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中古系異世界へようこそ!  作者: 高砂和正
2章 黒の猛禽たち
28/57

28 一夜明けて日曜日

 トゥレスの丘崎との飲みは何時も週末。土曜の夜だった。

 その帰りに拾われたイルマが目覚めたのは、日付が日曜に切り替わる頃。

 トゥレスと話し、雑炊を与えられ、全裸を見られた事が判明して放心。

 現実逃避のようにそのまま再び寝ようとした。

 が、上体を戻すのも激痛が伴ったため、見かねたトゥレスに介助される羽目になってまた恥ずかしかった。

 二度寝のような物だったが、精神的にも疲弊していたイルマは泥の様に眠った。

 










 横になったまま目を開けると、毛布代わりに毛皮を繋いだ物を被ったトゥレスが部屋の壁にもたれて座っていた。

 布団を借りてしまって悪いな、とぼんやり思う。

 トゥレスは塔のように積まれていた本の一冊を左手で開き、親指でページを送っている。

 ほう、と溜息が出る。

 穏やかな顔で本を読むトゥレスは絵になった。

 しかし同時に、


――あの子、1人で本読んでニヤニヤしてるの気持ち悪いよね?


 小学生の頃、ある同級生の男子を見てそう言って来た転生者のことを思い出して何とも言えない気持ちになった。

 その感覚に理解も同意も出来ず、悪い事をしてる訳でもないのだから他人の好きな事に文句付けない方が良いと注意したが、嫌われたのか彼女とは疎遠になってしまった。

 中学ではセトラー同士でつるみ、協力して〈源世界〉知識で一攫千金を狙っていたらしいが、尽く既出の内容で、最終的には特許を所有するセトラーに訴えられたとかで揃って中退していった。

 今の彼女はどうしているだろう……。

 

「おう、お嬢ちゃん起きたか。おはよう」


 イルマが起きた事に気付き、読んでいた小説を持った左手を上げてトゥレスが言った。


「……おはようございます」


 挨拶に応じると、トゥレスの右手側に有った用途不明の水槽の様な物に水が張られていることに気付いた。

 水槽内には網に入った何らかの草のような物が沈められ、その側面の穴に茶色いホースが通っている。

 ホースの水槽側は底に沈められ、外側は先端に煙管のような物が取りつけられていた。

 トゥレスは右手に持っていた煙管モドキを咥え、ゆっくりと息を()()()()()

 呼気は水槽内側のホースの小孔から出て、いくつもの泡に変わる。

 泡が水面に上がり弾ける度、室内に香草のような独特の芳香が広がった。


「これは……?」

()(やく)吹きっつう物だ」


 トゥレスはそう言うと、今度は部屋に満ちた香りを鼻から思い切り吸い込んだ。

 そして、また吹く。

 

「お嬢ちゃんも吸ってみな?」

「……」


 従って見る。

 鼻から、吸う。

 気管から肺へ。


「わぁ……」

「良い香りだろう?」

「はい。それに、これは〈水気〉ですか?」

「おう」


 部屋に満ちる空気は〈水気〉が強くなっており、黄精人種(ノーミィ)のイルマとは反発するはずだったが、吸えば爽やかな香りと共に体の痛みが和らぐような気がした。

 

「何か、少し楽になりました」

「鎮痛の乾薬草を沈めてるからな。儂の脚の痛みにも良いんだよ」


 トゥレスはそう言って、空気を吸っては吹き口に吹き込むのを繰り返す。

 イルマも真似て、空気を吸い続けた。


「……!」


 ふと、気付く。

 

(不味い……!)


 彼女の体は揺らめかせるだけで痛んだ。


(と、トイレに……!)


 起床時特有の強い尿意を感じていた。

 血の気が引く。

 自力で起き上がり、トイレにまで行くのは相当辛い。というか無理だ。

 ならば、またトゥレスに手伝ってもらわないと行けない。


(あ、ああ……。でも、すごい言い辛い! 女として! いやもう何もかも見られちゃってるんでしょうけどそれでもこうどうしても譲りたくない一線がまだ)


 顔色を変えているイルマに、トゥレスの方が怪訝な顔をする。


「……どしたよ?」

「いえ! 何でも無いです!」


 眉間に皺を寄せ、脂汗を吹きながら否定するイルマ。

 そんなわけ無いだろうとトゥレスは首を傾げる。

 膨らんだ布団がゆらっと動くのが見えた。

 イルマの腰の辺り。

 

「ああ」


 トゥレスは大まかに察した。

 腰を上げ、


「ちょっと待っとけ。尿瓶の代わりに成る物を」

「ノォオオオオオオオオオウッ!!」


 絶対的な拒絶だった。

 何故か英語だった。

 顔を赤くしたイルマが目を血走らせて睨んできている。


「だ、大丈夫だって。儂はこれでも前世でかみさんが逝くまでバッチシ老々介護してのけたんだぜ?」

「そういう話じゃないですよ! 無理です! これ以上殿方にそんなことされるとか絶対無理! 手を貸してくれるだけで良いですから!」


 イルマは叫ぶだけで痛む体に耐えながらも、主張を変えなかった。











「んぎぎぎぎぎぎがががががががががが!」

「おい大丈夫かよ……」


 イルマは立ち上がっただけで涙目になる。

 トゥレスはそんな彼女に肩を貸していた。

 

「ふーっ……、ふーっ……」

「やっぱ桶か何か用意した方が良いんじゃねえかと思うけどな」

「こ、これ以上の辱めはマジ勘弁ですから……!」

「辱め扱いか……」


 トゥレスは苦笑する。

 わずか数メートルの距離が酷く遠い。

 牛歩のすり足だった。


「んで、保つか? 便所まで」


 肝心のことを問うと、イルマの顔が絶望に変わる。

 正直、いつ漏らしてもおかしくない感じがしていた。


「……仕方ねえなあ」


 トゥレスが溜息を吐いた。


「今から痛覚を外す。けど、調子に乗ったら地獄見るからな?」

「外す? どういうことです?」

「……〈(きず)(かい)〉」


 トゥレスは自身の保有するPAを呼んだ。

 彼は転生時に〈影法師〉と同時にもう一つのPAを得ていた。

 目に見えるタイプのPAではなかったが、イルマは〈神威〉による干渉を感じた。

 それは、確かに発動していた。


「痛くねえだろ?」


 言われて、イルマはハッとして自身を体に触れる。

 

「……はい!」

「今使ったのはな……」


 トゥレスが続けるより早く、イルマはトイレに駆け込んで行った。











 イルマがトイレから出て来た。

 尿意から解放されたことによる安堵の表情だった。


「助かりましたぁ……」

「……良かったな?」


 歯切れ悪くトゥレスが言う。

 痛覚から開放されて気を抜いたイルマへの呆れ、そして申し訳無さも含んでいた。


「あんな凄いPA持ってるなら、もっと早く使ってくれも良いじゃないですか」

「凄い、と言える物じゃねえんだよなあ」

「どういうことです?」

「とりあえず、ゆっくり布団に戻れ」

「ええ? でも、もう動けるようになりましたよ?」


 イルマはそう言うと動いて見せようとするが、


「良いから! ……ゆっくり戻れ」

 

 トゥレスの険しい口調と目つきに遮られ、従う。


「ほれ」


 布団に戻って横になったイルマに、トゥレスは巻いたタオルを差し出した。


「タオル? 手はちゃんと拭きましたよ?」

「咥えるんだよ」

「へ? んぐっ!」


 顎を掴まれ、歯を傷めぬ様にして口腔に押し込まれた。


「歯を噛み砕かないためにな」


 どこか暗く感じられる調子で、トゥレスは言った。


「……〈傷飼〉解除」

「? ……!?」


 イルマは全身に走る痛みに歯を食いしばる。

 しかし、口に突っ込まれたタオルが舌や歯を守った。

 何もせずとも感じていた痛みが、圧縮して押し寄せてきたような激痛だった。

 目を見開いて涙を浮かべるイルマに、トゥレスはあまり優しく無い目を向けていた。


「儂の〈傷飼〉はダメージを先送りする能力だ。あくまで先送りであって治すわけでもないし、解除すればこうして一気に()()。痛覚封鎖の神令(コマンド)みてぇな芸当も出来ねえ」


 叱る様な口調で説明し、声を出せずに悶えたイルマの口からタオルを抜いてやる。


「ぷはっ……。う、うう……。ぜ、全身すっごい痛いです……」

「警告したのに言うこと聞かねぇからだ」


 溜息交じりにそう言うと、再び自分の座っていた壁に背を預け、霧薬吹きに息を吹き込み始めた。

 空気に鎮痛効果を持つ〈水気〉が巡り始める。

 いくらかイルマの顔色がマシになったのを確認して、左手に小説を取った。

 この部屋に大量に置かれた本のほとんどが小説だ。

 冒険譚も有れば、恋愛物も有る。

 10代向けの物から、文学作品まで。

 全てこの世界で発行された物だが、中には〈源世界〉を舞台にした物語まで有った。

〈源世界〉に憧れるこの世界生まれの者が書いた作品に、郷愁に駆られたセトラーが綴った〈源世界〉あるある満載物語などなど。

 有る程度余裕が出来れば買っては読み、買っては読みと繰り返している。

 実の所、晩年こそ曾孫に付き合って大量に読んだが、前世ではそれ以前だとあまり本を読まなかった。

 それが今ではまるで止める気にならない趣味になっていた。


(分からんもんだ。……もしかしたら、前世の未練かも知れねえけどな)


 弓ダコだらけになってもすらりとした印象を崩さない指でページをめくりながら、そんなことを思う。


「あの……」


 未だ鈍痛を感じながら、布団を被ったままのイルマが声をかけた。

 きりの良いところで栞を挟み、積んだ本の塔の上に置く。


「どうした?」

「今更ですけど、助けてくださって有り難う御座いました」

「……ま、気にしなくて良い」

「ですが」

「『困った時はお互い様』だ。お嬢ちゃんだって、逆の立場だったらそうしただろ?」

「それは、もちろんですが」


 迷い無く答えるイルマ。

 髪の毛ほどの躊躇いも無かった。

 それを見て、トゥレスは内心で複雑なものを感じていた。


(これだ)


 溜息をつきたくなる。


(全く、この世界で育った者は素晴らしい)


 憧れるように、羨むように、嘆くように、


(……儂等(セトラー)とは、違う)

 

 恥じるように、トゥレスは思った。

 多面的な劣等感に刺激されながら、トゥレスは話を変える。


「……これからの方針なんだけどよ」

「はい?」

「儂はギルドに所属してない冒険者だから長期の保護は難しい。ウノの奴の情報網に対抗出来る存在に頼るのが良いと思うんだけどよ、お嬢ちゃんあては有るか?」


 振られて、イルマは考え込む。

 現状を、彼女の()()()()()に伝えなくてはいけない。

 報告しなければ行けない情報も有している。

 故に、彼女がまず頼るべき、保護を求めるべき対象はそちらであることが望ましい。

 が、 


「……正直、〈鷹羽〉に情報が漏れないという条件で考えると候補が潰れて行くんですよね」

 

 弱った顔でそう言った。

 トゥレスは苦笑する。

 それも仕方ないことだと良く知っている。

〈鷹羽〉の情報網は異常だ。

 正確にはウノ・イェーガー単体での情報収集能力が異常に高いのだ。

 ウィケロタウロス内ではどこに彼の耳が有るか分からなかった。

 

「一応、知り合いで戦力もコネもそれなりに持ってるギルドが有るんだけどよ、明日もそこ所属の奴と一緒に魔窟の探索する予定なんだ。話しして、支援してもらおうと思ってる」

「……信用出来るんですか? そこ」

「〈鷹羽〉関係で煮え湯を飲まされた事の有るギルドだ。意趣返しを望んでいるかはともかく、儂やお嬢ちゃんを売ることはねえだろうと思うぜ」


 しばしイルマは思案する。

 だが、彼女自身が身動き取れない以上、他に選択肢も無いだろう。

 覚悟を決める。


「分かりました。そちらでお願いします。……ところで、どこのギルドですか?」

「最近まで〈鷹羽〉に晒されてたって話だから、知ってるんじゃねえかな?」

「ん? ……そこってもしかして」

「〈便利屋〉の東山ニコラウスが率いる〈変り種〉だ」


 イルマは酷く複雑な表情をして見せた。

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