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中古系異世界へようこそ!  作者: 高砂和正
2章 黒の猛禽たち
45/57

45 とんびともぐら 後篇

 明らかに素人のそれではない左右ワン・ツーが飛んでくる。


「あんた……、うちに居る頃は剣と盾使ってた記録が有ったけど、三味線弾いてたってわけ? 騎士団がどうこう言ってたし」


 それを軽くかわしながらホンファは言った。


「ええ。ここに至っては隠しても仕方無いので言いますが、私は潜入工作員でした」

「騙してた報いが必要よね?」

「御安心ください。おかみが犯罪組織に行う諜報は罪に問われませんので」

「そうなのっ!」


 納得の声と同時に、自身の身も投げ出すようにしたカウンター。

 牽制に突き出される左拳にタイミングを合わせたホンファの右拳は、ギリギリのところでイルマの左の頬と耳を削るように掠めた。

 

「つぅっ!」


 頬と耳から血を流しながらイルマが距離を取る。

 ホンファはそれを直ぐには追わなかった。

 スピードに優れる獣相系と鈍重な黄精人種ノーミィなのだ。やろうとすれば追撃を入れることは出来る。

 ただ、イルマが意外にもホンファの土俵で頑張るため、怒りを忘れてついつい楽しんでしまっていた。

 本当なら早く片付けてトゥレスと戦っているウノの応援に行くべきとは分かっていたが、いくつかの打算も有り長引かせることを良しとしてしまっていた。

 最も信頼する相手であり、同じ黒精人種としての下位互換であるトゥレスと戦っているウノの心配はするだけ無駄だと考えており、また長引けば長引くほどデリアの息の根を確実に止めやすい、そういったことを考えていたのだ。


「シャッ!」


 呼気と共に拳打、そして蹴りを放ち、


「くぅっ!」


 イルマが傷つきながらもそれらを受ける。

 本来の戦闘スタイルが同じだったのだろう。イルマがこちらの土俵に上がって来ているのは確かだが、地力の違いなどから優位に立ち回ることが出来、甚振れることが楽しくてならない。

 イルマはガードを固め、左の上段突き(ジャブ)を軸とした堅実な動きで懐に入り込もうとしているようだが、元より身長、リーチ、人種による身体能力の差が大きく上手く動けていない。


(ノーミィだけあって護りは堅いけど、こっちを倒すにはパワー不足。舐められた物だわ)


 着実に追い詰めている実感を得ながらも、ホンファはイルマのとある癖、付け入るべき隙を見出していた。

 


  








「ば、馬鹿な。化け物か……!?」


 ウノが呻いた。

 息荒く、顔が引きつっている。

 表情と声を引き出したのは、ウノとトゥレスが生み出した眼前の光景。

 数多の矢が放たれ、折れて地面に散乱した有様。

 ウノは幾度も亜光速の矢を放った。

 足元を安定させ、自身に出来る最速でトゥレスを狙い続けた。


「はっ、別に難しいこっちゃねえよ」


 それを全て空中で撃ち落したトゥレスは平然と言った。


「てめえの矢は確かに光の速さになるんだろうが、その代わり風や湿度、重量の影響を無視しやがるからな。つまり曲射や偶然が発生しねえ。射手であるてめえの目と手元で狙いを見極めりゃ、指を離すタイミングで射線上に自分の矢を()()()()()()()()()()だ」


 それをこなすにはウノの動作を見てから先に狙撃を行うということをしなければいけなかったが、その問題は〈影法師〉で作り出した黒弓が解決した。

〈影法師〉の持つ、「物体に対して直接破壊をもたらすことが出来ない」という特性。

 例えば、トゥレスが〈影法師〉でワイヤーアクションのように高速移動を行う時、伸ばした影を触れさせる場所はどんなに細い枝でも構わず、〈影法師〉は枝を折らないということだ。

 それどころか、トゥレスの体重を支えるために枝を揺らすことすらない。しかし影はトゥレスの身体を持ち上げる事を全く問題なくこなす。

 つまり物を壊せないということは、影はその自在な動きで発生するあらゆるエネルギーを吸収し、同時に生み出しているということを示す物だった。

 トゥレスは研究を行い、吸収はともかく、発生させられるエネルギー量は自分次第で有る程度制御が出来ることを確認し、活用する訓練を行っていた。

 それを使って構築した黒弓を使えばどうなるか。

 一切の抵抗無く弦を引くことが出来、直接破壊をもたらすのではなく「矢を押し出す」という動作をする限りは自在に形状を変えて運動エネルギーを生み出し、あらゆる動作の高速化が出来るようになっていた。

 発射速度でウノを上回ったトゥレスの矢は迎撃以上に余分に放たれ、ウノの盾や周囲に突き刺さっているほどだ。


「で、出来る訳が無い! 俺の矢を空中で落とすなんて!」


 速度も重要であったが、ウノは光速で放たれる矢を自らも矢で迎撃するという非常識の方が納得行かなかった。


「何か、そうだ! チートだっ! お前、何か俺の知らないPAを使ったな!?」


 前世の感覚で修練で得た技術を外法チートであると叫ぶウノに、トゥレスは眉を寄せた。


(……儂も随分この世界に染まってきたか? PAでなく外法チートと呼ばれると腹が立つようになるとは)


 そんなことを思う。


「違うな。ある意味当然の帰結じゃねえか。上背、体形、弓の才共に酷似したのがガキの頃から直ぐ傍にいたんだ。儂がてめえに相対した状況を想定してシミュレーションし、実際に撃ち合って練習しとかねえ訳が有るかよ」

「お、俺と同じ才能? カルメに? そんな馬鹿な……」

「はははっ!? わかんねえのかよ!? 本気で?」


 にやっと笑う。


「親父だよ。技量と経験で完全に儂の上位互換! PA無しで儂と同じ事をこなしやがるぜ? てめえが見下してた儂等の親父殿は!」

「せ、セロが?」


 トゥレスは口だけは笑いながらも、不愉快げに睨みつける。


(父親を名前で呼ぶか……。どこまでも前世の人格でいるつもりだ!)


 怯えを見せるウノに、トゥレスが続ける。


「親父がカルメにいるってだけで、そっちに逃げられてもてめえの制圧は容易い。

 親子の情で即射殺とはやらねえかも知れねえが、身内に罪を償わせることを躊躇う人間でもない! ましてお袋を10年に渡り奪ってきやがったんだ、恨みが全く無いとは言わねえだろ。果たしててめえをまだ己の長男として見られるか、それともエゴに塗れた異世界人として見ちまうかな!?

 加えててめえらが指名手配される予定であることは手紙で通達した! 〈聞針〉でこれまでコソコソ盗み聞きして人を操ってきたことも、向こうの行政と駐留騎士団にまでな! ここを抜けてカルメに戻れても、てめえらが安寧にやってくルートなんざもうねえ!」

「う、うぁ、」

 

 蔑んでいたであろうトゥレスの力を見せた。

 力の理由を言い聞かせてやりながら。

 それからウノの反撃を真正面から潰して見せた。

 その上でこき下ろし、追い詰めてやった。


 人をく導く道理は反転し、


(人心は殺せり、ってところか)


「わぁあああああっ!」


 顔を青褪めさせたウノは振り返り、アーチャーベースもそのままに背を向けて逃げ出そうとする。


(獲った!)


 トゥレスは狙いすました一点の到来を確信し、


「〈傷飼きずかい〉! やれっ!〈伐災陣スウィンドルパイク〉!」


 言霊を以ってPAの使用と魔導射法の発動を宣言。技の形態を模した右の拳の握り締めで仕掛けの引き金と為した。

 トゥレスがウノとの矢の撃ち合いの中で仕掛けた、〈金剋木〉を意識した〈金気〉を込めた矢が5発。

 矢に矢を当てて迎撃出来るトゥレスが無為にそんなことをするはずは無く、それらは他の矢に紛れ、事前にウノの逃走を予測して特定位置の地面に撃ち込まれていたのだが、


「ィッ!?」


 それらは同時に突き刺さった地面ごと吹き飛び、それぞれの穴から黄色い魔力の柱、いや槍が飛び出した。

〈土気〉の魔力の槍だった。

 黒精人種は本来〈土気〉をほとんど扱えないのだが、かつてイルマを保護した時〈水気〉を弱めることで雑炊の〈火気〉を強めることに成功したことをヒントに、〈金気〉を撃ち込んで〈木気〉を弱めることで〈土気〉の反発的な強化を誘導する回りくどい手順を踏んでそれを成立させていた。

 そして、表向きは痛覚制御の能力だと他者に言う〈傷飼〉の本当の効果は「認識する物理、魔力的効果の遅延」だ。

 トゥレスの〈伐災陣〉は〈傷飼〉でインパクトの瞬間を合わせる事で発動する、他に類を見ない特異な魔導射法となっていた。

 不意を打った五方向からの攻撃は予測も回避も出来ず、撃ち込まれたのは〈土剋水〉となる同族ウノ。防具に付与された護りすら貫通して、


「ここで沈んどけ。……バカタレが――」


 意識と肉体を切り離して昏倒させた。



  







「〈烈光拳〉ッ!」


 牽制の左拳をくぐり、白く発光するホンファの 右のボディブローが突き立てられた。


「こふっ」


 内臓にまでダメージが届いた。

 イルマの口から噴き出た鮮血の飛沫がホンファの顔を汚すが、彼女は気にした様子も無く嗜虐的な笑みを浮かべた。

 だが、


「?」


 それ以上の破壊が起こらない。

 期待した通りの結果、つまりイルマの胴体が弾け飛んで上下に裂断しないことにホンファが首を傾げた。

 いくら頑健なノーミィが相手でも、鎧すら貫いて一撃で殴り殺せる。それだけの威力を込めた必殺の一撃だった。

 ウノのPAから名をもらった、彼女の全力だったのだ。

 その一瞬の間、イルマが左腕全体で突き立ったホンファの右腕を絡め取った。


「なっ!?」


 ホンファの顔が驚愕に歪んだ。

 腕を抜こうとするが外れない。離すまいとする執念に似た物すら感じる握力だった。


(……この時の、ために……)


 全てが、上手く行った。

 霊法関連の自力、経験に劣るイルマでは、そもそもホンファを仕留め切れるかが難しかった。

 スピードとリーチに劣っているのだ。距離を詰める突進力も無いイルマは一撃離脱戦法ヒットアンドアウェイを徹底されれば確実に負けていた。


(……だから、逃がす訳にはいきません……)


 ここまで持ってくるため、幾重にも遠回りな手順を踏んだ。

 まずは挑発して冷静さを失わせる。

 本来イルマが修めた柔術系でなく、即席で仕込んでもらったホンファの戦い方に合わせるためジャブを主体としたボクシングに近い物を徹底。

 兜等を装備しない代わりに、頭部への被弾は〈土流し〉で衝撃を殺す。

 全身鎧で護りを固めている首から下はあえて通常の防護で済まし、頭の護りを固めていると思わせる。


――そうして罠を一つ入れてやる方が、ホンファの裏をかきたがる性格をくすぐってやれんだろ。


 トゥレスの語った言葉が、イルマの脳裏に過った。

 

(彼女は知らない。こちらの奥の手!)


〈土流し〉で左足から地面へ流した破壊の威力。


(この時の、ためにっ!)


 それが地中に拡散せぬ内に、右足から自身の体内へと引き摺り戻す。


「……〈土竜(もぐら)……っ!」


 ホンファの拳が放っていた白光が、イルマの右腕に乗り移っていた。


「…… (たぁたき)〉ぃっ!!」


 回避を封じたホンファを打ち抜く。

 打点は幾度も組手で友人リインに狙われた、顎の先端。

 仕掛けられていた致命打回避の付与と幾度も相殺を起こし、しかし威力は尽きずに本体ホンファにまで届いた。


「ふぅっ」


 イルマが疲れ切った息を吐き出すと、ホンファはぐにゃりと崩れ落ちた。


「う、うえぇ、自分でやったこつばってん、こら酷い(ひじゃあ)……」


 傷つけられた全身の痛みをこらえながら、イルマは気を失ったホンファの顔を見て呻いた。

 無惨な事になっていた。


「私はこぎゃんもん打ち込まれたつか……」


 砕かれた自身の左脇腹を押さえる。〈土流し〉に失敗していれば今頃自分の命が無かっただろう。

 その場にぺたりと座り込み、いくらかでも体力の回復に努める。

 多少呼吸が穏やかになって来たあたりで、


「おーい」


 トゥレスの声。

 振り返ると、昏倒したウノと焼け焦げたデリアを拘束してそりのような物に乗せたトゥレスが歩いてきていた。

 なんとか手を振る。


「勝ったか」

「ええ。案の定ギリギリでしたけど」


 そう答えると、トゥレスは革鎧の各所の収納部分から手拭を取り出し、〈水気〉で湿らせてイルマの頬と耳の裂傷から出た血を拭き始める。


「い、つつつっ! みますね……」

「我慢しな。どの道治癒の仕上げはグラゾフスキーがやるだろうが、それまで女の子が顔を血糊まみれにしとくわけにもいかねえだろ」

「……女の子、ね……」


 トゥレスが拭きやすいように顔を右に向けて、ぽそりと呟く。

 明確な恋慕といえるかは分からないが、少なくとも好感を抱いている人物にそういうことを言われるとむず痒いものを感じさせられた。

 ちら、と目線だけを向け、


「そちらは……」


 軽く頭から脚まで見てみるが、トゥレスの方は傷一つ無い。


「楽勝でしたか?」

「……儂は備え、鍛え、シミュレーションを繰り返して来た。

 奴がどんなに自分を『能有る鷹』だと思っていようが、爪の在り処も出所も、付け入り方すら知り尽くしてりゃあ、な」

 

 トゥレスは無表情に言った。

 イルマには、何故かそう語る彼が寂しげに見えた。


「……うっし」


 トゥレスは一通りイルマの顔を拭い終えると、正座から背を真後ろに倒したような姿勢で気を失っているホンファを覗き込み、


「うげぇっ、何だこりゃ!」


 酷く嫌そうな声を出した。

 トゥレスが見たのは顔面の下方、下顎の骨が溶けて無くなったかのように垂れ落ちた異相だった。形の良い輪郭が消滅し、細く平たくなった顎肉が胸元までぺったりと伸びてくっついている。

 

「流石に……」


 敵対していたとはいえ、幼い頃から己の美を誇りとしていたことを知る人物の哀れ過ぎる有様にトゥレスは同情を禁じ得なかった。


「衝撃だけ撃ち込んじゃったのが不味かったのか、どうも骨だけを粉微塵にしちゃったみたいでして……」

「それっぽいよなあ、外から見る限り。治んのかねこれ」

「アブドラさんならなんとか出来そうですけど、果たしてアブドラさんが直接治療する機会が有るかどうか」


 イルマが打ち込んだのは、〈土流し〉を応用して相手の攻撃を流して返す〈土竜敲(もぐらたたき)〉と呼ばれる技だ。

 相手に打ち込み損ねれば地面から吸い上げた破壊力で自壊しかねない技だったが、イルマの攻撃力でホンファに有効打を与えられる可能性が有る数少ない手段だったのだ。


「……兎に角、こっちも終わりだな。上げるぞ」

「お願いします」


 トゥレスは信号弾の投射筒を取り出すと、頭上に向けて発射した。

 赤い光が炸裂する。これでしばらくすれば応援が来る予定だ。

 万全ならばともかく、疲弊したイルマと後遺症の残るトゥレスで人間3人を山から下ろすのは厳しかった。

 

「……はー、もう、ほんとしんどかったです。心身共に」


 ぐったりとしてイルマがぼやく。


「ははっ。お疲れさん」

 

 トゥレスは軽い調子で言うが、イルマはじとりとした責めるような視線を向けてくる。


「自分の人種を持ち上げて、相手の人種との差異を貶めるなんてもう絶対しません。必要だったかも知れませんけど後味が最悪です。すごい嫌な人間になった気分ですよ」


 イルマが吐き捨てるように言う。


「……下手に慣れたり癖になられたりして、リアクターなんぞになられても困る」


 返されたトゥレスの言葉はどこか寂しげな響き持ち、それでいて毅然としたものを感じさせた。


「トゥレスさん?」


 普段と違う雰囲気のトゥレスにイルマが声をかけると、トゥレスは困ったように苦笑して頭を撫でてきた。

 何故か、振り払い辛かった。


「儂は今のイルマちゃんの方が好きだよ。そのままで、いてくれ」

2016.04.16 

タイミングがあまりにも良くないのでトゥレスの技の名前を変更いたします。

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