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中古系異世界へようこそ!  作者: 高砂和正
2章 黒の猛禽たち
38/57

38 トゥレスとアブドラ

「……流石に本職の壁が居ると段違いに楽だぜ」

「はは、攻撃は期待されると困るがのう。……いや、ワシの本職は治癒役じゃよ? ほんとじゃよ?」


 トゥレスとアブドラが魔窟の中を歩いている。

 2人が進んでいるのはトゥレスが丘崎と共に通っていた〈大樹の魔窟〉だが、上級者向けに分岐した別ルートだ。

 トゥレスは以前と同じ装備をしているが、革鎧は〈鷹羽〉の追撃を受けた際に破損したため、大雑把に補修していた。

 アブドラの方は彼の一張羅、黄魔鋼製の頑強な鎧兜に、白魔鋼の大型盾と星頭の戦棍(モーニングスター)を装備している。

 

 アブドラが前で魔物を引きつけ、トゥレスが後ろから射抜いていくという丘崎と組んでいた時と変わらない構成だが、状況はかなり違う。

 丘崎の時は対多戦となるとそれなりに厳しく、トゥレスが魔物の撃破優先度を考えながら数を減らす戦法で対処していたが、アブドラは素の防御力が高すぎて全く崩れないのだ。

 攻撃力こそ星頭の戦鎚を片手で振り回すくらいで、現時点の丘崎と良い勝負な位だが、圧倒的な強度の神令コマンドの障壁は、この魔窟で出現する魔物の攻撃力では貫くことも出来ない。

 アブドラが抱えた魔物たちを右から順に射抜くような真似も許される、トゥレスからすれば楽な仕事になっていた。


(これでまだ自力治癒まで出来るってんだから洒落にならねえな。骨太で重心の安定した白精人種ドワーフな事も有るし、「前線に立ち続ける能力」だけなら上位勢より高いかも知れねえ)

 

 心中でアブドラの評価をさらに上げていると、ふと自分達以外の気配を察知する。

 

「お、出たぜ」

「む、どっちじゃ?」

「まだ藪に隠れてやがる。もちっと進めば掛かって来るだろうけど、森に慣れてなきゃ見えねえと思うぜ」

「障壁張り直してから行くけえ待っちょれ。……〈マルチ・フォートレス〉」


 アブドラが汎用型の多人数用障壁の神令を展開する。

 トゥレスは過剰なほど強固な半透明の障壁が自身を覆うのを見て、


「毎回ありがてえんだが、ここまで頑丈なの使わなくてもって思うぜ? 儂は後衛だし、上の樹の枝に〈影法師〉伸ばせばいつでも離脱できるしよ」

「いやいや、ワシの数少ない治癒神令使いとしての見せ場じゃけえの」


 頑なに言い張るアブドラに苦笑する。

 

「じゃ、ワシ行くけえ」


 そう言って、がちゃがちゃと鎧を鳴らしながらアブドラが駆けて行く。

 それは速くは無いが、治った足のリハビリ中でもあるトゥレスでもいざという時には追いつける丁度良さだ。

 高所へは移動せず、トゥレスは地面を踏み締めて大弓に矢を番える。

 アブドラが前方で十数体もの巨大な熊や猪型の魔物と交戦し始めると、内一体に狙いを付けて、


「……〈水撃矢ハンマービート〉!」


〈水気〉の魔導射法による一射を放つ。

 黒い燐光を纏う矢が、熊型の一体の首に吸い込まれた。

 急所を貫く矢としての威力だけでも致命打だが、体内に潜った鏃から放出された水の圧力が頭部をズタズタに引き掻き回し、血を頭の穴という穴から噴き出させて即座に絶命させた。

 仕留めた事を確認した時には、既に次の矢を手に取って弓に番えている。

 言霊と共に放たれる〈水撃矢〉は、動物型の魔物を次々と撃破していく。

 異様な連射速度を可能とするのは、背の矢筒から右の肩、二の腕、前腕へと這うように伸びた〈影法師〉だ。

 指が矢羽を離すと同時にベルトコンベアのごとく新たな矢を運び、爪弾くように放たせる。

〈源世界〉でいう、銃器のベルトマガジンを参考にした連射速度を向上させるための工夫だった。

 

 10分も立たずに魔物たちの死体が地に伏せることとなった。アブドラもその内数体は戦鎚で打ち倒している。

 僅かにぎこちない早足でトゥレスが駆け寄ると、アブドラは散々集られた筈だが傷一つついておらず、魔物の解体もせずに合掌して地に還らせた。

 残った矢だけを回収して、2人はまた進み始める。


「丘崎の奴が見たら勿体無いって嘆きやがるだろうぜ」

「はは、目に浮かぶわい。……なしてあがいな風に育ったかのう」


 ここに居ない仲間を思い浮かべ、苦笑交じりに笑う。

 もし同道していれば、普段のコースで採れる物より質の良い産物を前にして動けなくなっただろう。

 しかし、今の探索は目的が違う。

 接敵の度、危なげ無く魔物達を殲滅して先へ先へ。

 ここは丘崎にとっての〈泥の魔窟〉のように、アブドラにとっての行きつけの場所だ。

 修練目的だった丘崎と違い、産物を目的として探索回数を積んだ結果だったが、いつしか魔窟主(ボス)に気に入られて通常コースより希少報酬の含有率の上がった、この上級コースを用意してもらえたのだとか。

 数回の探索を経てトゥレスも慣れて来たが、気負いも無くすいすいと進んでいくアブドラを見て、


(……本当なら自力で祈念札を取りに来れる実力。やっぱ、丘崎の奴のための依頼だったっつーことか?)


 ちらりと思った。











 コース最深部にいるサブボスは、樹の幹を編んだような体をした巨大な狼型の魔物だ。

 鼻先から尾まで10メートルは有り、全身から触手の様に枝を伸ばして攻撃してくる。


「むっ! 効かん!」

 

 下手な鉄板なら打ち貫く枝の杭だが、アブドラは障壁で弾き、距離を詰めていく。


「よっ、ほっ、おりゃっ!」


 トゥレスは周りから出現する取り巻きの雑魚、小型の木の狼型の排除が担当だ。

 サブボス相手となるとアブドラを出来るだけ自由に戦わせることが目的となるため、〈影法師〉を使って矢を射る度に離脱して狼達を引き摺り回すこととなる。

 一度まとまって出現すれば、有る程度数を減らし切らなければ再度の沸きは無い。

 可能な限り引き付けた後は、

 

「〈徹甲矢アフェクトジャケット〉!」


〈金気〉の魔導射法をサブボスの枝へ放つ。

 雑魚から逃げながらの射撃になるので流石に連射は出来ないが、触手を半ばから削り飛ばされたサブボスは僅かにトゥレスに気を取られる。


「よしっ!」


 その一瞬の隙に、アブドラがサブボスの懐へ潜り込んだ。

 

「むんっ!」


 全身の力で左手の大型盾を叩きつける、強烈なカチ上げ。


「ォォオオオオン!?」


 下顎を打たれ、頭を跳ね上げられたサブボスが樹の洞に風が当たるような唸りを発した。

 一瞬の隙。

 アブドラの手から大型盾と戦鎚が消え、巨大な斧が展開されていた。

 白く輝く刃は明らかな白魔鋼製だが、トゥレスからすればその刃の形状が戦闘用と言うより、自身が見慣れた種の物だと思う。

 狩人時代の近所の樵達が使っていた伐採斧を巨大化したような物体であった。


「〈マキシム・パワード〉! 食らえいっ!」


 人種特性を活かして思い切り〈金気〉を注ぎ込んだ斧を、最強の腕力強化神令を以って全力で振り抜いた。

 

「……ふー」


 残心を取りながらアブドラが息を吐くと、ずるりと滑り落ちるサブボスの頭部。

 核を含む頭を失った身体が、普通の樹木の様に固まり、倒れる。

 それは巨大な木質の塊には違いなく、ずしん、と大きな音を立てた。


「攻撃もしっかり出来てんじゃねえか」


 サブボスの撃破を確認してから早急に頭を射抜き、同じく動きが止まった雑魚狼たちを蹴り倒し、トゥレスが近寄って言った。

 呆れとからかいの色が混じった声だった。


「ま、条件を揃えとるけえな。巨大伐採斧(コレ)なんぞ、ここの周回専用に拵えたんじゃ」


 苦笑して斧を掲げてみせるアブドラ。

 トゥレスは明かされた事実に呆れる。


「その、ここのサブボスや化け木本(トレント)専用みたいな魔鋼兵装をか? 安い物でもねえだろ」

「魔窟を飽きずにソロ周回するコツは、ストレスを可能な限り減らす事じゃよ」


 呵呵と笑って自慢げに言うが、目だけはどこか遠くを見つめるような風だった。

 目的の報酬を求めて魔窟に潜り続けるのは良いが、飽きでいつかは精神が擦り切れる。 

 トゥレスと丘崎に報酬を『掘り』に行く依頼をしたのも、それが関係していた。


「うん、つれぇよな。代わり映えの無い仕事の繰り返しで単純作業みたいになってくると」


 トゥレスが豊富な前世の記憶から、実感の込められた同情を向けた。


「……まあ、オカの奴なんかは延々同じとこ行ってもケロリとしちょるがの。ワレと組むようになる前とか、半年近くほぼカンヅメ状態じゃったのに泣き言一つ言わんかったし」

「あー、精神的に無駄に強いとこは有るよな。普通なら無視した方が楽になるような、二束三文にしかならんようなもんでも隙有らば嬉々として探しまくるし」

「あれは何なんじゃろなあ」


 言いながら、アブドラがサブボスの頭部を切り開く。


「む、中当たりじゃな」


 出てきた産物ドロップは、片手で隠せる程度の小粒な木気石だった。

 アブドラが放った木気石を受け取り、トゥレスが嬉しげに笑う。

 50万くらいにはなるだろう。


わりぃな」

「何、攻略報酬の方はもらう約束じゃけえの」

「こいつの大当たりだと何出んだ?」

「芯に蝶だのが入ったでかい琥珀じゃな。大規模な魔法に使えるとか装飾用だとかで結構な値になるのう」

「へえ、そのうち拝んでみてぇな」

「どうじゃろ、出たとしても周回が嫌になっちょる頃になるかも知れんよ?」

「そんなに出ねえのか……」


 雑談をしつつ最奥の部屋に入り、獣の骨を組んで出来た2つの箱をアブドラが開ける。


「お、こっちには入っちょった」


 2つ目の箱を開けたアブドラが、中に入っていた祈念札を掲げて見せる。

 

「おお! やっぱこっちのルートは出るな!」

「体感じゃけど、多分2割くらいかのう。通常ルートは5(パー)くらいじゃろ」

「……やっぱそんなもんなんか」


 トゥレスが嫌そうな顔をする。 

 アブドラの推察は、丘崎と通っていた時の感覚からすると納得の行く数字だった。

 

「ニコやお柚に着いて来てもらっとった時は、一周で複数人に当たることも有ったぞ。パーティメンバー毎に判定が有るみたいじゃな」

「なるほどな。……丘崎と一月潜って4枚、ここしばらくで3枚、後5枚か」


 トゥレスが指を折って今まで獲得した祈念札を数える。


「ワレみたいな火力が居れば1周も早いけえ、日に2、3周は出来るしの。そんな掛からんじゃろ」

「こっちは楽で良いが、依頼主自身が一緒に探索に行くってのも妙な話じゃねえかと思うけどな」

「うん? いや、目当てが攻略報酬系じゃと数合わせに人呼ぶってのは割と有る話じゃぞ。

 今やっとる大将産物(ボスドロップ)の譲渡みたく、それなりの旨味を用意するんが普通じゃけどな。むしろワシこそ一緒に回ってくれるもんが居て楽に周回出来るだけで報酬になるわい。

 ……祈念札を集めにゃいかんのは、同じじゃけえなあ」


 アブドラは言う。

 それが当然の事だと言うかのような表情。

 義務感でも、諦めでもない。


「……アブドラ、今更の話だけどよ、お前この祈念札を何に使うんだ? お前ほどの防護や治癒の神令の腕が有りゃあ、こんな防護系の道具は要らねえんじゃねえか?」


 トゥレスは問う。

 ずっと不思議に思っていたことだった。


「言っちょらんかったか?」

「ああ」

「……そいじゃあ、一つ使って見せちゃろう。丁度今週の分がまだじゃった」


 そう言って、手に入れたばかりの〈祈念札・護式〉をひらひらと振ってみせる。


「さて……」


 祈念札を両の掌で挟んで合掌の形を作り、


「『―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――』」


 聞き取れぬ程の静かな詠唱。

 しかし、それは恐ろしく滑らかに成され、トゥレスにも分かるほど強大な神威がアブドラに流れ込み、高まっている。

 攻撃性を与えられたわけでも無い純粋な魔力だが、圧倒的な質と量が生み出す圧力にトゥレスは思わず生唾を飲み込んだ。


「『ターゲットFRF-24389244 マキシム・プロテクト トランスミッション』」


 アブドラの神威が祈念札に流れ込む。

 その名の通り、アブドラの祈りの念が込められ、護りの力へと変換される。

 温かく、しかし眩しさを覚える程の輝きを発していく。

 トゥレスが交差した腕の隙間から覗き見ると、アブドラの手に挟まれた祈念札が端から光の粒に変わり、空へと浮き上がり、昇って行こうとしていた。











 光が止むと、アブドラは優しげな眼差しを光の粒が飛んでいった空へと向けていた。

 どこか寂しげにも見える表情だった。

 そして、トゥレスはその表情が示す他者の情動に覚えが有った。


「今のは?」

「何、守護をな、ちょいと飛ばしただけじゃ」

「……」

「仕送りみたいなもんじゃよ。週一でこの護りを飛ばすのがのう」


 そう言って、アブドラが肩をすくめて見せる。


「……そうか」


 トゥレスは労わりの表情を浮かべ、アブドラの広い肩を掴み、


「あれか、子供連れて嫁さんに逃げられでもしたんだろ?」

「ふぉおっ!?」

「皆まで言うな。儂の前世のツレにも同じような表情する奴が居たんだって。分かるぜ……」

 

 他人の複雑な事情にも理解を示す人情家、のような口調で言って首を振ってみせる。

 ちなみに、トゥレスの前世の友人というのは一緒に飲みに行って悪酔いすると、大抵「俺がエネ夫だったんだ。反省してる。妻子と元に戻りたい。先日息子に会わせて貰ったら大きくなってた」などと零す人物だった。

 

「い、いや! ワシャそんなんじゃのうて!」

「恥ずかしがんなって。人生なげえんだからそんなことも有らあな。あー、別のツレで不倫して外に作っちまった子にいつか渡そうと小遣い積み立ててるような真面目系クズ野郎もいたけどそっちか?」

「違うと言っとるじゃろぉー!」


 ろぉー!

 ぉー!

 -…!


 アブドラの絶叫による山彦が消えると、トゥレスは首を傾げ、


「あっれ? 間違えた?」

「ワシはまだ結婚もしちょらんし子供も居らんわ!」

「えー。いかにも離婚したけど子を想ってる父親っぽい顔してたぜ?」

「そんだけ具体的で「いかにも」とか「っぽい顔」って何じゃい……。というか前世で付き合っちょった層が悪質過ぎやせんか!?」

「いやそういうタイプしかダチが居なかった訳じゃねえけどよ。長く生きてりゃそういうバカな知り合いも出来たりするぞ」

「そがいなのと同類扱いとか、男としても人としても僧としても受け入れがたいわい」


 露骨に嫌そうな顔で言うアブドラ


(……やっぱなんつーか、総じて「育ち良いタイプ」の気があんだよなー。この世界の連中は)


 頭を掻きながらトゥレスはそんな事を思う。


「……昔な、ワシが神殿付属の孤児院で世話しとった子がおったんじゃ。随分と懐いてくれたんじゃけど、ワシが破門になる少し前に旅に出されてのう。以来どうしとるのかも分からんが、せめてもの助けになればと週1で祈念札の護りを飛ばしとるんじゃ」

「なるほどなあ」


 祈念札の護りは緊急時に自動発動するタイプの物だ。件の子がどんな生活をしているかは分からないが、アブドラの手による防護の定期供給が有れば滅多なことでは死ぬことは無いだろう。


「……まあ、これが子の息災を祈る親の気持ちじゃろかと思うたことは有るがの」

「さよけ。まあ、将来的に家庭持ったら特に程々にな。さっき言った儂の知り合いも離婚した方は元嫁さんが金持ちと再婚したとかで子供から「はした金いらない。いつまでも父親面すんな」って言われたとかで泣いてたぞ。他所に作った方も子供に金ぶっこみまくったのが嫁さんにばれて修羅場ってたからな」

「末路まで碌でも無さすぎじゃろう……」


 トゥレスの語る知人らの結末の哀れさに、人の良すぎるアブドラは同情の涙すら浮かべ始めていた。

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