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中古系異世界へようこそ!  作者: 高砂和正
1章 駆け出せない冒険者
15/57

15 〈泥の魔窟〉と芋ジャージの貴婦人

 ウィケロタウロス近郊に存在する洞窟型魔窟〈泥の魔窟〉最奥の一室。


 畳敷きの上、柱が露出した8畳程の和風の部屋だ。

 座椅子にどっかりと座り込み、ちゃぶ台の上の枝豆を肴にビールを飲みながら、魔窟主(ボス)である(おお)(さわ)(あや)()はロールスクリーンに映し出される侵入者の様子を見ていた。

 彼女は名の示す通り日本人、転移型セトラーの女である。

 この世界に転移した当時の高校生時代の容姿のままだが、この世界での人生経験は百年単位になっている。これは魔窟主として転移したことによる不老化の副産物である。

 なお、現在部屋着として着ているジャージは転移時に着ていた学生用の物であり、彼女の肉体同様に劣化防止の効果が付与されているため今も愛用している。

 一緒に転移したクラスメイトらの中には別クラスの者たちのように制服に劣化防止良かったと言っていた者もいたが、実年齢ウン百歳になっても着てて恥ずかしくないジャージであったことにむしろ感謝していた。

 何度切り取っても復元する、「6組20番 大沢」と記されたゼッケンはどうしようも無かったが。

 

「どんどん動きが良くなってますね」


 大沢の隣で正座していた少女が言った。

 年齢は15歳程度で大沢と並べば似ている印象を受けるが、目も髪も茶色で色素が薄くハーフを思わせる顔立ちだ。

 生地は質の良い物を使っているが、普段着に出来る様な地味で簡素な造りのドレスだった。

 名前はステラ・ウィケロタウロス。大沢とウィケロタウロス領主の娘だった。

 つまり大沢は〈魔窟主〉兼領主夫人なのであるが、彼女の詳細は公表されておらず、長寿化系PAを持つ一般的なセトラーということになっている。


「そなの?」

「ええ。最初がいまいちだったからというのも有りますけどね」

「ふうん……」


 2人が観察している侵入者は、泥だらけのシャツと短パンという、およそ冒険者には見えない出で立ちのステラと同年代の少年だった。

 泥の床、泥の壁、泥の天井。

 少年は魔窟を構成する全ての面から湧き出てくる泥の魔物たちを、単身で殲滅して進んでいる。

 ぬかるんだ泥に足を取られることも無く駆け回り、狙われにくい位置取りを心がけ、放たれる泥弾を盾で受け、木製の棒で核を泥の魔物から押し出して一撃で打倒する。

 まだ見るべき所は少ないが、反復の探索によりひたすら魔窟に慣れた動きをしていた。

  

「まあ、母上は真っ当な魔窟主とは言えませんしね。攻略目的の冒険者が潜りに来ること自体久しぶり過ぎて分からないのでは?」


 ステラが少しからかうような口調で言う。


「ふん、真っ当な魔窟主なんかしてて殺されてたまりますか」

「あはは。母上がそうあってくれたから私も生まれて来れましたし、そのままでいてくれた方がうれしいです」

 

 拗ねて見せる大沢に明るく笑うステラ。

 大沢は複雑な表情を見せながらも娘の頭を適当に撫で回した。











□□□□□











 かつて、ウィケロタウロスは外壁に囲まれた〈壁内〉部分のみの都市だった。

 元々が山から海まで繋がる国境代わりの川の側に作られた要塞都市だったのだが、国境を形成していた国、エクサラ王国がアドナック王国に併合され、要塞都市としての役目は終えた。

 その後、旧国境の都市であるため、元隣国同士の人材が集まる街として中々の発展を見せてはいたが、場所柄故に騎士の家系である代々の領主は権益の拡大よりも安定を望み、外壁の外まで都市部を広げることはなかった。

 しかし、ある時ウィケロタウロスの外壁の外側に数百ヶ所以上にも上る多量の魔窟が突如出現した。

 周囲に多数の魔窟を得た当時のウィケロタウロスの領主は、魔窟によって得られる利益以上に安全性の観点から、都市の外壁外側の開発を決断する。

 東西南北、外壁から垂直に、四方に道を伸ばして冒険者役場の支部を招聘。冒険者・一般人向けの街を構築、魔窟を産業とする宿場を作り出す計画となった。

 その結果が、今の『十字都市』ウィケロタウロスを形成する、壁東・壁西・壁南・壁北の各地区だった。










 

 21世紀初頭の日本で暮らしていた高校生、大沢綾香は、校内全ての人間もろともこの世界に引きずり込まれ、魔窟主へと変貌させられてしまった。

 強力な魔窟を構築し、潜りに来る冒険者たちを撃退して力を得て、時には一緒に召喚された同胞の裏をかいて併呑してしまうことが出来るようになっていた。

 そんな生き方を、大沢達は強要された。

 転移した学生、そして教師の大半が混乱の中に有った。

 例外は一部が自身の欲望を満たすために活動を始めたくらいだ。

 日本人の倫理観を奪われ、拒絶と搾取と支配の快楽に酔う者達が暴れ回る中で大沢が生き残れたのは運の要素が大きかった。

 彼女の良心から命を奪わないように設定した泥の魔物の魔窟は、いつの間にやら女性冒険者たちが取り仕切る溜まり場の様になっていたのだ。

 泥の魔物にはどうやら泥パックを超強力にしたような美肌効果と、攻撃した相手の体の余剰エネルギーを吸い上げはするが悪い物も吸い上げて健康体に調整する能力が有ったのだという。


 数回潜ってあら不思議。

 お肌ツヤツヤ伸びる皺。

 染みにソバカスどこ行った。

 脂肪を吸い上げ浮腫(むく)みも解消。

 その一方で胸は(何故か)据え置き。

  

 至れり尽くせりのその効果は、評判にならない訳が無かった。

 もっとも、不殺モードを外すと骨まで溶かしてしまうので思わぬ副産物だったのだが。

 無料エステ所が無くなっては困る女性冒険者達と接触した大沢は、自身の保護と情報の提供を要求した。

 その結果、魔窟群探索を産業とするべく冒険者たちの宿場が構築されつつあることや魔窟に求められるものとは何か等を知るだけでなく、異世界にルーツを持つ者たちはセトラーと称され、非常に多く確認されているということ。異様なほど日本文化と価値観が広まっていることを知らされた。

 セトラーを主とする魔窟さえもそう珍しいものではなく、今回の大量出現は既にその形態と数から〈学級転移型魔窟〉というジャンル分けまでされてしまっている物であるというのだ。


 大沢は女性冒険者達の友誼を得たことで、非常識な方向へ突っ走った。

 突入して魔物に倒されることで美容効果を得ていた状態から、エステ専用の部屋を用意。

 空間転移陣を設置することで外部から入れるようにする等の環境を整えて行った。

 さらに、大沢は当時の領主をはじめとする権力者層に紹介され、国内外に利用者を増やしていくことで立場を確立していく。

 友人となった女性冒険者たちに依頼し、生き残っていた日本時代の数名の友人たちの魔窟を主を倒すことなく攻略してもらい、せめてこの世界で市政に生きていくように説得した。

 彼女たちが温厚で有ったことと、運営していた魔窟も低難度で報酬も美味しくない物であったことが幸いした。

 もしも手に負えないような高難度だったら攻略できるか分からないし、冒険者を惹きつけるような旨味の有る魔窟だったら上から苦情が来るかもと、例の女性冒険者たちに言われていたのだ。

 さらに他の魔窟主たちの中で、同級生を襲って併呑し、酷い時には元クラスメイトを慰み者にしてしまうような欲望に忠実な魔窟主たちの情報と動きを領主や冒険者たちにリーク。

 魔窟主同士で潰され合っては人間側に旨味が無いため、領主や冒険者役場が主導して制圧されていった。

 国家間に流れる泥の魔窟の噂を聞きつけてきた当時世界最高位の戦闘ギルドや、この時以降現在に至るまでの常連となる魔人種の国の女王まで参戦し、同胞に対して攻撃的な魔窟主たちは完全に一掃されることとなった。

 

 大沢が有名になるのを嫌がったことと、混み過ぎると自分たちがちょっと使いづらいかもという利用者らのせこい思考により一般には知られていないが、世界の裏でひそかに有名な〈ウィケロタウロスの泥エステの魔窟〉はこうして出来上がった。

 その後、大沢は救い出した友人たちが老いて、そして逝くのを看取った。

 魔窟主でなくなり、不老不死を失った彼女たちとは一緒の時を過ごすことは出来なかったが、大沢と彼女たちは生涯友人で有り続けた。

 皆、泥の魔窟の恩恵を受けられたことにより、80代90代とは思えない美魔女ぶりでこの世を去ったが、その秘密は代々の娘や嫁たちに伝えられる各家の秘伝となっているそうだ。











□□□□□











 ウィケロタウロス魔窟群出現より随分と時が経った。

 数百有った魔窟群も、いくらかの併呑や完全攻略により今では73しか残っていない。

 残った魔窟主たちは皆この街との折り合いをつけ、危険も有るが資源を産み出す魔窟の管理者として共存関係を築いている。

〈鬼の魔窟〉のように、冒険者のためにイベントの開催を冒険者役場に通達してくるサービス精神溢れる魔窟主もいるほどだった。


〈泥の魔窟〉は、美容施設としてはともかく、通常の魔窟としては報酬が不味すぎて話にならないと一般人からは存在自体を忘れられた魔窟となっていた。

 そのはずだった。

 だが、何故かこの数ヶ月、その〈泥の魔窟〉でほぼ毎日見かけるようになった挑戦者がいた。


 明るい金髪に若草色の目をした少年、(おか)(ざき)(はじめ)だった。






「おお……。ついに3層を抜けましたよ! 最終層ですよ!」

 

 ステラが歓声を上げる。


「おー」


 大沢はあまり興味が無いようでした。


「あああっ!」


 当の丘崎は最終層に入って即、物量に押しつぶされて昏倒させられた。


「……やられちゃった」


 残念そうに言うステラ。


「まぁ、今のオカ君なら当然かなぁ」


 唐突に男性の声がした。


「「わぁっ!?」」


 親子が全く同じ動作で肩を跳ねさせた。

 声のした背後へ顔を向けると、


「……あら、東山君いつの間に」


 東山ニコラウスが立っていた。

 驚きはしたが、大沢とステラから警戒の色が無くなった。

 それなりに知っている仲だ。

 彼の手には湯気を立てる器が有った。


「ついさっきですよぉ」

「東山さん、お久しぶりです」

「どぉもどぉもぉ」


 へらへらと挨拶をしてちゃぶ台に器を置くニコラウス。

 ぶつ切りの独特の肉、からめられた茶色のタレ、適度に散らされた薬味のネギ。

 大沢とステラの鼻を染みた出汁と味噌の香りがくすぐり、舌下の唾液腺から、じわりと水気が湧き出してくるのを感じた。


「うちのエモニエが作った二足豚(オーク)ホルモンの味噌煮込みです。七味とかはお好みで」

「おおぉ、これはまたビールに合いそうな物を……!」

「わざわざ済みません。……嗚呼、うちの母がまた餌付けされてしまう」

「ステラあんた食べないの?」

「……頂きますよ。お(ゆう)さんの料理美味しいですし。お箸取って来ますね」

「もう白ご飯もよそって来たら? お昼にしちゃっても良いでしょ」

「あー、そうですね。家のお手伝いさんにもこっちで食べるって連絡しときます」


 そう言ってステラはぱたぱたと部屋から出て行った。


「まぁ、最後の動きは及第点かなぁ。実力不足を悟ったら即突っ込んで、少しでも次につなげるため無理やりにでもて先を見てから倒されたし」


 ステラを見送ってから、ニコラウスは丘崎の戦い振りに評価を下す。


「……マゾなの? あの子」


 大沢の酷い感想にニコラウスは苦笑する。


「彼は生真面目なタイプなんですよぉ。僕からすれば自分らの指導の成果と言いたいとこですけどねぇ」

「結構スパルタだよね」

「死なない限り、倒れる時には前のめりに倒れろと教えてますのでねぇ」


 ニコラウスは少し誇らしげに言った。

 むしろ普段は生存を第一として動くように指導している。

 この〈泥の魔窟〉では無茶をすることを推奨しているのだ。

 それを可能とするのは、不殺モードに設定された泥の魔物だ。

 今は昏倒した丘崎(だしがら)を外に放り出すべく、神輿を運ぶかのように複数体で運搬している様子が映し出されている。


「単純動作の敵、単対多戦、泥玉等の飛び道具、警戒を緩められない通路や部屋。戦闘面でほとんど手が入ってない魔窟ですからねぇ。基礎を学ぶにはベストである上に無茶しても死にはしない」

「そんなことになってたのね。うちって」

「女性冒険者連盟の上層部が情報隠蔽してますからねぇ。何をドロップするかも不明瞭なままですし」

「私も把握してないし」

「ははは、エステ運営に偏ってますからねぇ」


 そんな〈泥の魔窟〉を丘崎が利用出来るのは、冒険者だったニコラウスの母がエステを利用した際に、セトラー同士ということで大沢と交流を持った事に始まる個人的なコネによるものだった。

 大沢は座椅子を軋ませ、


「……何十年ぶりになるかな」


 独り言のようにぽつりと零した。


「どぉしました?」

「ねえ東山君。この魔窟の造りを組み替えようかと思うんだけどアドバイスくれない?」

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