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第14話 『リリス』

ルゼア村で一泊して討伐の疲れを癒してからロイ一行はリスタルへの帰路に着いていた。そのロイ一行から距離を取りながら後をつけていた一人の女性がいる。それは悪意を持った人物ではない。三人が良く知るリリシアだったのだ。 リリシアが街道を歩いているにもかかわらず、時折すれ違う旅人は彼女の姿に気が付かない様子から、高位の認識障害魔法を使っているのが判るだろう。リリシアのこの行いはリスタル出発から現在に至るまで続いていた。


三人には知らせてなかったが、リリシアが三人の後を着けていたのは万が一の際には助けに入るためである。リリシアは冒険者として初めての依頼を受けていた三人の事が心配で仕方が無かったのだ。


夕方頃になるとロイ一行は街道から少し森の中へと入って川から適度に離れて、地面が水平で水はけがよく、卓越風を防げる場所に野営の準備を始めた。リリシアは三人の様子を距離を置いた状態で見守りを続ける。旅慣れたリリシアは野営準備は行わず、背嚢から水筒を取り出して水分補給を軽く済ます。


(討伐から、これまでの野営も含めて合格点ね)


リリシアが判定を下していると背後から一人の女性が静かに歩いてくる。


夕日が照らす中を歩くその女性の瞳は、まるで情熱を表す様なパイロープガーネットのように美しい赤色をしていた。顔だちはリリシアに似ており、黒の中にやや青みがかった腰辺りまでの柔らかそうな初夏の花の様な花の艶やかさを感じさせるだろう。髪の隙間からエルフのように尖った耳も魅力的だ。


彼女の格好は黒いレオタードの上に着た上品な布地で造られたプルオーバーに毛糸類で編んだ前あきのカーディガンを着て、その上に黒のマントを纏っている。彼女に翼と尻尾、そして角があれば旧帝国時代にレクセリア大陸に君臨していた6魔王の一人、比類なき美貌を有していた夢魔の女王としても通じる程に優れた容姿だった。


「順調そうね」


リリシアは認識障害魔法を解除していないにも関わらず背後から声をかけられた事よりも、聞きなれた声に驚いて振り向く。


「ええっ、ま、ママ!?

 なんでここに居るの!」


「リリシアちゃんの気配を辿って転移魔法で飛んできた♪」


彼女こそがリリシアの母のリリス・レンフォールである。性格はいたってマイペースであり、妖艶でありながらも明るさと上品な諧謔を弄する事が出来る大人の女性。強さも本物であり、リリシアにとって頭が上がらない一人だった。


的外れな返答にリリシアはこめかみを押さえながら話す。


「いや、そんな事を聞いてるんじゃ無くて…」


「悪乗りしすぎたわね。

 近くに寄ったついでに気になったから見に来たのよ。

 だってね~

 最近だとあの二人ってシルフィに続いてかなりの熱の入れようじゃない?」


「まぁね。

 ママもシルフィだけじゃなくて、あの二人の事も気になるでしょ?」


「もちろんよ。

 二人ともシルフィちゃんと同じぐらいに将来を楽しみにしてるわ」


リリスはリリシアの母として何度もロイとイリスの前に姿を見せていたので面識があり、シルフィに次いで二人の事を気に入っていたので時折会っている。


「で、課題の滑り出しはどうかしら?」


裂奇蟹リッパークラブと遭遇する不意の出来事があったけど概ね順調ね。

 リスタルに戻ったら課題は次の段階に進めるつもり」


「楽しみにしてる」


リリスはシルフィの方に視線を向けた。

かなりの距離が離れていたが、

リリスにとっては認識するのに十分な距離である。


「そうそう、シルフィだけど…

 少しだけど魔力が乱れているのがここからでも判るわね。

 例の氷結魔法を使ったの?」


「昨日に一発。

 威力を抑えたものだけど正しく発動していたわ」


「なら十分ね」


「シルフィの技量向上の速度から考慮して、

 今年中には使える様になると思う」


「流石というべきかしら…ふふ」


リリスが手放しで褒めた。シルフィに氷槍陣フロスト・リベージョンを教えたのはリリスであり、それはオリジナルのものと比べて魔法構成が複雑化したものだ。故に魔法制御には威力に見合わない難度を有する魔法になっていたが、これはリリスがシルフィに出した課題の一つである。


「ママは二人にも何か教えるつもり?」


リリシアは気になったことを尋ねた。


「もちろんよ。

 適正系統の見定めてからだけどね」


リリスの言葉が意味するところは魔術師ソーサラー魔法剣士ルーンフェンサーなど、魔法を行使する者は全ての魔法を習得するのではなく、各々の適正にあった魔法を習得することを意味している。つまり、全ての魔法を習得している者はいない。そして、得意系統は希少なものでない限り、重点的に使用した属性で決まる後天性ものだが、こればかりはある程度の熟練度に達しなければ判らなかったのだ。


リリスは思い出したように言うと背中に背負った小さな背嚢から弁当と水筒を取り出してリリシアに渡す。


「遅くなったけど、差し入れよ。

 明日の夜まで持つから都合の良いときに食べて頂戴ね。

 手作りだから」


リリシアは弁当箱を空けると、その中にはロングパスタの一種、ほうれん草を練りこんだタリアテッレに若鶏のラグーソースを混ぜ合わせたものが目に入る。タリアテッレの他には煮つめて材料に艶をつけた人参のグラッセ、ボイルを行ったブロッコリーとジャガイモが添えられた色鮮やかな彩りがタリアテッレを引き立てていた。レリーナが作る料理に勝るとも劣らない一品だ。木製の弁当箱には簡略結界が張られており、品質低下を最小限に抑えようとしているのが判る。そして水筒には口直し用として上品な味わいの紅茶が入っていた。


「うわぁ…流石はママっ、とっても美味しそうだわ。

 ありがとう」


受け取ったリリシアにはこの弁当にかけられた手間がどれほどかかっていたかが判る。リリスがこの場所には飛行して来たにも関わらず、弁当箱の中身が型崩れを起していないのはテレキネシスで固定していたのが伺える。リリスは三人が気になったといっていたが、リリシアのことも気にしている証拠だった。


娘の喜びにリリスは優しく微笑みを返す。


「喜んでもらえてなにより。

 さてと、予定もあるし…そろそろ行くわ」


「近いうちに三人に顔を見せてあげてね」


「判ってる」


リリスは娘に別れを告げると夕日が照らす中、森の中に入っていく。転移魔法は安定した地点で使わなければ負担が大きいし、またマスティア領域のようなかなり不安定な地点の近くで使えば、予想外の場所に飛ばされる危険もある。


リリスを見送ったリリシアは思う。


(高度な探査魔法と転移魔法の駆使に料理上手。

 そして人格者。

 ママには、まだまだ適わないなぁ…)


リリシアは母から貰った手作り弁当を見守る三人に分け与えられない事を残念に思いながら、リリシアは意識を切り替えてロイ一行と同じように手短に野営の準備を始めたのだ。










リスタルまであと少しの地点で、ようやく安心したリリシアはロイ一行に見つからない様にして一足先に街に戻った。ロイ一行はリリシアに少し遅れてリスタルを視界に収める地点に到達する。


リスタルはライナス圏中部の経済的な要衝にふさわしく、街の大動脈とも云えるメリュ運河の桟橋では積荷を詰め込む船も見受けられた。行き来する人々でごったがえしており、運河を航行する船は大小合わせて後を絶たない。 経済と流通が上手くまわっているのが街の外からでも良くわかるだろう。


街道を行き来する人々も多く、

商人のほかにも冒険者と思われる姿もちらほら見れた。


「やっとお姉ちゃんに会える!」


イリスはとても嬉しそうに歩きながら言う。彼女は大好きな姉に5日間も会えなかった分、リリシアに会うのが楽しみで仕方が無かったのだ。


「そうだな、姉さんもきっと心配していると思う。

 ギルドに報告したら直ぐに宿に向かおうか」


「うんうん。

 まずは依頼をきちんと終わらせないとね」


ロイの言葉にシルフィが応じてイリスも納得して表情で頷く。三人はリスタルを出発する前にリリシアから冒険者ならば依頼を受けたら余程の事がない限り依頼完遂を優先するようにと言いつけられていたのだ。無責任な行動を取ってリリシアから失望されたくない想いもあるので、優先順位に迷う事はない。


城館が見れば街の中に入る正門まで直ぐだった。ロイ一行は水路の上に架かる跳ね橋を潜って正門をくぐる。この正門は朝から夕方まで開放されており夜になると治安維持の観点から検問が敷かれて20字位の時刻で閉じられる仕組みになってた。リスタル全てが城壁に覆われているのではなく、街の多くを水路を環のように囲んで巡らす環状堀(リンググラーベンとして作られていた。都市城壁の代わりとして張り巡らせた水路だったが、今では防御面だけではなく、流通を支える運河としても活用されていたものだ。


リスタルに入ると行きかう人混みを避けながら足早に冒険者ギルドに向かった。冒険者ギルド1階の受付口に着くとマナミがロイたちの姿に気が付く。


「三人ともお帰り。

 その様子だと無事に依頼を終えたようね~」


「おかげさまで、初めての依頼を無事に終える事が出来たよ」


ロイはカバンから依頼証明書と布で包んだ陸大蟹リバークラブ裂奇蟹リッパークラブの触覚をマナミに提出する。イリスとシルフィは邪魔に為らないロイの後ろに立つ。イリスは小動物のようにちょこんと、シルフィは可愛らしい様子で。


(あれ、これは…)


マナミは依頼証明書と証拠として提出された二種類の触覚を見て少し驚く。確認の為に図鑑を取り出して両方の触覚を調べ始める。依頼証明書に村長のサインが有るにも関わらずマナミが念入りに調べるのは、変異種ではなく情報に無い別のモンスターが生息していた場合を考慮していた。モンスターの分布情報は冒険者ギルドにとって重要なもので依頼を遂行する際の危険度の目安にもなるし、場合によっては近隣住民への注意や対策を働きかける事も可能になるからだ。このような確認と情報収集を怠らない体制が今の冒険者ギルドの信頼に繋がっている。


(初めての依頼で変異種と遭遇するなんて珍しいし、

 そのようなアクシデントにも関わらず無事に完遂って凄いわね)


事情を完全に理解したマナミが口を開く。


「…なるほど。

 情報にあったモンスターだけじゃなくて、

 裂奇蟹リッパークラブもいたのね」


「予想外の遭遇だったけど、

 二人のお陰でなんとか倒せたよ」


マナミは鑑定を終えると依頼完遂の証として21小銀貨ナリウスの報酬をロイに渡す。


一般的な労働者の平均日当が約180小銅貨アスつまり19銅貨レウスになる。1小銀貨ナリウスは50銅貨レウスと同価値なので、それを考慮すれば三人の日当は約3.7倍(移動を含めて時間を含む)だった。これは8級の中で簡単な依頼としては低めな報酬だが、駆けだしからすれば多い。


冒険者が得る報酬は労働者の収入と比べれば大きな額だが、依頼などで得た報酬から滞在費、携帯食料、装備の修繕費などの必要経費に加えて、生活するに必要な出費などを見繕う必要があるので、場合によっては赤字になる事もあるだろう。また、一般的なブロードソード1本の価格が約85小銀貨ナリウスなので、装備品を失った場合の損失は言うに及ばず。


報酬を受け取ったロイはイリスとシルフィに均等に分配した。


「冒険者として始めての報酬だね」


「うんうん」


シルフィの言葉にイリスが笑顔で同意する。

マナミはその初々しいやり取りを微笑ましく眺めていた。


「依頼も無事に終えたし、さっそく姉さんが居る宿に行こうか!」


「賛成っ」


こうしてロイ一行はマナミにお礼を言ってから、

早速報酬を手にリリシアが滞在する宿屋へと急ぎ足で向かった。

1小銀貨ナリウスは50銅貨レウスと同等です。


意見、ご感想を心よりお待ちしております。

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