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86.『旅鳥 3』

 ルドに寝室へと案内される間、マーセルたちは無言だった。

 誰もが混乱していた。王と王妃の登場。ベルの正体がベアトリーチェだったこと。そしてベアトリーチェが明日には連れて帰るという王の発言。

 今までの旅路だって問題がおきなかったわけではない。でも、今日はいろんなことがありすぎた。

「なんだか僕のせいで大変なことになってしまったね…。申し訳ない…。」

 ルドが落ち込んだ様子で言う。ルドとしては、マーセルたちがさらに成功するきっかけになればと好意で招いたつもりだった。しかし、結果はこんな事態を引き起こしてしまった。

「いや、お前のせいじゃないよ」

 マーセルたちだってベルがベアトリーチェだったなんて知らなかった。ルドが悪いわけではなかい。

「ごめんね、みんな…。騙してて…。」

 ベアトリーチェは悲しい声でマーセルたちに謝罪した。マーセルたちと旅をするのは楽しかった。でも、それはみんなを騙して得ていたものだったことを、思い知らされる。

「ベルは本当にベアトリーチェなの…?」

 ルミがまだ信じられないような声で、ベアトリーチェに聞いてくる。

「うん…。」

 ベアトリーチェはその問いに、静かにうなずいた。ベル、そう呼ばれて彼らの仲間として過ごしてきた。でも、自分はベアトリーチェなのだ。

 エルサティーナの側妃で、後宮から逃げ出した悪名高き魔女…。

 誰もが言葉を発せなかった。王妃を虐げ王から罰せられた魔女と、優しいベルの姿は重ならない。

 それに王はベルを連れて帰ると行った。明日にはベルがいなくなる…。そのことも信じられなかった。

 ベアトリーチェはみんなの表情を見れなかった。みんなを騙していた罪悪感とベアトリーチェとばれたことへの恐れが、顔を上げる勇気を奪った。

「あの…。私荷物とってくるね。明日にはエルサティーナに戻らないといけないと思うから。」

 逃げ出すようにそう言ってみんなから背を向ける。

「コンテストでれなくなって、本当にごめんね…。」

 そう呟いてベアトリーチェは、走って部屋を出て行った。


***


「ベルッ…。」

 そう言って手を伸ばすが、ベルは去ってしまった。その姿をマーセルたちは茫然と見送った。

 未だ、うまく現実を飲み込めない。

 ベルがどことなく高貴な雰囲気をまとっているのは知っていた。貴族の生まれなのかもとは思っていた。

 でも元王族であり、側室とはいえ大国の妃であるほどの身分だとは予想だにしていなかった。しかもベアトリーチェといえば、大陸中で有名な妃の名である。

 悪名ではあるが…。

 何か言わなければ。どうにかしなければ。そう思う。

 でも実際にはベルにどう接したらいいのかも、これからどうすればいいのかもわからなかった。

 結果、このままじゃだめだと思うのに、ベルの背中を見送ってしまう。

「わたしたちベルの本当の名前すら知らなかったんだね…。」

「うん…。」

 いろんな秘密があるのはなんとなくわかっていた。いつか理解したいと思っていた。けれど、いざ示された秘密は大きすぎて、受け入れることすら出来ていない。

 それなのに明日にはベルが連れて帰られてしまう。

 一年という間だったけど、本当に仲良くなれて、これからもずっと一緒にいると思っていたのに。明日にはいなくなってしまう。

 そのことも受け入れがたい現実だった。

 ガチャッ

 扉の開く音に、みんな一斉に振り向く。

「ベル!?」

 ベルが帰ってきたのかとそう叫ぶが、マーセルたちの目に映ったのは銀糸の髪に青色の瞳のとても美しい容貌を持つ女性。

「レティシア王妃殿下…。」

 大陸で知らぬものはいないエルサティーナの正妃。

「こんばんは、みなさん。あの、ベアトリーチェさまは、いらっしゃらないのでしょうか。」

 王妃は部屋の中をきょろきょろと見回した後そう言った。その顔には最初に見た時のような笑顔はない。綺麗な笑顔だとは思っていたが、今の顔を見ればそれが素の表情でなかったことはわかる。

「ベルなら荷物をとってくるって、別の部屋に行きました。」

「そうですか…。」

 王妃の顔はどことなく落ち込んでいるようだった。ベルが帰ってくるのが嫌なのだろうか。自分をかつては虐げていた側室が帰ってくるのは、王妃にとって快いものではないだろう。

 でも、あの時、ベルがベアトリーチェと分かった時、王妃がした表情は、本当に心配していたようで、噂で聞いていたのとはまったく違っているように見えた。

 わからないままマーサは王妃に嘆願した。

「ねぇ、ベルのこと許してあげてよ。確かに昔はあなたにひどいことしたかもしれないけど、でも今のベルは」

「違います!私はビーチェさまから酷いことなんてされてません!むしろ酷いことをしたのは私なんです!」

 マーサの言葉を聞いた瞬間、王妃はそう叫んだ。マーセルたちはその剣幕に驚く。穏やかで理知的な王妃の仮面は、完璧にはがれていた。

「私もベルが歌にあったようなことをするとは思えない…。」

 ルミが呟く。自分たちの知らない真実が次々と出てきて揺らぎかけていたマーセルたちも確かにそう思えた。

「教えてくれないか。本当は何があったのか。」

 マーセルはレティシアに向かってそう訊ねた。レティシアの瞳がマーセルを見返す。

「あなたたちはビーチェさまと一緒に旅をされてきたんですよね。」

「ああ、ベルとは出会ってから一緒に旅をして、一緒に演奏して、みんなで一緒にすごしてきた。あいつは俺たちの大切な仲間だ。」

 その言葉にレティシアは頷いた。

「お話します。私たちがあの方にどういうことをしてしまったのか。あの方に何があったのか…。」

 そうしてレティシアはマーセルたちに、ベアトリーチェのことを語りはじめた。


***


 ベアトリーチェは荷物を置いてあった部屋で、エルサティーナに帰るための支度をしていた。

 後宮から旅立った時にはほとんど無かった荷物は、マーセルたちと旅をするうちにだんだんと増えていき、今ではひとつのバッグでは収まりきらない。そのバッグもマーセルたちと旅をする中で買ったものだった。

 いろんな思い出が詰まっている。

 楽しかったマーセルたちとの旅が記憶に蘇ってくる。でも、ベアトリーチェの表情は明るくなかった。

 またあの孤独な後宮に戻らなければいけない。みんなと別れて、もう会えないかもしれない。

 それに全てが、ばれてしまってから気付かされた。みんなを、ずっと騙していたことを…。

 彼らが仲間として信頼してくれたのは、エルサティーナの側妃であるベアトリーチェではなくベルという少女。いろいろと助けてくれた彼らに自分はそれを偽り続けることで、あの場所に居座った。

 あげくにこんな騒動に巻き込んで迷惑までかけて、コンクールの手伝いももうすることができない…。

 だから部屋を出るとき、マーセルたちの顔が見れなかった。

 このままもう会わないでエルサティーナに旅立った方がいいのかもしれない。彼らに顔を合わす資格は自分にはない…。そう考えが頭をよぎる。

 騙していたことを知られ、自分がベアトリーチェだということも知られた今、マーセルたちからも嫌われてしまったかもしれない。それを目の当たりにするのは辛い…。

 ガサッ

 バッグの中の荷物を整理していた手が、何かに触れた。

「これは…。」

 それは楽譜だった。マーセルたちに借りて、一緒に弾いてきたいろんな曲の楽譜たち。そこにはマーセルたちとの旅の思い出が詰まっている。思い出すみんなが自分に向けてくれた優しい笑顔。

「だめだよね。ちゃんと返さなきゃ…。」

 もう一度会って、ちゃんと楽譜を返して、みんなにお礼を言おう。たとえみんなに嫌われたのだとしても、彼らがいろんなものを自分にくれたことは変わらない。ちゃんとあいさつして、お別れしよう。ベアトリーチェは楽譜を握り締めながらそう思った。

 明かりの少ない廊下を抜け、マーセルたちのいる部屋の扉の前に来る。

 不安で緊張する指で、ベアトリーチェはその扉を開けた。

「ベルー!」

「べるぅー!」

 いきなり二つの物体が、ベアトリーチェにぶつかるように抱き着いてきた。それをなんとか受け止めたベアトリーチェは、目を白黒させながらそれを見る。ぶつかってきたのは、マーサとルミだった。

 二人とも目から涙を流しながら、泣きじゃくっている。

「ど、どうしたの?二人とも。」

 ベアトリーチェは驚いて二人に聞く。

「ベル、ごめんねっ。ひどいことしちゃってごめんね。」

 涙声でルミが言う。

「気付いてあげられなくてごめんね。」

 そのままわああんと、ルミはベアトリーチェに抱き着いたまま大声で泣き続ける。

「ベルのばかあああ!」

 同じように涙をながしたままのマーサが言った。

「辛いことがあったのなら、ちゃんと言ってよぉ。わたし、わたしベルにひどことしちゃったじゃない。友達なら、ちゃんと言ってよぉぉぉ。」

「ともだち…。」

「そうだよ。わたしたち友達じゃないの!」

「うん、そうだよね…。」

 二人の涙は暖かかった。

 それは教えてくれる。偽りもあったけど、彼らとの友情は嘘ではなかったと。みんなで築いてきたぬくもりや優しさは、本物だと言うことを。

「わたしね…。後宮で一人でだってがんばれるって思った。まわりの噂だって耐えられるって思ってた。でもね、アーサーさまが私を見たの。冷たい目で…。それが、痛くて、辛くて…。」

 あの日でなかった涙が、ベアトリーチェの目からこぼれ落ちた。胸の奥に刺さり続けていた痛みが、涙でほどけていく。

 そのまま三人は抱き合って泣き続けた。全ての悲しみを押し流すように。

 マーセルはそんな三人の姿をほっとした表情で見た。

 そしてふと、横を見て気付いた。王妃がそんな三人の姿をうらやましそうに、どこか懐かしむように見つめていることを。その表情はうれしそうな、さびしそうな不思議な表情だった。

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