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93.『決めたこと』

 それから数日経った夜、ベアトリーチェの泊まる宿を、一人の客人が訪れた。

 それはベアトリーチェの知る人物。レティシアの侍女、カーラだった。

「おひさしぶりです。ベアトリーチェさま」

 カーラはベアトリーチェと顔を会わせると、慌てて頭を下げた。その表情はどこか申し訳なさそうだった。

「どうしたの、カーラさん」

 ベアトリーチェはその訪問に驚き、どうしたのか問いかける。その言葉に、カーラは何かをいいかけるようにして、それを逡巡した様子を見せる。

 カーラはそれほど付き合いがあったわけではないが、騒動に巻き込まれ傭兵たちに監禁されていたのを助けにいったときも、怯えていてもどこか気の強さを感じさせる少女だった。

 でも、目の前のカーラは、そんな強気さも感じさせないほど弱気な様子だった。それでも自分を奮い立たせるようにして何かを決心すると、ベアトリーチェへとやっと要件を述べだした。

「あの…、お願いが会ってきたんです…。」

「お願い?」

 聞き返したベアトリーチェに、カーラは頷くと緊張した様子でそのお願いを述べた。

「レティシアさまに会って欲しいのです。」

「レティに何かあったの!?」

 レティシアと聞いて心配そうに声をだしたベアトリーチェに、カーラは目を丸くして慌てて首を振った。

 いえ、違うんです。と、また申し訳なさそうな声を出し、絞り出すように言葉を繋いだ。

「ただ…、会ってあげて欲しいのです…。」

「レティが呼んでるの?」

「違います…。レティシアさまは、逆に…。会う資格なんてないっておっしゃられていて…。でも、私たちはベアトリーチェさまに、どうかレティシアさまと会ってあげて欲しいんです…。」

 私たちと言う言葉を聞いて、ベアトリーチェはもう一人の侍女、フラウの姿を思い出した。

「フラウが城に入るための手配をしてくれているので、なんとか城にも入ることができると思います。危険なことには変わりませんが…。こんなことお頼みするのは、おこがましいことだとわかっています…。でも、それでも、お願いしたいのです。」

 そう言ってカーラは深々と頭を下げた。腿の前に合わせた手は細かく震え、目じりには涙が浮かんでいる。

「うん、いいよ。」

 ベアトリーチェはカーラの言葉を静かに聞いた後、頷いた。

 その言葉に、カーラは信じられないようにして顔をあげる。その涙が浮かんだ瞳に、ベアトリーチェは安心させるように微笑みかけた。

「だって私もレティと会いたいもの。」

 その笑顔を見て、カーラの顔がくしゃりと歪む。唇をかみしめながら、カーラも少し笑顔を取り戻してベアトリーチェに言った。

「ありがとうございます。ベアトリーチェさま」


***


 夜の闇にまぎれて城に近づく。侍女用の通用門が見える場所にくると、そこでフラウが待っていた。

 フラウはカーラの姿を見つけ、継いでベアトリーチェの姿を見つけると驚いたようにして慌てて頭をさげた。

「無理な願いをきいていただいて、ありがとうございます。」

「気にしないで。」

 首を振るベアトリーチェは、髪を布で隠し、変装していた。怪しいというほどの姿ではないが、普段なら止められる格好だろう。

 でも、王妃付きの侍女のつてを使って、侍女たちが使う門をくぐり、王宮へと入ることができた。

 そのまま、フラウたちの案内に従って、王宮の廊下を歩いて行く。ずっと後宮に入っていたベアトリーチェにとっては、街と同じく見知らぬ場所だ。

「この度は本当に申し訳ありませんでした。」

 人の見えない廊下で、フラウはベアトリーチェに頭を下げた。

 王宮とはいえども夜になれば、働く人は必然的に少なくなってくる。それでも、普通の場所に比べたらとても多いのだけれども。

 フラウとカーラはそこから、さらに人通りの少ない廊下を選んでいるらしい。来る間もほとんど人とすれ違うことはなかった。

「いったいどうしたの?」

 ベアトリーチェとしては、こんなにフラウやカーラに謝られることをされた記憶はなかった。それなのに、何度も頭を下げられて、戸惑うしかない。

 それにフラウは恐縮したように、再び頭を下げる。

「レティシアさまの件で、ベアトリーチェさまには大変なご迷惑をおかけしています。今回も。」

「そんな、私、迷惑だなんて思ったことないよ。レティシアが悪いわけじゃないもの。」

 フラウの言葉を、ベアトリーチェはすぐさま首を振る。

 それにフラウとカーラは目を見合わせると、少し困ったように微笑んだ。

「ベアトリーチェさまは、本当にお優しい方ですね。」

 王妃の部屋の近くまで来ると、人は増え始めた。しかし、見張りをしていたのは、あのレイアだったので、三人の姿を確認すると、無言で頷きあっさりと通してしまう。

 そのスムーズさに他の人間も、不審と感じることは無かった。

 そして王妃の部屋が目の前にあった。

 立ち止まったベアトリーチェの耳に、ある声が聞こえてきた。それは、泣き声だった…。「私のせいでまたビーチェさまが…。」「ごめんなさい…。ビーチェさま…。」そんな言葉が、しゃくりあげる声と共に、わずかに聞こえてくる。

 横を向くと、悲しい顔をしたカーラが言った。

「毎晩、誰もいなくなると、ああいう風に泣いていらっしゃるんです。」

 フラウが、その言葉をつなぐ。

「私たちじゃ、お慰めすることもできなくて…。だから、こんなことを頼めた義理ではないのはわかってますが、ベアトリーチェさまにお願いするしかできなくて…。」

 フラウもカーラも、部屋の中から聞こえてくるレティシアの声と同じくらい、鎮痛で申し訳なさそうな表情だった。

 ベアトリーチェは静かに、扉を開ける。その目に、レティシアの姿が映る。

 レティシアは扉が開いたことにすら気づかず、ベッドの上で泣き続けていた。その顔は変わらず美しいものの、以前より痩せてて病的な雰囲気を漂わせている。

 フィラルドで一緒に暮らしていたころの、楽しげな姿はどこにも無かった。

 まるで孤児院で飢えに苦しんでいたころまで、時間が巻き戻ってしまったようで…。

 ベアトリーチェは、その姿をしばらく見つめ続けた後、扉を閉めた。

「ベアトリーチェさま?」

 中に入るのかと思っていたフラウとカーラは、不思議に思いベアトリーチェの名を呼ぶ。そんな二人に向き直り、ベアトリーチェは、ポケットから綺麗な封筒をフラウに手渡した。二人がそれを見ると、それは今回開かれるコンクールのチケットだった。

 首をかしげてベアトリーチェの方を見るフラウとカーラに、ベアトリーチェは言った。

「レティに今回のコンクール、必ず来るように言っておいて。」

 それだけを言って、ベアトリーチェは王宮を立ち去った。

 そうしてついにコンクールの日が訪れる。

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