第四話 私達は嘘は言っていない
虫も木々も寝静まるような・・・深夜。
どうも、じーさんは修練中止だと言いましたが身体を動かさないことにはどうにも落ち着かないため、こんな時間に一人道場で黙々と修行中、刀弥です。
・・・叶さん?あぁ、彼女なら当身で気絶させて美月さん(みっちゃん)に任せてきたよ。
貞操の危機は何とか回避したさ・・・普通危機は男じゃなくて女の側に迫るもんだろうと思うけど。
「婿殿、少なくとも明日の朝までは平穏になるぞ」
「あ、みっちゃんおかえり」
「・・・君もそう呼ぶつもりかい?」
「メイドのみっちゃんの方が良いのか?」
「いや、普通に美月で良い」
「はいはい、覚えてる限りは美月さんで。で、叶さんは?」
「当身による昏睡からそのまま睡眠に移行したようだ」
「そっか・・・まだ起きてきたらどうしようかと」
「その点に心配は要らない、しっかり眠っているよ。私が更に駄目押しをしておいたからね。
それで・・・すまないが、今は婿殿の布団を借りている」
「・・・それ、僕が眠れないんじゃないか?」
「眠りながら鼻を利かせて婿殿を探し回っていたんだ、婿殿の布団を犠牲にするのもしょうがないだろう」
「犬か、叶さん」
それならまだ躾けも楽なんだけれどね、そういって美月さんは道場の壁にもたれて座りこんだ。
「しかし婿殿、流石に身の危険を感じたからと言って女性に手をあげるのは感心しないな」
「全力で突き放そうとしても微動だにしない少女が襲われている男子学生より強くても?」
「あぁ、強くてもさ」
「・・・じゃぁどうやって引き剥がせばよかったって言うんだよ」
「・・・・・・・・・」
「ぉーぃ!!」
「婿殿。今は深夜だ、叫ぶんじゃない」
「うちは広いからこのくらいじゃじーさんも起きないさ。で、何の案もなく頑張れと?」
「爺殿は気づいてると思うが・・。
・・・実はな、婿殿。叶の場合ならソレは簡単なことでな」
「お、さすが。弱点を知ってるんじゃないか」
「・・・相手を・・・甘やかす」
「は?」
「自分から特攻して行くのは慣れていても逆に手を出されるのは慣れていない」
「待て待て待て、OK それはつまり・・」
「婿殿から仕掛けろ」
「やりたくないから逃げてるんだろーーがーーーー!」
「抵抗して最後まで食われるか多少の犠牲を払うかの違いはあるぞ、婿殿」
「嫌な選択だ!」
「つまり後ろから抱き寄せて愛の言葉でも囁きながら揉んでやれば一発だ」
「愛の言葉とか囁いて手を出したらソレこそ次から叶さんのアタックが強くなりそうなんだけど
あと揉むってなんだ!?」
「胸」
「あーあーあー、なにもきこえなーい!」
「ふ、ギリギリ貞操を守りながら恋が芽生えるのを待つか、先に関係を持ってから恋をするかさ」
「お前は何を言っている!!」
「叶に気に入られた以上、君の選択肢は結婚しない限り闇に葬られるか地下で飼われるかだ」
「あーあーあー!!僕は何も聞いて無い!」
「地下で飼われていたら私もたまに会いに行こう。蔑みにね」
「最悪だな!」
「あぁ、罵りながら抱くよ」
「実は叶さんより高度な変態か貴様!」
「婿殿、褒めても何も出せないぞ」
「褒めてねぇよ!むしろボクの方が全身全霊で蔑んでるよ!!」
「あぁ、もっと愛して欲しい。婿殿・・・」
「みなさーん、始末に負えない変態がいますよー!!」
自分の身体を抱いて小刻みに震えてる様子とか普段のクール|(笑)と比べて
かなり可愛く見えるけど喋ってる内容で台無しだ。
「さて、冗談もそこそこに婿殿に伝えなければならない連絡事項があるわけだが」
「あ、冗談・・冗談だよな。焦ったぞ」
「ソッチの趣味があることは否定はしない」
「其処が一番冗談になるべき所だ!」
「騒ぐな婿殿、話しが続けられない」
「今のは俺が悪いのか!?」
「深夜に騒ぐものでは無いだろう?」
「ソーデスネー、ほんっと原因が何を言う」
「明日から婿殿の学校に入ることになったそうだ」
おっと、どこからか電波が飛んできたようだ。何を言ってるのか理解できなかったぞ。
「・・・パードゥン?」
「私と叶が君と同じ学校に通うことになったそうだ」
おや、日本語に聞こえる電波なんて珍しいなぁ・・・あ、あははははは
「・・・リアリー?」
「よろしく、クラスメイト」
「何でそんな急に?!金か、金の力か!!」
「ソレもあるけれど・・・その学校はうちが経営してるようなものだからさ」
「汚い、さすが大企業の娘、汚い」
「嫌だね、普段はこんな事はしないよ」
「なら・・・今回行使した理由を聞こうか」
「恋故に・・・かな」
「恥かしげもなく恥ずかしいことを言うんじゃない」
「愛しているよ、婿殿」
「棒読み過ぎる!嘘でももうすこし真面目に言え」
「愛されてやろう、婿殿」
「お前が言われる側か!」
「とにかく、今更どう足掻いた所で再度の転入は不可」
「・・・ボクの平和な日常をかえそうか?」
「私達が転入した所で平和だよ、平穏ではなくなるだろうがね」
「僕は静かに暮らしたいんだ・・・!!」
「文句なら叶に言ってほしい、今回の転校も叶からの指示だ。
何、問題があれば私が片付けるさ」
知り合いもいるしね、と笑って言ってのける武装メイドさん。
・・・この人が片付けるって言うと血を見そうで嫌なんだけど。
「あぁ、そうそう」
道場の壁から楽しそうに体育座りして微笑みながらこっちをみてくる。
微笑んでいる。微笑んではいるけど同時になんか禍々しいオーラを纏ってる気がする。
「そういえば婿殿は信じられないくらいに弱いね」
「いきなり傷つくことを真正面から言うのやめて欲しいんだけど」
「本当に弱い」
「煩いな・・・」
「どうしようもなく弱い」
「弱くなきゃ鍛錬なんてするかぁーーー!!」
まぁまぁ、と膝を立てたまま軽くなだめるように手を揺らすが・・・
ボクさ、コレ怒るべきだよね?
「大体僕だってそこそこ強いんだよ?そりゃ殺し合いとかは未経験だけど」
「そこなんだよ、重要なのは」
「・・・は?」
「実戦は現代日本で経験してる人なんてたかが知れている。
実質殺しあった人間が手を出してくることなどそうは無いさ・・・
故に婿殿はもう少し殺意がない攻撃にも敏感になって欲しい」
「いや、殺意無しとか・・・そんな事あるか?」
「なければそこまでの力量を期待しないね、叶の婿殿」
「いや、日常生活で・・そんなこと・・・」
「ふむ、受け取りたまえ」
そう言って急に太腿辺りをさらけ出して黒い棒状の何かを投げてくる。
あわてて反射的に受け止めたものは護身用の警棒、ソレも伸縮するタイプの。
「ん・・・何で警棒?」
「今から実践して教えるからさ」
スカートをめくりあげたまま体育座りを続ける美月さん。
・・・まて、その体勢でめくりあげてると全部丸見えになってるから!!
「気にするな」
「無理だろ!」
「婿殿は節操無しのケダモノか?」
「断じてそういう訳では無い!」
「なら心の平静を保つ訓練だと思えば良い。色香に迷うな、というね」
「訓練と言うか、生殺しじゃ」
「勿論手を出したところで怒りはしないさ。ただ君の人生の終着点がどうなるかわからないけれど」
「くっ・・・そのつもりはないが、尚更に手をだせなく」
「ひとまずそれはおいておこう。今大事なのは殺意無き致死性の攻撃とはどういうものか、だ」
「あぁ、普通そんなこと気にしないと思うけどね」
「婿殿、ここから少しだけまじめに聞いて欲しい」
「ん?」
深夜の道場で稽古中の男に警棒を指差しながら真剣な表情で語るメイドさん・・・シュールだ。
「その警棒。振り上げて、振り下ろせ」
「あぁ、こう竹刀みたいに振り上げて(ぶつん)振り下・・ろ・・・・・す?」
何だ、今の効果音。
「それから手元の警棒、どうなっているかをよく見て欲しい」
「・・・・・・・・・・・・・・・切れてる?」
「では次に音がしたと思われる場所を見上げて」
「・・・え、何も無いよな?多分、この辺・・」
ふと手を伸ばすと、即座に美月さんから叱責の声が飛んできた。
「待て!手は伸ばさずに、そのまま上をよく見る」
「・・・・・・何が・・・」
道場の暗い天井を見上げながらよく目を凝らすと、かすかに光を反射する細いものが見える。
「何だ・・これ?」
「私が使う武器だ」
「・・・ただの糸が?」
「勿論多少の細工はしているけれど、ね」
「・・・ただの釣り糸みたい、だけど」
「殺しに材料の質は余り関係無いさ」
目線を下に戻すといつの間にやら近寄ってきた美月さんが顔を寄せていた。
「少し緊張感が低過ぎる気がするね」
「あのな、僕は平和に生きてんの。此処は日本で戦場でも無いし」
「私がここまで近くに寄っていて、もし私が婿殿を消す気だったらどうするつもりかな?」
「ボクさ、そういう命のやり取りに興味が無いから笑うね。
と言うか消す気があるなら最初からこの糸もっと低く設定してるだろ」
「まぁ、そうだけれど・・・私が変装した偽物なら油断させてから殺していたね」
「変装しないと殺せないような相手なら返り討ちだって」
「相手が慎重深いだけで実は強かったら返り討ち所の騒ぎじゃなくなるけれど」
「んー、でも美月さんも糸も怖いけど、種が割れればそうでも無いものじゃない?」
「こんなものはまだまだ序の口だけれど・・まぁコレ自体はその程度の扱いで十分な危険・・だね」
苦笑しながら気の済むまで撫でてくる美月さんが可愛かったので(言動はあれだけど)
まぁ、笑って殺すんだけどね。と言う台詞はさすがに言わなかった。
実戦で人は殺してないけど、ほんとは実行するくらいワケナイんだから。
これでも一応、実戦以外はマスターしてるんだ。精神面でも、肉体面でも。
* * *
思考にこびりつく赤さを軽く行水で流し、ようやく部屋に戻る。
未だに布団で眠ってる叶さんを見て、何となく和む。
出会ってすぐ僕の平和を乱しまくりの人なのに、布団で安らかに眠っている顔だけはとっても可愛い。
ホント、起きてる時も大人しかったら可愛いのに。
一息ついて軽く頭を撫でt「はにゅっ」・・・・ん?
今、変な鳴き声が聞こえたような。
構わず撫で続けてみる。
「はぅ・・・ぁぅ」
うん、明らかに人の声だな。
・・・って言うか明らかに叶さんの声だ。
眼を凝らしてみると妙に顔が赤くなってるし。
「狸寝入りか・・・コラ」
「ね、眠っていますが何か?」
「完全に起きてるじゃねぇか!」
「気づいていたなら襲って下さいよ!さあ、かもーんです!」
「僕は眠いんだっていってるだろ!!」
「私の愛を断るんですか!据え膳食わぬは男の恥ですよ!」
「知るかッ!」
「私とのことは遊びだったんですね!」
「実はそういうこと言いたいだけだろ!?」
そのまましょうもない言い合いに時間を取られてしまい、
結局僕が眠れたのは、夜が明ける寸前だった。