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71.『秘密 1』

 暗い、暗い森…。真暗な森…。見えるのはひとつの手のひらだけ。

 何も見えない真暗な森。今まで頼っていた人たちの背中はもう無い。

「いくぞ。」

 小さな決心を秘めた声。それは硬質で、今にも崩れそうに脆く、それでも必死に固く強くなろうとしていた。

 女の子は自分とつながったその手のひらから、小さな震えを感じ取った。

 怖い…。何も見えない…。この先の道も、自分たちの未来も。

「…っ」

 口を開いて言おうとした。戻って、と…。戻れる。自分の手を引いて歩いている、誰よりも近い姉弟は、戻ることができる。今までいた明るい場所に…。

 自分さえ、いなければ。

 なのに、その言葉は声にならなかった。見捨てられたら、本当に自分は一人になっていまう。

 そうなったら怖くて、怖くて、ぎゅっと繋がる手に力をこめてしまう。離すことなんかできなかった。

「うっ…うっ…。」

 目から涙がぼろぼろとこぼれる。

「泣くな。大丈夫だから。絶対、大丈夫だから。」

 言い聞かせるように言う声。

 普段はふざけてばっかりの弟なのに、その声は自分と同じで幼くて、怖さに震えているのに、自分を引っ張る力は強かった。

「うん…。」

 女の子も涙を拭いて歩き出す。震える足を前に、前に…。暗い森を、見えないその先を…。

 そうやって二人の姉弟は歩き出した。


***

 

 いつも通りベルに抱き着いて寝ていたルミは朝起きて仰天した。自分の体が猫になっていたからだ。

「なっ、どうして…?」

 声をだしてから、はっと気付き口をつぐむ。

「んん…、どうしたんだ~?ルミ。」

 眠たげな声をだして弟のルモが、起きてくる。そしてルミの体を見て、驚きの声を上げる。

「げげっ、ルミ、猫になっちゃってるぞ!」

「騒がないでよ!」

 小さな声で唸るようにルモに言うルミ。

「だってそうなるのって久々だし、ちゃんとコントロールできるようになってたじゃないか。」

 そう、ルミもルモも猫になったことに驚いたのではない。勝手に猫に変化していたことに驚いているのだ。

「とりあえず離して!馬車からでるから!」

 驚いて自分を抱き上げてしまった弟に、ルミが猫さながらに唸りながら言う。

「え、なんで?」

 呑気な返答に、ルミがブチぎれてフシャーっと声をあげる。

「ベルにばれちゃうでしょ!」

 しかし怒りのあまり声が大きくなりすぎた。

「んっ、ルミ…?」

 今まで寝ていたベルが薄目を開ける。それを見た瞬間、ルミはルモの腕の中で激しく暴れ、その手から抜け出すと馬車の外にダッと駆けて行った。

「あれ…?ルミはどこいったの…?」

 目をごしごしこすりながら、眠たげに起き上がってきたベルは馬車を見回す。しかしルミの姿は見当たらない。ベルの寝ぼけた眼が、ルモのほうを見る。

「あ…ああ、トイレにいったんじゃないかな?そのうち戻ってくるから、寝てて大丈夫だと思うぞ。」

 ルモは焦った顔になりながら、ベルにそう言い聞かせる。

「そっかぁ…。」

 まだ眠かったのかベルはそのまま毛布に横になり、寝息を立て始めた。

「ふう…。」

 その姿を見てルモは一息つくと、いつものように一緒に寝ようとはせず、馬車の外へと向かった。


***


 ルモに起こされたマーセルとイレナは、馬車の外に連れ出された。まだ眠たそうな声で、イレナがルモに訪ねる。

「いったいこんな朝早くどうしたんだい?」

「それがさ、あいつ急に猫になっちゃってさ。」

「へぇ、結構久しぶりだな。」

 ルミが猫になったという言葉に特に仰天する様子なく、二人はそれを受け入れて会話する。そして二人が外にでると落ち込んだように頭を垂れた黒猫がいた。

「おや、まだ戻ってなかったのかい。」

 その黒猫を見てイレナが少し驚いたように言うと、ルモが眉をしかめて言った。

「それがさ、なんか戻れなくなっちゃったみたいなんだ。」

「なんだと!?」

 戻れないと聞いて、マーセルは驚いた顔をする。ルミは変身することすら滅多になかったが、その何度かの変身でもすぐに戻っていた。

「どうしよう~。」

 黒猫の姿のままで、うなだれるルミが言う。

「そう言われても、俺たちもそう言う知識は全然ないからなぁ…。」

「しばらく、その姿でいるしかないねぇ。」

 マーセルもイレナももとに戻る方法なんて知らなかった。

「とりあえずベルでも起こしてくるか?」

「やめて!」

 落ち込んだルミの心を紛らわそうと、ルモはベルを連れてくることを提案したが、ルミはそれに激しい拒絶の声をあげた。

「ど、どうしたんだ?」

 みんながあまりの剣幕に目を見開いてルミを見る。

「ベルに私が獣人だって知られちゃうじゃないの!」

 ルミの言葉をマーセルは否定する。

「あいつはそんなことで差別するような奴じゃないだろ。大丈夫さ。」

 むしろルミがそう思ったことを疑問にすら思った。メンバーの中でも、一番ベルに懐いているのはルミだったと思っていたから。

「なんでわかるの?」

 しかしルミの声は切迫していた。

「そんなのわからないじゃない!もし、ベルに嫌われたりしたらどうしたらいいの?そんなの、絶対やだよ!」

 目じりには涙まで浮かんでいる。

「でも、ずっと隠し通すことなんてできないだろ?」

 頑なな態度のルミをマーセルはなんとか説き伏せようとする。

「隠し通すもん。一生、知られないようにするんだもん。」

「そんなの無理だろ。大体、そんなに秘密にするってのはあいつのことを信じてないってことじゃないのか?」

 マーセルの言葉に、ルミの形相が変わる。黒猫のダークブルーの瞳から、ぼろぼろと滴がこぼれてくる。

「うるさい!マーセルに何がわかるの!絶対、こんな姿でベルと会わない!ばらしたりしたら許さないんだから!」

 そう叫ぶと踵をかえし森のほうに走って行ってしまった。

「お、おい!」

 慌てて追いかけようとするが、黒猫の姿は森の闇に消えあっという間に見えなくなる。

「なんなんだ…。あいつ…。」

 そう言って頭をかきながら呟く。なんとも後味が悪い…。ルミがいつもと違いあまりにもベルのことを信じないものだから、大人気ない言い方をしてしまったかもしれない。

 振り向くと、ルミとよく似た容貌に暗い表情を浮かべたルモが呟いた。

「仕方ないかもしれない…。あいつは父ちゃんにも母ちゃんにも、裏切られたから…。」



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