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76.『コンクール』

 マーセルはみんなの練習が終わった後、ベルがコンサートのチラシをじっと見ているのに気付いた。アルセーナの音楽祭では、自分たちがでるコンクール以外にも、さまざまな催しが行われる。ベルが見ていたのもそんなポスターのひとつだ。

「もしかして、行きたいのか?」

 なんとなく、そう思って話しかけた。

 ベルはびくりとすると、頬を赤くしててのひらをこちらに向け、動揺する仕草を見せる。

「そ、そんなことないですよ。だいたい明日はコンクールだから、みんなの迷惑になっちゃうし。」

 どう見ても行きたがってるのが、ばればれだ。半年前に入ってきて今では欠かせない存在といえる仲間は、言動は大人っぽいのに、こういうところに子どもっぽい仕草がでる。

「いいよ、遠慮すんな。連れてってやるよ。」

 マーセルは笑いながら言った。ベルはこういうとき、一歩ひいて遠慮してしまう。だからこちらから、少し背中を押してやらなければならない。一緒に旅する中で、わかってきたことだった。

「いいんですか…?」

 こちらをおずおずと伺うように見てくるベルに、マーセルはまた笑う。

「ほら、いくぞ。あいつらが来ると、買い物なんかに引き回されそうだからな。今のうちだ。」

 ここに滞在している間、ベルをいろんな場所に連れまわしてた三人娘は、用事ででかけている。今がちょうどいいチャンスだった。

 いくぞ、っと手招きして部屋を出ると、ベルは「はい!」と頷いて、嬉しそうな顔になってついてきた。

 街に出たふたりは、このお祭りの中心、音楽ホールが集まっている地区へ移動する。

 人がいっぱいいて、看板が並んでいる。

 ベルはどうしたらいいのか、きょろきょろと迷ってしまうが、マーセルの足取りには不安はなかった。

 看板に書かれている名前に目を通すと、ひとつ頷き、そのまますらすらとチケットを買いベルに一枚渡したあと入場する。

 それほど大きくはないコンサートホール、ベアトリーチェとマーセルは二人ならんで座っていた。ステージではオーケストラの演奏が行われ、流麗な管弦楽器の音が流れている。

 それほど格式の高いコンサートではないのだが、演者たちの実力は高く、観客たちはみな満足そうに聞き入っている。

 マーセルがベルの横顔を眺めると、楽しそうにコンサートを見るベルの横顔があった。音楽が本当に好きなんだと言うことがわかる。

 演奏者としてはずば抜けた実力をもっているのに、音楽の知識はほとんどなかったちぐはぐな少女。かといって、不真面目なわけじゃなく、やらせてみると誰よりも勉強熱心だった。

 最初は誤解した。音楽を遊び半分でやっているだけの人間だと。でも違った。本当は誰よりも音楽を愛し求めていた。

 きっと今までは、こういうコンサートすらなかなか触れられない、生き方をしていたのだろう。

 あの魔笛の音、演奏の才能は音楽家として強く引きつけられる。きっと他の音楽家たちも、あの音を聞けば自らの楽団に引き入れたいとおもうだろう。でもそうじゃなく、音楽が好きなベルの、音楽に触れて子供ように嬉しそうに微笑むベルを仲間として楽団にいて欲しいと思う。

 それがマーセルの気持ちだった。


***


 コンサートの音楽を聞きながら、ベアトリーチェは後宮をでてからのことを思い出していた。

 全てが闇に閉ざされて、このまま暗やみの中、生き続けるのだとあの時は思っていた。でもいま、自分は音楽を楽しんでる。

 マーセルたちと出会っていろんなことを知った。見たことないものをたくさん見た。知らない場所を、いろいろ訪れた。

 新しい友達ができた。音楽の勉強ができた。人前で演奏するようになった。みんなと一緒に。

 自分は愛されることのない存在だと思っていた。でも、アリエーヌは自分を好いていてくれた。マーサもマーセルも、イレナも、ルミも、ルモも、ウッドも、みんな自分を思いやってくれてることがわかる。

 いつの間にか辛い記憶を抜け出し、幸せな時間の中に自分はいた。

 コンサートも楽しい。自分のわがままなのに、連れて行ってもらって楽しんでる。マーサたちやアリエーヌに振り回されて買い物に連れまわされたのも楽しかった。ルミやルモのいたずらにつき合わされるのも、ウッドに短い言葉でたしなめられるのも嬉しい。

 自分が今いる時間が胸に温もりを与えてくれる。

 やがてオーケストラの演奏が終わり、観客たちはまばらにホールを後にする。コンサートの余韻に浸るベアトリーチェを、マーセルは待っていてくれている。

 ベアトリーチェはマーセルの方を向く。

「ん?どうした?」

 マーセルの問いかけに、ベアトリーチェは微笑んだ。

「わたし、マーセルさんたちと出会えてよかったです。」

 そうして花が咲くように笑った。


***


「うー、緊張するなぁ。」

 コンクールの控室で、ルモが呟いた。今日はコンクールの本番だ。

「ベルさま、がんばってください!」

 アリエーヌも来ている。

「ベルはなぜか緊張してなさそうね。」

 マーサがちょっとうらやましげに、ベアトリーチェを見る。ベアトリーチェはいつもどおりの表情で、椅子に座って魔笛の手入れをしていた。

「うん、みんながいるから。」

 ベアトリーチェは笑顔で言う。

「それもそうね。今回はベルがいるんだもん。きっと、うまくいくわ。」

 ベアトリーチェの言葉に、マーサもそう言ってやる気にあふれた顔に、表情を変える。

「それもそうだな。」

 マーセルも腕を組んで頷いた。

「おや、いいのかい?団長の威厳とやらは。」

 イレナが少しからかうように言った。

「俺もベルがいると上手く行く気がするからな。仕方ない。」

 マーセルは苦笑しながらそう返す。

「それじゃあ、みんながんばろうー。」

「おー!」

 ルミの掛け声にみんな答え、マーセル楽団はステージへと向かった。


***


 コンクールは街でも一番おおきなコンサートホールで行われる。公開形式で行われるコンクールには、大勢の客たちが入場していて、その中に審査員の席がある。

「次は、マーセル楽団か。聞いたこともない楽団だなぁ。」

「それじゃあ、あまり期待できないな。」

 配られた資料をみながら、観客たちは話している。

 そしてステージにマーセルたちが入場してくる。

「なんだ。あのでかいの。あれでピアノ弾くのか?」

 ウッドのピアノ弾きとはとても思えない体格に何人かが驚く。

「おいおい、子どもがいるじゃないか。」

 ルミとルモはコンクールに出る人間では最年少だ。

「へぇ、でも女の子たちは可愛いじゃないか。」

「あの魔笛の奏者は貴族の出かなにかか?綺麗な顔立ちをしてるなぁ。」

「どうせ、顔だけで選ばれたんだろう。その分、演奏は大したことないさ。」

 口々に言い合う観客たち。マーセルたちの構成は旅楽団としても、はた目には異様だった。

 ベアトリーチェが魔笛に口をつける。

「おい、はじめるみたいだぞ。」

 観客たちに期待した様子はないが、一応聞いてやるかという態度で声を潜める。

 そしてベアトリーチェの演奏がはじまった。

 観客たちは最初、それを聞いたとき、何を聞いたのかわからなかった。あまりにも彼らの予想したものと違っていたから。いや、彼らが今まで聞いてきた魔笛の演奏というものからすら、それは遠くの場所にあった。

 その澄んだ音は観客の耳に入り、その美しい響きに茫然とさせた後、柔らかく変化し心を揺さぶる。

 一小節をベアトリーチェが奏でる間に、騒々しかった観客席はあっというまに静かになった。

 そして続いていくベアトリーチェの演奏に誰もが聞き入る。

 ベアトリーチェのソロでのはじまり。それは今までは出来なかったことだった。自由に弾きすぎるベアトリーチェは、誰かが弾くのにあわせないと何処にいくのかわからなかった。

 でも音楽の勉強をし、マーセルたちと一緒に過ごし、マーセルたちと共有する土台が今はベアトリーチェの中にもある。抑えるわけでもなく、自由に弾きながらも今は一緒の場所にいれる。

 だからマーセルは最も個性の強いベアトリーチェの演奏を、最初にソロで持ってきた。信頼と絆があるからこそ、出来た選択だった。

 そしてマーセルたちもベアトリーチェの演奏に加わる。

 美しいハーモニーがコンサートホール中に響き渡る。マーセルたちの誰も、抑えた演奏をすることはなかった。みんなの個性が混じり合い、綺麗なそして暖かい演奏が流れていく。

 素晴らしい演奏。でも楽しんでるのは観客たちだけではない。演奏している本人たちも笑顔で、音をあわせていくのを、音楽を奏でるのを楽しんでいた。

 ベアトリーチェも微笑みながら、楽しそうに魔笛に、今まで勉強したことを、経験したことを、自分が得たものを吹き込んでいく。

 演奏が終わった時、コンサートホールには大きな喝采がひびいていた。


***


 次の日、ベアトリーチェが朝の散歩でもしようかと宿を出ると、いきなり大勢の人に囲まれた。

「きゃー!笛吹き姫さまよー!」

「サインください。」

「握手してください!」

「演奏またきかせてください!」

 わらわらとまわりに人がやってきてもみくちゃにされそうになる。目をしろくろさせて固まってしまったベアトリーチェは、誰かの手に引っ張られ宿屋の方に戻される。

 目をぱしぱし瞬かせたベアトリーチェは、引き戻してくれたマーサに動揺おさまらない様子で聞いた。

「な、なにあれ…。」

「あれはベルのファンよ。」

 マーサは溜息をつきながら答えた。

「ファ…ファン?」

「私たちが無名なのにコンクールでいきなり最優秀賞とっちゃったでしょ。それで、みんないきなり有名になっちゃって。その中でも特に今まで聞いたことないような魔笛の演奏をしたベルは、街の女の子にも男の子にも凄い人気になっちゃったみたいなの。」

 茫然と状況が理解できなさそうに聞いているベアトリーチェに、マーサは言い含めるように聞かせる。

「お姫さまみたいに美しい容姿をしていたから、笛吹き姫ってあだ名までついちゃって。まだ一日も経ってないのにそれが町中に広がっちゃって。だから、外に出るのはちょっと無理。」

 扉の向こうでは、ベルを求める声が聞こえてくる。他にもマーサやイレナ、マーセルやらを呼ぶ声もときどき混じる。

「マーセルなんて変装すりゃ大丈夫だろうとか言って出て行ってあっさりご婦人方に捕まって、必死で宿に逃げこんできたわ。」

 マーサもそれなりに何かあったのだろう。ちょっと疲れた表情をしている。

「とりあえず収まるまでは、ここで大人しくしてるしかないね。」

 見るとイレナもテーブルに突っ伏し、何をするわけでもなく椅子によっかかっている。ルミとルモも何があったのか、今日は元気が無く床に寝ころんでいる。

 その後やってきたアリエーヌが、新しく出来た大量のファンをまとめ上げるまで、ベアトリーチェたちの外出禁止は続いた。


11月20日まで更新停止になります。

折り返しの話なのに印象薄目になってしまいもうしわけないのですが、ここまで読んでくださった読者さんに感謝です。

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