9.『あなたのそばに 6』
実際のところ、王家は生き残りの情報を持ちながら、その血筋を見つけ出すことより、生き残りがいるという情報が露見することを恐れた。エランティエラが当時生き残っていたとしても、その子孫が生き残っているかとなると話は別だ。さらに子孫が生き残っていたとしても、見つけだせるとは限らない。
それより周りの人間が皇族の生き残りがいるとばれたときのほうがやっかいだった。さっき言ったように、エルサティーナ王家の権威の根源は皇家より賜ったものだ。もし他国や王国の貴族がエランティエラの末裔を見つけ、担ぎだせばそれは王家に匹敵する権威を持ちかねない。本物が見つかれば本当に深刻な事態になる。さらに偽者だって出てくる可能性がある。その場合相手の虚偽を暴けばいいのだが、政務に負担が強いられることは避けられない。
だから現実的に考えると、皇族の生き残りを探すなどとてもじゃないが出来なかった。むしろ王家は、代々の王ともっとも信頼のおけるカサンドラ公爵家の間でその情報を秘匿することにした。
そうして王家は皇族の血を招き入れることを望みとしながらも、具体的な行動は何も起こさないまま時を重ねてきた。だから、エランティエラの子孫が見つかることはなかったはずだった。しかし、
「見つかったのです。エランティエラさまの血を継いでいると思われる方が。それが…」
「レティなのですか?」
公爵は肯定した。
最初、レティシアを見たカシミール公爵は驚愕するのを禁じえなかった。
そっくりだったのだ。秘匿されていた皇族の資料のひとつ、エランティエラさまの肖像画と瓜二つの少女が目の前にいた。銀色の髪も青色の瞳も、珍しくはあるがこの大陸にいないわけではない。だが、その容姿、輪郭、柳眉にいたるまで生まれ変わりかと思うほどに似ていた。
慌ててカシミールはレティシアの二の腕を確認した。アラストの皇家は代々そこにあざをもったと聞いていたからだ。はたしてそれは、存在した。
公爵は呆然となりかけながらも、それを王に報告した。まだ確定したわけではない。だが間違いないという妙な確信もあった。
アラスト聖国が隆盛を誇ったころ、後宮にたくさんの女をかこいすぎ血筋が混乱しかけた。皇家は皇族の血を引くか判定する魔法装置を作り出し、事態を解決した。その時使われた魔法装置が、王家に保存されていた。それは何百年というときを経ながらも、動くことが確認されていた。
アーサーとカシミールはレティシアを連れ出し、確認することにした。果たして結果は、公爵の予想通りだった。レティシアはアラスト皇族の血を引いていた。探すことのできなかった、アラスト皇族の子息が目の前にあった。しかもアーサーとレティシアはお互い結婚するのに調度良い年齢であった。奇跡とも呼べる幸運。叶うはずのなかった王家の宿願が、いま叶おうとしていた。
それからは忙しかった。レティシアを正妻に迎える以上、ベアトリーチェとの婚姻は成しえない。それはフィラルドとの関係に亀裂与えかねなかった。高価な魔道鏡を使い遠話でフィラルド国王と協議を行った結果、レティシアを一度国王の養子として迎えフィラルドの王女とした後、アーサーの妻として迎えることによりエルサティーナの正妃を出した国としての立場や利益を補填することにした。
その他いくつかのフィラルドにとっては喜ばしい条件を付け加えると、国王はそれを笑顔で承諾した。そしてレティシアは一度、フィラルドに戻ることになった。
エルサティーナではその間、レティシアとの婚姻の準備を進めることにした。王や公爵以外のものにも少しづつ情報が公開されていき、式の準備や衣装の用意が勧められている。情報が広まれば、古き国のどこからか横槍がはいりかねない。一ヵ月後に大々的な式を行い、レティシアを正妃とする計画だ。
そして正妃として迎えられるはずだったベアトリーチェは、混乱を招かねないために客室に閉じ込められ少数の人間しか接触しないように処置された。ベアトリーチェが派手な式を好まなかったことも幸いし、正妃となるはずだった少女を知る人間はそれほど多くなかった。
エルサティーナとフィラルド、アーサーとレティシア、そしてそれに仕えるものたち、全ての都合が付き婚姻の
準備は急ピッチですすめられていた。ベアトリーチェただ一人を残して。
「ベアトリーチェさまには今回の件まことに申し訳なく思っております。」
カシミールは話の最後に、ベアトリーチェへの謝罪を口にした。




