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中古系異世界へようこそ!  作者: 高砂和正
1章 駆け出せない冒険者
20/57

20 〈蟲の魔窟〉 前

「今日はよろしゅうな」

「いやいやぁ、こちらこそぉ」


 集合場所である壁北の冒険者役場の前で、ニコラウスとお嵐が握手を交わす。

 お嵐はほっとしていた。

 ニコラウスがバーでの話し合いの時に見せた不穏な気配が無くなっていたのだ。

 リーダー同士で軽い打合せを行いながらも、お嵐は今回の他のメンバーにも気を配る。

 パーティに参加させることを求められた人物は、〈トミー・タウンゼン〉と名乗る基人系の少年だった。

 彼を連れて来た事を、ニコラウスはスロットレベルの功績値を上げさせてやるためだと言っていたが、実際の思惑は不明だ。

 本当にそうならわざわざ探索コンパで功績値を稼がなくても良いだろうと思っていた。それこそ、〈変り種〉の内々で『寄生』をさせてやればいいのだ。

 その程度、〈魔絶の刻印〉含む他所でも珍しくも無いことだ。

〈トミー〉はお嵐から観察されていることは気にしていないようだが、道行く人々から向けられる視線には居心地が悪そうにしている。

 顔立ち等の詳細は『晒し』には含まれていない情報だったが、ニコラウス、リインと同行している金髪の子供というだけで、例の「『寄生』を行った下位冒険者」に結びつける者は当然いたのだ。

 他の面子を見ると、イェンロウは腕を組んで目を閉じている。シカ型の偽耳殻は揺れているので気は配っているのだろう。

 リインとマーティンは何か話している。

 というより、マーティンが延々何か話しかけ続けているようだ。

 リインの方がそっけない反応なのは気にはなるが、お嵐は彼女のことは噂でしか知らないため、噂通りのクールな女の子なのだろうと判断した。

 

(頑張るんやで。マー坊)


 空回りしているように見える自ギルドのホープの恋の成就をそっと願った。

 

 









 トミー・タウンゼンという偽名はセトラーであることを隠すべくニコラウスが考えた物で、漢字で記せば「(とみ)()(うん)(ぜん)」となる。

 つまり、基人系の英語姓名風に聞こえる日本人名ということだ。

〈リミッター〉によって偽名を使うにしても日本の姓名しか使えないセトラーだが、「雲仙」という妙な名前も、DQNもといキラキラネームなる〈源世界〉の知識が有る丘崎ならば日本人名と認識して名乗る事が可能だった。

 自身がそういった名前を名乗ることになった時は遠い目になったものだが。


 (おか)(ざき)の名はマーティンや〈鷹羽〉が把握していなかったため表に出ておらず、これならば丘崎の風貌も相まって基人系にしか思われない。

 今の段階でセトラーであることを知られることの問題、特にPAの保有を悟られぬための策だった。











〈蟲の魔窟〉は異空間型の魔窟だった。

 転移魔法陣を入り口として、この世界に存在しない緑に溢れた山に移動させられると、その山そのものが一つの魔窟となるのだ。

 マーティンとイェンロウが前衛、リインが前衛寄りの中衛、〈トミー〉が後衛寄りの中衛、最後にニコラウスとお嵐が後衛についている。

 イェンロウが前線を支え、リインがイェンロウの抱えた魔物に魔力弾を撃ち込み、マーティンがスロット4に昇格したことで新調した創作世界の巨剣(グレートソード)を振り回す。

 その3人で既に前線は安定しているが、目立つのはマーティンだ。

 彼の振るう巨剣。

 白銀に輝く真新しいそれは、白魔鋼を扱うモギレフスキー社のオーダーメイド品である。

 次々に沸いて出て来る人間大のカマキリ、牛のような甲虫、大型の猛禽並みのガやハチといった多様な虫型魔物を切り捨てたことで、刀身に体液や鱗粉が纏わりついてた。

 甲中型はウィケロタウロスに有る高難度魔窟の雑魚としてはかなり硬い方だ。

その甲皮は魔法攻撃を弾きやすい特性を持ちながら、純粋に強度が高かった。

 だが、神令(コマンド)の強化した腕力で振り回される巨剣は、それをも切り伏せていた。

 並みの下位冒険者としての稼ぎだけではまず手に入れられないであろう逸品だった。


 後衛は随分暇だった。

 お嵐はニコラウスとともに適宜支援や回復を行っている程度。

〈トミー〉は今は目立った動きは見せていないが、時折クロスボウを撃っている。

 敵の目玉に一撃必中だとか、そういう高レベルな技術は持っていないようだ。

 だが、的確だ。

 タイミングが凄く良いとお嵐は思った。

 前衛の動きに合わせ、一発、確実に、邪魔にならないタイミングで魔物に打ち込んで動きを止める。

 何処かおっかなびっくりで、前衛のリズムを崩す危険が少しでもあると引き金を引かず、ことによると戦闘が終了した時にほっとしたように構え続けていたクロスボウを下ろすのだ。

 後衛から見ている司令塔役のお嵐だからこそ良く分かるが、盾役をしているイェンロウも気付き始めているようだ。

 最初はスロット1だということで不安に思っていたが、これはこれで規格外だ。

 動きはともかく、出してくる結果はサポートに徹したベテランのようですらあった。


 観察を続けていると、ふとニコラウスが前に出た。


「……」


 無言で鋼糸弦の大弩(アーバレスト)を掲げて見せると、


「……!」


 一瞬だけ視線を合わせた〈トミー〉は何も言わないまま、するりと動き出す。

 向かった先は、敵集団から少し離れた所にいるカブトムシ。

 既に壁役のイェンロウは3体の甲虫と1体のカマキリを抱えた状態だ。

 イェンロウの実力を熟知し、信頼するお嵐からすれば「何とかするだろう」と思うが、微妙な距離に居るあのカブトムシが突っ込んでくればいくらか苦労はするかも知れない。

 イェンロウを狙ってくる前に、手の空いている後衛が引きつけてやるのは良い手である。

〈トミー〉は前衛組に影響を与えぬよう音も無く側面に移動して、クロスボウを放った。

 現在の構成ではマーティンの巨剣でしか有効打を与えられない硬い甲皮に小矢(ボルト)は弾かれるが、それでもカブトムシは攻撃してきた〈トミー〉の方を向いた。

 赤い布を振られた牛の様に突っ込んでくるカブトムシに対し、武器をスロットの両手剣に切り替えて受け止めた。

 数メートル押し込まれるが吹き飛ばされることは無く、やがて止まる。

 踏ん張った〈トミー〉の両足は、川のように蛇行した軌跡を残していた。


(大した腕、いや脚しとるわ……)


 お嵐は半ば呆れたように感心した。

 元のデザインこそ節足動物ではあるが、ここの魔物たちはかなりの重量が有る。

 甲虫型の中でも最大級のカブトムシならば、ウシとは言わずとも、大型のイノシシの突進ほどには衝撃が有ったはずだった。

 真正面から受け止めるには腕力や体重が不足していたのを、衝撃を分散させる足運びでカバーして抑え込んだのだ。

 恐ろしく細やかな霊法(ゴースト)の操作をしていたのが、お嵐には分かった。

 そして、〈トミー〉は僅かに身をよじって「道」を開けた。


「上出来……!」


 ぼそりと呟いたニコラウスが放った鋼糸弦の大弩の矢は、隙間のような「道」を通り、カブトムシの複眼から入る形で頭部、そして胸部にまで潜り込み、一撃で絶命させた。

 

 お嵐はため息を吐いた。

 慣れてはいるだろう。

 叩き込まれもしたのだろう。 

 だが、似たような芸当の出来る下位冒険者が自分のギルドに何人いるだろうか。

 カブトムシが力を失うと、〈トミー〉が戻ってくる。

 拗ねたような顔をしていた。


「こんなとこで試さないでくださいよ」

「良ぃじゃないかぁ。実戦で出来てこそだよぉ?」


〈トミー〉は文句を言い、ニコラウスは笑って〈トミー〉の頭をかき混ぜる。

〈トミー〉の方の文句も、怒ったというにはかなり柔らかな声色だ。

 むしろ、それがコミュニケーションのようなものなのだろう。

 微笑ましくすらある光景。

 お嵐は苦笑した。

 提案に折れて良かった。

 そして、面白い新人と知己を得られるかも知れないと思って。


(こらもう疑うことは出来へんな。『寄生』どうこうっちゅうのも、捏造だったんやろうなあ)


 心の中でそう結論付けると、気を取り直して治癒魔法と支援魔法をパーティにかけ直した。


 その後、パーティは順調に探索を続けた。

〈魔絶の刻印〉の面々は慣れた魔窟であるため、十全に実力を発揮した。

 そして、ニコラウス以外は慣れない魔窟だったが、リインと丘崎も〈魔絶の刻印〉側の立ち回りをよく観察し、適応して見せていた。











 当初、失敗し慌てる彼らを颯爽と助けて実力を見せるつける。そんなことをマーティンは考えていたが、完全にアテが外れてしまった。

 腹立たしい事に、〈トミー〉とかいう下位冒険者までが無傷だ。

 その上、スロット1の分際で事有るごとにクロスボウで邪魔をしてくるのだ。

 周りの視線が有るのを良いことに、何をしても構わないとでも言うのかと、マーティンの思考が怒りに染まる。 

 彼は〈トミー〉がかつて自身が私刑にかけた相手であることに気付いていない。

 リインと肩を並べる事が出来て視野が狭くなっていたし、数ヶ月前に二度会っただけの子供の容姿なんてすっかり忘れていたのだ。

 彼が蛮行の対象とした相手は多過ぎた。

 無論、同一人物であると思いだせればさらに怒り狂っただろうが。

〈トミー〉がマーティンがかつて暴行を働いてきたことを努めて無視して、支援に徹していることにも気付かない。

 いや、気付かないというのは彼の名誉のためにも違うと言おう。

 既にマーティンは初見の〈トミー〉を憎んでいるからだ。

 憎さのあまり視界が曇っている。

 憎さが憎さを呼び、さらに嫌う。

『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』ということわざが有る。

 一度嫌悪した対象を、粗探しまでして嫌う努力をするのは、()()()()()ならば致し方ない事だろう。 

 最早〈トミー〉が息をしているだけで、「何を呼吸なんかしているのか」とでも言い出しかねないような精神状態に陥っていた。


 焦る。リインがいる。彼女がいるのにあまり良いところが見せられていない。

 今日、誰にも文句が言えないような実力を見せて、そして自分のギルドの方に移らないか切り出すつもりだったのに。

 焦りがマーティンの冷静さを削っていく。

 邪魔をしてくる〈トミー〉が苛立たしい。

 自分が前衛で、〈トミー〉が後ろから出てこないから潰してやることも出来ない。


(一歩でも前に出たら事故を装って敵中に蹴り入れてやるのに)


 嗜虐的な欲を満たす妄想に酔い、最高のコンディションで戦える状態から、心が揺らいでしまったその時だった。


 突如姿を見せた、大物。


 希少産物(レアドロップ)


 認定功績。


 そしてそれを得た自分のビジョン。


 全てを忘れてマーティンは駆けた。


 そう、忘れた。











 万一蜘蛛(こいつ)が沸いた時は、上位冒険者組で対処すると決めていたことを。

 そしてお嵐がこっそりと身内だけにかけてくれていた範囲強化界理(ワーシップ)の有効射程と、時間切れ近い自身の神令(コマンド)をかけ直すことすら忘れていた。 












「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 雄叫びを上げて突っ込むマーティンを見て、丘崎はまずいな、と思った。

 山中の洞穴から出現した巨大な蜘蛛には見覚えが有る。

 探索までの1週間、冒険者役場から借りて勉強していた〈蟲の魔窟〉の資料に有ったのだ。


 フタエアシオオグモという名だった。


 蜘蛛だというのに甲虫型の魔物並みの強度を持つ白い甲皮を全身に纏い、戦車のような巨体をしている。

 目立つのは名の由来である、普通の蜘蛛の倍、8対16本の足。

 そして猛毒の牙と腹部から放たれる強粘着性の糸が武器だ。

 10周して1体拝めるかという珍しい魔物であり、この魔窟ではサブボスに次ぐ強さを持っていた。

 中位なりたての前衛一人が無策に飛び出して狩れる様な相手じゃないはずだ。

 ニコラウスやお柚なら単独でも余裕で倒せるだろうが、今日これまで見た限りマーティンでは無理だ。


(パワーはともかく、腕が粗過ぎだ……)


 現に〈魔絶の刻印〉の二人は制止の声をかけているが、どうやら聞こえてない。

 最大の問題は、マーティンが飛び出した時、パーティが数十体にもなる蟲たちの大集団と交戦していた事だ。

 現場を放棄したマーティンが抜けた前衛の穴にはニコラウスが入っているが、その分の手数が不足している。

 治療役であるお嵐までもが、〈火気〉の魔法や取り出した弓で応戦していた。

 この状況で抜けられるのは、火力面ではまるで役に立てない丘崎だけだった。


 丘崎がマーティンの仕打ちを許せたわけではないが、今足を引っ張っても何にもならないと思っている。

 そしてどんなに憎くても、ただ見殺しにするわけには行かない。

 スロット1でも、おまけでも、今の丘崎は〈変り種〉の一員なのだ。

 余所のギルドとの合同戦闘で無様過ぎる立ち回り、情けない戦いは見せたくなかった。

 今のマーティンは策も無く正面から突っ込んでいっているため、今の位置から射撃で支援も出来ない。

 それに、あの蜘蛛の弱点は背にあるはずだ。

 丘崎はクロスボウをスロットに納め、中巻柄の両手剣(ツヴァイハンダー)を入れ替わりに展開する。


(一度、奴が蜘蛛とやり合うのはもう知らない。それで死んでも責任は取れない。だが……)


 マーティンが失敗することを前提に戦略を組み立てる。

 万一彼が倒してのけるなら、それはそれで良い。











 マーティンの巨剣が蜘蛛の足の一本に弾かれた。

 神令の切れた彼の体は、丁度お嵐の強化範囲を出たところで巨剣を支えきる事も出来なくなり、蜘蛛の前で力を失ってしまったのだ。

 

「しまった!」


 巨剣を手から離し、体が流れて尻餅を付いてしまう。

 血の気が引く。


(クソクソクソクソクソッ! 何でだああああああああああ! 誰か早く助けに来いいいいいいいっ!)


 彼は自分以外の全てを呪った。

 支援強化を使ってくれていた上役であるお嵐に責任転嫁すらした。

 目の前でぎちぎちと蜘蛛が牙を鳴らしている。


(何で俺が上手く行かないっ! 俺はっ、俺は成功すべき人間なんだぞおおおおおおおおおおっ!)

  

 にじり寄る蜘蛛。

 死への覚悟は無い。

 ただ怒りだけがマーティンの思考を満たしていた。

 そこで、大量の魔力弾が蜘蛛に命中して動きを止めた。

 既視感。

 弱いように見えるが、これは紛れも無くリインの魔法だとマーティンは分かった。

 かつて、ある魔窟でマーティンはリインに救われた事が有った。

 その時も、この五色の魔力弾だった。

 それがリインを自分の物にしたいと思った切っ掛けだった。

 マーティンにとって大切で美しい思い出だった。

 再び救われたことに喜びで振り返る。

 そこには魔法を撃ちながら駆ける〈トミー〉がいた。

 リインしか使っているのを見たことが無い、五色の魔力球を回転させる魔法。

 それから止まることなく魔力弾が放たれている。

 蜘蛛の意識が丘崎の方を向く。

 蜘蛛を中心に円を描くようにして走り回る〈トミー〉を、蜘蛛が追い掛け始めた。

 捨て置かれたマーティンは、何故お前がその魔法を使っているのかという思考で呆然としていた。











 逃げ回る丘崎は、伸ばされる巨大な脚を両手剣で弾き、ひたすら距離を取っては魔力弾を撃ち込むという戦いを繰り返していた。


「ぐぅっ!」


 数本の脚が一度に振るわれ、丘崎の身体が弾き飛ばされる。

 追い討ちの粘着糸を受けた左腕の盾を放り投げる。マウントした片手剣もろともどこかへ飛んで行ってしまうが、仕方ない。

 蜘蛛は姿勢を崩した丘崎に息もつかせず、再度突進してくる。


(速い!)


 丘崎は腰に付けた小矢を右手で引き抜くとそのまま棒手裏剣のように投擲し、左手を軸に魔力球を構築して連射する。

 小矢は小単眼の一つに浅く突き刺さるに留まり、魔力弾は指を編むようにして交差された前側の脚で受け止められていた。


(くそっ! 決定力不足がしんどすぎる!)


 両手剣を叩きつけて見たが、蜘蛛の足を切り落とすことも出来なかった。

 何とか足止めだけはしつつも、ジリ貧の現状だった。

 再び逃げ回りながら周りを見る。

 マーティンは尻餅をついたままこちらを睨みつけている。とっとと立ち上がって参戦して欲しいが、その様子は無い。

 他四人はまだ魔物の大群に対応しているようだ。流石にしばらくはこちらまで手が回らないだろう。


(一度は向こうまで蜘蛛を引っ張っていって纏めて始末してもらおうかと思ったが……、最悪両方決壊させちまうかもな……)

 

 しかし、このままでは丘崎も保たない。

 追い詰められた丘崎は、状況の考慮と慣れによる呼びやすさの両方から彼女を呼んだ。


「リインッ!」







 声に反応して、両手に〈五行魔力球〉を構築して乱射していたリインが振り向く。

 姿勢を崩したマーティン、何故か前衛に飛び出している丘崎。

 そして、丘崎と一緒に予習したフタエアシオオグモの姿。

 あの巨大な蜘蛛の危険性。

 魔力弾をばら撒きながら逃げ回る丘崎を見て、丘崎がこの状況で何を狙うか、自分は何をすべきかを一瞬で選択する。

 しかし、

 

「お、おいっ!」

「ええっ、今はあかんて!」


 丘崎の声を聞いて反応したリインに、イェンロウとお嵐が焦った声で制止した。

 今抜けられると不味い。

 上位冒険者の3人に比べれば火力は劣るが、物量で押されているこの状態ではリインも貴重な戦力である。

 丘崎の方が危機に陥っているのは分かるが、〈魔絶の刻印〉の2人からすればマーティンが居るのだから、復帰すればどうにかするだろうという予想をしていた。

 そのマーティンはまだ腰を下ろしたまま丘崎を傍観しているので、彼らもイラついているが。


「行けリインッ! こっちは僕がやる!」


 だが、ニコラウスだけが気合いの入った声で言った。


「しぃっ!」


 ニコラウスはタワーシールドを展開して突進し、一気に数体の蟲達を弾き飛ばす。

 機関銃の連射のように右手で鋼糸弦の大弩を連射し、左手一本で三葉飾の大剣(クレイモア)を振ってさらに数体を薙ぎ払った。

 放った矢は空中のガとハチの一体一体を正確に射抜き、防御に優れた甲虫型がバターのように切り裂かれていた。

 押し寄せる蟲達を単独で退かせたニコラウスを見て、リインが駆け出した。


「さて、たまには()()と行こうか……!」


 ニコラウスがぼそりと言う。

 敵の流れを押し返した、数秒の時間だった。

 一瞬の内に使った武具がスロットに仕舞われる。

 (から)になった手を胸の前で向かい合わせ、


「来い! 〈(ろく)(じょう)(けん)〉!」


 ()んだ。


 叫びに応え、ニコラウスの胸元の空間に穴が開く。

 穴から飛び出すように出現したのは、一本の長杖(スタッフ)だった。

 明らかにスロット以外から出現した杖を見て、お嵐は背筋にぞわりと鳥肌が立つのを感じた。


(こ、固有兵装かっ!?)


 所有者を選び、所有者に取り憑く、固有空間を持ち出現自在の唯一品。

 精根込めて鍛えられた器物が極稀に変質して生まれる、言って見れば伝説の武具等に近い物だった。

 ニコラウスのそれは錫杖にシルエットで、錫杖なら輪型の先端部が六角形になっており、それぞれの角から金属の棒のような物が伸びている。

 棒の一本一本にはそれぞれ異なる意匠が刻まれており、内一本は長く伸びてそのまま柄となっていた。

 クロスボウ類や剣ばかり使っている彼が「魔法使い」を名乗る理由が、この杖であった。











「『こんこんこぎつね、いたずらぎつね、あやまるきつねのつぐないは、くりにきのこのおとどけだ。そのおわりはたねがしまのひとなまりだま』!」


 場を離れたリインは〈狐火(きつねひ)〉を高速で詠唱する。

 彼女の属するキツネ人種の一部に伝わる〈()(よう)〉という特殊な魔法だ。

 詠唱を要するそれは速射性では他の魔法に劣るが、その分トリッキーな運用が出来る彼女の切り札だ。

 詠唱が高速過ぎて言霊の練りが甘く、聞き取れない程になっているが致し方ない。


「行けぇっ! 〈狐火〉ぃっ!」


 帯状の〈狐火〉を板のように伸ばし、槍投げのようなモーションで蜘蛛の頭部めがけて投擲した。


「ギィイイイイイイイイイイイイイイイッ!」


 火の粉が散った。

 頭部から前側の脚にかけて纏わり付き、燃やし、一部氷に変じて凍りつかせる。


(良ぉし!)


 丘崎はリインの支援の意図を把握すると、自身の魔力球をかき消して両手剣を掴み、蜘蛛へと突撃する。

 臆病な前世の丘崎の心が震えると同時、×××の度胸がそれを押さえ込み、慎重さと好戦性を併せ持つ、今の丘崎の性質が強く現れる。

 接近する丘崎に、蜘蛛は自由な脚の一つを振るう。


(ここで食らえるか!)


 強化した動体視力で見切り、さらに全力の制動をかけて命中する範囲に入るのを堪えて空振りさせた。

 その時、頭部周りで燃えていた狐火が一瞬で氷に変化した。

 リインの意図を丘崎が理解する。

 丘崎が理解することをリインは分かっていた。

 散々丘崎のPA〈対界侵蝕(カイモン)〉で感応したことにより、最早お互いに何もせずともある程度の思考のトレースが出来るようになっていた。

 

(ここ、だ!)


 それを足場に、丘崎の背丈ほどの体高の蜘蛛の上へ。

 

(いけぇっ!)


 最後登り上がる時、両手剣の腹を上段から叩きつけた。

 筋繊維や関節を保護した上で腕力に全力の強化をかけ、さらに丘崎は巨大蜘蛛の背に向かって跳んだ。


 手から両手剣が離れる。


 嫌な浮遊感だった。


 ゆっくりとしか感じられなくなった感覚の中、必死に左手を伸ばして蜘蛛の体毛を掴む。


 左肩に付けていた×××の形見のナイフを右手で引きぬいた。


 フタエアシオオグモの弱点。

 左右8本ずつの足や太い体毛、正面と背後は体によって隠されている物。

 蟲たちは〈木気〉が強い。

〈金克木の理〉により有効となる〈金気〉を全力でナイフに注ぎ込み、


(えぇぇい)ッ!」


 頭胸部と腹部を繋ぐ、巨体に比して異常に細い体節を切り裂いた。

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