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中古系異世界へようこそ!  作者: 高砂和正
1章 駆け出せない冒険者
6/57

6 〈変り種〉

 冒険者向け長期宿泊施設〈負け犬の遠吠え亭〉

 通称は遠吠え亭。

 随分なネーミングだが、近隣の宿はどこも似たり寄ったりである。

〈泣きっ面に蜂亭〉だの、〈秋高く馬肥ゆ亭〉だの、日本由来のことわざ、特に生き物に関する物を好んでつけられていた。

 今日、そこの食堂はイベントで稼いできた宿泊客たちによって宴会の場となっていた。


 テーブルの一つを囲む3人の冒険者がいる。

〈変り種〉という名の、規模こそ小さいが割と名の知れたギルドだ。

〈鬼の魔窟〉の鬼達から採れる鬼肝は正確には肝臓とは別に有る器官であり、エネルギーを保存するためのラクダのコブのような物ではないかと言われている。

 しかし脂肪分が多く風味は濃厚で、あるセトラーは極めてフォアグラに近い物だと評したという逸話が残っている。

 彼らが食べている物は、フォアグラ部分を鬼肝で代用したいわゆるフォアグラ大根に近い物だった。

 厚く切られたそれを敷かれた大根ごとナイフで切る。

 切る際に抵抗が無い。肉を切るとは思えない感触だった。

 ソースを切断面に軽く付けて口に運ぶ。


 溶けた。

 濃厚な旨味。

 絡むソースと混じり合う。

 (ほぐ)れるような食感。

 その素晴らしい味わいに、少女はだらしなく頬を緩めた。

 鉄色の髪を持つ獣相系キツネ人種の娘。

 名前はリイン・キアルージ。

 魔窟で丘崎を救った少女だった。

 肉体派の多い獣相系では極めて珍しい魔法使いで、17歳にして中堅・プロに数えられるスロット4に到達した評判の若手である。

 あだ名は〈化け狐〉

 今は戦闘用の黒いワンピースにブーツではなく、白のキャミソールにジーンズ、サンダルという夏の普段着姿になっている。

 

「これは、すごいな」

 

 リインは思わず口に出した。

 平時は冷たい印象すら抱かれることも有る少女の笑顔を見て、先輩格の二人は顔を見合わせて笑った。

 その二人のうち一人、黒髪に赤い角を生やした青年。

 アドナック王国全体でも滅多にいない幻世系魔人種である。

 名前は東山ニコラウス。

 魔窟の中で鋼糸弦の大弩(アーバレスト)三葉飾の大剣(クレイモア)を操っていた男だ。

〈変り種〉のギルドマスターであり、この街でも数人しかいない現役のスロット8。

 あだ名は〈便利屋〉

 彼も平服だが、ワイシャツに紺のチノパンという少しかための格好だ。

 

 もう一人は淡い金髪の青精人種(エルフ)の女性。

 名前はお(ユウ)・エモニエ。

半月刃の斧槍(バルデッシュ)〉を振り回していた全身鎧の女だ。

〈変り種〉のサブマスターでスロット7。

 エルフが適正を示さないはずの接近戦の専門家であり、ギルド名の由来とも言える人物だった。

 あだ名は〈捨弓〉

 纏めていた髪を下ろし、薄く青みがかった白の膝丈のワンピース姿になっている。

 シンプルだが彼女本人の色彩と合わせて全体的に白っぽく上品に見え、ニコラウスと並ぶと似合いの格好だった。

 

 3人は談笑しながら、自分たちの分の皿を片付けていく。

 特にリインは機嫌が良かった。

 一人前と言われるスロット4になってから初の高難度魔窟イベントであり、それに参加してなんとか上手くやれたためだ。

 一度突っ走りはしたが、それもフォロー出来るレベルの行動では有ったしそこで救った少年も気持ちよく礼を言ってくれた。

 彼女にとって第二の師であるニコラウスも不用意を叱りはしたが、あそこで救いに向かったこと自体は評価してくれた。

 彼女としては、自身の成長を感じられる非常に良い一日だったのだ。


 かなり大きめに切られた鬼肝だったのに真っ先に食べ終えてしまったお柚が、ちらりとテーブルの上の4皿目の鬼肝大根に視線を送っていた。

〈変り種〉の四人目のために確保していた物である。


「ユウ」

「!」


 ニコラウスの声に、お柚はびくりと肩を震わせる。


「アブドラは遊んでるわけじゃないんだからさぁ。あまり物欲しそぉな目をするもんじゃないよ」


 ニコラウスが間延びした口調でからかうように言った。

 服装含め、清潔感の有る外見には似合わない実に胡散臭い表情と声だった。

 肩を落すお柚を見て、リインもふっと笑う。


「お柚は本当に肉が好きだな」

「意地汚いみたく言わないで。……そう、うちに流れるお肉大好きなエルフの血がそうさせてるのよ?」

「確かにエルフは肉好きだけどねぇ、く、くく」


 ニコラウスが喉を鳴らすように笑う。

〈木気〉を司り、森を好むエルフたちは菜食の誤解を受けることが多いが、実態としてはこの世界の人間の中では最も肉類に執着する狩猟民族である。

 植物性の物も食べるし、植物自体の扱いにも長けるため農業・林業も得意とするが、その食肉への執念から牧畜や精肉関係に就職する者も多い。

 そもそも、弓に長けるという面を持ちながら菜食嗜好が強くなるわけが無いのだ。

〈源世界〉から持ち込まれた創作による風評被害みたいな物なのだ。


 ……などと、ニコラウスは怪しい理屈の珍妙な理論を楽しげに述べている。

 ニコラウスは屁理屈と揚げ足取りと悪意的解釈が大好きな根性悪であった。

 ニコラウスが薀蓄を垂れ、リインが感心したように素直な相槌を打つ。今回話のダシとなったお柚は拗ねたような、呆れたような顔でそれを眺めている。

 あくまでも弟子筋であるリインへの講釈の形を取っているが、冒険者役場から講習会の講師を依頼されることも多いニコラウスの語り口は間延びして胡散臭いが良く通った。

 周囲にいる同宿の冒険者からしても見慣れた光景だ。

 ニコラウスのそれは無駄知識や偏見による皮肉も多いが、〈源世界〉の教養も含まれており何だかんだ聞き耳を立てている者もいる。

 今回は題材であり、誤解されがちなエルフたちがうんうんと同調していたりした。彼らの前にはかなり大きな切り方をされた鬼肝の料理が例外なく置いてあった。

 ニコラウスがぺらぺらと話している所で、夕飯を狙われていた当の人物が顔を出した。


「すまん、最後に急患が入ったけえ遅れたわ」


 赤茶色の髪に白い衣装の白精人種(ドワーフ)

 アブドラだ。

〈変り種〉のメンバー最後の1人でスロット6。

 彼もまた、ドワーフはあまり適正を示さないはずの神令(コマンド)を操る異端の治癒術者だ。

 あだ名は〈奇僧〉


「お疲れぇ」

「おかえりー」

「お疲れ様」


 ニコラウス、お柚、リインの順で声をかけた。

 リインはアブドラの鬼肝大根の皿の端に人差し指で触れると、


「そこまで冷えてないと思うけど、少し温めよう」


 微小な魔力を精密に操り、適当に皿を温めた。


「おお、ありがとの」


 アブドラはそう言って笑うと、座ったリインの頭をぽんぽんと撫でる。

 

「忙しかったのかなぁ?」

「……いや、無理するもんはそうおらんかったけえ、酷かったんは最後の急患くらいじゃった」


 席についたアブドラにニコラウスが問うと、少し暗い表情で答える。


「その人、大丈夫だったの?」


 眉をひそめてお柚が問う。


「ま、やられ方はえらいものじゃったけど鬼相手ではなかったけえ、何とかの」

「鬼相手では、ない?」

 

 リインが不可解そうに言う。

〈鬼の魔窟〉で出現する魔物は、全てくくって「鬼」と呼ばれる。

 今日アブドラの元に運ばれてくるような怪我人は、大抵は鬼にやられた者のはずだった。


「ベン君が運んで来たんじゃが、なんでも酷い私刑を受けとる所を助け出した言うとった。暴行を働いとった坊主たちは『寄生』をした制裁じゃ言うとったらしいがの」

「へぇ、アスターさんが」


 ニコラウスは付き合いの有る知人の行動に感心したように言うが、私刑、と聞いてリインは顔をしかめる。


「『寄生』かぁ。イベントの時には割とあることだけどねぇ。功績値を稼がせるために上級者が引っ張るなんてのは」


 他人事のように評するニコラウス。


「でも、アブドラが酷いと思う程の怪我ってちょっと怖いわね」

「うむ。明らかにやり過ぎじゃった。下手したら殺しかねん程じゃ」


 アブドラは被害者の少年のことを思い出す。

 全身に打撲と骨折が有り、折れた肋骨や腹部に重ねられた打撃が内臓にまでダメージを与えていた。

 一番酷かったのは顔だった。頭蓋や頸椎が無事だったのが不思議なほど、散々殴られて腫らされてしまっていた。

 治癒の専門家であるアブドラには丘崎の怪我の裏に明らかな攻撃性が感じられた。

 流石に食事時に詳細は言わないでおくが、恐らく「楽しむ」気持ちでやったのだろうと、アブドラは語った。


「実際に『寄生』しよったのかも怪しいと思うが、意識が戻る前に向こうを()んだけえ、細かい事は分からんな」

「あぁ、確認してないんだ」

「完治はさせたけえ、あとは任せて来たんじゃ」


 そう言って、ふと思い出す。


「どうもセトラーらしい素振りを見せたとベン君が言うとったけえ、転生者かものう」

「ほう」


 ニコラウスは少し目の色を変えた。

 好奇心に煽られた科学者のような楽しげなそれだ。

 

「そのセトラー、何か変わったことは? ああ、怪我の如何は別で」

「いやワシも詳しく聞いとらんけえ、どがいな所でセトラーっぽく思ったかは分からんが」

「ふんふん、それじゃあ今度アスターさんとこに直に聞きに行くかなぁ」


 ニコラウスは有る理由から大量の〈源世界〉文明とセトラーの知識を持っている。

 加えて、周辺で新たなセトラーが確認されたら情報を集めることが習慣となっている。

 それが何を目的とした事なのかを知る者は少ないが、ウィケロタウロスではセトラー関係の専門家として、冒険者以外の面で知られていた。


「怪我させられた人って、どんな人だった?」


 リインが口を挟んだ。

 単純な興味からの問いだった。


「そうじゃな、見たとこ田舎から出てきた子供みとぉな格好して、こう、全身泥水でも被ったような感じでな。安もんの服と革鎧の上に擦り切れたクロークを着けとったなあ」


 それを聞くと、リインの顔が青ざめ、ニコラウスの表情が険しくなる。


「ど、どしたん?」


 普段冷静な二人の様子にアブドラが慌てる。


「その子供の容姿、もうちょっと具体的に言える?」


 ニコラウスは額を押さえ、何かに耐えるような顔で問う。


「……そうじゃな。リインと似たような背丈で、明るい金髪に目は黄緑で」


 リインはアブドラの言葉を最後まで聞かずに合掌して席を立ちあがる。

 動体視力に長けたものでなければ視認も出来ないほどの速度で食堂から飛び出した。


「リインの奴どげしたんじゃ?」

「……リインは僕が後で追うよ」

「ねえニコ、その特徴ってやっぱり?」


 お柚も気づいたようだ。

 ニコラウスは頷いて応える。


「魔窟で会った彼だろうね。アブドラ、運び込まれたのは何時だった?」

「……今からじゃと2時間前くらいか」

「うちらとあの子が別れてからすぐに魔窟を出てるくらいの時間ね」

「うん、あの後、彼がどこかのパーティに入り込んでってことはないだろう」


 だというのに、あの少年を『寄生』を働いたとして痛めつけた者がいる。


(どこの誰か知らないが……!)


 ニコラウスは軋むほどに歯を食いしばった。

 ニコラウスたちが関わった者を勝手に誤解して、無関係な者が勝手に制裁を行う。

 不愉快な事この上無い気分だった。

『寄生』を許すギルドというレッテルを貼られた方がまだマシだった。

 下手人への憤りと同時、自身の不足にふがいなさを感じ、恥じる。

 あんな特殊な事情で魔窟に入ってしまった人物を1人で行かせて、自分たちの稼ぎを優先する選択をしてしまった。

 せめて、冒険者役場のテントまで案内すべきだっただろうに。

 いくらイベントであったとはいえ、自身の気遣いが足りなかったことが歯痒かった。

 その上で、何をすべきか思考を巡らせる。


「ユウ、アブドラに魔窟内のことの説明宜しく」

「え、うん、良いけど」

「それと、リインの隣の部屋は空きだったろう?」

「確かそう。畳部屋だったけど……」

「そこ、取らなくても良いからしばらく確保してもらっておいて欲しい。僕も今から出る」


 それだけ言うとニコラウスも立ち上がり、早足で歩いて食堂から出て行った。

 ニコラウスを見送ると、おユウはアブドラに今日魔窟で出会った冒険者でもない少年のことを話した。


「妙な縁じゃなあ」

「ほんまに」


 話を聞いてしみじみと言うアブドラに、おユウが微笑んで相槌を打つ。

 表情とは裏腹に、彼女の手はリインとニコラウスが4分の1ずつほど残した鬼肝大根を滑らかに自分の皿に移していた。


「あまりに性格に問題が有ったらニコも考え直すでしょうけど、もしかしたら少し賑やかになるかもしれないわね。アブドラ、もし新しい人が入るのが気になったらちゃんと言ってね」

「……まあ、丁度リインも1人前になったことじゃしの。あん子の成長を見れたこの3年はなかなか楽しかったけえ、ニコが入ってもらっても良いと思えるようなら、わしゃええよ」


 付き合いの長い彼らは、ニコラウスが何を考えているかは大体理解していた。






 ニコラウスは宿の廊下を早足で歩きながら思う。


(寄生、ね。ふん、結構なことじゃないか。むしろ下位と中位以上で組んでその関係にならずに済んでいる連中がどれだけいるものか、僕が知りたいくらいだよ)


 宿の出入口、宿泊客が外出中かどうかを示す札をひっくり返す。

 案の定、飛び出して行ったリインの物がそのままになっていたので、ついでに返しておく。

 どうやら靴は履いていったようで、室内履きが脱ぎ散らかされていた。


(さて、あの健脚のリインに追いつくのは厳しいかな? 先に行って変なこと口走って無いと良いけど)

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