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74.『再会』

 アルセーナ、それはマーセルたちが目指していた国。

 田舎の小国だが観光地として栄えている。貴族たちのリゾートも数多くあり、中にはわざわざ遠方の国からこの国へと訪れる貴族もいる。

 この国では一年に一度開かれる音楽祭が目玉であり、その時期には旅人たちも貴族たちも多くの人間がこの国を訪れる。

 マーセルたちもこの国で開かれるコンテストに、出場するつもりで旅をしてきた。

 馬車で街に入ると、木造りの町並みが色とりどりの布や工芸品で飾り付けされている。

「わぁ~、きれい~。」

 ルミが漏らした感嘆の溜息に、ベアトリーチェも頷く。

「音楽祭は街のお祭りもかねているからな。こうやって街全体で店や出し物を出して盛り上げるんだ。」

「去年も来たけど、名産の染め布の切れ端をつかって、家を飾り付けたりしてるんだよね。」

 馬車がついたのは、大きな建物の前。そこでみんな降りる。コンク―ルの受付会場になっている場所だ。

「おや、ベルは降りないのかい?」

 一人馬車の中に残ったベルに、イレナがたずねる。

「うん、いつもウッドさんが留守番してくれるから、たまには私がしようかと思って。」

 ウッドは運ぶ荷物があるために降りなければいけない。

「えぇー。」

「そっか。じゃあ頼んだぞ。ほら、ルミ行くぞ。」

 ルミが不満そうな声をあげたが、マーセルがさっとその首を引っ掴み建物の中につれていく。

「じゃあいってくるねー。」

「いってらっしゃい。」

 手をふるマーサに、手を振りかえすとみんなの姿はいなくなった。

 ひとりになったベアトリーチェは、馬車の出口に腰かけて足をぶらぶらさせながら、アルセーナの街並みを見回す。

 赤や青に染められた布が、風にたなびいて本当に綺麗だ。

「ベアトリーチェさま。」

 急にかかった声に、ベアトリーチェは驚く。それが自分の本当の名前を呼んだことも。

 慌てて顔を向けた先にいたのは、王宮の舞踏会であったあの少女だった。

「おひさしぶりです。ベアトリーチェさま。」

 その少女、アリエーヌは嬉しそうな顔でこちらに駆け寄ってくる。

 ベアトリーチェは逃げるべきか、どうすべきか逡巡する。それを表情で察したのか、アリエーヌも立ち止まり、慌てたようにベアトリーチェに言う。

「あっ、ご安心ください。捕まえにきたわけではありませんし、誰かに言うつもりもまったくありません。」

 それから気付いたように。

「あ、ベアトリーチェさまとお呼びするのもまずいですよね。ごめんなさい。私って本当に馬鹿…。」

 落ち込んだ表情を見せるアリエーヌ。その言葉に、嘘があるとは感じなかった。ベアトリーチェも逃げたりすることはやめる。

「私、今はベルって名乗ってるけど。」

「そうなんですか!」

 ベアトリーチェから言葉をかけられて、アリエーヌの表情はパァと明るくなる。

「それで、どうしたの?」

 エルサティーナに連絡する気がないならどうして自分に話しかけたのかということと、エルサティーナの北方の貴族である彼女が何故アルセーナにいるのかという二重の意味での問いかけ。

「えっと、私の叔母がこの国の子爵家に嫁いでいて、毎年この時期はここに滞在しているんです。それで王都をでるときは、アルセーナに向かって馬車で立ったんです。」

 アリエーヌのはちょっと緊張しているのか、たどたどしい口調でこれまでの経緯をのべていく。

「実は途中でベアトリーチェさまを見かけたんですよ。でも、その時は話しかける時間も無くて…。それでアルセーナに滞在していたんですけど、お父様の用事でここにきていたらベアトリーチェさまがいらっしゃったんです!」

 最後は見つけた時の嬉しさを思い出したのか、初めに話しかけてきたときと一緒の表情になる。

 話を総合すると、彼女はただ自分に会えてうれしくて話しかけてくれたらしい。妙な反応をしてしまったことは仕方ないとはいえ、申し訳なくなる。

「そっか。ごめんなさい。変な態度とってしまって。」

「いえ、私が悪いんです。いきなりぶしつけに話しかけてしまったから。」

 ベアトリーチェに謝られて、アリエーヌは首をぶんぶん振ってそれを否定する。

「ベルさまもコンクールに出場されるんですよね。」

「う、うん…。たぶん…。」

 なぜか確信したような顔でそう言ってくるアリエーヌ。その勢いに押される形で、ベアトリーチェは頷く。

 それを聞くとアリエーヌは目をキラキラさせて、ベアトリーチェの手を握り締めて詰め寄ってくる。

「私、ベルさまの魔笛の演奏を通り過ぎる馬車から聞いたんです。すごく素晴らしい演奏で、それだけで感動してしまって。今度はちゃんと聞きたいって思ってたんです。」

 それから今度は頬を赤くして、じもじしながらたどたどしく言葉を紡ぐ。

「あの、わたしにもお手伝いさせていただけませんか…。コンクールの衣装とか。私、この国ならいろんなつてもありますし、ベルさまの力になれると思うんです。」

 俯いた顔で上目使いでベアトリーチェを見上げるアリエーヌ。その言葉にどう答えようかベアトリーチェが迷っていると。

「あれ、ベル。その子だれ?」

 受付を終え帰ってきたマーサたちが、不思議そうに話しかける。

「あ、ベルさまのお仲間の方ですよね。初めまして、私アリエーヌと言います。」

 アリエーヌは慌てて振り向いて、マーサたちに自己紹介をする。その言葉に、マーサたちは不審そうに眉をあげる。

「ベル…さま?」

 目の前の少女は、綺麗なドレスをまとい貴族然とした恰好をしている。ベルに何か秘密があるのは知っているが、そんな少女がベルをさま付けで呼んでいることに思わず不審な声をかえしてしまうのもしょうがなかった。

 アリエーヌもちょっとまずかったことに気付いたらしい。ベアトリーチェをちらりと見ると、慌てて言い訳を紡いでいく。

「あ、ベルさまとはちょっとしたご縁でお知り合いになったんですけど。とってもかっこよくて素敵な方じゃないですか。だから、私が勝手にベルさまと呼ばせていただいているんです!」

 ベアトリーチェはさすがにその言い訳は無理がないだろうかと思った。そんなアリエーヌの言い訳に、マーセルたちの中の約一名の表情が微妙に歪む。

「ほうほう、それなら納得だね。ねぇ、マーサ。」

 イレナがちょっと意地悪そうな顔をして、苦虫を噛んだような表情になっているマーサにはなしかける。

「ま、まあそうね…。」

 マーサは無理やり平静な顔を取り繕うと、神妙な顔をして頷く。

「うんうん、ベルはかっこいい。」

「俺の方がかっこいいけどな。」

「ばかー?」

「なんだと!」

 ルミとルモも肯定し、マーセルたち男連中は大して気にした様子もなく受け入れる。アリエーヌの咄嗟の言い訳は、あっさり通ってしまった。

「それじゃあ受け付けはすんだし、俺たちは宿に戻るつもりだけど、あんたはどうする?」

 あっさりベルのファンの娘と認識されたアリエーヌに、マーセルが問いかける。

「あの、また後でお伺いしてもよろしいですか?」

 問いかけるアリエーヌに、マーセルはお前が決めることだとベアトリーチェに顔を向ける。

「ベルさま…。」

 捨てられまいとする子犬のような目で見つめられて、断りきれるはずもなかった。

「う、うん。またね。」

 また、パァと顔を輝かせて嬉しそうな表情をするアリエーヌ。

「そいじゃあ、俺たちは西のコルネルって宿屋に滞在するから。」

「はい!」

「それじゃあ行くか。」

 ベアトリーチェが乗って遠ざかる馬車に、アリエーヌは手をぶんぶんふる。ベアトリーチェは苦笑しながら、それに手を振りかえす。

「すっごく好かれてるのね。」

「うん、そうみたい。ってあれ、なんかマーサ不機嫌?」

 いつのまにか拗ねた様子になっているマーサに、ベアトリーチェはあれっと問いかける。

「べつにー。ベルのことなんてどうでもいいし~。」

「えぇー。」

 明らかにすねた返事をするマーサに、ベアトリーチェはわけがわからないまま、こまった声をあげた。


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