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中古系異世界へようこそ!  作者: 高砂和正
1章 駆け出せない冒険者
10/57

10 〈神童〉のマーティン

暴力注意

 ウィケロタウロス壁北地区で期待されている若手冒険者で、〈神童〉のあだ名を持つマーティン・デヴォニッシュという少年がいる。

 人種は基人系、現在18歳。スロット3。

 技術は発展途上だが、非常に高い出力で〈神威〉を引き出すことが出来、神令(コマンド)使いとして既にその戦闘力はスロット4に届くとも言われている。

 加えて、総勢40名を超える大型ギルド〈魔絶の刻印〉に所属し、下位冒険者の筆頭として活動しているエリートだった。


 昨日の〈鬼の魔窟〉のイベントにおいて、当初は良かったマーティンの機嫌は徐々に悪くなっていった。

 壁南を拠点とする零細ギルド〈変り種〉に所属する「彼女」も出てくるだろうと予想して、それは的中した。

 上位冒険者がする物ではない慈善活動のような依頼まで「彼女」に強要する〈変り種〉の連中と一緒にいるのは気に食わなかったが、久々に「彼女」の戦闘服姿を見ることが出来ただけでマーティンは満足していた。

 一緒に遠征に出てきたギルドの他の仲間もいたが、事前に示し合わせていた取り巻き二人だけを連れてはぐれたように装って置き去りにしている。

 忌々しい〈変り種〉の魔人種と化け物エルフが近くに居るため話しかけることも出来ないが、マーティンとしては影から見守りつつ「彼女」を穢す妄想をするに留めた。

 これまでも周囲に「彼女」に興味を示す男がいれば、同格未満なら影から襲い、同格以上なら取り入って油断させた上で集団で不意打ちを仕掛けて潰して来た。

 上司に当たる〈魔絶の刻印〉の者を含む、高位の冒険者たちには伝わらないように根回しをした上でだった。

「彼女」もマーティンに想われてまんざらではない反応だったとか、どこどこの臨時パーティで仲良くなっただとかいう話を情報屋に流させていたため、今では壁北の冒険者の間ではマーティンが「彼女」に好意を寄せているのは割と知られており、応援されるほどになっている。

 彼より上の者は何も知らず、微笑ましいものを見る眼で。

 彼より下の者は事実を知るため、恐怖と暗黙の了解で。

 

 マーティンは、「彼女」は〈変り種〉のような場末のギルドには相応しくないと信じており、いつかは「彼女」を〈変り種〉から引き離し自分のいる〈魔絶の刻印〉に引き入れたいと思っていた。

 胡散臭い魔人種も、多少腕は良いらしいが所詮青精人種(エルフ)でしかない女も、白精人種(ドワーフ)の分際で聖職者を名乗る身の程知らずも、自分の創作世界の巨剣(グレートソード)で斬り伏せる様を夢想する。

 そして、洗脳されていた「彼女」を囲い込むのだ。

 すぐにはマーティンを信じまい。

 ならばマーティンは「彼女」を快楽に目覚めさせてやればいい。

「彼女」とて女だ。娼館や下位冒険者の娘で鍛えた自分の技術ならばどうとでもなるだろうと思っている。


 イベントも後半にさしかかろうかとした頃だった。

 マーティンは相変わらず妄想にふけっていると、取り巻きの1人が「彼女」を見失った事を伝えてきた。

 それは大した時間ではなく、しばらくすると再び見つけることは出来た。

 だが、再び現れた〈変り種〉の後ろに、金魚のフンのようにくっついて来ているみすぼらしい人物がいたのである。

 その人物はしばらくしてから「彼女」たちとは別れたようだったが、何を気にかけてか何度も振り返る「彼女」と、その人物が「彼女」が見えなくなるまでその度に手を振っているのを見た。


 マーティンはそれを悪い方に悪い方に、そして自分の都合に合わせて解釈した。

 マントの人物の後をつけ、魔窟の外に出たところを路地裏に引きずり込んで制裁を行った。

 マントの人物はマーティン達や「彼女」よりもいくらか下といった年頃の子供だった。

 自分の正当性をマーティンは確信していた。

 彼の中では、マントの人物は「彼女」に付け入り寄生行為を働いた屑であり、殺してしまったところで問題の無い存在となっていたのだ。

 取り巻き二人に両脇を固めさせ、逃げられないようにまず両膝を潰し、顔や腹を幾度となく殴打した。

 神令の肉体強化は、自身の拳の保護くらいにしか使わない。

 それ以上の魔法の併用がマーティンの技量では困難だという理由も有るが、マーティンの個人的な嗜好として、誰かを一方的に殴り倒すときにはより長く楽しむことを好んでいたためだ。

 不思議なことにマントの子供の方は身を守る強化をする様子も無かった。

 それに気を良くして、一方的な制裁を為せていることで興奮してきたマーティンは、ひっそりと股間を膨らましていた。

 その下半身の反応は嗜虐の快楽に高ぶったマーティンには珍しくなかったため、取り巻き二人も何も言わない。

 それを指摘して、二度と息が出来なくされた仲間がいたことを知っている事も有ったのだ。

 興奮がピークに達したマーティンは、ふと気が向いて子供の謝罪を促した。

 それで放してやるつもりが有ったわけではない。

 ただ、屈服させた証明として子供の口から情けない言葉を言わせたかったのだ。

 彼の意に反し、マントの子供は散々痛めつけられ、顔を腫れあがらせた状態にされても心が折れていなかった。

 瞼が腫れ上がり、かろうじて開く細くなった片目でマーティンを睨みつけて、聞きとることも出来ない声を発した。

 マントの子供が何を意図して口を開いたかはマーティンには分からなかったが、これだけの目に遭わせやっても反抗的な態度を取れるマントの子供にプライドを傷つけられ、マーティンは激昂した。

 怒りに突き動かされてマントの子供を殴り続け、いい加減面倒になってきたところで斬り殺してやろうとしたが、それはどこからか現れた〈寂壁〉によって制止されてしまった。

 全く腹立たしかった。

 不快な子供だったが殺してやれば気分は晴れただろうに、下賤なソロ冒険者如きに妨害されてしまったのだ。


 帰った壁北のギルド拠点では、幹部たちから仲間を置き去りにしたことをを注意されもしたし散々な結果になってしまった。

 何も悪いことをしていないのに、何故自分がこんな酷い目に遭わねばならないのか。

 臆病風に吹かれた不快な取り巻きどもに対しては服で隠れる部分をしこたま殴りつけて制裁し、以前から目を付けていたギルドの新入りの少女を襲って見たりしたが、あまり気が晴れ無かった。

 

 









「くそがっ!」

「ギャンッ!」


 ウィケロタウロス壁南地区に有る露店広場近くの路地裏。

 マーティンは怒声と共に目についた野良犬の腹を蹴り飛ばした。

 犬の体は宙を浮き、2度ほど地面にぶつかって転がった。


「ガッ、カッ、カハッ、ガハッ!」


 地面に横たわった犬の口から、むせる様な咳がこぼれる。

 犬は恐怖で尾を後ろ足の間に挟み込ませながらも、何とか立ち上がって逃げ出そうとする。

 だが、その度に脇腹が痛んで速度を出せない。

 折れた肋骨が、僅かに動くたびに激痛を与えていた。


 マーティンにとって蹴りを入れたことに大した意味は無い。苛立ちを目に着いた生き物にぶつけただけだった。

 明らかに薄汚れた野良犬だ。いたぶった所で誰も咎めはしないと、そう思っての行動だ。

 だが、強者である自身に攻撃されて逃げ出そうとする犬の姿に酷く苛立ちを増幅させられる。


「何逃げてやがる!」

「ガギャッ!」

 

 マーティンは犬を追い、さらに蹴りを入れた。

 壁に叩きつけられ、がくがくと体を揺らす犬に何度も何度も蹴りを入れる。

 犬はもう逃れることもできない。

 そして、それはマーティンの攻撃的な衝動が収まるまで続いた。


「ふーっ! ふーっ! ふーっ!」


 眼は血走っている。

 息は荒い。

 だが、それは疲弊による物ではない。

 暴力を行使し、脳を快楽に染めて興奮しているのだ。

 代償は目の前の犬がもう動かなくなってしまったこと。

 

「は、ははは」

 

 笑い声が漏れた。

 足は未だ、頭蓋を割られ脳をはみ出させた犬へのストンピングを続けている。

 蹴りを入れる度、圧が上がって脳漿がぴゅっと飛び出した。

 他の者が見れば吐き気を催し眼を逸らすような凄惨な様だった。

 彼にとっては、冬に出来た地面の霜柱を潰すような稚気の現れでしかなかったが。

 実に気分が良かった。 

 野良犬が逃げ出した時こそ、彼は野良犬に〈寂壁〉から逃げ出した自身を重ねて苛立っていたのだが今は違う。残骸となった犬の姿に昨日瀕死になるまで甚振ってやった不愉快な子供を重ねることで落ち着きを取り戻していた。

 そして昨日と同じように、惨めな野良犬の死骸に唾を吐きかけた。

〈寂壁〉に保護されたのだから、恐らくはあの子供はまだ生きている。

 

「忌々しい野良犬どもが。いつか殺してやる」


 口に出すと、少し気分が良くなる。

 野良犬と称した二人、昨日の子供に今度こそ止めを刺し、〈寂壁〉もそれを追わせる妄想をするとマーティンの脳にさらに快楽が広がった。


(やっぱり、殺し損ねたことの補填は殺しじゃないとね)


 くすくすと無邪気に笑いながら、マーティンは股間を膨らませていた。

〈寂壁〉はギルドに属さない上位冒険者で、大型ギルドの中心近くにいるマーティンとしては存在自体が不愉快な存在だった。

 冒険者が中心のこの街では、自分が所属するような大型ギルドに権威が有り、ソロの冒険者や零細ギルド等は下等な存在で自分たちに従うべきだ。

 逆らう等許されるべきではないと彼は本気で考えていた。

 無論、彼の理屈はなんとか遠回しに主張しても周囲から受け入れられず、一度自身のギルドのマスターにも否定されて表だって口にすることは無くなった。

 しかし、今でも彼は自分が間違っているとは思っていない。

 それどころか抑圧された分それをより強い確信に変えてさえいた。


「〈バスター〉」


 マーティンは攻撃用の神令で犬の死骸を消し飛ばすと、想い人を影から見守り、ついでに子供の消息を探る活動に戻った。

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