8.『あなたのそばに 5』
突然の婚姻の破棄の通告とアーサーさまとレティが結婚するという報告、ベアトリーチェは混乱して何も考えられなかった。ただ、酷く心臓が痛んだ。
それはアーサーさまが自分との結婚を反故にしたことが痛いのか。それとも、アーサーさまと自分以外の女性が結婚することが辛いのか。アーサーさまと結ばれるという望みが絶たれたのが悲しいのか。わからない。
レティに対しても、突然の状況で彼女の身を心配しているのか。彼女がアーサーさまと結婚するという事実にただ動揺しているのか。それとも羨んでいるのか。自分の感情がどこにあるのか理解できない。ベアトリーチェの思考はぐちゃぐちゃだった。
「どういうことです…。」
ベアトリーチェの口から出たのは簡潔な言葉だった。とにかく、何があったのか知りたい。どうしてこうなったのか。何が悪かったのか…。それともどうしようもない事情なのか…。
宰相は公爵へと顔を向ける。
「それは私から説明しましょう。」
カシミール公爵は、その視線に頷くと一歩前に出る。
「これは現在エルサティーナの機密に属することです。ですが、ベアトリーチェさまにはそれが原因で一度こちらから要請した婚姻を破談にしてしまうという事態になってしまいました。なのでお話することにします。」
カシミール公爵の顔は厳しかった。エルサティーナの三大公爵が言う王国の機密。それはかなり重いものであることがわかる。それを聞けば自分にも何らかの圧力がかかるだろう。ベアトリーチェは予測した。
「はい…。お願いします…。」
それでも聞かずにはいられなかった。何が原因でアーサーさまとの結婚の道が断たれたのか、何故レティとアーサーさまが結婚することになったのか。
「レティシアさまはアラスト聖国の皇族の末裔であらせられるのです。」
それを聞いたベアトリーチェの目は驚きに見開かれた。アラスト聖国、その名前を知らないものはこの大陸にはいないだろう。かつて、この大陸全土を治めていた伝説の大国。しかし、その国はもう存在しない。滅びてしまった。国を治めていた皇族の滅びとともに。
ベアトリーチェの驚きをよそに、カシミールの話は続く。ベアトリーチェも知る歴史を交えながら、この王国の事情や今回の件につながった王国の望みがカシミールの口から語られていく。
「アラスト聖国の皇族の血を、我がエルサティーナの王家に招き入れること。それは王家代々の悲願だったのです。」
公爵が言うにはこういうことだった。
そもそもエルサティーナの成り立ちは、アラスト聖国の領地の統治を委託されたことにはじまる。
遥か昔、この大陸を治めていたのは一つの強大な国家だった。それがアラスト聖国である。
現在、この大陸に存在する国家のうち古く歴史ある国の全てが、アラスト聖国にその由来を持っている。エルサティーナはまさにその代表と呼べる国で、アラスト聖国の国皇によりエルサティーナの土地の信託されたものが、国の滅亡により王国となったものだ。他にも同じ経緯を経た国が5つあり、どの国も現在において長い歴史と大きな領土を持つ大陸有数の大国となっている。
この古き5国と、古き5国から分派した新たなる国、それと民族や英雄によって建国された新興国、現在これらの国が集まって大陸を構成していた。
ちなみにベアトリーチェの故郷フィラルドは、エルサティーナの王族から分派した新たなる国のひとつである。新たなる国といってもその歴史は300年以上あるが。儀式や文化など共通することも多く、小国で距離が離れていながらもエルサティーナと交流がもてるのはそのつながりのお陰だった。
そして古き国が広大な領地を治める国家として成り立つ根拠となるものが、アラスト聖国に統治を委任されたことによるのである。エルサティーナに仕える貴族たちは、歴史が古く力の大きいものこそアラスト聖国を介しエルサティーナ王家に忠誠を誓っている。だから代々の国王は王家の権威を高めるために、皇族の血をつぐものを妻にすることを望んでいた。
皇族は世間では滅びたと言われていたが、エルサティーナはひとつの情報を持っていた。生き残った可能性のある皇族がいたのだ。最後の皇族が滅びるより10年前、突如失踪してしまった皇家の姫エランティラ。
彼女の子孫を探し出し、正妃として向かえ皇太子を成すこと。それがエルサティーナの王に代々受け継がれた宿願のひとつ。
だが、
「そんな話…聞いたことありませんでした…。」
ベアトリーチェはそんな話聞いたことがなかった。アラスト聖国の皇族は滅びたと聞いていたし、その生き残りをエルサティーナが探していたということも聞いたことがなかった。フィラルドとエルサティーナの王族のつながりはそれなりに深い。王家がそのようなことを行っていたなら、うわさだけでも聞こえてきていたはずだ。
「はい、実際のところ代々の王は誰もエランエィエラさまの子孫を探そうとはしませんでした。」
公爵はあっさりと肯定する。そしてその理由を話し始める。