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中古系異世界へようこそ!  作者: 高砂和正
2章 黒の猛禽たち
35/57

35 奥様はボス

 会議は進み、行政3名と葉子、ニコラウスが話を詰めていっている。

〈五法大行敬〉の事は想定外だったようだが、丘崎からすると概ねニコラウスが事前に言っていた通りの展開になっている。


(……暇だな)


 その過程で丘崎はほとんど話に参加出来なくなり、PAを維持するだけの置物と化していた。

 普段なら関われないような者達の思考や事情を学んだりといったことを試みてはいたが、事前知識が無いため理解しづらい内容も増え、それも難しくなってきていた。


(あっちもか)


 ちら、とトゥレスとイルマを見ると、同じく話せる事が無くなって手持ち無沙汰にしていた。

 人生経験の豊富なトゥレスは流石にポーカーフェイスを保っているが、この会議における役目を果たしてしまったことを理解しているためか思念が弛緩している。

 イルマは少し焦りの思念を発している。会議に参加出来ないのは仕方ないが、上司が3人もいる状況で何も出来ずにいる不安も有るようだ。

 どちらも、PAの主である丘崎にしか分からない程度の弱い思考だ。


(ま、この状況に至ってしまえば、俺達個人が出来る事はもうほとんど無いからな。ニコさんの計画通りに事が進んでも、当日は精々一兵として動くくらいしか……)


 会議の進行自体はきっちりと把握しながらも、丘崎は肩の力を抜き、椅子の背もたれに身体を預けた。

 その時だった。

 

「お茶入れたわよー」


 部屋のドアが開かれ、お茶や菓子等を乗せたサービスワゴンを押した1人の少女が入って来た。

 丘崎は目を見開く。

 高校生くらいの少女は黒髪黒目で、学生用のジャージらしきものを着ていた。


(転移型セトラーか……)


 驚く。が、それも大きな物では無い。

 しばらく前の隠遁者ような生活をしていた頃はともかく、本格的にこの世界の社会に出て見ると、同類(セトラー)を見かけるなんてことはいくらでも有り、いかに普遍的な存在なのかを嫌でも理解させられていた。

 流石にその、ゼッケン付きのジャージはどうなのかとは思うが。

 丘崎がぼんやりと給仕をする少女を観察する。

 どうやらこのセトラーの少女はイルマやトゥレス以外の者とは親しい仲のようで、お茶の入った湯呑みと羊羹を乗せた皿を配る度に気安い態度で挨拶している。

 イータオは妙にかしこまって礼を言っているのが印象的だった。

 どういう立場の者なのだろうか。と考えたところで、


(ん? ここ魔窟の中の部屋借りてるんじゃ無かったっけ?)

 

 魔窟によっては人を雇い入れたりすることも有るのだろうかと、丘崎は首を捻る。

 少女が、ハロルドの席まで来た。


「ふふ、ありがとう」


 置かれた茶と菓子を見て、柔らかく微笑んで礼を言うハロルド。

 しかし、少女は妙に冷めた目で彼を見て、


「いてぇっ!」


 後ろからばしん、と音が鳴るほど、強くハロルドの両肩に手を叩きつけた。

 

「あででででっ! やめてーっ!」


 ぐにぐにと力を込めて肩の付け根を揉みながら、少女は口を尖らせる。


「なあに澄ました顔してかっこつけてんのよあんたは。ちゃんと仕事してんでしょうね! ……意外と凝ってるわね」

「ちょ、ちょっと綾香さん! 駄目ですよ! 勘弁して下さいよ! ちゃんと仕事してますし、今はアレですから! 部下とか市民の方の前ですから!」

「部下って言ってもどうせ()()っちやサレルノ君だし、よー子ちゃんとか東山君が市民でしょ?」

「ほ、ほら! あの3人は知らない子たちでしょう!?」

「ん? んんん?」 


 力任せに肩を揉まれて抵抗するハロルドが、丘崎、トゥレス、イルマの3人を指し示す。

 それに従って胡乱な視線を向けた少女の表情が変わる。

 

「あ、あ、あああ」

 

 わなわなと口を震わせ、揺れる指が1人に向いている。


「生丘崎君じゃん!」


 少女が叫んだ。


「……生?」

 

 変に物々しい前振りの末に珍妙な形容を名前に付けられ、丘崎が顔を歪ませた。

 他の面々からも、何言ってるんだこの人、みたいな視線が注がれる。

 唯一人、反応の事情を知るニコラウスは視線を明後日の方へ向けていた。











 茶と菓子を持ってきた少女、大沢綾香は、あの後しばらく会議の様子を見学していたが、やる事の無さそうな丘崎、トゥレス、イルマを畳敷きの別室に連れて来ていた。

 勿論、会議を続ける五人に許可を取り、丘崎を連れて行って〈対界侵蝕〉が解除されないことは確認している。


「――こうして、転生太郎は見事ハーレムを築き上げて成り上がり、〈源世界〉式内政で世の中を豊かにして幸せに暮らしましたとさ。おしまい」


 情感豊かにトゥレスが語り終えた。


「ほー」

「……面白かった」


 トゥレスに5、6歳程の男の子と、その一つか2つ年下らしき女の子が纏わり付いていた。

 

「にーちゃん! もっと、もっと何かお話して!」

「……」


 男の子は語られる話の内容に興奮して目を輝かせ、女の子も無言ながらトゥレスを見つめ、服を掴んでいる。


「おうおう。そうだな。それじゃあ今度は〈婚約破棄子の逆ハーライフ〉を――」


 せがまれ、嬉しそうにトゥレスがまた物語を聞かせ始める。

 彼の話はこの世界では良くあるセトラーの物語であるが、語り手によって設定は大体同じだが登場人物や展開が微妙に異なっていた。

 つまり、語り手の裁量次第という伝記としては致命的というか問題外の欠点を抱えているのだが、それはそれとして受け入れられる文化的な土壌が存在していた。


「慣れてるわねー」

 

 その子供達をあやす姿を見て、丘崎とイルマとちゃぶ台を囲んでいた大沢が言う。


「トゥレスは前世で曾孫までいたって言うからそれででしょうね。仕事前の待ち合わせに行ったら近所の子供に群がられてた事も有ったし」

「なるほどねー」


 ばりばりと煎餅を齧りながら大沢が言う。


(ゼッケン付きジャージ姿の女子高生(推定)が畳部屋でちゃぶ台に頬杖ついて煎餅食ってるよ……)


 自分がいるのがファンタジーじみた世界であることを忘れそうになるその光景に、丘崎は半眼にならずにいられなかった。


「食べる?」


 見られている事に気付いた大沢が、新しい煎餅をちゃぶ台の上のカゴから取って差し出してくる。

 

「……頂きます」


 微妙な笑顔で受け取り、一口齧った。


「丘崎君、意外に礼儀正しいね。若いセトラーだって言うから、もっとヒャッハーなタイプかと思ってたわ」

「ヒャッハーて……。というか今更なんですが、大沢さんはどうして俺のことを知ってるんですか?」

「ん? 東山君から聞いてない? 私ここの魔窟主(ボス)なんだけど」

「ええっ!? 奥方様ってそうだったんですか!?」


 丘崎でなく、イルマが声を上げた。

 大沢が領主夫人であることは知っていたが、魔窟主であることは知られていなかった。

 

「奥方様!? え、何、既婚者!? 大沢さん女子高生じゃないのか!?」 


 丘崎はさらに混乱して叫んでしまう。


「この方は領主閣下の奥様ですよっ! トゥレスさんがあやしてる子達は御子息御息女方ですよ!?」

「うそぉっ! まじかよ! あのナイスミドルのハロルドさんの奥さん!? 犯罪ロリじゃないのかそれ!?」

「い、いえ。奥方様は私が生まれた時にはすでに今の風貌だったそうで、長寿系PA持ってるセトラーなんじゃないかって……」


 イルマはそこまで言って、ふと気付いた。

 ぽん、と掌に拳を落とし、


「あー、そっか。長寿系PAじゃなくて魔窟主だから昔から歳を取らなかったのですか」

「正解。表向き普通のセトラーってことにしたけどね。社会との共存を選んだ魔窟主でも、この世界への理解が足りない新参のセトラーとかには無差別に狩り殺そうとしてくる奴もいるから」

「そういう事もあるんですか。物騒な……」


 丘崎が嫌そうに言う。

 その理由は色々な所で聞く同類セトラーの蛮行の例に対しての不快感だ。


「まあ、私はこう見えて結構な大物にもツテが有るし、身を護るのには苦労してないからそこまで警戒する事は無いんだけど、一応ね」


 大沢が言う。

 表情も声も平然とした態度を装っていたが、


(ぜ、絶対言えない。犯罪案件ロリどころか押し倒されて受け入れちゃったのが298歳の春で、その時のハロルド××歳だったなんて……! ショタがどうこうってレベルじゃない……!)


 内心ではそんな事を考えていた。











 巧妙な語り口でほのぼの展開の優しい話を聞かせ、子守唄でも歌ったかのように子供達を眠りに引きずり込み、タオルケットをかけてやったトゥレスがちゃぶ台の方へ戻ってくる。

 

「いやあ、悪いわね。うちの子たちの相手してもらって」

「なーに、儂も孫共の事を思い出せて楽しかったぜ。んで、向こういたから話ちゃんと聞いてなかったんだけどよ」


 そう言って丘崎の方を見る。

 説明を求めている目だ。


「大沢さんは転移型セトラーで、〈泥の魔窟〉の魔窟主で、領主のハロルド氏の奥さんで、ニコさんとは友人。大体こんな感じだ?」


 丘崎がトゥレスが離れている間に聞いた情報をまとめて言う。


「〈泥の魔窟〉って、丘崎が通ってるとこだっけか?」

「そだよー」

「……何かタイミングを逃してたんですが、毎朝お世話になってますというか?」


 丘崎が頭を掻きながら曖昧に言う。

 早朝に〈泥の魔窟〉を数周回るのは日課の域になっている。

 大沢が丘崎のことを知っていたのも、珍しく自身の領域に通い詰める冒険者だったので当然だと言われれば納得したし、丘崎の方も行き着けの仕事場の主として見ると他人と思えなくなるのは確かだった。


「新規ルートやシャワー実装とかも、もしかして大沢さんですか?」

「あはは。じゃ唯一のお得意様だしね」

「いやあ、大変快適になっています。ほんと有難うございます」

「いーのいーの。正直久しぶりにまっとうな仕事しただけだし、たまに出て来るチーレム志望少年でもないようだし、サービス追加した側としても気分いいしねー!」

「ち、ちーれむ? チーかまの親戚か何かか……?」


 聞き慣れない言葉に困惑する丘崎だが、大沢はけらけら笑うだけ。

 トゥレスは内心で、


(チーレム物にはチーレム物の面白さも有ると思うけどなー)


 そんなことを思いながら茶を啜っていた。 

 

「話変わるけどさ、今日君達どういう話してたの? 随分な面子で集まってたけど」


 唐突に大沢が聞いて来る。

 好奇心を剥き出しにするその表情は、噂話が好きな少女というよりも井戸端会議のおばちゃんに近い印象を与えて来る物だった。

 丘崎はちらりとトゥレス、イルマと視線を合わせるが、


「儂らじゃ判断出来ねえだろ」

「私もそう思います」 

「……だよな、少々お待ちをー」


 丘崎はそう言って、別室で会議を続ける5人へと意識を向けた。


(こちら休憩室の丘崎です。大沢さんが今回の会議関係の事情や背景を知りたいようなんですが)


 PAを調節して思念を飛ばす。


(おおっ、何やこれ)

(うわぁ、普通の念話テレパシーみたいにも使えるとか超便利。ねね、冒険者引退したら役場就職しない?)

(なっ、葉子さん抜け駆けとか無いでしょ!? 丘崎君、市政にその力を役立てて見る気はないかい!?)

(閣下お待ちください。嘘を見破れて念話出来て〈寂壁〉仕込みの隠行使いですよ? ここは諜報課こそがその真価を――)


 騒ぎ始めた4人。

 丘崎としては再就職に困らなさそう程評価が高いのは有り難い話だが、PAに対して「所詮は貰い物」という意識が抜けないため、そればかりを見られてしまう複雑さで苦笑を漏らした。


(ま、君がまとめられる分には適当に話しちゃっていいよぉ。どの道大沢さんはハロルド氏から話引き出せる立場だし、黙ってても変わらないからねぇ)

(分かりました)


 ニコラウスの間延びした思念が許可を出すと、丘崎は自身との交渉権を巡って喧嘩する者たちから意識を逸らして遮断した。

 遮断といっても完全なものではなく、直接呼ばれたら分かるようにしている。

 ニコラウス曰く、特定のウィンドウのボリュームをミキサーで下げておくような物だ。

 その逆に、ニコラウスとの同調は強化する。


(うん? ちょっと同調がクリアになったけど、どうかしたかなぁ?)

(せっかくですから、部外者への事情説明のケースとして採点して下さい)

(勉強熱心だねぇ、良い事だけど。分かったよぉ)


 丘崎は大沢に向き返り、


「実はですね――」


 ウィケロタウロスに迫っている危機と、別室で進むその対策等について説明していった。

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