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第09話 『序章 9』

リリシア一行が乗る船はレナール川の両岸に静止している新緑を眺めながら明るく爽やかな風の中を疾走する。レニウス海沿岸部に通じる下流地域は川幅が広く流れが穏やかだった。周辺に航行する船舶が無いのも、その穏やかさを引き立たせていた。レナール川からイスウェイク男爵領に通じるフェルリア川を通過してもその様子は変わらない。


ライナス圏南東部は未開地域が多いので通過する船は少ないのが理由だが、

流石に東部の領域に入ると船舶の数が増していく。


イリスは艦橋から遠目から見える支流を見つけ、

艦橋の壁に貼られている地図を見比べて思う。


「お姉ちゃん。

 そういえば、あの川は通らないの?

 地図からすると近そうなんだけど」


イリスの言うように、その支流を使えば地図の上では近い。だが、その支流は地図上に記されている予定航路から外れている。疑問に思うのはもっともだった。


「イリス、良い質問ね。

 確かにあの川を通れば近いわ。

 でもね…高めの通行税を取られるから緊急時を除いて通りたくないのよ」


リリシアがイリスに言うようにフェルリア川を通過した先には幾つかの領地に面した川があった。そこを通れば1日ほど早くリスタルに行く事が可能だが、その一部の領地では通過する際にかなりの通行税を要求される。そのような事情もあってイスウェイク男爵領の船舶も避けるぐらい。


「まっ、貴族領を通過する際に、

 通行税を要求するのは珍しいことじゃないけどね」


「あれれ?

 通行税を要求したら交易とかに支障が出るんじゃないの?」


イリスの当然な疑問に対してシルフィが言う。


「えっとね、その通行税だけど

 独占契約や優先契約を結んでいる商人に対しては適応されないんだ」


「シルフィの言うとおり。

 通行税はどちらかと言えば安易によそ者を呼び込まないための措置ね。

 そうそう、彼らは商人だろうが冒険者だろうがお構い無しに取り立ててくるから、

 向かう先の情報収集は事前に行うこと。いいわね?」


「しかしそれだと商人の言い値で売買を行うことになるんじゃないのか?

 損失の方が大きいと思うんだが」


「そうよ。あの領主は御用商人達の都合の良い情報ばかりを与えられ、

 彼ら寄りの判断しか出来なくなっているのよ」


(ロイって若いのに結構鋭いわね…

 予想以上にシルフィとの交流が活きてきてるわね。

 ふふ…これからが楽しみだわ)


リリシアはロイの若くて経験不足にも関わらず、その高い分析能力に感心した。与えられた情報を可能な限り分析するように叩き込んでいたが、やはり教えた者の立場として実践されると嬉しい。慢心にならないようにリリシアは簡単には褒めないが。


ロイに対する評価を上げたリリシアの言葉が続く。


「つまり、情報を意図的に改ざんされれば意のままに操られる。

 それを避けるためには二人ならどうする?」


「…ごめん、判らないや」


イリスが降参の表情をする。

ロイが少し考えて考えを話す。


「情報を鵜呑みにせず自らの目で確かめるか、

 可能なら信頼の置ける情報の入手口を確保する…かな?」


「まぁまぁ妥当な線かな。

 基本中の基本だけど、情報は二箇所以上でチェックする。

 理想を言うなら様々な情報源があるのが好ましいわね。

 これはヒューミントと呼ばれる人を使って情報を収集する技術。

 ざっくばらんに表現すれば人間を介した情報収集の事よ。


 後は鮮度と入手先も調べること。

 理由は簡単。討伐や交易を問わず情報は鮮度が大事だし、

 その情報の信頼性を知るためにも入手源は知って置きたいわ。


 それと得た情報を正しく分析するのも大事。

 正しい情報も誤った分析を行ったら悪害でしかないわ。

 まぁこれは経験しないと判らないと思うけどね」


「…色々とあるんだな」


「そう、色々あるの。

 商人や貴族が有する既得権と言うものは、

 規模によっては年を重ねて高度な知恵を身につけたドラゴンより恐ろしいもの。

 例え小さなものであっても、簡単な事では崩せないし、

 多くの場合に於いて、その反発も相当のものになるわ。

 だから実力が付くまで安易に踏み込んじゃ駄目だからね?」


シルフィとリリシアの説明にロイとイリスは納得した表情を浮かべて頷く。


何気ない会話の中にも、ロイとイリスを教育しようとする意図があるのはリリシアはらしい。そしてその中にシルフィが入っていなかったのは、シルフィの知識は、かなりの領域に達しているからである。シルフィに足りないものと言えば経験であろう。これはシルフィはロイやイリスより前にリリシアとの交流を持っていた分の差である。何しろ、シルフィは領主となる教育を受けていたので、リリシアが認めるのも当然だった。


やがてリリシア一行は、

レナール川からレニウス海沿岸部へと抜けてライナス圏中部に至る。


周囲を行きかう船舶は帆船から動力船まで種類を問わず激増した。船舶の量から、幾つもの領地がこの沿岸部を利用しているのがわかる。



多くの船が各地で生産された物品や農作物交易を行うためにリスタルを行き来するのだ。なにしろ、ライナス圏中部には多くの貴族領や自治領が存在している。リスタルは河川、湖沼、運河の水面を利用した内陸水運と、海上を利用した海運が交わるので物流拠点としては申し分が無い。各地で生産された物品や農作物が経済拠点のリスタルに集うのは道理であった。


そして、動力船があるのに帆船が用いられているのはマスティアのような行動制限領域が無い地域ならば、帆船は下手な動力船よりも使いやすいからだ。大型船ともなれば、魔石消費がネックになるが、帆船は大型小型を問わず風があれば進める。そして経済圏の多くがマスティア領域から離れた場所が多い。故に、交易で主流になりつつあるのが航海のほとんどは帆走で走り、難所のみを動力機関で進む半動力船である。


翌日の朝、リリシア一行が乗る船がリスタル港に入港した。


リスタルは魔石採掘産出港から始まった街で、魔石産出地を保持する為の城塞が築かれ、そこを中心に取引商人が集まり魔石産出拠点から流通の利便性から交易拠点へと、徐々に発展して行き現在に至る。


城塞には周辺地域の治安を守るリスタル騎士団が駐留しており、

賊の出没は殆ど無い。


リスタルから直ぐ近くには大規模な魔晶石鉱脈が存在しており、そこから自然発生する魔力励起の副産物として、民生品で多用される9級魔石クエイタークラスから、動力船などの燃料となる準7級魔石ディ・エプタークラスまでが産出される。


魔石とは、大魔法の触媒や魔法機器に使うだけではなく、魔法兵器の運用に必要な動力源。その重要度は高品質な魔石ともなれば希少であり、金にも勝る価値と示す。


この北地区には貴族や富裕層の居住区が広がっている。対する南地区には一般市民の居住区が広がる。西区画の中心部には冒険者ギルドがあり、この事から冒険者が多く滞在していた。元々の西区画は放置された未開発地域だったが、生活基盤を求めた冒険者たちの要望によって、開発が進められた場所である。このような街づくりが行えた理由は、この西区画の郊外には、魔法生物などが数多く生息する地下迷宮ベイレムの入り口があったからだ。


ベイレムは未だに全貌がつかめていない、

危険でかつ、巨大な地下迷宮である。


そして冒険者が多く集い理由でもあった。


リスタル経済を支えるのが内陸水運と海運に加えて魔石産出である。


7級以上の品質の高い魔石は自然界にも存在するが、

その数は少なく産出の手間も大きい。


故に世界に流通する品質の良い魔石の中には旧帝国によって作られた魔法生物の体内に蓄積したマナが凝縮して魔石化となったもの得ている物も含まれる。リスタル産の魔石も準7級魔石を超えた品質が良い魔石の取得方法は同じであった。 当然だが、良質な魔石を体内に蓄える魔法生物は強力なものが多い。


このような迷宮は世界の各所に存在しており、付近には採掘の拠点となる様な都市が建設されているが通例である。このような都市だからこそ、冒険者ギルドの拠点が存在し、大きく羽ばたく事を夢見る冒険者たちが集まっていたのだ。


ベイレムの全貌が掴めないのは、

階層が深くなればなるほど魔法生物の強さと密度が増すからである。


31階層目に到達した冒険者のパーティあったが、彼らは従来の魔法生物に加えて重魔法生物ペザードタイプの出現によって上部階層にまで撤退に追い込まれていた。過去には大部隊の投入も行われたが、その結果も変わらない。ベイレムは進入した戦力指数が一定を超えると、その反発を増す仕組みのようで、重魔法生物ペザードタイプの出現が早くなっただけでなく、生体魔導機オルガタイプの出現すらあったのだ。収益と損失が見合わないので、部隊規模の投入は近年では全く行われていない。


一説によると、ベイレムは旧帝国時代に造られた施設であり、迷宮内を徘徊する魔法生物は旧帝国の警備用システムの一環らしいのだ。それは魔法生物の数が一定数を下回ると、不足した戦力を補うために最下層に存在する自動生産工廠が動き出すというものだ。その説を肯定するように、魔法生物の数は冒険者たちが頻繁に討伐しているにもかかわらず、ベイレムから居なくなる気配はなかった。


だが、悪い点ばかりではない。

自動的に補充される事から、枯渇する心配の無い資源とも言えたのだ。


このような良質な条件もあって数多くの冒険者が集う活気のある都市。


「さて、早速だけどギルドに行くわよ」


リリシアを先頭に皆が歩く。


リリシアが親しくするレイナード商会の依頼だったが、ロイ、イリス、シルフィの実績作りの為に、冒険者ギルドを通して受けるのだ。これらの手続きは冒険者ギルドに居るリリシアの友人に頼んでおり、その手続きは既に終えている。もちろん、レイナード商会もリリシアの考えに理解を示していたので問題はない。直接依頼を受けるロイたちのデメリットとしては冒険者ギルドを通す分、その仲介手数料の分が報酬から差し引かれるが、ロイたちにとってまず必要なのは自分たちの経験とギルドでの実績である。デメリットという程ではないかも知れない。むろん、レイナード商会も冒険者ギルドの顔を立てる点で十分にメリットがあった。


もちろん三人には事前に説明済みだ。


ただし、依頼内容に関してはリリシアは告げていない。

初めて依頼を受けるロイ、イリス、シルフィの三人に対する配慮である。


ギルドがある西区画の中央を通るクルムロフ通りを歩るく。

通りの両脇に綺麗に並んだ商店や露店が街の経済状況の良さが判るだろう。


リリシア一行が冒険者ギルドに到着した。冒険者ギルドは地下倉庫を有する4棟に分かれた3階建てのレンガ作りの建造物にある。1階は大ホールで、等間隔にて六級までの各受付口が設けられている。五級からの上位の依頼になると、2階にある別室に移動して受ける事になる。四人は1階の受付口へと向かう。


「リリシアお久しぶり!」


声をかけたのは受付嬢として勤務するマナミだった。マナミは東方出身の黒い髪が特徴的な受付嬢で、冒険者という経歴の持ち主。年齢は30歳以上であったが、20代に見える若づくり。熟練冒険者として身体活性系の魔法を習得していた結果、人間でありあながらも老化の速度は遅くなっていたのだ。故に、女性としての魅力的は全く失われていない。


リリシアとも付き合いも長く、

代理人としてレイナード商会からの依頼を抑えていたのも彼女である。


「で、その子達が依頼を受けるのね?」


「そうよ。三人とも挨拶なさい」


ロイ、イリス、シルフィの三人が前に出て挨拶を行う。

イリスとシルフィは可愛らしく、ロイは丁寧にである。


三人の挨拶の様子はそれぞれ違っていたが、

そのどれもがリリシアの教育もあって恥ずかしくないものだ。


「礼儀正しい子達ね。

 マナーも確りしている」


「ふふ…自慢の子たちよ」


リリシアが三人に聞こえないように受付カウンターに少し身を乗り出してマナミの耳元で言う。マナミは納得した。彼女はそれなりの冒険者を見てきた事と、マナミ自身も冒険者としては中堅クラスにまで達していたので、これまでの様子と動きなどで三人の筋の良さがなんとなく分かる。マナミは一生懸命に頑張る前途ある若者を影から支援するのが彼女の楽しみの一つだったので、楽しみが増えたと内心では大喜びだ。


「ともかく、三人に依頼の内容の説明を宜しく」


「ん、分かった」


マナミはロイたちに向かって説明を始める。


「依頼の内容はこの街から徒歩で2日の場所にある、

 ルゼア村周辺に出る陸大蟹リバークラブの討伐よ」


陸大蟹リバークラブと言えば硬い甲羅を有する大きな陸蟹ですね?」


シルフィがマナミの説明に確かめる意味で言った。

マナミはシルフィの言葉を肯定する。



「そうよ。

 あの蟹は硬さには定評があるから準8級の依頼なのよ~

 確認しておくけど、

 攻撃魔法か魔力付与術エンチャント・ウェポンは使えるよね?」


彼女が言う準8級とは魔石のランクなどではなく、

冒険者ギルドが定める難度階位の事を指す。


10級がもっとも楽な依頼で、その難度は駆けだしの冒険者がこなせるお使いクラスのものばかり。そしてリバークラブ討伐は数が少なくても高い防御力と、油断すれば殺傷能力に足りる攻撃力から準8級となっていた。


本来ならば、駆けだしのパーティーが準8級の依頼に挑むには、

あまりにも無謀な依頼。


だが、リバークラブの依頼に関しては例外があった。ある程度の物理攻撃を阻むリバークラブの甲羅の強度が物理的な強度ではなく、周辺に満ちる不可視なる力―――すなわち魔法の源である、マナを月日を経て少しづつ蓄えていく事によって得ていた点にある。つまり、攻撃魔法や魔力付与術エンチャント・ウェポンのような魔法があれば、駆け出しの剣士でもダメージを与えることが可能になり、十分に戦うことが出来るのだ。


マナミの質問は例外が適応可能かを確認するためである。


「それなら大丈夫よ。

 イリスとシルフィのどちらでも使えるわ。

 ロイも簡単な身体強化魔法を使えるし」


「それなら大丈夫ね」


(…全員が大小なりなんらかの魔法スキルを有するなんて、

 駆け出し冒険者のチームとしては珍しいわね。

 彼らなら場数を踏めば早く中堅になるかも?)


ロイ、イリス、シルフィの三人は初めて受ける依頼を成功させるために、マナミに対して思いつく限りの質問を始める。リリシアは三人の行動に口を挟まず見守るのみ。マナミもロイたちの質問に丁寧に応じていく。


こうして、三人は始めての依頼遂行に向けて動きだしていくのだった。

当然ながら迷宮探索はまだ行いません。

迷宮探索は中堅レベルから行うものなので!


意見、ご感想を心よりお待ちしております。

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