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92.『騒乱』

 ベアトリーチェが宿でゆっくりしていると、外から怒鳴り声が聞こえてきた。

 宿の外にでると、二人の男が掴みあっていた。

「ベルさまがあのベアトリーチェと同一人物なわけがないだろ!」

「なら、この記事はどういうことだよ!」

「そんなのデタラメだ!」

「ここに写真までのってるだろ!そっくりじゃないか!」

「何かの間違いに決まっている!いい加減にしないと、殴り倒すぞ!」

「ああ、やってみろよ!」

 話の内容、そして今にも殴り合いになりそうな二人の男に、ベアトリーチェはそれを止めようと宿の外へ走り出そうとする。しかし、それは部屋の前にいたイレナに遮られた。

「イレナ!?」

「あんたが行っても、さらに騒ぎが大きくなるだけだよ。今は我慢しな。」

 イレナの冷静な声に、ベアトリーチェも動きを留める。見回すと、みんなもう起きていたようだった。一様に、深刻な顔をしている。

「どういうことなの…?」

 ベアトリーチェがそう尋ねた時、ウッドが宿の入り口から帰ってきた。外の喧騒もおさまっている。

「黙らせてきた…。」

 そう一言だけ呟くと、ウッドはベアトリーチェに雑誌の切り抜きを手渡した。

『笛吹姫の正体は魔女!』

 そう大きく書かれたページに、笛吹姫としてとられたベアトリーチェの写真と、王女だったころのベアトリーチェの写真が並べられていた。王女だったころの写真は、うまく切り取られていてレティシアは誰だかわからないようになっている。

 そして記事にはその後、悪意ある言葉がたくさん並べられていた。

「酷いよね…。ベルも、ベアトリーチェも何も悪いことしてないのに…。こんな記事を書くなんて…。」

 そう声をだすルミの目には涙が浮かんでいた。

「アーサーのやつの仕業かよ。」

 ルモが表情に怒りをこめながら言った言葉に、ベアトリーチェは慌てて首を振った。

「アーサーさまはこんなことするような人じゃないよ!」

「じゃあ他に誰がするのよぅ…。」

 双子たちの疑いは自然とアーサーの方へ向くが、イレナもそれを否定する。

「あたしもベルとは別の意味で、あの御仁がこんなことするとは思えないね。こんな気が利く性格じゃないさ。それに、居場所がわかってたら直接突っ込んでくるよ。」

「そんな…。」

 ルミやルモはアーサーへの印象が悪すぎるため、ベルは自分が愛されているとは夢にも思っていないためいまいち認識がずれているが、イレナはアーサーがベアトリーチェのことを熱愛していることはわかっている。それはどうしようもなく空回りしていて、はた迷惑なものだが。

 アーサーはきっとこういう形では、ベアトリーチェの妨害をしようとはしないだろう。というぐらいには、思えた。

 しかし、それで犯人がわかるわけでもない。

「それより重要なのは、コンクールに参加できる状況じゃなくなったってことだな…。いや、この国に滞在しているのすら、よくないかもしれない…。すぐにここを立つべきか、決めないといけない…。」

 マーセルの言葉に、みんなしんとなる。

 マーセルたちが調べた限り、王都はベルのファンと雑誌を信じた人間が対立して、各所でいざこざが起きている。王の不在は幸いだが、この街に留まっているとベアトリーチェ自身まで危険が及ぶ可能性もあった。

 マーセルたちはベアトリーチェが自分たちやファンのため、この国を危険がありながらも訪れてくれたことがわかっていた。本当は恨んでもいいはずなのに、精一杯音楽を届けようとしたのを、どんな人たちより近くで見てきた。

 だから、それがこんな結果になってしまったのは、どうしようもなくやりきれなかった…。

 ガタッ

 後ろでなった音に振り向くと、椅子の陰から女の子が覗きこんでいた。この宿の娘で、ベアトリーチェたちが演奏を聞かせてあげた女の子だ。

 女の子はベアトリーチェたちの方を、まんまるな瞳でみると、ベアトリーチェのもとへ駆け寄ってきた。

「笛吹姫さま、落ち込んでるの?」

 女の子はベアトリーチェを小首をかしげて見上げた。

「あたしね、笛吹姫さまの演奏を聞かせてもらって元気がでたの。だから、今度は笛吹姫さまに、あたしの演奏を聞かせてあげる!だから、元気だして!」

 そう言って女の子は、スカートのポケットから小さな笛をとりだした。魔笛じゃないけど、それとよく似た形の横笛。女の子がそれに息を吹き込む。

 ぴーひょろろー

 調子はずれた、音階になりきれてない音。ところどころ、力を入れすぎて音がとまってしまう。でも、必死に女の子はあのときベアトリーチェが吹いた曲を、演奏していた。

 その一生懸命な仕草に、マーセルたちの表情に笑顔がもどる。

 なんとか一曲の演奏を終え、ぜぇぜぇと息を切らした少女は、真っ赤な顔でベアトリーチェを見上げた。

「ど~う?元気出た?」

「うん、ありがとう。元気がでたよ。」

 女の子の演奏は、ベアトリーチェの心に本当に元気をくれた。動揺し、沈みかけた心は、浮上しつつあった。

 そこにある技術ではない、一生懸命な心が、ベアトリーチェの心に勇気をくれた。

「ご相談ごとをされるなら、これを食べてください。さらに、元気がでますよ。」

 宿屋の主人がやってきて、美味しそうなパンと、暖かいスープをベアトリーチェたちの前においた。

「いいのか?!」

「はい、お代わりもありますから、たくさん食べてください。」

 マーセルは少し驚いた。ベルがベアトリーチェだという記事が広まって、事情がわからない子供はともかく、大人たちは自分たちに良い顔をしなくなるだろうと予想していたのだ。

 しかも、この宿は自分たちが泊まっているせいで、迷惑やトラブルまで被る可能性もある。それなのに、追い出されるどころか、こうやってまだもてなされるのは不思議だった。

「いいんですか…?」

 それはベアトリーチェも同じだったのだろう。同じことを聞いてしまうベアトリーチェに、宿屋の主人は真剣な顔をしていった。

「私はこの数日、ベルさまと接して、あなたがとてもお優しい方だとわかりました。あなたの素晴らしい演奏に、娘と同じく元気をもらいました。確かにあの記事の写真にあるベアトリーチェは、あなたと同一人物に見えます。でも、あなたが例えベアトリーチェさまなのだとしても、噂にあるような魔女なのだとは思えません。あなたがベルさまなのだとしても、ベアトリーチェさまなのだとしても、私は精一杯のおもてなしさせていただく予定です。」

 それから言葉を区切って、すまなそうな表情に変わる。

「考えてみれば、私もこの記事のように無責任な噂を広めていたことになる。申し訳ありませんでした。」

 そう言って、宿屋の主人はベアトリーチェに深々と頭を下げた。

「いえ、そんな…。」

 主人の言葉に、ベアトリーチェは首を振った。

「それじゃあ、これからどうするか考えましょうか。」

 そう言うマーサの声にも、さっきまでの暗さはなかった。あのまま話していたら、この国をどう逃げ出すかしか考えなかっただろう。でも、今の全員の表情には、もう少し余裕があった。



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