家を追い出された話
正直なところ、いつからこうなのかさっぱり判らない。ただ、判るのは自分が小学校のときも中学校のときも調理実習のときは同じ班の子達に「ちきた君は大人しく座っててね」と言われ続けていたことくらいだ。高校は家庭科のないところを選んだ。家では母親が料理担当だったし、彼女や友人達には「俺、料理苦手なんだよね~」と言っていればそれで済んだ。それなのに。ああ、それなのに。…これは俺に対する何かの試練なのでしょうか。
目の前に堂々と飾られている看板には『シェアハウス』の6文字。何度見てもそれは変わらない。大学を留年した自分を許す代わりに両親が自分に下した条件は『大学卒業まで一人暮らしをすること』だった。そんなことするくらいなら大学を辞めると言おうとしたものの、そんなことが今更認められるわけもなく(それなら最初から大学に行くな、とか、大学費用を全額一括で返せ、と言い出しかねない。あの人達なら)止む無く勢いだけで探したアパートが、ここだった。
不動産屋の営業から手渡された鍵と住所の書かれたメモと看板に書かれている住所を何度も見比べる。住所も合っている。何かの間違いかと思い、鍵を差し込んだら入口の鍵は難なく開いた。何故鍵が2つ付いているのか、疑問に思わなかったわけではない。しかも1つには入口、2つ目には部屋と丁寧にシールが貼ってある。営業も何も言わなかったところを見るとちきたがこの住処を選んだことは了承済みだと思ったのだろう。
(あ、有り得ねえし…!!)
荷物は後日母親が梱包された物を送ってくれる約束になっている。敷金礼金が0になるのは痛いが、今なら引き返せる。今すぐ不動産屋に電話して次のアパートを探せばどうにかなるんじゃないか。そんな淡い期待を抱いてジーパンの尻ポケットからスマホを取り出す。取り出した状態で悶々と考える。家賃が安いのは正直なところ、助かる。大学が忙しい以上、週に何日もバイトは入れられない。提示された家賃を両親に告げたところ、それくらいなら援助してあげもいいわ。という快い返事を貰っている。
「…ねえ、さっきからウチの前で何してるの?」
「はい!?」
「新しい人?えーと、森…ちきた」
「ああ、はい。そうです…」
半分だけ開いたドアから響いた声にスマホを慌ててポケットへ戻し、腹を括ってここで暮らしていこう。そう強く心に念じたのだった。