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中古系異世界へようこそ!  作者: 高砂和正
1章 駆け出せない冒険者
19/57

19 最終調整

 丘崎は泥を蹴り、魔窟の中を駆けていた。

 いつもの〈泥の魔窟〉だが、ここは最近実装(アップデート)された「ランニングコース」である。

 ほぼ一本道で、分岐が有っても合流する走っていればゴールへと辿り着く特異なコースになっている。

 出現するのは通常の〈泥の魔窟〉に出現する泥のアメーバたちだが、沸きがひたすら早く、そして多い。

 直径4メートルほどの円筒型の洞窟の、あらゆる角度から生えて来る泥を丘崎は草でも刈るように葬っていく。

 得物は自身の四肢。

 泥の魔物たちは〈水気〉と〈土気〉が豊富なため、〈木気〉を纏った素手で核の鉱物を引き摺り抜くという戦い方をしていた。

 思考錯誤の結果、現在は濡れても良いトランクス型の水着だけを穿いた格好になっていた。

 外傷が出来にくく、汚れとは切っても切れない泥の魔窟ではこの方が有効だった。


 元はダンジョンスペースに迷い込んだエステ側の客の、グラマラスで凄まじい美人の魔人種女性から学んだことだ。

 その時はビキニ姿で出てこられたため、前屈みにならないように気を散らすのに苦労した。

 見抜かれていたかも知れないが。


 抜いた鉱物は背中の背負い篭に放り込んで行く。

 何に使える物かは分かっていないが、これがこの魔窟の産物(ドロップアイテム)でもある。

 丘崎は恐ろしく滑りやすい足元を、魔力を注いで地面を一時的に固め、この魔窟で鍛え抜いたバランス感覚で自在に走り回る。

 最初は3歩進んで2度転ぶような有様だった事が信じられない進歩だ。

 今では壁を足場にすることすら可能だった。


(よし、ラスト1体!)


 30分ほど進んで、いつも通り出現したサブボスの岩鎧の魔物を確認して丘崎はニヤリと笑う。

 通常コースで散々倒した相手だ。不覚を取る事も有ったが、最早カモといっていい。

 放たれる岩弾は霊法(ブースト)の外殻を纏った腕で弾き落とす。

 実体の有るかなりの重量物が飛来するのだが、慣れも有って丘崎は弾きながら距離を詰める。

 距離を詰めたら詰めたで、岩の拳が放たれる。


「ふっ!」


 応えるのは丘崎の左拳だ。

 拳同士が激突する。


「ゴボボ!」


 岩鎧の内部から泥の泡が漏れる。

 砕かれたのは岩の拳。

〈木気〉は〈木克土の理〉によって〈土気〉を穿つ。


 五精系等で特に顕著になるが、大抵の者は何かしら五行属性の得手不得手が有る。

 丘崎の場合は特に不得手な属性が無かった。

 ニコラウスは、それがリインにも見られることから魔力操作を学ぶ初期の段階で〈五行魔力球〉の修練をした副産物だろうと言っていた。

 丘崎が来る以前から、そういう推測を立てていた。

 反対に〈五行魔力球〉を考案したリインの師は、半端に他の魔法を習得してしまったが故に〈五行魔力球〉を完全には扱えなかったのだろうと。


 ぶつけ合った拳から注ぎ込まれた〈木気〉によって、魔物の肘までの部分が崩れて行った。


「よっ!」


 丘崎は止まらず2撃目の膝蹴りを入れる。


「ボボボ!」


 腹部の岩板が砕かれ、衝撃で岩鎧の身体が「く」の字に折れた。

 各所から泥を噴いて岩鎧が後退した所で、丘崎は開いた右手を振り上げる。

 その手に、スロットから木製の片手剣が展開された。

 

「今日は、これで」


 青緑の燐光が刀身に纏わりつく。

 青魔鋼製の武具には劣るが、木剣は粗雑な造りでも〈木気〉を良く通す。

 稲光のような〈木気〉の余波が周囲に幾筋も伸び、泥の内壁に当たって小さなクレーターを作っている。


「終わりだ!」


 振り下ろした。

 木剣が岩鎧を砕き、中の泥を裂き、魔物を袈裟斬りに両断した。

 サブボスとはいえ元よりそこまで強い魔物ではないし、弱点である〈木気〉を喰らわせば倒すのは更に容易かった。

 岩鎧の魔物の全身が崩れていく。

 丘崎は残心を取りながら地面に沈む岩鎧の残骸を見ていた。


 残された核の金属塊を拾って奥の部屋の攻略報酬(クリアボーナス)の宝箱を開けると、中身は特に変わったところの無い小容量の体力回復薬だった。

 最早1周1周が作業に近い。 

 攻略報酬としては残念極まりない小瓶だが、丘崎には何の感情も沸かなかった。


 最奥の脱出用転送魔法陣から離脱する。

 排出された出口付近は初冬の早朝故にまだ暗く、水着姿でいるには寒かった。

 丘崎はランニングコースが実装されてからは午前中だけで二桁以上の周回が出来るようになっていたが、今日は用事が有るため疲れを残さないよう、この3周目で引き上げるつもりだった。

 通う内にいつからか新設された洗い場で、魔法を使って出した湯を被って泥を落としていく。

 

(……さて)


 一通り体を温めると、洗い場に併設された個人用更衣室のロッカーから荷物を出し体を拭いて着替える。

 新コースに洗い場、更衣スペースと、現在この魔窟のまともな冒険者としての利用者は丘崎しかいないのだが、魔窟主(ボス)側が随分と気を遣ってくれていた。

 

(相変わらず美味しくは無いけど、ひたすらに通いやすくしてくれたもんなあ)


 そう思って丘崎は苦笑する。

 散々通い続けた、彼の狩場だ。

 愛着も出たし感謝もしていた。

 荷物をまとめてクロークを被ると、魔窟の正面に立つ。


(行って来ます)


 丘崎は魔窟に深く頭を下げると、ベネットに仕込まれた隠匿技術を行使して帰路に着いた。

 一週間前のことを思い出しながら。











 □□□□□











「そうして、師匠と私で魔力球の魔法を完成させたんだ」


 丘崎の部屋で丘崎とリインが向い合っている。

 ×××が死に、丘崎へと変質したのが春頃。

 それから5ヶ月程経ち、今は冬だ。

 アドナック王国には四季は有るが、温帯よりも亜寒帯に属する地域が多かった。

 日本の北国程度には冬が早く、長い。

 今はちゃぶ台ではなく魔力充填式の炬燵を使っていた。

 これの導入により、リインはしょっちゅう丘崎の部屋に入り浸るようになっていた。

 リインだけでなく、他の面々もそうなのだが、彼女が特に多かった。


「その時師匠は音も無く近づいて猪にナイフを……」

「師匠はこう言ってた、『負けたら困る時は賭けをするな』って、その意味は……」

「師匠は私に……」


 楽しそうに話し続けるリインに、丘崎は微笑ましく感じながら相槌を打っていた。

 彼女の語る『師匠』なる人物については既に耳にタコが出来そうな程聞かされている。聞いたことの有るエピソードを再度語られる事も有るが、とても良い表情で語るリインに(ほだ)されて口を挟むこと無くなっていた。

 

「そろそろ、師匠も村を出て来て良い歳になってるはずなんだ」

「へえ」


 リイン自身よりも若い転生者らしき人物だとは聞いているが、それは初耳だった。


「スクエアスロットの習得はともかく冒険者としてプロになる気は無いって言ってたけど、そのうちこの街に出て来るつもりだって言っていたよ」

「じゃあ、そろそろ再会か」

「うん。その時は冒険者の先輩として支援するつもりでいるよ」

「なるほどな。俺もその時は手伝えるようになってりゃ良いなあ」

「始と師匠はきっと気が合うと思うよ。セトラー同士だしね」

「そうか? 同じ日本人でも友好な関係を築けるかどうかなんて分からないもんだけどな」

「何か、似ているんだ。顔とか声は全然違うし、師匠は始と違ってけっこうぶっきらぼうな人だったけど雰囲気が良く似てる気がするんだ」

「ふうん。まあ、リインがそう言うなら楽しみにしとくかな」


 そう言って、丘崎は炬燵の上の蜜柑を取って剥き始める。

 リインは現時点の丘崎がこの世界で最も親しい女性である。

 しかし、彼女が〈師匠〉なる人物に明らかな好意を向けている事に、丘崎は不思議と嫉妬することも無かった。

 彼自身の実際の精神年齢によるものか、リインに対して好感は持っているが好意とまではいかず、先輩後輩の間柄では有るもののどこか年下の少女を見る様な感覚だったのだ。

 皮を剥いた蜜柑を、2人で摘まむ。


「んぐ。何にせよ、その〈師匠〉さんが来るまでに俺の『晒し』の問題に片がついてりゃ良いんだが」

「……だね」


 蜜柑を食べながら2人でしみじみと言うと、かちゃりと音を立ててドアが開かれた。


「その目途、立ったよぉ」


 それは口が裂けるような笑みを浮かべたニコラウスだった。


「もごっ!」

「……ニコさん。目途っていうと?」


 突然入室したニコラウスに驚き、蜜柑を吹き出さないように口を抑えるリイン。

 一方丘崎はノックも無しに入って来たニコラウスに文句も言わず、淡々と問う。

 ニコラウスは靴を脱いで部屋に上がると、寒い寒いと言いながらするりと炬燵の一辺に足を潜り込ませて来た。

 3人して狭い狭い足が当たったと、一しきりグダグダする。

 ニコラウスは自分の分の蜜柑を取って皮を剥きながら話し始めた。


「『奴』のいるギルドとの協同探索を取り付けたんだ」


 楽しげな声。

 上がった口角。

 ぎらぎらと光る獰猛な目だけが笑っていなかった。











 □□□□□










 宿に戻った丘崎は、自室で野外活動用装備の点検を行っていた。

 トランクスとランニングの上から保温作用の有るインナー。

 カーゴパンツに長袖のTシャツ。

 今はそこまでだが、この上からボディアーマーと手甲足甲、鉢巻型の額甲を装備すれば防具は終わりだ。

 武器は中巻柄の両手剣(ツヴァイハンダー)と小型のクロスボウ。

 片手剣をマウントした小型盾を左手に固定、かつて×××が持っていたナイフをボディアーマーの左肩に差すことになる。

 両手剣の方はスロットに仕舞い、今回はクロスボウを主武器にする事にしていた。

 後は回復薬等の雑貨を身体の各部に仕込んである。

 今回はニコラウスとリインが同行するため大物はそちらのスロットに入れてもらうことになっていた。

 

(……こんなもんか)


 丘崎は身につけるだけにした荷物を前にして頷く。

 畳の上に置いた両手剣を唯一のスロットに入れる。

 この数ヶ月、休日も魔窟に潜り続けるような活動をしていたが、結局スロットレベルは2に上がらなかった。

〈泥の魔窟〉は冒険者役場にほとんど認識されていないため、スロットレベルを向上させる功績値が極端に低いのだ。

 丘崎はそこに不満は無い。レベルが上がらないならそこまでと割り切っている。

 ふと、自室の窓から太陽を覗く。

 傾きからすると午前10時ほどだろう。


(まだ結構時間有るな)

 

 少し緊張していた。

 今日はこれまでの活動の総決算になると考えていた。

 それに、久々にクローク無しでの外出になる予定だった。

 気が急いているのを感じながら、丘崎は×××について書いたファイルを取り出して読み返して始める。

 今ではもう×××について新たに思い出すことは無くなっている。ファイルの後半では日記じみた内容になっていた。

 今日、ニコラウスの思惑通りに事が進めば丘崎の『晒し』の問題に片が付く。

 

(天国か、草葉の陰か、それとも俺の中か……。何処に行ったのかは知らんけど、上手くいくよう祈っててくれよ。×××)


 そんなことを思って感傷にひたっていた。


「はじめー」

「うぉっ!?」


 前触れ無くリインが部屋に入って来た。

 彼女も既に戦闘用の黒い衣装になっている。

 丘崎は咄嗟にファイルを閉じて背後に隠す。


「ん? 何読んでたんだい?」

「あ、ああ、日記だよ」

「へえ。そんなの付けてたのか」

「まあ、日記、的な物って感じか」

「ふうん……」


 訝しげに挙動不審な丘崎を見るリイン。


「それで、どうした?」


 読ませてくれ等と言われないうちに、丘崎は言う。


「いや、そろそろ軽くお昼を食べておこうと思ったのさ。どうだい?」


 どうだい、と訊くだけで、何をかは言わない。


「分かった。一緒に食おうか」


 丘崎は言葉足らずなリインの意図を正確に掴んで答えた。


「食堂でおにぎり作ってもらってるんだ」


 リインが言う。

 食事としておにぎりを出すなら、たくあんや梅干等も用意されているだろう。

 準備の良いこの宿の主人夫婦なら、残りを弁当にして持ち運ぶための竹皮も。 


(日本の時代劇みたいな小洒落た感じは出るだろうけど、ファンタジーらしいかと言えば何とも……)


 今までも色んなことで散々繰り返した思考だった。

 無論、丘崎が生きていた時代では風化していたとはいえ〈源世界〉の文化である。抵抗は無い。

 しかし、どうにも皮肉を感じた。


 リインと共に部屋から出た。

 廊下の窓から見える外で、幹と枝ばかりの落葉木から茶色の残り葉が飛んでいった。

 雪こそまだ見ていないが、寒々しい光景だった。

〈泥の魔窟〉の行きと帰りは駆け足だったので体が温まって良かったが、今日の合同探索は歩きで壁北まで行く予定だ。

 やはり、防寒具としてもクロークを着ていく方が良いかも知れない。

 今日だけ、フードで顔を隠しさえしなければ良いのだ。 

 そう思うが、


(……言い訳かも知れないな)


 自嘲する。

 正体を隠すために使い始めたクロークだが、丘崎はそれを着て歩くのに慣れ切ってしまっていた。

 クローク自体はもう少し洒落た物にしても良いかも、とは思うが、数少ない()()()が才を示した潜伏術に有効活用出来るそのスタイルに、愛着と拠り所のような物を感じていたのだ。

 何となく、()()()()()()()()()()()()()のである。


「はじめーっ! 早く行こう!」


 外を見て足を止めていた丘崎に、リインが急かす。


「あ、待ってくれ」


 慌ててそれを小走りに追った。

 自分でも分かる程に以前とはかけ離れた、洗練された武道家のような足運び。

 並べば、何となしに互いに予習した探索予定の魔窟の一問一答。

 双方短期間の詰め込みでは有るが、そうそう問題の出ない知識にはなっていた。


(……あの時と違って頭と体の両方だけど、こんなに自分を高めるような時間を持ったのは〈源世界〉での大学受験以来だな)


 話をしながらそんな事を思う。

 しかし、大学受験の時と比べてもはるかに遣り甲斐の有る数ヶ月だった。


(やろう。結果を出そう)


 自身の努力を無駄にはしたくなかった。


(でも)


 リインが不思議そうな顔をする。


「……始? どうかしたかい? 顔に何かついてるかな?」


 真剣な丘崎の視線。


「リイン」

「うん、何だい?」

「今日は、……いや、今日も、よろしくな」


 リインは何を言っているんだろう、と言いたそうな顔をするが、首を傾げながらも素直に頷いた。


(何より)


 丘崎は知っている。

 今日挑戦する魔窟は、自分の実力の適性難易度を遥かに超えている。

 集団戦のプロフェッショナルであるニコラウスと、彼が徹底的に指導したリインが同行するため、危険はそう多く無いだろうが、丘崎自身が下手な振る舞いをすれば最悪は即死してもおかしくない場所へ行くのだ。 

 しかし、


(何よりも、俺を支えてくれた人らに応えたい)


 そう思うことで自身の内側から何かが湧き出てくるような感覚を覚える。

 それで恐怖は飲み込める。

 ならば後は、最善を尽くすのみだ。

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