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中古系異世界へようこそ!  作者: 高砂和正
1章 駆け出せない冒険者
16/57

16 ㈲鍛冶工房ティモシェンコ

 宿を除いて身を隠して生活・活動している今の(おか)(ざき)が出入りし、くつろぐことが出来る場所は少ないが有るには有る。

 冒険者役場の裏口、ベネットの家、〈変り種〉が行きつけとしている銭湯に、白精人種(ドワーフ)のジャファル・ティモシェンコが経営している〈有限会社鍛冶工房ティモシェンコ〉である。


 









 丘崎と付き添いのお(ゆう)はティモシェンコの工房奥の資料室にいた。

 かねてから〈変り種〉メンバーの装備の整備を請け負っていたこの工房では、丘崎の事情もよく説明されており何かと厚遇してくれている。

 この資料室は奥に有るため一般の客と接触を避けて整備作業を待てると同時に、武具や素材について学ぶ事も出来る場所だった。

 

「ほら! うちの斧槍も載ってるのよ!」

「おおお!」

「定価4300万サクルてなんなの怖い。家とか買えるじゃないですか……」


 ドヤ顔で身長の割に豊かな胸を張るお柚、ドレスでも見るかのように目を輝かせるティモシェンコ家の娘ラムラ、己の師は住宅並みの価値が有る得物を振り回していたのかと引き気味の丘崎の順で言う。

 ラムラは5歳になるドワーフの少女だが、筋肉質でも無ければ髭が生えたりもしていない。普通の基人系の少女にしか見えない。

 ドワーフの女性は140センチ前後で身長の伸びが止まるが、それまでは基人種と同程度の速度で成長し、身長が止まった状態で2次性徴を迎えた後、20歳前後でさらに3次性徴を迎える。

 その3次性徴で、身長以外のドワーフ的特徴が表出する。

 もっとも、女性の場合髭は生えずに筋肉や骨格が多少発達するに留まるのだが。

 3人の囲む資料室のテーブルの上にはお柚の愛用している青魔鋼製の半月刃の斧槍(バルディッシュ)と、それの情報が記載されたページを開いた〈アドナック現代銘装図鑑 6848年度版〉が有った。


『ペルガメント BD-S3』


 ページの題名が示すのは「鍛冶工房〈株式会社ペルガメント〉製 バルディッシュ スペシャルモデルⅢ型」の意味だ。

 製造した工房名+装備形式略+製造コードというのは、この世界では国際的に通じる呼称だった。


『主材料 一等青魔鋼

 柄長 2350mm 刀身長 730mm

 総重量 7200g

 発売時定価 4300万サクル


 1号器 アネーリオ家保有 

 2号器 保有者不明

 3号器 お柚・エモニエ保有 現在実働


 我が国の重騎士〈(みぎ)(くま)〉のクータイ・アネーリオ氏の依頼によってデザイン、鍛造された大型のバルディッシュ。

〈青〉のペルガメントのお家芸である青魔鋼製ポールウェポンであり、特注品では有るが同デザインの製品が2本作られたため(オーダーメイド)ナンバーではなく(スペシャル)ナンバーを与えられている。

 扱いが難しく、1号器はクータイ・アネーリオ氏の引退後運用できる者がおらず氏の家に保管。2号器は所有者が何度も変わった末に現在所在不明。第3012回アドナック王国武術大会において〈捨弓(すてゆみ)〉のお柚・エモニエ氏が3号器を運用して優勝したことで再び表舞台に現れることとなった』

 

「ペルガ社謹製のSシリーズだもの。どうしても性能分は高くなっちゃうのよねー」


 顔を歪める丘崎に、お柚は苦笑して言う。


「量産のMシリーズだったらいくらか安くなるんじゃよ。特注のOシリーズはSシリーズより少し安いけえそれも有りじゃ」


 ラムラが言う。

 工房の娘であるため、幼いとはいえそれなりの知識が有る。

 Sシリーズの方が高くなるのは、特注のOシリーズが優秀だった場合にベースとする事が多いため、考案した発注者へ回す一部利益分なのだという。

 とはいえ、量産型の(マスプロダクト)シリーズも、デザインの流用及び簡素化や最高級の素材を使わないというだけで言う程安いわけではない。半端な造りの物は売りに出ないし、小型のナイフ一本でも百万サクルからというのが相場だった。


「ネーミングが武器というより工業製品のノリだな……。武器製造は工業といえば工業だけど」 


 丘崎はしゃがんでラムラと視線を合わせ、真剣な顔で頷きながら話を聞く。


「よく知ってるわね、偉いなあラムちゃん」 


 自慢げに知識を披露するラムラに和まされ、お柚はラムラを胸に抱きかかえてくるくると回った。


「ひゃー」

「きゃー」

「……回り過ぎて気持ち悪くならない程度にしてやってくださいよ」


 丘崎は回りながらきゃーきゃー言う2人に言うと、図鑑をぺらぺらとめくる。

 載っているのは、ほぼ全てが魔鋼製武具である。

 魔鋼とはこの世界に存在する強力な魔法媒体となる金属だ。

 鉱石からの製錬には魔力を必要とし、その方式によって五行色のいずれかに変化する。

 色によって強く特性を変えるが、どの色になっても他の金属によって作られた物以上の強靭さを持ち、それによる武具を持つことはこの世界の冒険者にとっての一つのステイタスとなっている。

 また、「鋼」と書きはするものの、本来の鋼とは別の物質である。

 技術が〈リミッター〉で制限されたこの世界では科学的な分析のしようが無いため、この珍妙な物質が一体どんな分子組成をしているのかは分からない。

 もしかしたら金属と似た性質を持つだけで、丘崎のいた世界には存在しない元素を含む物質である可能性すら有る。と、以前ニコラウスは言っていた。


 アドナック王国には各色の魔鋼武具を作ることが出来る『6大匠』と呼ばれる鍛冶集団がいる。

 良くしなり、粘りの有る青魔鋼でポールウェポンや金属弓作成に長ける〈株式会社ペルガメント〉

 魔法増幅作用の強い赤魔鋼で杖をはじめとする魔法武具を作る〈フィリペンコ魔鋼法具店〉

 防護属性と衝撃吸収力の高い黄魔鋼で防具を作る〈アガフォニコフの防具屋〉

 攻撃属性と外的強度に優れた白魔鋼で刀剣類を主に作る〈モギレフスキー武工〉

 生命力の活性作用と赤魔鋼に次ぐ魔法増幅性を持つ黒魔鋼で魔法武具に加えアクセサリ等も作る〈ヴィシネフスカヤ匠会〉

 尖った部分も無いが汎用性の高い灰魔鋼で武具を量産する〈株式会社ジュラヴリョーワ〉


 これらはアドナック王国において不動の地位を持つ武具ブランドであり、お柚の半月刃の斧槍の他、ニコラウスの灰魔鋼の三葉飾の大剣(クレイモア)、リインの黒魔鋼のガントレット等も対応するブランドで作られた武具であった。

 魔鋼武具の製造技法が伝えられているのは各ブランド傘下のみで、他社に流れぬよう厳重に秘匿されている。

 それ以外の工房では通常の鋼等を使った武具を製造し、現地での整備が出来るだけに留まっており、この鍛冶工房ティモシェンコもまた、そういった市井に多く有る一般的な工房の一つだった。











「終わったぞ、待たせたの」


 太い声と同時、資料室にラムラの父であり工房の主、肩からタオルをかけた汚れたツナギ姿のジャファルが入ってきた。

 ジャファルはアブドラ以上に()()()外見の成人ドワーフ男性であり、強面で頑固そうな、いかにも職人然とした人物だった。

 ジャファルは整備を終えた灰色の剣をテーブルに置いた。

 鈍く光るそれは、ニコラウスが愛用している剣の内の一振りだ。

 お柚は身の丈近い両手剣の柄を掴み、全体をじっくりと検分してからニヤリと笑う。


「相変わらず、大した腕ね」

「はん、ジュラヴの量産型相手じゃけえな。流しただけの仕事しかしちょらんわ」

「手抜きしてるわけでもないじゃない。それに親方にとっては流しでも、これだけの砥ぎをジュラヴ本社に依頼したらいくらかかると思う?」

「……」


 からかうようなお柚の軽口にジャファルは口元をへの字に曲げて見せるが、目鼻は緩んでいた。

 ジャファルの砥ぎ整備の料金は、市井の無所属の鍛冶工房としては普通と言っても良いが、それは魔鋼武装の整備料金でなければだ。

 ジャファルは6大匠の傘下に入らない魔鋼武装を作れない鍛冶師である。世の中からの評価はそれだけで圧倒的に格下の扱いだ。

 彼自身、かつては6大匠傘下に入ろうとしたのだがコネ不足で採用されず、未だにコンプレックスを抱えている。先ほどのジュラヴリョーワ社の量産重視傾向への反感もその一つだ。

 全体ではともかく、経営陣が実力よりもコネと伝統を重視し利益を独占する6大匠に対しての反発から、ジャファルは地元に密着して腕を磨き続け、特に砥ぎに関しては6大匠のトップの鍛冶師と張り合える程の技量を身に着けていた。

 自他双方向で対人の好き嫌いが激しい人物で、多く知る人ぞ知る、というレベルの知名度だが、本社に整備してもらうために郵送するより圧倒的に早く済み、値段は考えるまでも無いレベルであるジャファルは街の一部冒険者の中では重宝されている存在だった。

 

「店閉めた後なのにありがとうございます」

「おうおう。まあ、正直早上がりの口実が出来てワシャ嬉しいけえ、気にせんで()えぞ」

「父ちゃん、そげな事はもうちぃと隠せんかい……?」


 礼に言う丘崎に、素で応えるジャファルと嘆くラムラ。

 仕事にストイックなタイプではあるが、しっかり集中して短時間に最適化された作業を好んでおり、残業が大嫌いなタイプだった。

 集中できない状況では絶対に仕事をしないし、勤務時間外では気に入っている者が相手でなければ鍛冶の話をされることも好まない。

 仕事中の飲酒を嫌い、長時間の作業を嫌うというドワーフの鍛冶師としては変人の部類の人物だった。

 皆で資料室のテーブルを囲んで座る。ラムラはジャファルの膝の上によじ登っていた。

 今日の用件は丘崎の装備についての相談だった。

 ソロ訓練を兼ねる対〈泥の魔窟〉用に特化した物ではなく、最近参加し始めたギルドでの集団戦闘にも使える装備を求めていた。

 まだ丘崎へのフォローが出来ないような場所に連れていかれている訳ではないのだが、流石に間に合わせの片手剣や木棒では明らかに不満が有った。


「今の手持ちじゃ威力がイマイチなんですよ」

「威力なあ、方針は?」

「現状の腕力でも振り回せて、その上で出来るだけ重量が有る武器が良いかと」

「威力目的なら、確かに重い得物にするんが無難じゃけえな。となると、ポールウェポンか?」


 ジャファルはちらりとお柚を見て言う。

 スロットレベルの向上にこそ熱心ではないが、お柚は間違いなく接近戦の天才だった。特に長柄物の扱いについては超一流と言って良い物を持っている。指導と手本を彼女が担当するなら分かる話だ。

 当のお柚はジャファルの膝の上に乗るラムラの愛らしさに顔をぐにゃぐにゃにしている。

 ジャファルとしてはヒゲ引っ張って遊ばれてしまうので彼女に守りを任せてしまっても良いのだが、愛娘が楽しそうなので我慢している。

 丘崎はジャファルの視線の意味を察するが、


「そう出来る物なら良いんですけど、正直お柚さんは次元の違いすぎて参考にしづらいんですよね。当人も教え下手だし」

「ああうん、天才肌特有の擬音枠じゃけなあ」

「動きを見る分には合理性の塊だってことは分かるんですが、俺レベルだと再現性が皆無なんですよね。考えた通りに身体動かす能力とかでなく、身体を動かすための思考が理解できない」

「昔の東山も似たような事言っちょったわ。『発想の源が狂ってるシリーズ』とかじゃったか」

「言いそうだ。そしてその言い回し知ってそう」

「「あっはっはっはっは!」」


 あっさり想像出来てしまい、丘崎は可笑しくなってジャファルと共に笑うが、


「よしあいつ帰ったらシメるわ」


 迂遠な褒め言葉といっても良い表現なのだが、お柚にはそうは取れなかったようだ。

 知らない場所でお仕置きが決定したニコラウスを想い、元凶2人は揃って目を背けた。


「それでもまあ、斬打系の槍類は有りだとは思いますね。俺は身長も霊法(ブースと)もまだまだなんで重量は制限されるでしょうけど」

「第一候補じゃな。突槍の類は?」


 何事も無かったかのように話を戻す丘崎に、神妙な顔で合わせるジャファル。

 ラムラは2人の変わり身の早さに半目になった。


「俺の技術が怪しいです。相応の訓練しないと冒険であれ使うのは難しいでしょ?」

「確かに。対人や雑魚相手じゃとええが、急所を熟知しちょらんと不味い場面も多くなるけえな」

「俺の場合、リーチが欲しければ魔法撒けよ。って話ですし。火力は出ませんけど」

「他だと戦斧や鈍器か。一発はでかいが隙は多くなるのう」

「アブドラさんは寄ってくるのを振り払うような使い方してますね」

「奴は壁兼治癒じゃけえ、そいでもええが……」

「もう少し戦法に幅が有る武器が良いかなと」

「贅沢になってきちょるぞ?」

「まあ、どっかで妥協しますって」

「ふーむ、両手剣は?」

「……ニコさんの使い方が直接参考になりますよね。たまに片手一本ずつで振り回してるのは俺だと真似できないですけど、全金属製の長柄物よりは軽く、威力も十分で目標に当てる部分がでかいから無茶が効く」

「ニコのは三葉飾の大剣で両手剣の中でも小振りで使いやすいけえな。両手剣を選んだ際の問題はどう思う?」

「刃に対して柄が短すぎて、取り回しが怖いですね。木棒と片手剣ばっかり使ってたんで振り回されそうな気がして」

「なるほどな」


 ふう、とジャファルは息を吐き、手元に有った銘装図鑑をぺらぺらとめくる。

 載っている物に参考になる物は無かっただろうかと記憶を辿りつつ、あるページで太い指が止まった。


『ジュラヴリョーワ ZH-S2』


 無難と安定を旨とするジュラヴリョーワ社の灰魔鋼製両手剣。

 ニコラウスが愛用している三葉飾の大剣型の『ジュラヴリョーワ CM-M7』とは別シリーズの物だ。


「店の方行こうかい。今日はもう閉めとるけえ大丈夫じゃろ」


 ジャファルは椅子から降り、肩にラムラを担いで室外へ。

 丘崎とお柚もそれに続く。

 作業場を抜けて武器が並べられている販売スペースまで入ると、丘崎は普段正面から入る事が無いため初めて見る店内の様子を興味深げに見渡した。

 ふと、カウンターの内側の床に置かれている、額に入った大きめの写真を見つけた。

 今とは違いショートヘアのお柚が恥ずかしそうにトロフィーを抱え、持ち主に代わり半月刃の斧槍を持つニコラウスと楯を持つジャファルが両脇に並んでいた。


「これなんかどうじゃ」


 ジャファルが店内の壁にかけてあった一本の両手剣を取り外し、カウンターの上に置いた。

 図鑑に載っていた物と近い形態の両手剣。

 素材は魔鋼等でなく炭素鋼製だ。

 二ヶ所有る鍔と、刀身と1対1に近い長さの柄が特徴的だった。

 中巻柄の両手剣(ツヴァイハンダー)である。


「ここな、リカッソいうんじゃ。一つ目の鍔から二つ目の鍔まで革が巻いて有る部分。ここらを振って見い」

 

 ジャファルの言葉に頷き、丘崎は両手剣を手に取る。

 刀身1メートルにリカッソ含めた保持部位も1メートル。重量は3キロといった所だ。

 何もしなければ身長170センチに届かない丘崎には少し重いが、


「行けそうね」


 お柚が言うと、丘崎も頷いて見せる。

 軽く、そして淀みなく霊法を全身に展開する。

 強化された腕力の下、リカッソ付きの剣が何も無い空間を斬り、払い、突く。


「ほぉ」

「おー」


 お柚は変わらないが、中々様になっているその動きにジャファルとラムラは感心していた。

 特にジャファルは、その動きの中に見慣れた物を感じた。丘崎の指導をしているニコラウスとお柚の影響、どちらかといえば前者寄りのそれが色濃く感じられたからだった。


「……ポールウェポンと両手剣の中間、いや、良いとこ取りって感じですね。これだけ刃がでかければ大抵の物は切れるし、本格的な槍とかに比べると幾分振りやすい」


 一しきり振り回して、丘崎が言う。


「ん、おお。じゃろ。それが取り得の剣じゃからな」

「でも、あまり見ないわよね。こういうタイプ」

「剣は柄に比して刃が長い物の方がデザインは()えいう流れが有って、リカッソの有る中巻柄の両手剣自体流行らんけえの。その中でもここまでリカッソが長いのも珍しいんじゃ。実用一辺倒で造っては見たが、見た目で敬遠する奴が多くて今まで売れんかったんじゃ」

「そんなもんかしら。うちは面白そうな剣だと思うけど」

「見た目だけのつまらん話じゃけど、そんなもんじゃろ」


 不満そうに言うお柚に、ジャファルは苦笑する。 


「で、どうする?」

「かなり良いですね。使いやすいです」

「そいつなら、ニコラウスの動きもお柚の動きも活かせるじゃろ」

「……ニコさん達の動きですか?」


 丘崎は不可解そうに眉をひそめる。


「オカちゃん自身じゃ分からないかな? 後ろから見てると結構だぶるわよ」

「俺、そんなことになってたんですか」

「何だかんだ、2人して師匠役をやれちょる、言うことじゃろ」


 ジャファルはからかうように言ってお柚を見る。

 お柚は少し恥ずかしそうに頬を掻いた。











 件の両手剣の購入を決めたが、引き渡しは後日ということになった。

 刀身の砥ぎ直しや重量の微調整をするらしい。あの短時間振り回した所を見ただけで、重心の位置がズレてるかも把握したらしい。

 今はお柚と共にクロークをかぶり、日の落ちた帰路を歩いている。

 

――ソラシーラソ、ソラシラソラー


 2人は足を止めた。

 丘崎は懐古から。お柚は聞き慣れた音を聞いたことで。


「……チャルメラだ」

「近くに居るんだ」


 呆けたように丘崎、喜色を浮かべてお柚。

 

「ね、オカちゃん、食べてかない?」

「食べる、って、もしかして」

「ラーメンよ」






 穴の開いた重しにノボリを差し立てて置いた、一台の木製屋台が有った。

 赤に白抜きで『らぁめん』と書かれた暖簾と提灯。

 鼻をくすぐる、豚骨系の濃厚な匂いがした。


「や、ごぶさた」


 お柚はフードを外して暖簾をくぐり、客のいない屋台の席についた。


「あら、お柚さんじゃない。お久しぶり」


 店主である二十歳前後の獣相系ネコ人種の女性がにこやかに言った。

 日本人の西郷とも、同じ西洋系でもトランジスタグラマーなお柚やスレンダーなリインとも異なる、健康的な女性といった印象を受けるさっぱりとした美女だった。

 三毛猫を思わせる斑のセミロングに同色の三角耳。リインもそうだが、獣相人系の髪は基人系の平均より細い傾向が有る。

 黒いTシャツにデニムのパンツ姿で、ねじり鉢巻と豚の顔のアップリケ付き紺の腰下前掛け。パンツはリインが着用する服のように尾を露出させるための穴が開いた構造になっているのだろう、ひょろ長い尾が揺れている。

 秋の今では寒気がするような格好だが、当人はスープと茹で用の二つの鍋の熱気に当てられて額に汗を流していた。

 彼女の名は、シェン・ナルデッロ。


「お連れさん?」


 続いて入ってきた、揃いのクロークを纏った丘崎を見てシェンは問う。


「あ、ええっと」

 

 丘崎は言い淀む。懐かしい匂いについ油断してしまったが、果たして顔を晒して良いものか悩む。


「この人は大丈夫よ」


 お柚が言う。シェン自身は何のことか分からないで居るようだが、丘崎は信じてフードを下ろした。

 金髪に若草色の目をした少年の姿を認め、シェンは聞いた事の有る風貌だと気付く。


「あれ、もしかして」

「聞いてるでしょ? 最近のうちの話」

「うん、たまにお客さんが話しててね。ただ、ベネットさんやメグさんからも聞いてるよ」


 事情を察したシェンは、屋台に装備された防音と人避けの魔法を起動させる。

 シェンに困ったような笑みを向けられ、丘崎は既視感を覚えた。

 よく知るその表情は、他者の境遇に共感し同情する笑みだ。

 あくまで、丘崎の知る日本人のそれと同じ意味ならばだが。


「……丘崎始です」


 丘崎はシェンの表情と、よく知るセトラーたちの名が出たことで名乗る。


「シェン・ナルデッロです。日本語だと獣相系のイタリア語姓って発音しにくいから、シェンで良いよ」


(イタリア語だったのか。リインのキアルージもそうなのかな……?)


 そんなことを考えながらカウンター越しに握手を交わした。

 丘崎の注文は基本メニューのオーク骨ラーメン。


「まさかこの世界でラーメンが食えるとは。いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()か……」

「ふふふ、〈源世界〉で舌の肥えたセトラーにも満足して頂ける味だと自負していますよ?」


 自信有り、と言いたげな表情で胸を張るシェン。

 丘崎の推測通り、ラーメンはこの世界でもかなり早期に食べられるようになった日本食であった。

 お柚はエルフ専用メニューと言っても過言ではないチャーシュー10倍トッピングラーメンだった。何かもう肉の山が乗っているようである。

 シェンと雑談をしながら、丘崎は追加した替え玉一つも平らげる。

 程よく芯の有る麺も、こってりとしたスープも、店主の言葉を裏切らなかった。

 既に腹は膨れているが、勿体無く感じて残ったスープをレンゲで啜っていると、丘崎はふと思い出した。

 

「お柚さん、武術大会で優勝とかしてたんですね」

 

 替えチャーシューなるはじめて聞く物を追加し、スープに浸けては幸せそうに頬張るお柚に聞いた。

 銘装図鑑に載っていたことと、ティモシェンコの工房で見た写真。

 飛びぬけた接近戦技術を持つお柚が、自身の腕を発揮する場所を求めているらしいのはこの数ヶ月で知っていたが、功名心とは縁遠い性格であることもまた知っている。

 そう言ったイベントに出ていくようなタイプではないと丘崎は思っていた。


「んも? んん」


 話しかけられたお柚は口の中のチャーシューを噛み裂き、飲み込んだ。


「あー、うん。あの頃のことは正直思い出したくないんだけど、したね」

「へえ、それアタシ初耳」


 お柚は遠い目で言う。シェンは知らなかったようだが、お柚が為したということに対して違和感を感じてはいないようだ。


 趣味職エルフだと侮る周囲を黙らせるべく、ニコラウスに9年前の武術大会に勝手に登録し出場させられ、お柚は並みいる上位冒険者らを真っ向から蹴散らして優勝。

 したまでは良かったが、やはりスロットレベルで言えば中堅の5でしかなかったエルフに真正面からの接近戦で敗北したことで心折られる者や不正を疑う者が続出し、大会を終えた後も相当尾を引いて試合を挑まれたりしていた。

 おまけに純粋な腕比べの者も多数現れている。

 その全てを返り討ちにして手を出す者もいなくなり、お柚の実力は認められるようになった。

 ちなみに事態の収束後、出場を画策して勝手に動いたニコラウスは当分の間お柚に口を聞いてもらえなかったという。 


「何か凄い人に指導されてたんだなあ、俺」

「まあ、恥ずかしいからあんまり気にしないで。忘れてくれるとなお良し」


 しみじみと言う丘崎と、騒がれた当時を思い出して頬を染めるお柚。

 それを見て、シェンは喉を鳴らすように笑った。


「さて……」


 食事を終えた丘崎とシェンは合掌と「ごちそうさま」で締め、客避けの魔法をかけてもらったまま居座れば迷惑になるため早々に退散することにした。

 フードを被り直して帰ろうとする丘崎にシェンが声をかけた。


「また食べにおいで。そのうち、君がそんなもの被らずに来れるようアタシも応援してるから」


 慰める様な優しげな表情。丘崎の立場への本心からの同情を感じて涙が出そうになった。

 丘崎は、必ずまた来ることを約束した。

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