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中古系異世界へようこそ!  作者: 高砂和正
1章 駆け出せない冒険者
21/57

21 〈蟲の魔窟〉 後

「『かぜふくそらにいくさのよ よんせになってしろかみののろい きゅうじゅうきゅうのいのちをくうけものはひゃくになる しろくろよろいがひざをついた ひとりばんせまわってきえる』……」


 高速で紡がれる詠唱。

 言霊に練られた凄まじい〈神威〉、〈霊威〉、そして〈界威〉

(ろく)(じょう)(けん)〉に魔力が集束していく。

 上位冒険者としてそれなりのキャリアを持つおらんとイェンロウにも、これまで感じた事の無い領域の力だった。

 

「在らしめろ。〈フォルトライザー〉」


 この世界で1人しか使い手のいない魔法が、天に向けて放たれた。

 

 そして返答が降り注ぐ。











 フタエアシオオグモが崩れ落ちる。

 そして、おかざきも崩れ落ちた。

 頭胸部と腹部を切り離され、脚をバタバタさせる蜘蛛の向こう側に腰を下ろして、息を荒くしていた。


(無茶苦茶怖かった……。本気で死ぬかと思った……〉


 噴き出す汗を拭うと、丁度リインが駆け寄り手を伸ばして来ていた。

 その手を掴み、遠慮なく体重をかけて立ち上がる。

 そういえば、出会った次の日にリインの組み手が有った時は逆の構図だった。

 息を荒くしてへたり込んでいるところまで。

 

(確かに、多少なりともやれるようになったってことか……)


 ギリギリだった。

 慢心はしない。

 だが、リインが言った様に、


「……助かった。〈対界侵蝕カイモン〉の感応無しであそこまで合わせてくれると思わなかった」

「始の方も足場にすることに気付いてくれたじゃないか」


 表情自体は冷めた笑みに見えるが、わずかに照れた様子で言うリイン。

 お互い、成功したことに安堵していた。

〈対界侵蝕〉の感応能力によるサポートは戦闘時の連携において非常に有効だが、慣れ過ぎるとそれ無しの場合の対応力が身につかないのではないかと考えていたのだ。

 これまで不安が有る状況では迷わず利用していたため、逆にぶっつけ本番でも互いの意図を読み合う事が出来たのは幸いだった。


「あっちは?」

「マスターが行けって言ってたから、対応は出来てると思……」


 絶句した。


 2人が振り返った時、大量の緑色の閃光が蟲の魔物たちに降り注いでいた。

 通常の魔法を弾く甲虫系の蟲たちまで光に貫かれ、体液を噴いて沈んでいく。

 近くの樹木も巻き添えにして抉り倒す。

 ニコラウス、お嵐、イェンロウの3人以外、生き物達が(ことごと)く葬り去られてていく。

 至近のお嵐もイェンロウも視界を満たす破壊に脱力し、盾や弓を構えずにだらりと両手を下げていた。

 それほど圧倒的な光景だった。

 しかし、やがて光も降り止む。

 丘崎は空を見上げた。


「なんだあれ……」


 空から、巨大な黒い機械が生えていた。


〈源世界〉のアニメにでも出て来そうな意匠の、銃のような塊を持ったロボットの腕だった。

 緑の光はあの銃のような物から放たれたのだろうか。

 何故か、丘崎の心の底でそれを不吉な物だと感じた。

 以前アブドラが読んでいた新聞をちらりと見た時に感じた物と同種の感覚だった。


 その腕は丘崎が視認してからすぐ、幻の様に消えていった。

 

「マスターの魔法だね。1種類につき1日1回しか使えないらしいから何時もは出し惜しみしてるけど、使ったのか……」

 










 討伐適正を超える巨大蜘蛛を見事な連携で倒した少年と少女。

 そして二人の間に見える信頼関係。

 冷静な少女という触れ込みのリインが見せているはにかむ様な笑み。

 駄目だな、とお嵐は思った。

 ニコラウスの凄まじい魔法を見て弱気になったのも有っただろうか。

 この探索が終わったら、残念だがマーティンにはリインを諦めるように言おうと思った。

 丘崎とリインがそういった関係なのかはともかく、今までリインがマーティンに対して見せていた反応は噂通りの親密な物では無かった事も有る。

 誰かが先走ったか何かで流れた情報だったのだろうと思い、視線を当のマーティンに向けた。


「とどめも差さずに何やってやがる!」


 顔を歪ませたマーティンが叫んだ。


「死ねぇっ! 〈ジェノサイダー〉!」


 マーティンが大出力の神令(コマンド)を放つべく、〈神威〉集束する所を見た。

 明らかにもう動けない蜘蛛に向けられた、丘崎やリインも巻き込む射線だった。

 お嵐は絶望した。

 部下が、魔窟内でパーティメンバーを殺害してしまう。

 止められない。

 その行為で自ギルドにまで及ぶであろう結果までが頭を過ぎる。


「『すてられたこにかごをあたえるかみはなし えさのおにごとむさぼるみつかい いつわりをへぬまことはなく ひとりよがりなきまこともなく あおとあかをまぜるとむらさき』」


 そして聞いた。

 背後から、先程と同じ凄まじい魔力の言霊を。 


「……〈ヴァンパイアラバー〉」


 青い燐光を纏い、残像を生む程の速度でニコラウスが射線に割り込んでいった。











 丘崎は破壊の魔力を浴びてボロボロになった中巻柄の両手剣(ツヴァイハンダー)を拾い上げた。

 べきん、と音を立てて刀身が折れた。

 自重のみによってであった。

 これは、流石に修理どうこうという話ではないとため息を付く。


(新調するとまた五十万サクルか。……借金増えるなあ)

 

 貴重な素材を含む蜘蛛の死体は今折れた両手剣と同じくボロボロになってしまっていた。

 これでは、蜘蛛を解体して出る素材や産物(ドロップ)を売りさばいての臨時収入も望めないだろう。


(何てもったいない)


 フタエアシオオグモは狩れる戦力が有るならばだが、サブボスまで倒した時の攻略報酬(クリアボーナス)が美味しく、道中の不味さが目立つことで知られる〈蟲の魔窟〉のオアシスのような存在だったのだ。

 丘崎はがっくりと肩を落とした。 


 あの時、ニコラウスが丘崎とリインの前に割り込んで来た。

 ニコラウスが突き出された両手にぶつかり、前に傘を開いたような形で〈神威〉が散っていく。

〈ジェノサイダー〉は非常に強力な神令(コマンド)だが、切り札の魔法の一つを使ったニコラウスは〈神威〉の奔流を正面から抑え込んで見せた。

 マーティンは必殺の神令を無効化された事に酷く動揺していたが、再度神令を放とうとしたところでイェンロウに殴りつけられて昏倒していた。


「いやあ、済みませんね。うちの子たちを助けてもらって」


 ニコラウスはにやにやしながら、マーティンを殴り倒したイェンロウに頭を下げた。

 丘崎は折れ落ちた両手剣の刀身を拾い上げながらそちらに目を向けた。

 イェンロウは渋面を作り、何も言わない。

 言えないだろう。

 それを分かって言っている。


「ひ、東山、その」


 部下の凶行に動揺し、お嵐が声をかける。


「まさか、ここまで大暴れしてくれるとはねぇ。いやはや、想定外だ。方向性自体は想定通りだったけどねぇ」


 歌うように、ニコラウスは言った。

 その顔には意地の悪い物が浮かんでいる。


「何を、どういうことや。自分、マー坊がこんなんするて分かっとったんか!?」

「分かってた……? あぁ、分かってたよぉ? まさか別の意味で狙ってるリインまで巻き込む形で神令を撃ったのは予想を超えてくれたけど、トミーを背後から撃って来たのは想定内だったよぉ?」

「訳がわからんわ! どうしてマー坊がそんなんする必要が有るんや!?」


 顔を歪めて喚くお嵐を見て、ニコラウスはさらに顔を歪めた。

 ニコラウスからすれば明らかにマーティンにはその必要が有る人物だった。

 そもそも、隠されていただけでマーティンは明らかに他者を害することで快楽を得る類の人間だ。

 ウィケロタウロス全体でも、彼の行動による被害者は数え切れないほどの数となっていることは調べがついていた。

 他人を疑わない心、善性を信じる心は美徳だ。

 ニコラウスはそう思っている。

 だが、ギルドマスターで有りながらマーティンの本性に気付かず、野放しにしてしまったお嵐に瑕疵が無いとは言えない。


(……関わらなければ、普通の善いマスターだったかも知れなかったけどね)


 本心から残念に思う。

 顔には出さないが。


「だって、リインと一緒にいたトミーに嫉妬して捏造『晒し』してたの、このマーティン・デヴォニッシュ君その人だものぉ」


 ひたすら粘着質な敵意を含ませてニコラウスは言った。











 気絶したマーティンを拘束し、探索は中止。帰還することとなった。

 壁北の冒険者役場で真偽精査の魔法陣を借り、そこのロビーで職員立会い・記録の下で丘崎はマーティンとその取り巻きによる私刑、丘崎の行動として捏造されて流布されたきた事の一切を行っていないことを証言した。

 記録は役場で共有する文書として保管してもらうことを依頼している。

 冒険者役場を出る際、丘崎のことを悪評通りの人物だと思っていたと、何人かの職員や役場に居た冒険者たちに謝罪されたが、


「あははははははははは! 仕方ないですよぉ! 頭使わない人は声がでかいだけの情報でも真実としますからねぇ! いっやぁ、実はこれ既に壁南でも同様の文書作ってもらってたんですよぉ! でも仕方ないですよねぇ! 地元で活躍する大型ギルドのホープが流した情報相手じゃあ僕らみたいな零細が何か言ったって信用なんかされませんしぃ!? あぁーはっはっはぁー!」


 丘崎が済んだことなので気にしないで欲しいと言い出す前に、大声で、朗らかに、禍々しい皮肉を垂れ流すニコラウス。

 反論も出来ず、口の中一杯に苦虫詰めて咀嚼させられたような顔した職員や周囲の冒険者たちだけでなく、リインや丘崎までドン引きしていた。

 ニコラウス本人は実に楽しそうだったが。

 こんなことをするから恨み買ったり性格悪いとか言われるのである。

 真実を知った〈魔絶の刻印〉の二人の顔色は、既に凄まじいものになっている。

 正直、丘崎とリインはこれ以上は弱い者いじめのようで気分が悪くなってきていた。


「ニコさん、俺、もう帰っても良いですかね?」

「マスター、私もちょっと疲れた。一緒に帰らせてもらっても良いかい?」

「うぅん、まぁ今日のとこは……」

「待って!」


 ニコラウスが応える前に、お嵐が引き止めた。


「その、丘崎はん、ホンマ申し訳ない」


 丘崎は既に「富田雲仙(トミー・タウンゼン)」が偽名であることは明かしている。

 セトラーであること、そしてそこから来るPAへの警戒を避けるためだったので、もう必要が無かったのだ。


「フォルクレさんはさぁ」


 謝るも、ニコラウスに名を呼ばれて肩を跳ねさせる。


「謝って、それからどうしたい? あのクソガキを」


 ニコラウスはもう笑っていない。だが、目は冷たい。


「それは、反省させて、謝らせて」

「……お嵐。それじゃあ、無理だろ」


 イェンロウが首を振る。

 他ギルドとの合同探索で現場放棄、独断専行、パーティメンバーへの加害行為だけでも役満のレベルである。

 罪の無い相手への暴行に加え、長期間に渡る捏造の『晒し』が真偽精査の上で役場に記録が残されてしまったのだ。

 弁護の余地が無い。

 役場にいた不特定多数の冒険者達にもそれを知られてしまった。

 その上、ニコラウスは丘崎以外の被害者の存在を示唆する発言をしていた。

 その詳細を語りはしないが、今日明らかになったマーティンの丘崎への行動を考えると、そこに関して嘘をついて来るとも思えなかった。


「やけど……」

「オカ君はどうして欲しい?」


 ニコラウスは次に丘崎に振った。


「……俺は」


 丘崎は顎に手を当ててしばし思案する。


「今も流されてる俺と〈変り種〉の捏造された悪評。そっちのギルドの力と責任で撤回して、マーティンがやった行為を公表してください」

「そ、それは当然」

「嘘を信じた全ての人が、真実を認識するまで」


 丘崎は冷たく言った。まともに考えれば飲めないことを分かった上で。

 事実上、永遠に終わらない事をし続けろというのだ。

 しかし譲ることも出来ない。

 悪評は丘崎だけでなく、〈変り種〉についても流されているのだ。


「待ってくれ! そんなんしてたらマー坊もうちのギルドも()()んなってまう!」


 当然、お嵐が焦った声を出す。


「うちも散々有りもしないこと流されて大変だったんだけどねぇ?」


 しかし、ニコラウスはそれを潰す。


「まぁ、うちは人少ないから構造上大して問題無かったけど、刻印みたいな大規模ギルドだと理由の無い暴行とその隠蔽、悪評を捏造した者を半年も抱えてのさばらせてたこと。それを延々言い続けなければいけないっていうのはダメージ大きぃだろぉねぇ。うちと違って事実だけど」


 へらへらと笑ってニコラウスが言うと、お嵐は俯いてしまう。

 甚振り続けるニコラウスに、丘崎はため息をつく。

 随分と楽しそうではあるが、正直言って丘崎はお嵐たち〈魔絶の刻印〉に対して悪感情が有るわけではない。

 このまま悩み苦しませる必要性を感じなかった。


「切れば良いんじゃないですか?」

「へ?」


 丘崎が言うと、お嵐は顔を上げる。


「マーティンとその取り巻き連中、そちらのギルドから蹴り出して切ってしまえば良いでしょう? 発見が遅くなったが、不品行を成したと分かったから追い出したと公表すればダメージは少ない。そして以後はギルドの敵として扱う形にすればいい」


 つまり、全てをマーティンたちに押し付けて完全に〈変り種〉の側につけ、と言っているのだ。


「そんなん、できへん。仲間切り捨てるやなんて」

「別にしないならそれで良いでしょう」


 丘崎は少しうんざりしてきていた。

 自然と声が低くなる。


「……虚偽の悪評を流して他者を貶めるような者を身中に入れたまま、自分達を自分達で追いこむか、切り捨てて無関係と言えるようになって、俺達と一緒に追い込むか。好きなほうを選べばいい」


 苛立ちを絡めた口調で二択を迫る。

 顔を歪めるお嵐。

 葛藤しているのだろう。

 今はまだ仲間である者を切り捨てることについて。

〈源世界〉に居た頃の丘崎なら、集団のトップが非情に成りきれないのは問題だと思っただろが、今はそれを即断出来ないお嵐をあまり責めたくなかった。

 

 ベネットが調べてきた、マーティンの悪行の詳細は丘崎も知っている。

 お嵐もそれを知れば、流石にどうしようもないことを理解するだろうが、ニコラウスから今はまだ黙っているように言われていた。

 それが、最後の『仕込み』なのだという。


「やって『当然』だと、フォルクレさん自身が言ったことを遂行するなら、そのどちらかになるでしょう?」

  

 お嵐がそこで非情に成りきれない精神性を持つ人物だったからこそ、ここでマーティンと心中するような選択をさせまいとしていた。

 

「……始は、優し過ぎる」


 黙っていたリインが口を開いた。


「リイン、何が言いたい?」


 丘崎としては、むしろきつい事を言っているつもりだった


「彼女たちが筋を通さず、事実を公表しないような集団である可能性くらい想定すべきだ」

「そんなんせえへんよ!」


 最早悲鳴のような声でお嵐が言う。


「……私たちは〈魔絶の刻印〉の実態を知らないんだ。ギルド全体であのマー何とかの同類で、今はこう言ってるけど裏では支援していたかも知れないじゃないか。逆恨みして、今度は集団で今までより酷い事をしてくる可能性すら考慮する必要がある」

「うちらは……!」

「あなたが対応を渋り続けている今の態度は! 私の疑惑を強めることしかしていないって分からないのか!? あのマー何とかを野放しにして来た責任すら取る気が無いのか!? お嵐・フォルクレ!」


 リインはお嵐を追い詰める最後の一押しを言った。

 お嵐の美貌が歪み、俯く。


 そしてニコラウスはほくそ笑む。


 根が善良な〈魔絶の刻印〉のトップ2人は、今の状況に持ち込めば間違った道は選ばないと確信していたから。

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