る。


「あ、あの」

「変質転移型みたいよ」


 言い淀む丘崎に西郷が先んじて助け舟を出すが、ニコラウスは首を傾げる。

 転移する際に肉体が変質するタイプの事だ。

 基人系以外の人種へと変貌することや、時には性転換を起こす事も有ると言う。

 転移型の中でも珍しい形態のセトラーではある。


「へぇ、それにしては格好とか変なところが……」

()()()()()()にしておきなさい」


 納得していないようなニコラウスをじっと見つめて、西郷は言う。

 西郷の、遠回しにわざと何かを示唆するような言い方に、丘崎は先程話したことを思って不安になる。


「……東山なら大丈夫だ」


 ベネットがぼそりと言った。

 言葉足らずなベネットに何が大丈夫なのかと聞き返したいところだが、前髪から覗く目に迷いが無いのを見て、不安は有るものの信じることにした。

 ニコラウスはふうと息を吐き、探るような目の動きを引っ込める。


「まぁいぃさ。法度に触れたい訳ではないし、丘崎君が決める事だしねぇ」


 にやりと笑い、意味の分からない事を言うニコラウス。

 理解できる者がいない事をわざわざ言っていることが明らかな態度で、丘崎は口調も含めて酷く胡散臭く感じた。


「……ところでキアルージがずっとタップしてるんだが」

「おっと」

「っ、はーっ! はーっ! 頭痛いぃ……」

「コラぁ何しゃがんでるのかなぁ? ちがうでしょ。まずごめんなさいでしょこのアホ狐」

「ううう……。この度は、ええと、すごく? ごめんなさいでした……?」


 両肩掴まれ揺らされて、ようやく出した微妙な謝罪。しかし酷く申し訳なさそうな雰囲気は伝わってくる。

 ベネットと丘崎はため息と共にそれを受け入れる頷きを返した。

 

「それで? 何しに来たのよ、あんたら」

「……私は、その、魔窟で会った人が暴行されたって聞いて、気付いたら飛び出してて」


 ああ、と納得の反応を示す西郷とベネット。

 リインは人付合いが下手な上、冷たく感じられる態度や中性的な口調からクールなタイプだと思われることが多いが、実際のところは感情的なお人好しというのが本来の性格だ。

〈変り種〉とは交流が深く、人付き合いが苦手な共通点から良い距離感で付き合いの出来ているベネット、地元冒険者役場に勤めるため、実態を良く知っている西郷は、リインならいかにもやりそうだと納得した。


「僕の方は……。丘崎君をうちにスカウトしたいと思ってねぇ。どうだい? 丘崎君、〈変り種〉に来ないかい?」


 丘崎を見てにやりと笑うニコラウス。

 リインを除く3人は共に怪訝そうな顔をした。

 当人の丘崎は素人同然である自分を勧誘する理由が分からないことで。

 他2人は結成以来、役場から依頼されて引き取ったリインを除いて加入希望者をことごとく蹴って来た〈変り種〉ギルドマスターが言い出すこととは思えなかったからだ。

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