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75.『準備』

 次の日アリエーヌが、ベアトリーチェたちの滞在する宿にやってきて開口一番言ったのはこういうことだった。

「コンクールのための衣装を準備しましょう。」

「え、準備って別にこの格好でいいでしょ。」

 マーサがそう言って今着ているワンピースの裾をもちあげる。

「だめです!」

 しかしアリエーヌは厳しい顔でそう言い切る。

「ベルさまのせっかくの晴れ舞台なんですから、みなさんにもちゃんとした格好をしてもらいます。」

「私はもう着ることになってるんだ…。」

 ベアトリーチェは自分も普段の恰好で出るつもりでいたのだが、どうやらアリエーヌの方では衣装をかえることが決定しているらしい。

「それじゃあベルさま、いきましょう!」

 そう言ってアリエーヌはベアトリーチェの手を引き、宿屋から連れ出した。


***


「いやはや、凄いファンができたもんだな。」

 別の部屋から連れ出されたマーセルが、げんなりした顔で言う。

「ごめんなさい。」

 少し申し訳なくなったベアトリーチェは謝る。

 明日は旅の疲れを癒すという名目で一日中寝て過ごすつもりでいたマーセルだが、その目論みはご破算となってしまった。

「いや、人に好かれるのもこの仕事では大切だしな。悪いことじゃない。」

 マーセルは優しい顔になりベアトリーチェの頭を撫でて言う。

「えー、マーセルがそれを言うの~?いっつもつっけんどんな態度のくせにー。」

「うるせー、俺だって成長したんだよ!」

「ほらー、もうその時点で人当りよくないぞー!」

 それにルミとルモがいつものように茶々をいれる。

「人に好かれる…。」

 ベアトリーチェはその言葉を、何か考えるようにぽつりと繰り返した。

(私が、人に好かれる…。)

 ぼーっとしてしまったベアトリーチェの頭に、ぽんっとまた手が置かれる。

「それにお前もあの娘のこと好きなんだろう?」

「はい、そうですね。」

 それだけは確かに言えることだった。自分の正体を知っていても慕ってくれるアリエーヌ。その勢いにちょっと驚かされることはあったが嫌いにはなれない。

 マーセルの問いに頷いたベアトリーチェは、ガシッと肩を掴まれた。

「ベル!私のことは!」

 目の間には何故か、物凄く真剣な顔をしたマーサがいた。

「え?えっ?」

 あまりの剣幕に、ベアトリーチェは戸惑う。

「好き?嫌い!?」

「も、もちろん好きだよ?」

 ベアトリーチェはちょっとその勢いに押されながらも、正直に答える。

「わたしはー!わたしはー!」

 今度はルミが騒ぎ出した。

「ル、ルミのことも好きだよ。」

 そうすると次にはルモが、と仲間たちが騒ぎ出し、ベアトリーチェはわけがわからないまま質問に答えさせられる。

 大人のはずのイレナまで聞いてきた。

「あたしのことはどうなんだい?」

「す、好きですよ…。」

 そして。

「お、俺のことはどうだ…?」

「もうー、いい加減にしてください!」

 マーセルが問いかけた時、さすがに恥ずかしくなったベアトリーチェはその問いかけをそこで切った。マーセルは地味にへこんだ。


***


「ここです。」

 アリエーヌに案内されたのは、ひとつの洋服屋。とても華やかな雰囲気の漂う店で、ショーウィンドウに飾られているのはこの国の伝統工芸の布をつかってつくられたドレスだ。

 高級な店の様子に、マーサが圧倒される。

「こんな店入って大丈夫?あたしたちこんな格好だし。」

 旅衣装のマーサたち、別段それを恥ずかしく思いはしないが、こんな店に入るのはさすがに気後れしてしまう。

「大丈夫です。市民の方でも気軽に入れる店なんですよ。私の叔母が経営してるんです。男性の方は、隣の店で衣装を選んでください。さあ、入りましょ?」

 マーセルとウッドは乗り気ではない顔だったが、抵抗するのも面倒くさいのかそのまま隣りの店にはいっていく。なんだか落ち込んだ様子のマーセルに、ベアトリーチェはちょっと首をかしげた。

 アリエーヌに背中を押され、入った店の中にもいろんなデザインの綺麗なドレスが並んでいた。

「わぁ、このドレス可愛い~。」

 ルミが薄いオレンジのドレスを見て、目を輝かせる。

「試着してみたらどうですか?」

「いいの!?」

 アリエーヌにそう言われ、ルミは楽しそうに試着室に飛び込んでいく。そして仕切りのカーテンが開き、ドレスをまとったルミがでてくる。

「どうどう?似合うかなぁ?」

 ルミは楽しそうな笑顔で、貴族の令嬢の真似をしてドレスの裾をつまみあげてベアトリーチェに微笑みかけた。明るい可愛らしい色彩のドレスは、元気なルミの姿によく似合っている。

「凄く可愛いよ。」

「えへへ~。」

 ベアトリーチェにそう言われて、ルミは嬉しそうに体を揺らす。

「へぇ、いろいろな服があるんだね。」

 店の中には子供用のかわいらしいのから、大人用の綺麗なドレスまで揃っている。この街の特産の布は淡い優しい発色をしていて、並んでいるドレスの色合いは目を楽しませてくれる。

「これなんかイレナに似合いそう。」

 マーサが肩のでた少し露出が多めのドレスを両手で掲げてみせる。確かに大人の女性の雰囲気を纏うイレナには似合いそうだ。

 わいわいと楽しそうにドレスを見せ合う三人。

「ベルさまは、どれになさるんですか?」

 そんな三人を微笑みながら見ているだけで、ドレスを手にとろうとしなかったベルにアリエーヌが声をかける。

「えっと、わたしは…。」

 ベアトリーチェはちょっとためらうように答えをつまらせる。ベアトリーチェの表情に一瞬の不安がさしたのが、アリエーヌにはわかった。

「大丈夫です。」

 アリエーヌは真剣な声で言った。

「私たち家族以外のエルサティーナの人間は、来ているという話はありませんわ。それにもし万が一見つかることがあったら、私、ベルさまを逃がして見せます。権力なんてないから、絶対なんて言えないし、信用してくださいなんて言えないですけど、でも…。」

 真剣に、ベアトリーチェへの真心をもって紡がれたアリエーヌの言葉。だからこそ、自分の持ち合わせる力の弱さに気付いてしまい、最後には消え入りそうな声になってしまった。

 ベアトリーチェさまにお礼がしたかった。でも、わがままで無理をさせてしまっただけかもしれない。そう、気付いてしまった。

 目じりに涙が浮かぶ。

 ぽんっと暖かな手が置かれた。顔を上げると、ベアトリーチェさまの優しい笑顔が、アリエーヌの目にうつった。

「ありがとう。」

 アリエーヌが向けたベアトリーチェへの思いへの純粋な感謝の言葉。それだけで、アリエーヌは救われた暗く沈みかけた心が、一瞬で光に満たされた気がした。

「せっかくだし私もドレス選ばせてもらうね。」

「はい!あの、これなんか…。」

 アリエーヌは前々から、ベアトリーチェに着てほしいと思っていたドレスを差し出そうとした。

「ベル、これきてみてー。このドレス、ベルの髪の色にすごくあうとおもうの」

「うん、いいよ。」

 だが、ずいっとかけてきたルミがベアトリーチェに別のドレスを手渡してしまう。

「これなんかどうだい。かわいくてベルに似合いそうじゃないか。」

 イレナもベアトリーチェに似合いそうだと思ったドレスを手渡してくる。

「これも!ベル着てみて!ちょっと大人っぽいやつ!」

 何故かマーサは少し必死な表情だ。

「ちょ、ちょっとまって。そんなにいっぺんには無理だよ。」

「ベルさま~、わたしが選んだのも着てください~。」

 出遅れてしまったアリエーヌもそれに混じってベアトリーチェに自分が選んだドレスを押しつけてくる。その後、ベアトリーチェは4人の着せ替え人形にされる羽目になった。


***


 店から出てきたベアトリーチェを見て、マーセルもウッドもルモも目を丸くした。

「ほらほら、驚いてる~。」

 ルミがその反応をみて楽しそうにはしゃぐ。

「もう、僕はやだっていったのに…。」

 ベアトリーチェは頬を朱にそめて、少し恨めし気に呟いた。

「ほら、女の子がおめかししてるんだ。何か言ってやったらどうなんだい。」

 イレナがぼけっと突っ立ているマーセルに突っ込む。

 ベアトリーチェはドレスを着せられたまま店を出ていた。しかもピンク色でふりふりつき。舞踏会なら着ても別におかしくないが街中で着るのは庶民の感覚に大分なじんだベアトリーチェには恥ずかしかった。

 他の三人は普段の格好に戻っている。こんな格好をさせられているのはベアトリーチェだけである。

 このドレスを着た瞬間、三人がやたら盛り上がって「マーセルたちにも見せよう。」とそのままベアトリーチェを外に連れ出したのだ。

「いや、驚いた。女の子だってのは知ってたが、そうやってるとどこかのお姫様みたいだな…。」

 顔立ちが整っていたのは理解していたが、男装していたのであんまり意識したことがなかった。蜂蜜色の鮮やかな髪と色素の薄い肌がピンク色の布に栄えている。何より、どこか漂う気品が既製品のドレスを最高級の仕立てのように見せている。これで髪が長ければどこからどうみても物語のお姫様だ。

 ベアトリーチェの方は、お姫様という言葉が出て、一瞬ぎくりとしてしまう。

「惚れちゃだめだよー。」

「アホか。でも、悪くないな。良く似合ってる。コンテストにでるんだし格好も気合いれとかなきゃな。見た目で点数が稼げるなら、稼いでおくべきだしな。」

 しかし、あっさり話は別方向に変わり、安堵する。

「おおー、柔軟ですな。」

「成長したなぁ、おぬし。」

 ルミとルモがマーセルの肩にひっかかり、その頬をうりうりと肘でつつく。

「うっせぇなぁー!」

「あはは、やっぱり変わってなーい。」

 すぐにいつもの調子に戻ったマーセルに、ルミとルモが逃げていく。

「それでいくらだったんだ。団の資金から出すぞ。結構、余裕出てきたしな。」

 ベアトリーチェが入ったからか、マーセルが柔軟になったせいか、楽団の資金繰りも困ることはなくなり、大分余裕がでてきていた。高級なドレスは結構な出費だが、マーセルはベルの姿を見て先行投資と考えることにした。

「大丈夫です。私がお支払しますから。」

 マーセルの言葉に、アリエーヌがそう返す。

「ええ、いやさすがにそう言うわけにはいかないだろう。」

「うん、私たちが着るものだし。」

 そう言ってマーセルたちは断ろうとしたが、アリエーヌは自分の胸をポンとたたいていった。

「わたし、ベルさまのパロトンになりますから。」

 エッヘンと言った感じに胸をのけぞらせる。

「パロトンじゃなくて、パトロンでしょ…。」

「ていうか、パトロンって男の人のことじゃないの?」

「女にも使うことはあるけど、あんまり使わないね。」

 三人娘の指摘に少し赤くなったが、気をとりなおすように咳払いをひとつして、アリエーヌは宣言した。

「そう言うわけで、ベルさまがコンテストにでるというなら私が支援させていただきます!」

 そうしてベアトリーチェに初の支援者が誕生したのであった。


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