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中古系異世界へようこそ!  作者: 高砂和正
3章 『中古系異世界へようこそ!』
57/57

57 薬草採取

 ウィケロタウロス郊外の草原。その中で依頼に示されていた薬草として使える植物の自生している一帯が有った。


「10株、50束……。何とか集まったな」


 郷川は台のような岩の上に並べた薬草、アオボトケを見て満足気な声を出した。

 これらを冒険者役場に納めれば依頼完了となる。

 単独でも薬効が有り、魔法薬の素材のとなるアオボトケだが、実のところ既に人の手で栽培され大量生産される物となっている。

 一応、生育に傾けて品種改良された栽培物は効能面で劣るため天然物にも付加価値は有るのだが、畑で採れる薬草をわざわざ依頼を出して採取させてもそうそう元が取れるようにはならない。

 何より時間効率が最悪だった。

 500株分揃えるのに畑で刈り取るならばすぐに済むものを、今回郷川は自生地を探し回り、昼過ぎから始めたのに日が傾こうとしている。

 郷川に創作ファンタジーの駆け出し冒険者のような仕事をさせてやろうと思い、永田が少しばかり大目の報酬を用意していなければとても仕事として成立しない依頼だった。

 

(オヤジには悪いけど、そこまですげー感動って感じじゃないなー)


 そう思い、苦笑した。

 恐らくは知っている内容をなぞるような物だったからだろう。

 かつて憧れた「テンプレ」は、いざ自らがそれを成す当事者になって見ると正直味気ない物に感じられた。


(ネットの評判やネタバレ読んだ後から手を付けても、決して初見の興奮が味わえねーようなもんだな。〈源世界〉にいた頃なら、それを分かっていたはずだったけどな……)


 紐で束にした薬草を丁寧にまとめ、彼が唯一自由に使えるPA〈無限収納〉の中に放り込んで行く。

 個人所有の異空間に物体を収納する能力であり、スクエアスロットやその派生魔法が世の常識となったこの世界では外れ扱いを受けるストレージPAだ。

 宙に発生した穴を手動で通過させるという過程を踏まなければいけないため、瞬時の展開と格納を行う

スクエアスロットに比べると使い勝手が悪い部分も有るが、収納力でははるかに上回り、スロットが拡張していくまで功績を積み上げるのに長い時間と労力が要ることを考えればその有用性は明らかだ。

 そもそも、クリミナルの判定を受けずに済むPAというだけで郷川にとっては十分だった。

 むしろ、この世界に顕現してすぐに考えた三つ目のPAを精神操作系にしなくて本当に良かったとすら思っている。欲をかいて三つのPA全てが封印措置対象というのはあまりにも碌でもない。

 

「……さーてと」


 ナイフ等、採取に使った道具の後始末を行い、雑貨を放り込んでいるボロ袋を〈無限収納〉から引っ張り出した。

 道具を袋に入れて岩の上に腰を下ろし、あんパンと水筒を取り出して口にする。

 この世界に来て直ぐに比べればかなり鍛えられているが、長く中腰で作業をしていたので結構な疲れが有った。

 パンの餡はこの世界に上白糖の精製技術が無いため黒砂糖で味がつけられ特有の風味は有るが、元日本人の郷川からすれば十分馴染みの有る物だ。

 ただ、咀嚼する甘味に癒される。

 青々とした夏の草原を沈み行く日が照らしている。

 

(そーいや、この世界に出た時も似たよーな草ばっかの場所だったなー)


 そして、このボロ袋もそこで拾った。

 最初はネコババしたことを永田に酷く叱られたが、所有者を特定出来るような物も無く、中身も大した物が入っていなかった事から数少ない私物として所有を許されていた。

 現在では〈無限収納〉の保有者であることを隠すためのカモフラージュ用として、表に出しておく荷物入れとして扱っている。

 ストレージPAは危険視もされないが、セトラーやリアクターによっては過度に軽視して来る者がいるために保有を明かすのは避けるべきだと教えられていたからだ。


(……あいつは、どーなったんだろ)


 ふと、袋を手に入れた時に見た、雨に濡れた草原で慟哭する金髪の少年を思い出していた。

 もしかしたら、この袋の持ち主はあの少年だったのかも知れないと何時からか思うようになった。

 最初に中に有った食糧等はそこまで長持ちもしないため消費してしまったが、財布の方は使った分は足して元通り以上の内容になるようにしており、ちゃんとした自分用の財布を別に買っていつでも返せるようにしている。

 今も自分で使っているのは出来るだけ人目に付くようにという考えからであり、何時か持ち主だと言う人物に会えたら、それがあの少年でないとしてもちゃんと返したい。

 かつてと違い、素直にそう思うことの出来る倫理観が今の郷川には備わっていた。

 

 休んで落ち着き、日が沈む前に街の中に戻ろうかと思っていた時だった。


「おぉうい」


 人を呼ぶ声がした。

 男の声だった。

 声のした方を向くと、


「お……」


 勝手に声が漏れた。

 自身と同じ黒髪黒目に黄色の肌。

 歳は三十台半ばに見える、明らかに転移型セトラーであろう男が手を振りながら近づいて来ていた。

 軽装の鎧を着ている。

 野外活動によるものか、所々に土の汚れが見られた。

 郷川は口元を緩め、荷物を袋にまとめて男の方へと歩き出した。

 恐らく、数日前の彼ならばそうはしなかっただろう。

 あるいは、今日の仕事に従事する直前に出会った黒精人種(ダークエルフ)の転生者あまりに親しみやすかったので警戒が緩んでいたか。

 

「お仲間だろ?」

「ええ。俺もセトラーっす」

「俺は(あら)()(みつ)()。こっち来て5年」

「郷川隆利っす。1年前に来たっす」

 

 郷川が名乗ると、新井は何かに気付いたような顔をした。


「……もしかして、永田さんの養子になったっていう男の子か?」

「オヤジを知ってらっしゃるんすか?」

「ああ、生前な。残念だったな、今度の事は」

「……はい」


 痛ましそうな表情で新井が慰めると、俯きがちに頷いた。


「今日はもう仕事上がりか? 出来れば、ここ1年程の永田さんの事を教えてくれないか? 晩飯おごるからさ」


 誘われるが、役場で報酬をもらったらニコラウスの所に報告に向かうつもりだったので一瞬迷う。

 しかし、


(……良いか。会った人が偶然オヤジの知り合いだなんて滅多に有る縁じゃないし、ニコラウスさんとこは明日行こう)

 

 郷川の方もまた、永田の昔の話を聞けるかもと思い、申し出を受けることにした。











『末吉


 健康 悪食を試みよ

 体調 良い

 仕事 周りを見て動け

 恋愛 黒が毒を吐き出す

 縁談 今は避けろ

 待人 水晶砂漠の係累を探せ

 金運 西国がよい

 学問 時を待て

 転居 鳥の見る十字架へ赴け

 旅行 辛苦有り


 etc,etc………』


 (すが)()(はる)(なみ)は冒険者役場のロビーで少し(いた)んだ御神籤(おみくじ)を読み返していた。

 薄く魔力を帯びたそれは、この世界の神社で得た物ではない。

 

「何か、ちょっと古いわね。今年のじゃないの?」

 

 共にテーブルを囲んでいた西郷愛実が言った。

 菅谷がこの街に来てから、西郷は何かと世話を焼いてくれていた。

 西郷自身は業務の一環だと言うし、菅谷としても西郷のようなセトラーの役場職員の役割については承知している。

 だが、これまでこの世界で見てきた同様の役場職員たちと比べてより親身な西郷に好感を持っていた。

 

「ええ。……1年ほど前に」


 各地を転々としていた頃、あるセトラーが使ってくれた「御神籤を渡す」という形で人を導くPAによって生み出した物だった。

 その入手経緯を説明されて、西郷は好奇心を刺激された。


「見ても?」

「どうぞ」


 差し出された御神籤を受け取り、興味深そうに眺める。


「おかしな内容ね」

「ええ。あたしもそう思います。でも、随分助けられました」


 どこか含みの有る口調で言う菅谷を西郷はちらりと見やり、


「……『鳥の見る十字架』……。もしかしてウィケロ(ここ)のこと?」


 その形状から十字都市と呼ばれるウィケロタウロスのことが直ぐに思いついた。


「そうだと思って、こちらに来ました」

「予言みたいな物ってことか」

「それを貰ってからすぐには意味が分かりませんでした。けど、他の個別運勢が少しずつ当たって、有る程度参考にした方が良い物なんだと分かって来たんです」

「成る程ね」

「まあ、ここに来て一体何が有るのかは見当も付かないんですけどね」


 菅谷は華やかな顔立ちを、意外に親しみ易そうな苦笑に変えて言った。


「……ところで、この待人の部分に書いてある『水晶砂漠』ってフレーズはまだ意味が分からないんですよね。何か、思いつくこととか無いですか?」

「ええ……? 水晶砂漠? ううん……」


 問われるが、西郷は心当たりすら思いつかずに首を傾げた。


「あ、無理に考えなくて大丈夫ですよ? 結構事が終わってから『ああ、そういう意味だったんだ』ってケースも有りましたし」

「あはっ、何それ。……うん。『係累』ってことは、この『水晶砂漠』ってのの子供とか、孫とかってことになるのかな」

「そうですね。そこは分かるんですけど」

「……そうね、ここらを拠点にしてる人で色々変な事に詳しい人が居るから、ちょっと聞いて見ようか」

「本当ですか? 助かります。……ところで、どんな人なんですか? 色々変な事に詳しいという字面だけだとちょっと胡散臭そうで」

「胡散臭いのは否定出来ないからあれだけど、一言で言えば極めて日本人に近いリアクター、かな」


 端的な一言に、菅谷はなんとも言えない表情を見せる。


「まあ、良くも悪くも有名人だから、この街にいればいずれは名前は知る事になったんじゃないかと思うけどね」

「この世界の有名な人ってあんまり良いイメージ無いですけど」

「趣味と意地は悪い人だけど、どちらかといえば善人寄りだから……」


 西郷は不安そうな菅谷を見て、苦笑しながらフォローする。

 フォローになっているかどうかは兎も角だが。


「私は戦闘力無いから良く分からないけど、実力で言えば今ウィケロにいる冒険者でも随一だろうって話」

「……へえ!」

「魔人種だから肉体年齢はまだ20代だけど、冒険者暦60年を超える大ベテランで集団戦の達人。って、私の住んでるところの家主が言ってた」

「集団戦……!」

「……何か食いつくわね」

「ええと、あたし集団戦ってちょっと苦手で、そういう上手い人に会えたらアドバイスとか貰えたら、と前から思ってたんですよ。スロット5にもなって恥ずかしい話なんですけど」

「なるほどね。そこも含めて話通してても良いけど、……どうかなあ、あの人そういうタイプと相性悪いのよね」

「え゛」


 西郷が残念がるような表情で言ってくるのに菅谷が顔を歪める。


「そ、それってどういう――」


 そこから話が続く前に、


「メグミ! いる!?」


 息を荒くした西郷と同じ制服の青精人種エルフの女、お竹・フリムランが駆け込んできた。

 

「どうしたんです? 壁西のお竹さんが壁南こっち来るなんて……」


 西郷は壁南支部の受付として正式採用される前、各支部で顔を繋ぐための研修を受けたのだが、お竹は壁西支部で指導してくれた先輩で、今も親交が有った。

 菅谷の方は口を開かず会釈する。ただ、彼女の至極個人的な事情から、近くにいてくれると自身の風貌が目立たなくなるエルフ系の女性は無条件で好感を持ってしまう癖が有った。


「はぁ、はぁ、……壁西を中心に活動してた永田さん、知っとるやろ?」

「ええ、勿論。ここいらで最強のセトラーを失う都市全体レベルでの損失でしたし、惜しい方でしたね」

「その永田さんの養子になった郷川君いう男の子がいてな、今日から駆け出しとして仕事に出て、行き先は人狩り魔物(マンハンター)が湧くような場所やなかったから安心してたんやけど、まだ報告にも戻ってきてへんのよ。永田さんのことが有ったばっかやし、後見人に連絡頼みたいんや」

「後見人というと……」


 永田が養子に取った少年の後を頼むような相手。

 思い当たった時、脳裏に「噂をすれば」という言葉がどうしようもなく浮かんできた。

 西郷は、ちら、と菅谷に視線を向けたが、向こうは意図を解せずに首を傾げた。


「東山さんですよね?」


 確認の口調にお竹が頷く。


「分かりました。早急に。……ごめん菅谷さん。急用が出来たから」

「いえ、全然大丈夫です。お仕事頑張って下さい」


 それだけ話すと、西郷は早足で執務スペースへと向かっていった。

 

 テーブルには、見送った菅谷とお竹だけが残された。


「……はぁ、はぁ」


 まだ息の荒いお竹が、疲れた表情で西郷の座っていた椅子に腰を落とした。

 目的を達したことで多少安堵しているのは見て取れるが、苦しげな様子を見かねて菅谷はスロットから金属製のコップを展開し、無詠唱の神令コマンドで水を注いで手渡した。


「大丈夫ですか?」

「あ、はい。有り難う御座います」


 渡されたコップを干し、一息つく。


「……あはは、お客様の前でお見苦しい所を。嫌ですね、前線を退いた後の衰えを自覚するのは……」


 心配そうに声をかけた菅谷に口調を正し、情けなさそうに笑うお竹。

 お竹も長距離が得意だったわけではないが、冒険者の現役時代なら10キロ程度の距離の全力疾走でも息も乱さなかった記憶がため息を吐かせた。


「壁西支部のお竹・フリムランです。申し訳ないのですがお顔に見覚えが無くて……」

「つい先日こちらに来ましたから。菅谷春波です。見ての通り転移型セトラーです」


 一瞬、お竹の表情に戸惑いが浮かんだ。


「……? あ、失礼しました。菅谷さんほどお綺麗な転移型の方を見るのは初めてで」

「あー……、って、エルフの方にそう言われましても」


 菅谷は曖昧に笑いながらそう言って矛先を逸らそうとする。

 お竹はその反応に触れられたくなさそうな気配を察して追求を止めた。


「ところで、別支部からわざわざ来られたんですよね。その、サトガワ君という人を探してるんですね?」

「……ええ、今朝私が送り出したんですけど、あまりに遅いし保護者の方が亡くなられたばかりで不安になりまして」

「後見人の東山さんという方もセトラーですか? 苗字からすると」

「いえ、東山さんは魔人種ですよ。セトラーの方から見ても『大体日本人』と呼ばれるほどの重度のリアクターですが」

「もしかして、少し意地と趣味の悪い、集団戦の達人の……?」

「あ、はい。ほぼ間違いなくその人です。趣味と意地の悪さが少し、という表現で済むかは怪しい気がしますが」

「お、おお。そんなに……」

「〈変り種〉というギルドのギルドマスターで、あだ名は〈便利屋〉、東山ニコラウスさん」

「……なるほど」


 菅谷はにこりと笑った。

 お竹は質問を続ける菅谷に訝しそうな表情をするが、受付の経験からすらすらと答えていく。


「サトガワという男の子の外見とかは?」

「転移型ですが、それにしては茶色っぽい髪と光彩の色をしてます。今年で16歳、体格は174センチで緑系のボディアーマーを――」


 特定できるだけの外見的特徴を引き出した菅谷は、気負いの無い動作で立ち上がった。

 

「捜索にご協力頂けるんですか?」


 お竹は既に半ば確信をしながらも問う。

 

「……ちょっと東山さんにお願いしたいことが有るんですけど」


 菅谷は少し悪戯っぽく笑った。


「どういう意味かは分からないですけど、私と東山さんは相性が悪いらしいので、被後見人を助けて先んじて恩を売っておけばと思いまして」

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